《「子どもと教科書全国ネット21ニュース」から》
◆ 高校教科書はどう変わったのか
「地理総合」の特徴と問題点
◆ はじめに
a)帝国書院、第一学習社、東京書籍、二宮書店(2点)、実教出版の5社6点が発行され、実教が30年以上ぶりに再参入している。
地図では、明治以降の日本の地理教育での「メルカトル図法」(経・緯線が直線)偏重の世界認識のひずみ(正しい東西が把握できない)の是正は不十分である。
b)地理が専門の中学校教員は10%程度であり、高校での未履修者は「メルカトル脳」のまま大学での教職課程を履修する。近年、国土地理院の地図のWeb入手が可能になり、地理学専攻ではない教員がGIS(地理情報システム)に近づける条件が生まれているのだが。
地理教員の工夫を打ち破るかのように、ICTソフトの多くはメルカトル図法に準じた図法で世界地図を描いている。これでは世界認識の是正は難しい。
c)他国の移民問題の記載はあるものの、多民族化し世界4位(20年末で172万人)の「移民大国日本」の問題点(外国人技能実習制度、政治的移民を認めないなど)を扱っていない。グローバル化といった言葉が内実化されていない。
◆ 領土問題
日本の領土問題で、係争中の3か所は日本固有の領土との記載が主流であり、相手国が不法占拠しているとの記述でほぼ統一されている。
尖閣諸島について領土問題は存在しないことが指示され、日本が国有地化したとの記載は1社にある。
日本政府の見解を記載しているのみで相手国の主張の記載はなく、教材として成立していない。
北方領土は「1945年にソ連に占領され、日本人は1947年から48年までに強制的に退去させられた。以来ロシアによる占拠が続いている。日本固有の領土であり、1956年の日ソ共同宣言で国交が回復した。平和条約締結後、歯舞島、色丹島を日本に引き渡すことが明記されている」が各社標準の記載である。
千島列島から東北地方北部までの「北方領土」周辺地域はアイヌ民族の生活地域であり、日ロ両国政府だけが交渉するべき地域なのかとの確認が必要だろう。
1855年の「日露和親条約」は択捉島と得無島の間に国境線が引かれ、樺太においては国境を設けず両国民の混住の地とすると決められた。これが日本政府の主張の前提になっている。
しかし千島列島のエトロフ島とウルップ島間に地形的に断絶はない。
第二次大戦末にアメリカはソ連参戦の見返りにサハリンと千島列島の領有を認めている。当時の状況でソ連が勝手に攻撃できるはずはない。
ポツダム宣言では4つの大きな島とその周辺のみが領土だと規定されている。
ソ連がサンフランシスコ平和条約締結国ではないから発言権限がないというのは誤りであり、むしろ拘束されない。
同条約では日本は千島列島に関する全ての権利、請求権を放棄すると規定されている。
戦後の領土交渉で歯舞、色丹の2島返還が検討されたが、自民党政権がその機会を失した。
竹島は「1905年に編入した日本固有の領土であり、韓国が不法に占拠している。1965年の日韓基本条約で李承晩ラインは廃止されたが、竹島問題は棚上げにきれた。国際司法裁判所での話し合いを韓国は認めない」という内容が各社で記載されている。
日本主張の歴史的根拠以前の韓国側の資料がある。日本に編入した1905年は日露戦争で日本が勝利した年であり、東アジアの小島の領有に異議を申し立てる国はない。
日韓基本条約は、東アジアの勢力圏を固めるアメリカの要請があって締結された。植民地支配の合法、不法の曖昧さをはじめ、李承晩ラインにより竹島を実効支配した韓国への明確な返還要求はなかった。
国際司法裁判所への提訴は両国が容認しない限り成立せず、アメリカはこの問題に中立の立場である。
尖閣諸島は「1895年に沖縄県に編入された日本固有の領土で、領土問題は存在しない。2012年に日本が国有地化した。1970年代に中国や台湾が領有権を主張し始めたが、日本が有効に支配し続けており、領土問題は存在しない」と記載されている。
編入したと称する1895年は日清戦争で清国に勝利した年で、相手はそれに抵抗できない。尖閣諸島は、唯一日本が「実効支配」していた。中国側も領土であると主張していたが、国交回復の際に中国が「棚上げ」を主張し日本も合意している。
2010年、海上保安庁が中国漁船を拿捕するという事件があり、石原都知事が尖閣の国有化を煽り、野田政権がそれに乗る形で国有化宣言した。「棚上げ」という外交上のアイディアが消滅し係争地となった。
アメリカは尖閣諸島の問題で中立の立場であり、軍事的に日本を支援しない。海上国境周辺で生活する人々(漁業者)の視点に全く欠けている。
◆ SDGs
どの社も各方面でのSDGs礼賛に無批判に乗っているのではないか。
SDGsは、1972年の人間環境宣言で「かけがえのない地球」が打ち出されて以来、これまでの「地球環境宣言」が実効を伴わず、あわてて2030年までの糊塗策として打ち出されている。
資本主義が現状のままで、世界中で生産力が向上し環境保全が図られるとのモデルは実現不能である。
