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東京都の元「藤田先生を応援する会」有志によるブログ(2004年11月~2022年6月)のアーカイブ+αです。

2011年春の闘い(32)

2011年04月07日 | 日の丸・君が代関連ニュース
<転送歓迎>(重複ご容赦)
・「都教委包囲首都圏ネットワーク」・「千葉高教組」・「新芽ML」の渡部です。

 遅くなりましたが、卒業式ビラまきの報告がもう一つ入ってきました。
 本当に、最後の最後まで、ご苦労様でした。

 <S岡高校>
 3月25日に都立S岡高校(全日)の卒業式が行なわれました。
 もともと3月12日実施の卒業式でしたが、「東北・関東大震災」の翌日で、卒業式が中止・延期になったグループの1校です。
 25日、昼12時、東京・山谷日雇労働組合の組合員8人が「包囲ネット」の統一ビラをもって北側正門・通用門前と、東側通用門前と2手に分かれてビラまきをやりました。
 12時には校門も構内も静かで、看板も「日の丸」「都旗」「校旗」も出ていませんでした。
 ビラまき始めてから、2人の教職員が卒業式の看板を正門前に取り付けにきました。

 職員は「何を配っているのですか?」とたずねてきました。
 ビラを渡して趣旨を説明し、生徒たちからビラを取り上げないように話ししました。
 組合員が「副校長ですか?」と聞くと「わたしは管理職じゃありません」と答えて作業を終えると構内に引き上げていきました。
 その後、蔵前署の私服刑事2人が自転車でやってきて「ビラをまかないでください」と言ってきましたが、「ビラをまくのは自由だ」と抗議すると、
 私服は「お願いをしているだけです」と言って、構内に入り高校の職員と話しをして、そのまま構内から監視しを続けていました。
 それとは別の私服1人が組合員に「ビラまくな」などと言いがかりをつけたりしましたが、それには取り合わず、みんなでビラをまきを続けました。
 12時30分くらいになると3本のポールに「日の丸」「都旗」「校旗」を取り付けはじめました。
 ポールの半分までの高さで旗は固定されました。
 (写真:容量が大きく、重くなるので略します、渡部)
 年配の女性の教職員が構内から「生徒にはビラを渡さないで下さい」と声をかけてきたので、その女性に役職・名前を尋ねるとそれには答えず、「私は一般の教員です」と言っていましたが、蔵前署の2人とは親しげに会話をしていました。
 卒業生も登校してくるので正門前でビラを渡していきました。
 東側通用門は12時50頃には閉じられたので、全員が正門前の路上でビラを生徒、教職員、保護者などに配りました。
 1人の中年の保護者(卒業式の父親か)が渡されたビラをつき返してきましたが、大体の人がビラを受け取り読んでいました
 気がつくと、構内の玄関前に「ゴミ入れ」と書かれた臨時の箱(ダンボール)がおかれていました。
 私たちが渡したビラが何枚か入れられていました。
 卒業式開始の14時前までビラを配りました。
 約300枚のビラを声をかけながら渡していきました。
 校門前はいつもの卒業式よりもひっそりとした雰囲気で、卒業式も「自粛」ムードの中ですすめられたようでした。
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 すでに被処分者の会の近藤さんのメールでも流れていますが、卒業式での不起立者は6人でした。
 <卒業式の処分の内訳>
  1.都立江北高校(定時制) 戒告(不起立1回目)
  2.都立立川高校(定時制) 戒告(不起立1回目)
  3.都立杉並総合高校 減給10分の1・6月(不起立3回目)
  4.都立東大和高校 減給10分の1・6月(不起立3回目)
  5.七生特別支援学校 減給10分の1・1月(不起立2回目)
  6.北特別支援学校 停職6月(不起立6回目扱い)
                                 計6名
 <学校種別>
  都立高校4名(うち初めての不起立2名)
  都立特別支援学校2名
 闘いは堅持され、かつ新しい人々に受け継がれています。

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 本日(4月5日)、千葉高教組の仲間から、3月31日の「日刊ベリタ」に載った「金子みすゞも怒っている」(←これで検索すると出てきます)というすばらしいもじりの詩と、次のような文が入った(やはり別の仲間の)メールを転送してもらいました。
 「4月から1年の現代社会を担当することとなり、授業開きは『東北大震災と福島原発崩壊』をテーマに、10時間程度のテーマ学習を構想しています。」
 また、本日私の職場で、新年度最初の職員会議が開かれました。
 新しい管理職(校長と一人の教頭)から突然、「日番表」なるものが出されました。
 これまでは二人(も)いる教頭が、警備員が削減された後、校舎の戸締りを確認していたのです。
 そこで、何人かの職員が唐突であるとして反対しました。
 すると新しく来た一人の教頭は、「<管理運営事項>なので職員にはかる必要はない」と言いました。(都教委の真似でしょうか)
 これには、多くの職員がカチンと来て、ますます反対の声が大きくなり、ついに校長は「保留」とせざるを得ませんでした。
 福島原発事故とその後の経過を見るにつれ、おかしいこと、一方的なことには、「反対」の声をあげていくことが、一層重要になってきていると思います。
* 黙っていれば、弱い者は権力によってますますしわ寄せをさせられ、その犠牲になるだけです。
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「都教委包囲首都圏ネットワーク」のブログのアドレス
  http://kenken.cscblog.jp/
「千葉高教組『日の丸・君が代』対策委員会」のホームページ
 http://homepage3.nifty.com/hinokimi/

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