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東京都の元「藤田先生を応援する会」有志によるブログ(2004年11月~2022年6月)のアーカイブ+αです。

都教委『五輪学習読本』で国家主義注入

2017年07月12日 | 暴走する都教委
 ◆ IOC文書を意図的に誤訳
   「国旗」「国歌」を教化する都教委の五輪教育"義務化"
(紙の爆弾)
取材・文 永野厚男


『五輪学習読本』小中高校版の表紙~都教委HPから

 二〇二〇年開催の東京五輪に向け、東京都教育委員会は合計約一億七〇三一万円(一五年度決算額。以下同)をかけ、都の全公立学校(小学校四年、高校三年)に『オリンピック・パラリンピック学習読本』(以下『五輪学習読本』と略記。約九六四一万円)、映像教材DVD(約六七八九万円)、『五輪学習読本・映像教材活用の手引』(いわゆる教師用指導書。約六〇一万円)を配布。一六年四月から「年間三五時間程度」の五輪教育実施を"義務化"した。
 都教委は五輪教育で「日本人としての自覚と誇り」を強調し、『五輪学習読本』は小中高とも、"国旗・国歌"に二頁も割き、異常なほどその"意義"を強調。"国旗・国歌への敬意"に言及する記述もある。
 これらは国家主義の注入ではないか、また「年間三五時間」は多過ぎるのでないか等、保護者や研究者ら市民六人が事前に質問状を兼ねた請願書を二回送付したうえで、五月二十五日、都教委指導企画課を訪れ、請願行動を行なった。
 ● 五輪表彰式で"国歌に敬意"と教える根拠を問う

 市民側は請願行動で、主に以下の(1)~(3)の三点を質ただした。
 (1)『五輪学習読本』(五三頁【注1】参照)の小学校用は「(五輪の)表彰式の国旗けいようでは、国歌が流されます」、中学校用の表彰式の写真の説明は「1位の国の…国歌が演奏されるときには、敬意を表し、起立して脱帽する」などと記述。
 これはIOC(国際オリンピック委貝会)総会が一九八〇年に、「国旗・国歌を用いるのは五輪の理念に反する」とし、「選手団の旗と歌(曲)を用いる」と改正した五輪憲章に反する。
 『五輪学習読本』のこれら誤った記述を削除し、代わりに「各NOC・選手団の旗・歌を使う」という事実を記述するよう修正するべきだ。
 (2)『東京都オリンピック・パラリンピック教育実施方針』(以下『五輪教育実施方針』と略記。都教委が一六年一月十四日策定)の「重点的に育成すべき5つの資質」なるもののうち、「エ 日本人としての自覚と誇り」にある、「日本人としての自覚と誇りを持てるような教育を進める」という文言は、外国籍の子どもへの配慮を欠く排外的・差別的表現であり、ナショナリズムの教化だ。
 「(国家権力が)思想・良心・信教・表現の自由を侵してはならない」と規定した日本国憲法第一九条・二〇条・二一条を遵守し、〝愛国心〟教化等、森友学園の〝教育〟のような国家主義的な内容に踏み込むことは絶対にやめ、純粋な意味での郷土理解教育や伝統文化理解教育に留めるべきだ(【注2】参照)。
 (3)都教委が、区市町村教委や各校に年間三五時間もの五輪教育を強制するのはやめるべき。保護者としては、授業時間は五輪教育よりも、将来に役立つ基礎学力充実等の方に使ってほしい。
 ● 『開催都市契約大会運営要件』が五輪憲章に優先?

