◆ 2012年度に実施された高等学校教科書検定の概要
3月26日、2012年度に実施された、2014年度使用の高等学校教科書の検定結果が一部公開されました。今回の検定は、昨年に続いて改悪教育基本法およびそれに基づいて改訂された学習指導要領のもとでの高等学校教科書検定です。
以下に、日本史を中心にその概要を報告しますが、個別の検定意見の詳細については、俵事務局長の「談話」(3月26日付)があるので、そちらを参照してください。
◆ 全体的な特徴
(1)検定意見数など
検定意見数は下表のとおりです。地学が2点で474件、平均237点が突出して多いのを除くと、世界史と日本史が多いのが目を引きます。
生物と英語表現Ⅱで各1点不合格が出、ほかにコミュニケーション英語Ⅱで「申請取り下げ」が出ています。これは不合格になっていないのに、申請者(教科書会社)側が途中で断念したものです。
(2)「調査意見」がそのまま「検定意見」に
教科書調査官の「調査意見」がそのまま「検定意見」になったケースが、今回も顕著です。教科全体では84.0%、地理歴史90.7%、公民97.2%(したがって社会科の平均は92.6%)でした。
次いで理科90.7%、国語80.9%、芸術79.7%、外国語75.7%となっています。
種目別に見ると、倫理と物理では100%で、審議会が調査官の意見をすべて受け入れ、独自には何も意見を述べなかった形です。
英語表現Ⅰの53.5%、音楽Ⅱの59.8%を除くと他教科ではおおむね70~80%台です。
しかし世界史と日本史ではどの種目でも93%を超えており、審議会は教科書調査官の意見をほぼ丸呑みといわれても仕方のない結果でした。
(3)方法論への検定意見
これはおもに「内容の取扱い」に関する検定意見で、日本史で顕著でした。
特に本文以外の学習への導入や歴史的思考を促す項目に適用されているケースが目立ちます。
学習指導要領の「内容の取扱い」を根拠とした検定意見がこのような項目に適用されることは、各教科書が独自性を発揮することを阻害するものではないでしょうか。
教科書調査官および教科用図書検定調査審議会の恣意的な判断が入り込む余地が大きく、教科書内容の統制につながる危険性を改めて指摘したいと思います。
◆ 個別の検定意見の内容
具体的な個別の検定意見については今回も次のような問題点があり、教科書検定のもつ問題はまったく解消されていません。
(1)沖縄戦「集団自決」(強制集団死)
検定意見はわずかに1件でした。前回検定時の訂正申請の内容が引き継がれたためと考えらますが、逆に言えばそこからの前進もなかったことになります。
「強要」、「強いた」、「強いられた」と記述されていますが、日本軍の命令という、因果関係を明記した記述は未だにありません。
検定意見はつきませんでしたが、「日本兵の命令によって集団自決をとげた」という記述が新たに登場しました。
(2)教科書を「教化書」にする検定
このことについては枚挙に暇がないので、俵事務局長談話と重複しない範囲で、ごく一部を紹介するにとどめます。
①自衛隊についての記述、2011年に自衛隊がジブチに建設した基地について、「自衛隊が海外に基地をもつことは、憲法違反の疑いが濃厚である」との原記述を、「一面的な見解を十分な配慮なく取り上げている」として、「自衛隊が海外に基地をもつことは憲法違反との指摘もある」と変えさせました。
自衛隊が「自国以外の公海や外国の領域で活動できる軍事力(実力)へと質的な転換を遂げた」を、「自国以外の公海や外国の領域で活動できるものへと質的な転換を遂げた」などの例がありました。
②「代用監獄」の語を「刑事施設」と変更させました。法律が「監獄法」から「刑事施設収容法」に変更されているとはいえ、これでは人権侵害問題であるという認識を育てることはできないのではないでしょうか。
(3)文部科学省の立場を擁護する検定意見
①家永教科書裁判について、1970年の杉本判決で家永三郎氏側が勝訴したとの記述に、「最高裁では敗訴」と追加させるなどの例がありました(日本史B)。
②1982年の「侵略」を「進出」に書き換えさせた問題では、文部省(当時)の圧力ではなく教科書発行者側が自主的にそうしたかのように変更させる例がありました(同上)。
(4)原子力発電の危険性を薄めさせる検定意見
福島第一原子力発電所の事故については、34点の教科書が取り上げ、教科も社会科や理科だけでなく国語や外国語にも広がりました。
しかし国語で、原子力発電に賛成か反対かを明確に述べなければならないとの趣旨の記述に対して「理解し難い表現である」として「現実には、どちらとも決めにくい問題はたくさんある」などに変更させました。政府広報の枠を絶対にはみ出ないよう、細心のチェックが各教科で行われているとの印象を持たざるを得ません。
原子力や原子力発電については、実はこれまでとりあげられたことがほとんどない教科、工業の「電力技術」という種目で詳細に取り扱われています。
そこでは核分裂の説明に始まり、安全性に至る項目があるのですが、福島第一原子力発電所の事故などまったく触れられておらず、逆に「発電で二酸化炭素を排出しない」ので「期待されている」などと述べられています。
検定意見はごく些細な記述以外はつけられていません。工業技術者を育てるための教科書が、いまだに「安全神話」に立脚していると言わざるをえません。
(5)検定の運用にかかわる諸問題
①「特定の企業の宣伝になるおそれ」?
