=元東京都立高校教員 川村佐和さん=
◆ 再任用打ち切りは「君が代」不起立に対する制裁ですか?(『週刊金曜日』)
コロナ禍での3回目となる東京都立学校の卒業式では、今年も教職員に起立の職務命令を出し、CDで「君が代」を流した。これら都教委のやり方に抵抗していた教員が今春、説明なく再任用打ち切りとなった。
◆ 「教室で生徒と語り合いたい」
「再任用不合格」
今年1月19日、東京都立高校で国語を教えていた川村佐和さん(63歳)は、校長からこう告げられた。その理由は説明されなかった。
川村さんは、東京都教育委員会(都教委)が卒業式などで「君が代」の起立斉唱を校長に職務命令を出させてまで教職員に強制するのはおかしいと、これまで3回起立せず、毎回戒告処分を受けていた。
そんな川村さんは「生徒が大好き」。定年退職後も5年間働ける再任用を希望し、その後も非常勤・講師として勤めたいと考え、2019年1月に再任用された。
しかし川村さんは戒告(懲戒処分)を受けていることから、年金支給開始年齢(63歳)までは任用するが、その後は更新しない旨を都教委が校長にメール、校長がそれを読み上げる形で冒頭のように告げられた。「クビ切り」の事前通告だ(本誌2021年4月23日号でも報告)。同じ通告を毎年1月に受け、今年ついに打ち切られた。
◆ 打ち切り最初のケース
口頭での通告で済まされることが納得できず、川村さんは校長が以前読み上げた原文を入手。「取扱い厳重注意」と左上に記された文書にはこうある。
もう一人、大能清子(おおのきよこ)さん(62歳)も都立高校で国語を教え、不起立で3回の戒告処分を受けており、2020年に再任用されたが、川村さん同様、年金支給開始年齢に達したら任用打ち切りの事前通告を受けている。
大能さんは、「すでに戒告処分によって不利益を被っている者に対して任用をも奪うことは、二重罰(処分)と言っても過言ではなく、これが容認されるならば行政処分の中でもっとも軽いとされる戒告処分が免職にも相当することになる」と憤る。
◆ 前言を翻した校長
なぜ不合格なのか、川村さんが校長を通して都教委に問い合わせると、「判定基準を満たさなかったから。基準は公にするものではない」と明らかにされなかった。
「事前通告」には「懲戒処分歴があることから、任期を更新しない」と明記しているのに、なぜそれを言わないのか。
また不合格について、川村さんは「不備がある」と主張する。
それは、川村さんが組合を通して入手した「令和3(2021)年度東京都公立学校再任用職員(教育職員)採用選考の実施について(通知)」という文書によれば、
「校長等は(略〉申込者と面談を行った上で、推薦書を作成」
「申込書と推薦書を参考にしながら(略)面接を行い」
などとあるのに、行なわれていないからだ。
再任用は年度ごとに更新される制度で、毎年度申し込む必要がある。
川村さんは昨年10月に22年度の申し込みをした。
川村さんが記録していた校長とのやりとりによれば、今年3月初旬に校長に推薦書を出したのか尋ねると、「出していない」との答え。
川村さんが前述の「通知」を突きつけて問い質すと、校長は驚いた様子で、欠勤はなかったなどの服務状況を書いた文書が「推薦書」だと前言を翻した。
川村さんが「それは、有資格者リストで推薦書ではありません」と指摘しても、校長は「いいえ、推薦書です」と言い続けた。
「面接」についても、校長は川村さんが申込書を取りにきた際に少し話したことを「面接」だと言い張り、「申込書も書いていない時点での話は面接とは言えません」との指摘に耳を貸さなかった。
◆ 都教委は「二重処分」「差別」だと非難されるのを恐れている
筆者が事実関係を確認すべく、校長に電話すると「記録も残っておりますし、不備があったとは思っておりません。こういうことを第三者の方にお話しすることはできません」と回答を拒まれた。
そこで、教育庁人事部の布施竜一選考課長に聞いた。
再任用の選考で川村さんは不備があったと主張していることに関しては、一般論としてですが、再任用の選考の際、面接などの決められた項目が満たされていなければ『不備』になる」と認めた。
ほかのやりとりは以下。
◆ 「知らずに歌ってました」
川村さん、大能さんも原告(全15人)に加わり、都教委に懲戒処分の取り消しを求める東京「君が代」裁判5次訴訟の澤藤統一郎弁護士はこう語る。