 都庁第一庁舎で市民側と面会したのは、都教委指導企画課の荒川元邦・五輪教育推進担当課長、鈴木基成・五輪教育調整担当課長、佐藤嘉弘統括指導主事の三名。
 荒川氏は、請願の(1)には、「国旗・国歌を使用」するなどと書かれたIOCの『開催都市契約大会運営要件』なる文書(一五年九月)が五輪憲章より優先して適用される、と回答した。
 確かに、『開催都市契約大会運営要件』の日本語訳(東京五輪組織委員会ホームページにて公開。全二七三頁)中の九頁の、「b)2024年第33回オリンピック競技大会開催都市契約」は、「『開催都市契約2024.原則』に従って、開催都市契約(「HCC」)は、以下の文書とコミットメントから構成される。以下はいずれも全当事者に対して完全な拘束力を有し、内容に矛盾又は不一致がある場合は、以下の優先順位で適用される」と記述し、
 a)「『開催都市契約2024.原則』、その全ての付属文書を含む(「HCC原則」)
 b)『HCC.大会運営要件』、その全ての付属文書を含む
 c)大会デリバリープラン(HCC原則で定義)
 d)立候補コミットメント(HCC原則で定義)
 e)オリンピック憲章
 -と列挙している。
 しかし、五輪の憲法というべき五輪憲章が最下位の「e」というのは、”法の下克上”だ。
 『開催都市契約大会運営要件』の日本語訳がこの直後に、「HCC原則は、IOC、開催都市、開催国NOC、オリンピック競技大会組織委員会(「OCOG」)の関係及びその各々の財務責任と契約責任に関する一般原則を規定している」と記述していることから、a~eの優先順位は、財務や契約等の細部に関してであり、「選手団の旗と歌(曲)を用いる」といった、大枠というべき根幹的問題は、五輪憲章が優先と考えるのが常識だろう。
 現に一〇頁の、「c)オリンピック憲章との関係」は、「HCC原則に従い、本文書に記載された要件と提出物は、オリンピック憲章も遵守しながら履行されなければならない。オリンピック憲章は、オリンピックムーブメントの…構成文書として、オリンピズムの基本原則と、IOCで採択された規則及び付属細則を定義し、オリンピックムーブメントの組織、活動、機能を支配し、またオリンピック競技の開催条件を規定している」と、明記している(下線は筆者)。
 「遵守」「支配」「規定」という語を使っているのは、五輪の憲法たる五輪あかし憲章が「最高法規」であるという証である、と言えよう。
 ● 都庁五輪準備局が意図的に誤訳か