「地球的課題と国際協力」の章で、二宮では地球環境、資源・エネルギー、人口・食料、居住・都市問題の4パートなどで扱う。
別の二宮では「アクティビティー」というコラムで対応⇒自然環境に合わせ、住居にどのような工夫をしているか/産業構造から経済を見てみよう/安定したエネルギー供給はどれがよいか(化石燃料中心、原子力発電との共存、再生可能エネルギーに迅速に移行)/アフリカの食料問題解決に向け、どのような国際協力が必要か/17の目標はどのように関連しあっているのだろう、とまとめている。
SDGsはこれまでの地理が扱っていた内容の焼き直しであり、特段の新味はない。
少なくとも『人新世の資本論』(斎藤幸平著)の視点を踏まえていたい。もっと関心が向けられてもよいだろう。その要点は以下である。
①使用価値経済への転換、②労働時間の短縮、③画一的な分業の廃止、④生産過程の民主化、⑤エッセンシャル・ワーク(人々が日常生活を送るために欠かせない仕事)の重視
◆ 原子力発電
エネルギー問題での原子力発電の問題点の指摘が、東日本大震災から数年は記載されていたが、この間減少している。
地球温暖化対策としての石炭火力発電の停止を主張するあまり、より環境に負荷を与える原子力発電を容認する現状への指摘がない。
原子力発電について第一は「放射能漏れや放射性廃棄物の管理・処理・処分、地震や津波といった天災への対応など、配慮すべき課題も多い。東電福島第一原発事故を受け、スイスやドイツのように脱原発政策をとる国も出ており、原子力発電はその安全性・経済性が大きく問われている」と記載し、現状に対しやや踏み込んでいる。
かつて太陽光発電では技術的に日本が先頭を走っていた。電力会社の買い取り価格の低廉化などで、低迷している。風力発電、地熱発電を伸ばす条件はあり、火力発電や原発に眼を向けず自国の再生エネルギーの力の再確認がほしい。
◆ 防災と東日本大震災
防災が自然環境学習とつながっており、地理Aよりも充実している。
プレートテクトニクスから、日本の地形・気候などの学習と地震・津波などへの防災が豊富な図表とともに理解しやすく構成されている。
ただ、自助・共助・公助の内、自助を強調する傾向が強い。防災が重要なら、社会科の「地理総合」だけにこの単元がおかれているのはどうか。東日本大震災が、体系的な教材から外れている。
『子どもと教科書全国ネット21ニュース 142号』(2022.2)
◆ 高校教科書はどう変わったのか
「地理総合」の特徴と問題点
地理教育研究会 柴田 健(しばたけん)
◆ はじめに
a)帝国書院、第一学習社、東京書籍、二宮書店(2点)、実教出版の5社6点が発行され、実教が30年以上ぶりに再参入している。
地図では、明治以降の日本の地理教育での「メルカトル図法」(経・緯線が直線)偏重の世界認識のひずみ(正しい東西が把握できない)の是正は不十分である。
b)地理が専門の中学校教員は10%程度であり、高校での未履修者は「メルカトル脳」のまま大学での教職課程を履修する。近年、国土地理院の地図のWeb入手が可能になり、地理学専攻ではない教員がGIS(地理情報システム)に近づける条件が生まれているのだが。
地理教員の工夫を打ち破るかのように、ICTソフトの多くはメルカトル図法に準じた図法で世界地図を描いている。これでは世界認識の是正は難しい。
c)他国の移民問題の記載はあるものの、多民族化し世界4位(20年末で172万人)の「移民大国日本」の問題点(外国人技能実習制度、政治的移民を認めないなど)を扱っていない。グローバル化といった言葉が内実化されていない。
◆ 領土問題
日本の領土問題で、係争中の3か所は日本固有の領土との記載が主流であり、相手国が不法占拠しているとの記述でほぼ統一されている。
尖閣諸島について領土問題は存在しないことが指示され、日本が国有地化したとの記載は1社にある。
日本政府の見解を記載しているのみで相手国の主張の記載はなく、教材として成立していない。
北方領土は「1945年にソ連に占領され、日本人は1947年から48年までに強制的に退去させられた。以来ロシアによる占拠が続いている。日本固有の領土であり、1956年の日ソ共同宣言で国交が回復した。平和条約締結後、歯舞島、色丹島を日本に引き渡すことが明記されている」が各社標準の記載である。
千島列島から東北地方北部までの「北方領土」周辺地域はアイヌ民族の生活地域であり、日ロ両国政府だけが交渉するべき地域なのかとの確認が必要だろう。
1855年の「日露和親条約」は択捉島と得無島の間に国境線が引かれ、樺太においては国境を設けず両国民の混住の地とすると決められた。これが日本政府の主張の前提になっている。
しかし千島列島のエトロフ島とウルップ島間に地形的に断絶はない。
第二次大戦末にアメリカはソ連参戦の見返りにサハリンと千島列島の領有を認めている。当時の状況でソ連が勝手に攻撃できるはずはない。
ポツダム宣言では4つの大きな島とその周辺のみが領土だと規定されている。