「再任用打ち切りの理由を言わないのは、言ったらそこから『二重処分』『差別』だと非難されるのを恐れてのこと。本来、懲戒処分は公務員秩序の維持が目的ですが、目的を超えて、国家主義的教育の道具として『日の丸・君が代』強制が利用され、その違反に対する制裁として処分と再任用打ち切りが行なわれているのです」
都教委は03年に、校長に教職員への「君が代」起立斉唱の職務命令を出させる通達(「10・23通達」)を発出して以来、従わなかった教職員を処分し続け、累計484人にのぼる(直近4年間は不起立者はなし/「被処分者の会」による)。
コロナ禍でも、CDに録音された歌唱入りの「君が代」を起立して聴くなどの職務命令を校長に出させている。
3月の離任式で、川村さんは退職することを生徒たちに伝えた。顧問だった部活の最後のミーティングでなぜ辞めるのか問われたので、03年以来の経緯を説明した。
生徒たちは、
「私たちが生まれる前にそんなことがあったなんて」
「まったく知らずに『君が代』を歌ってました」
「先生は、深い考えがあって起立できなかったんですね」
などと口々に言った。
国語の授業で川村さんは、平和や自由、民主主義について力を入れて取り上げてきた。
たとえば、イラク戦争の実話に基づく小説『バグダッドの靴磨き』(米原万里著)という教材では、「主人公がテロリストになろうとしていることをどう思うか」「戦争をなくすために私たちに何ができるか」などを生徒たちと考えてきた。
ウクライナでの戦争で、多くの人々が虐殺されている今、教室で生徒と語り合いたい。「毎晩夢を見ます、学校のこと」と川村さんは話している。
※ ながおとしひこ・ルポライター。
著書に『ルポ「日の丸・君が代」強制』(緑風出版)など。
『週刊金曜日 1373号』(2022.4.15)
◆ 再任用打ち切りは「君が代」不起立に対する制裁ですか?(『週刊金曜日』)
永尾俊彦・ルポライター
コロナ禍での3回目となる東京都立学校の卒業式では、今年も教職員に起立の職務命令を出し、CDで「君が代」を流した。これら都教委のやり方に抵抗していた教員が今春、説明なく再任用打ち切りとなった。
◆ 「教室で生徒と語り合いたい」
「再任用不合格」
今年1月19日、東京都立高校で国語を教えていた川村佐和さん(63歳)は、校長からこう告げられた。その理由は説明されなかった。
川村さんは、東京都教育委員会(都教委)が卒業式などで「君が代」の起立斉唱を校長に職務命令を出させてまで教職員に強制するのはおかしいと、これまで3回起立せず、毎回戒告処分を受けていた。
そんな川村さんは「生徒が大好き」。定年退職後も5年間働ける再任用を希望し、その後も非常勤・講師として勤めたいと考え、2019年1月に再任用された。
しかし川村さんは戒告(懲戒処分)を受けていることから、年金支給開始年齢(63歳)までは任用するが、その後は更新しない旨を都教委が校長にメール、校長がそれを読み上げる形で冒頭のように告げられた。「クビ切り」の事前通告だ(本誌2021年4月23日号でも報告)。同じ通告を毎年1月に受け、今年ついに打ち切られた。
◆ 打ち切り最初のケース
口頭での通告で済まされることが納得できず、川村さんは校長が以前読み上げた原文を入手。「取扱い厳重注意」と左上に記された文書にはこうある。
「(川村さんの戒告が)分限免職事由に該当しないことから、今年度については合格とします。なお、今後公的年金が支給される年度への任期の更新となる際は(略)あなたは懲戒処分歴があることから、任期を更新しないこととなります。また非常勤教員選考においても、上記のことを踏まえ、採用しないこととなります」年金の支給開始年齢が段階的に引き上げられる前は、「君が代」不起立で処分された教職員の再雇用(再任用)は、それ自体が拒否されていた。が、年金制度の変更後、再任用されるが、年金支給開始での打ち切りが事前通告されるようになった。その打ち切りの最初のケースが川村さんだった。
もう一人、大能清子(おおのきよこ)さん(62歳)も都立高校で国語を教え、不起立で3回の戒告処分を受けており、2020年に再任用されたが、川村さん同様、年金支給開始年齢に達したら任用打ち切りの事前通告を受けている。
大能さんは、「すでに戒告処分によって不利益を被っている者に対して任用をも奪うことは、二重罰(処分)と言っても過言ではなく、これが容認されるならば行政処分の中でもっとも軽いとされる戒告処分が免職にも相当することになる」と憤る。
◆ 前言を翻した校長
なぜ不合格なのか、川村さんが校長を通して都教委に問い合わせると、「判定基準を満たさなかったから。基準は公にするものではない」と明らかにされなかった。