 『開催都市契約大会運営要件』を日本語訳したのは、都庁の一組織である「東京都オリンピック・パラリンピック準備局」(以下、都庁五輪準備局)だ。
 請願の(1)に関し、行政側に都合よい意図的な誤訳はないか、以下、大きく①~⑦の計七点に分け、都庁五輪準備局訳を引用(該当頁も明示)しつつ分析する。以下、〔 〕内は、原文に当たるIOCの英文である。
 ①「開会式のプロトコル表」は、二一一頁の「順序1、国家元首とIOC会長の入場」に続く、二一二頁の「順序2、国歌〔the national authem〕の演奏」で、「国家元首の紹介の後、開催国の国歌〔the national authem of the host country〕が演奏または斉唱され、同時に開催国の〔the host nation's flag〕が掲揚される」と日本語訳している(【注3】参照)。
 しかし、「nation」は、「国家」のほかに「民族」の意味があり、「同じ言語や歴史、慣習、また土地を共有使用している人々を重点的に指し、いわゆる文化、民族の共同体の意味を指す」との説明もネット上に見られる。
 増田都子・元千代田区立中学校教諭(平和教育実践で都教委が分限免職)は、
 ・リオ五輪には、台湾(チャイニーズ・タイペイ)・中国特別保護区香港・米国領サモア・同領グアム・同領プエルトリコ・同領ヴァージン諸島・オランダ領アルバ・英国領バミューダ・同領ヴァージン諸島・同領ケイマン諸島・同領クック諸島・パレスチナ特別地区、クウェート選手団(五輪旗の下に個人参加)の一三地域と、難民選手団の計一四の「非独立countries」が参加した。
 ・五輪関係の文書は、「非独立countries」のNOCが採用する旗・歌についても、「national flag・national anthem」と表現することが少なからずある。
 -などの事実を挙げ、「『開催都市契約大会運営要件』の『national flag・national anthem』と書いた箇所を、全て〝国旗・国歌〟と日本語訳するのは誤っている」と語る。
 ② この①の引用に続く「順序3、選手の行進」の英文は、最後の一行に「teams」を修飾する「national」という語が一語あるだけ。
 だが、最初の方の「Each delegations」という語句を受け、「選手団の名」「選手団の旗」等と日本語訳すべき箇所を、以下の傍点部の通り、「国名」「国旗」などと、七箇所も意図的に翻訳している。
 -(オリンピック憲章に従い)公式ユニフォームを着用した各選手団〔Each delegations〕は、三つの言語で(フランス語、英語、開催国の言語をこの順序で)アナウンスされなければならず、次に国名〔its name〕を記した(フランス語、英語、開催国の言語の三つの言語で) プラカード〔a nameboard〕を前に、選手団の一人が持つ国旗〔its flag〕が後に続かなければならない。
 参加選手団の国旗と国名プラカード〔The flags of the participatingdelegations, as well as the nameboards)は、OCOG から提供されるものとし、全て同じ大きさとする。国名プラカードを持つ担当者〔Thename-board-bearers〕は、OCOGから指定されるものとする。国旗の旗手〔The flag-bearers〕は、NOCにより指定されるものとする。
 行進に参加する関係者は、式典まで名前のリストを極秘扱いにするべきである。国旗の旗手〔The flag-bearers〕は、演壇付近または裏側の半円に旗〔theirflags〕を置き、その後自分の国のチーム〔their national teams〕に戻る。
 ③ 前記②の引用に続く段落に出ている、「the NOC flag-bearer」は、さすがに「国旗」とは訳さず、「NOC 旗の旗手」と真っ当に日本語訳している。
 しかし、その後に出てくる「its flagbearer」は、指示語「its」が「各選手団」を指すのが明白なのに、「国旗の旗手」と誤訳している。
 ④ 「表彰式のプロトコル表」は、二一八頁の「順序1」~「順序4」の「メダリストとプレゼンターの入場・紹介」「メダルと花束の贈呈」の後、二一九頁の「順序5」に、「Raising ofthe National Flags and Playing of theGold Medalist Anthem」という標題がある。この標題は、「国旗掲揚と金メダリストの賛歌の演奏」と日本語訳すべきところ、「and」の後を「金メダリストの国の国歌演奏」と、意図的に翻訳している。
 これを含め、表彰式での歌・旗に関する誤訳や意図的な翻訳は、以下の⑤⑥の傍点部や⑦と合わせ、計一七箇所に上る(【注4】参照)。
 ⑤ 前記④に続く第一段落は「オリンピックチャンピオンの国歌〔The anthem of the Olympic champion〕がアナウンスされる。メダリストは、国歌〔the anthem〕が演奏され、三つの同じ大きさの旗〔flags〕が掲揚される間、表彰台に留まる」と、誤訳三箇所。
 ⑥ 前記⑤に続く第二段落は「フラッグポールは、国歌〔the anthem〕の演奏時に、メダリストがプレゼンターまたはオリンピックファミリー席に背中を向けずに、旗(ママ。【注5】参照)を正面から見られるように配置するべきである。オリンピックチャンピオンの国旗〔The flag for the Olympicchampion〕は、銀メダリストと銅メダリストよりも高く掲揚され、後者は同じ高さとする。銀メダリストの国旗〔The flag of the silver medalist〕は金メダリストの国旗〔the goldmedalist’s flag〕の左側に、銅メダリストの国旗〔the flag for the bronzemedalist〕は右側に掲揚される」と、誤訳五箇所。
 ⑦ 前記⑥に続く第三段落~第五段落は「the flags」を「国旗」と翻訳したのが八箇所もある。また、「national」という修飾語のない「anthems」を、「国歌」と翻訳したのが一箇所ある。
 ● 「外国籍生徒には母国への誇りを育む」と回答