ソ連がサンフランシスコ平和条約締結国ではないから発言権限がないというのは誤りであり、むしろ拘束されない。
同条約では日本は千島列島に関する全ての権利、請求権を放棄すると規定されている。
戦後の領土交渉で歯舞、色丹の2島返還が検討されたが、自民党政権がその機会を失した。
竹島は「1905年に編入した日本固有の領土であり、韓国が不法に占拠している。1965年の日韓基本条約で李承晩ラインは廃止されたが、竹島問題は棚上げにきれた。国際司法裁判所での話し合いを韓国は認めない」という内容が各社で記載されている。
日本主張の歴史的根拠以前の韓国側の資料がある。日本に編入した1905年は日露戦争で日本が勝利した年であり、東アジアの小島の領有に異議を申し立てる国はない。
日韓基本条約は、東アジアの勢力圏を固めるアメリカの要請があって締結された。植民地支配の合法、不法の曖昧さをはじめ、李承晩ラインにより竹島を実効支配した韓国への明確な返還要求はなかった。
国際司法裁判所への提訴は両国が容認しない限り成立せず、アメリカはこの問題に中立の立場である。
尖閣諸島は「1895年に沖縄県に編入された日本固有の領土で、領土問題は存在しない。2012年に日本が国有地化した。1970年代に中国や台湾が領有権を主張し始めたが、日本が有効に支配し続けており、領土問題は存在しない」と記載されている。
編入したと称する1895年は日清戦争で清国に勝利した年で、相手はそれに抵抗できない。尖閣諸島は、唯一日本が「実効支配」していた。中国側も領土であると主張していたが、国交回復の際に中国が「棚上げ」を主張し日本も合意している。
2010年、海上保安庁が中国漁船を拿捕するという事件があり、石原都知事が尖閣の国有化を煽り、野田政権がそれに乗る形で国有化宣言した。「棚上げ」という外交上のアイディアが消滅し係争地となった。
アメリカは尖閣諸島の問題で中立の立場であり、軍事的に日本を支援しない。海上国境周辺で生活する人々(漁業者)の視点に全く欠けている。
◆ SDGs
どの社も各方面でのSDGs礼賛に無批判に乗っているのではないか。
SDGsは、1972年の人間環境宣言で「かけがえのない地球」が打ち出されて以来、これまでの「地球環境宣言」が実効を伴わず、あわてて2030年までの糊塗策として打ち出されている。
資本主義が現状のままで、世界中で生産力が向上し環境保全が図られるとのモデルは実現不能である。
「地球的課題と国際協力」の章で、二宮では地球環境、資源・エネルギー、人口・食料、居住・都市問題の4パートなどで扱う。
別の二宮では「アクティビティー」というコラムで対応⇒自然環境に合わせ、住居にどのような工夫をしているか/産業構造から経済を見てみよう/安定したエネルギー供給はどれがよいか(化石燃料中心、原子力発電との共存、再生可能エネルギーに迅速に移行)/アフリカの食料問題解決に向け、どのような国際協力が必要か/17の目標はどのように関連しあっているのだろう、とまとめている。
SDGsはこれまでの地理が扱っていた内容の焼き直しであり、特段の新味はない。
少なくとも『人新世の資本論』(斎藤幸平著)の視点を踏まえていたい。もっと関心が向けられてもよいだろう。その要点は以下である。
①使用価値経済への転換、②労働時間の短縮、③画一的な分業の廃止、④生産過程の民主化、⑤エッセンシャル・ワーク(人々が日常生活を送るために欠かせない仕事)の重視
◆ 原子力発電
エネルギー問題での原子力発電の問題点の指摘が、東日本大震災から数年は記載されていたが、この間減少している。
地球温暖化対策としての石炭火力発電の停止を主張するあまり、より環境に負荷を与える原子力発電を容認する現状への指摘がない。
原子力発電について第一は「放射能漏れや放射性廃棄物の管理・処理・処分、地震や津波といった天災への対応など、配慮すべき課題も多い。東電福島第一原発事故を受け、スイスやドイツのように脱原発政策をとる国も出ており、原子力発電はその安全性・経済性が大きく問われている」と記載し、現状に対しやや踏み込んでいる。
かつて太陽光発電では技術的に日本が先頭を走っていた。電力会社の買い取り価格の低廉化などで、低迷している。風力発電、地熱発電を伸ばす条件はあり、火力発電や原発に眼を向けず自国の再生エネルギーの力の再確認がほしい。
◆ 防災と東日本大震災
防災が自然環境学習とつながっており、地理Aよりも充実している。
プレートテクトニクスから、日本の地形・気候などの学習と地震・津波などへの防災が豊富な図表とともに理解しやすく構成されている。
ただ、自助・共助・公助の内、自助を強調する傾向が強い。防災が重要なら、社会科の「地理総合」だけにこの単元がおかれているのはどうか。東日本大震災が、体系的な教材から外れている。
『子どもと教科書全国ネット21ニュース 142号』(2022.2)
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