「事前通告」には「懲戒処分歴があることから、任期を更新しない」と明記しているのに、なぜそれを言わないのか。
また不合格について、川村さんは「不備がある」と主張する。
それは、川村さんが組合を通して入手した「令和3(2021)年度東京都公立学校再任用職員(教育職員)採用選考の実施について(通知)」という文書によれば、
「校長等は(略〉申込者と面談を行った上で、推薦書を作成」
「申込書と推薦書を参考にしながら(略)面接を行い」
などとあるのに、行なわれていないからだ。
再任用は年度ごとに更新される制度で、毎年度申し込む必要がある。
川村さんは昨年10月に22年度の申し込みをした。
川村さんが記録していた校長とのやりとりによれば、今年3月初旬に校長に推薦書を出したのか尋ねると、「出していない」との答え。
川村さんが前述の「通知」を突きつけて問い質すと、校長は驚いた様子で、欠勤はなかったなどの服務状況を書いた文書が「推薦書」だと前言を翻した。
川村さんが「それは、有資格者リストで推薦書ではありません」と指摘しても、校長は「いいえ、推薦書です」と言い続けた。
「面接」についても、校長は川村さんが申込書を取りにきた際に少し話したことを「面接」だと言い張り、「申込書も書いていない時点での話は面接とは言えません」との指摘に耳を貸さなかった。
◆ 都教委は「二重処分」「差別」だと非難されるのを恐れている
筆者が事実関係を確認すべく、校長に電話すると「記録も残っておりますし、不備があったとは思っておりません。こういうことを第三者の方にお話しすることはできません」と回答を拒まれた。
そこで、教育庁人事部の布施竜一選考課長に聞いた。
再任用の選考で川村さんは不備があったと主張していることに関しては、一般論としてですが、再任用の選考の際、面接などの決められた項目が満たされていなければ『不備』になる」と認めた。
ほかのやりとりは以下。
-川村さんはすでに戒告処分を受けているのに再任用打ち切りは「二重処分」ではありませんか。
「再任用は、合格、不合格の話で、処分ではなく選考の問題です」
-それなら選考の結果を伝えればよく、なぜ毎年「任期を更新しない」と事前通告するのですか。
「個々の事案については回答できません」
-「君が代」不起立が再任用打ち切りの理由ではないのですか。
「懲戒処分を受けていることだけでなく、総合的な判断です」
◆ 「知らずに歌ってました」
川村さん、大能さんも原告(全15人)に加わり、都教委に懲戒処分の取り消しを求める東京「君が代」裁判5次訴訟の澤藤統一郎弁護士はこう語る。
「再任用打ち切りの理由を言わないのは、言ったらそこから『二重処分』『差別』だと非難されるのを恐れてのこと。本来、懲戒処分は公務員秩序の維持が目的ですが、目的を超えて、国家主義的教育の道具として『日の丸・君が代』強制が利用され、その違反に対する制裁として処分と再任用打ち切りが行なわれているのです」
都教委は03年に、校長に教職員への「君が代」起立斉唱の職務命令を出させる通達(「10・23通達」)を発出して以来、従わなかった教職員を処分し続け、累計484人にのぼる(直近4年間は不起立者はなし/「被処分者の会」による)。
コロナ禍でも、CDに録音された歌唱入りの「君が代」を起立して聴くなどの職務命令を校長に出させている。
3月の離任式で、川村さんは退職することを生徒たちに伝えた。顧問だった部活の最後のミーティングでなぜ辞めるのか問われたので、03年以来の経緯を説明した。
生徒たちは、
「私たちが生まれる前にそんなことがあったなんて」
「まったく知らずに『君が代』を歌ってました」
「先生は、深い考えがあって起立できなかったんですね」
などと口々に言った。
国語の授業で川村さんは、平和や自由、民主主義について力を入れて取り上げてきた。
たとえば、イラク戦争の実話に基づく小説『バグダッドの靴磨き』(米原万里著)という教材では、「主人公がテロリストになろうとしていることをどう思うか」「戦争をなくすために私たちに何ができるか」などを生徒たちと考えてきた。
ウクライナでの戦争で、多くの人々が虐殺されている今、教室で生徒と語り合いたい。「毎晩夢を見ます、学校のこと」と川村さんは話している。
※ ながおとしひこ・ルポライター。
著書に『ルポ「日の丸・君が代」強制』(緑風出版)など。
『週刊金曜日 1373号』(2022.4.15)
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