 ここで、市民六人の請願への都教委の回答に戻ろう。
 請願(2)の「日本人としての自覚と誇り」の教化の問題について、前出の荒川氏は「日本人としての…」は「国際交流・異文化尊重」と対(つい)になるもので、外国籍の児童・生徒には「日本人として…」と押し付けるものでなく、母国に(韓国籍なら韓国に)対する誇りなどを持つことができるようにするという趣旨だと答えたが、「日本人としての…」という文言を修正してほしい、という要求は拒否した。
 請願(3)の、五輪教育の時間数の多さについて、荒川氏は「各校に強制するのでなく、各教科等の中で年間三五時間を目安に、と指導・助言している。事情により三三時間とかになってもよい」と回答。
 荒川氏は「毎週一時間(一コマ)、時間割に入れて実施という外付けではない」と述べたうえで、算数で陸上のウサイン・ボルト選手のタイムから時速を出す授業は「二分の一時間」とか「一時間」に、校長講話で五輪に触れれば「二分の一時間」に、運動会で模擬聖火リレーを実施すれば「二時間」とカウント、等を例示した。
 請願行動した市民の多くは、「都教委を訴える会」(共同代表は高嶋伸欣琉球大学名誉教授と前出の増田さん。以下「訴える会」)にも所属している。
 「訴える会」は三月二十七日、「(国家権力が)誤った知識や一方的な観念を子どもに植えつけるような内容の教育を施すことを強制する」のは、「憲法26条・13条…からも許されない」と判じた、一九七六年の旭川学力テスト最高裁判決に照らし、『五輪学習読本』等の支出は違憲・違法.とし、中井敬三・都教育長と山口香・遠藤勝裕・大杉覚・宮崎緑・木村孟の各教育委員(木村氏は退任)に対し、連帯して返済させるよう都監査委員に措置請求(住民監査請求)した。
 だが、都監査委員は四月二十七日、「請求人は『五輪学習読本』の記述の違法を主張するのみで、読本等の支出自体の違法・不当を示していない」などの理由で措置請求を〝却下〟したため、「訴える会」は五月二十九日、「却下が違法であることの確認」「支出の返還と『五輪学習読本』等の配布禁止」を東京地裁に提訴している。
 【注1】都教委は都の全公立小学校一年~三年の児童には、カラー写真満載の『五輪学習パンフレット』(全部で約二〇頁。一五年度決算額で約五二三万円)を配布し、一六年四月から使用させている。
 【注2】『都立高校改革推進計画・新実施計画骨子案』についてのパブリックコメントの一つとして、都教委は一六年一月二十八日と二月十二日(『五輪教育実施方針』と同時期)の定例会で、「都立高校には、日本国籍以外の生徒も多数在籍。『日本人としての云々』という表現は、彼らへの配慮が足りない」という意見があった、と公表していた。市民側の質問状は、この都民のパブコメとの矛盾も突いた。
 【注3】 開会式での開催国の国旗掲揚、国歌演奏は、確かに実施されてはいるが、『開催都市契約大会運営要件』は、この直後に「愛国的であるが、オリンピック組織委員会(OCOG)はこの瞬間を政治的に利用せず、また国旗(the national flag)の敬虔な掲揚以上のものとせず、ステージが注目されるべきである」と明記しており、行き過ぎたナショナリズムに走らないよう歯止めをかけている、と言える(閉会式でもほぼ同様の文言を載せている)。
 これらは「オリンピック競技大会は、個人種目または団体種目での選手間の競争であり、国家間の競争ではない」と明記した五輪憲章を踏まえた文言だといえよう。
 【注4】増田さんは「『開催都市契約大会運営要件』はもともと、勝者の表彰において旗や歌を取り扱う場合に、その所属する選手団が、大国であろうと、小国や『非独立countries』のNOCであろうと、扱い方に差があっては非常に礼を失するので平等に取り扱いなさい、という一般的注意書きの文書だ」と語る。
 【注5】原文は「The flagpoles」を受けた指示語「them」であり、都庁五輪準備局は「フラッグポール」を「旗」と誤訳したと思われる。
 ※永野厚男 (ながのあつお)
 文科省・各教育委員会等の行政や、衆参・地方議会の文教関係の委員会、教育裁判、保守系団体の動向などを取材。平和団体の集会で講演等も行なう。
鹿砦社『紙の爆弾』2017年7月号
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