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東京都の元「藤田先生を応援する会」有志によるブログ(2004年11月~2022年6月)のアーカイブ+αです。

動き出した「主任教諭制度」

2009年09月08日 | 暴走する都教委
 ◎ 動き出した「主任教諭制度」

 ここに1枚のプリントがある。『支援的助言シート』というタイトルが印刷され、提出者の氏名を記入する欄が設けられている。
 プリントの中心には『自己』と印刷され、横軸は左から右へ「あなたを支援してくれる人(メンター)」→「あなたが支援する人(メンティー)」、縦軸は「積極的」→「消極的」と印刷されている。
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 実物をお見せできないので冒頭からわかりにくい話になってしまったが、このプリント、各学校で行われた主任教諭任用時研修の際、提出が義務づけられた書類の一部である。
 この用紙に、自分を支援してくれる人、自分が支援する人、それぞれの名前と支援の内容を書き込んだ付箋を貼り、定められた期限までに管理職への提出することになっている。個々の主任教諭は自分が記入した内容しかわからないが、それらを一手に集めた管理職は、学校全体の教員の関係を把握できるようになる。
 この課題のほか、自分が支援する側(メンター)になって、支援が必要な人をリストアップし、その理由や背景、支援の内容、計画を記入した『実行対策シート』なる書類の提出も義務づけられた。
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 校内で行われる任用研修は、「任用時推進者研修」なるものを受講した教員が、管理職の補助という位置づけで進めていく。
 私の勤務先では、管理職の覚えがめでたい30代前半の教員が、声を張り上げてがんばっていた…。
 推進者に予め配布されているテキストには、研修で話すべき内容がまるで台本のように詳しく印刷されており、誰が行っても研修の内容に差が出ないように工夫(?)されている。
 教師としての使命感や善意、創意・工夫やプライドを一切無視し、性悪説に基づいた無機的な人事管理システムが、東京都の学校現場で動き出したことを実感する。
 いろいろ悩んだ末に、主任教諭を受験し、任用に至ったものの、本当にこれでよかったのか?という気持ちになる
 ほんの数年前までは、職員室で隣に座っている教員が何を考えているのかわからず、心が許せない…なんてことが起こるとは思えなかった。
 しかし今や、学校の中では校長→副校長→主幹→主任教諭→一般教諭という縦の管理システムが徹底?強化され、教員同士の横の連帯はズタズタにされてしまった
 その関係を例えるなら、主幹が鵜匠、私たち主任教諭は互いの立場を思いやるゆとりを奪われた一羽の愚直な鵜のようなものだろうか?
 主幹も管理職との関係では、首に縄をかけられ、主幹同士が互いに競わされる一羽の鵜に過ぎない…
 主任教諭になってはみたものの、この先、一般教諭に分断された同僚に対し「支援的助言」という名目で目を光らせる事が要求されるのは、主幹から管理されることより一層つらいことになるだろう。
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 「こんなことを進めて学校がよくなるのか?」という問いを他府県の先生や外部の方々から聞くことがある。
 しかし、いま都教委が行っている一連の改革の主目的は、学校をよくする事ではなく、組合をはじめとする教員同士の横の連帯を徹底的に破壊する事にあるのだと思う。
 そして、この攻撃に対して、組織的に反抗する力は現在の組合には残されていない。(…ように感じざるを得ない。)
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 明るい展望が開けない現状だが、自分が勤める学校を、学びの場としていい学校にしたいという気持ちを私は捨てる事ができないでいる
 同じようなことを感じているのは私だけでは無かったようで、私の学校では、久しく途絶えていた職員会議後の飲み会が、エラい人抜きで復活した。
 まだ、お互い本音がわかっている一部の教員だけの集まりで、とるに足らない変化かも知れない。しかし、教員同士の本質的なつながりを回復するための重要な変化だと思っている。
 こんなわずかな変化にしか希望を見いだせないのは大変残念だが、それがいまの東京都の学校の現実なのだ。 (匿名)
 『藤田先生を応援する会 通信』(第36号 2009/8/31)より

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