アップル社の創業者・故スティーブ・ジョブズ氏を取り上げた英語の題材で、「アップル社」を削除させながら、同社製品の「Macintosh」には検定意見がつけられていません。
昨年も社名の「サンリオ」はだめで製品の「Kitty」はよいとする意見がありました。
一方で、数字パズルの「Sudoku」(数独)は商品名だという理由で変更するよう検定意見がつけられています。
「図書の内容に、特定の営利企業、商品などの宣伝や非難になるおそれのあるところはないこと」という検定基準の適用はきわめて曖昧です。
②芸術に検定意見をつけてよいのか
前ページの表のように、芸術関係の教科書にも検定意見がつけられています。
これは芸術作品の解釈や解説に国家権力が意見をつけるという行為にほかなりません。
芸術教科への検定意見は文字では表現が難しいので検定意見の紹介は割愛しますが、社会科以上に芸術教科への検定は問題だと言えます。
*****
今回も、従来の検定姿勢から見るべき前進はまったくありません。
国家の見解を教科書に掲載させて「国民としての教育」を行う、換言すれば、教科書を「教化書」として機能させるための検閲というべき装置としての検定の問題点が、今回も改めて明らかになったといえます。
検定制度の廃止をめざして、検定の問題を社会的に明らかにしていくとりくみを強化していこうではありませんか。(よしだのりひろ)
『子どもと教科書全国ネット21ニュース』89号(2013.4)
吉田典裕 出版労連
3月26日、2012年度に実施された、2014年度使用の高等学校教科書の検定結果が一部公開されました。今回の検定は、昨年に続いて改悪教育基本法およびそれに基づいて改訂された学習指導要領のもとでの高等学校教科書検定です。
以下に、日本史を中心にその概要を報告しますが、個別の検定意見の詳細については、俵事務局長の「談話」(3月26日付)があるので、そちらを参照してください。
◆ 全体的な特徴
(1)検定意見数など
検定意見数は下表のとおりです。地学が2点で474件、平均237点が突出して多いのを除くと、世界史と日本史が多いのが目を引きます。
生物と英語表現Ⅱで各1点不合格が出、ほかにコミュニケーション英語Ⅱで「申請取り下げ」が出ています。これは不合格になっていないのに、申請者(教科書会社)側が途中で断念したものです。
(2)「調査意見」がそのまま「検定意見」に
教科書調査官の「調査意見」がそのまま「検定意見」になったケースが、今回も顕著です。教科全体では84.0%、地理歴史90.7%、公民97.2%(したがって社会科の平均は92.6%)でした。
次いで理科90.7%、国語80.9%、芸術79.7%、外国語75.7%となっています。
種目別に見ると、倫理と物理では100%で、審議会が調査官の意見をすべて受け入れ、独自には何も意見を述べなかった形です。
英語表現Ⅰの53.5%、音楽Ⅱの59.8%を除くと他教科ではおおむね70~80%台です。
しかし世界史と日本史ではどの種目でも93%を超えており、審議会は教科書調査官の意見をほぼ丸呑みといわれても仕方のない結果でした。
(3)方法論への検定意見
これはおもに「内容の取扱い」に関する検定意見で、日本史で顕著でした。
特に本文以外の学習への導入や歴史的思考を促す項目に適用されているケースが目立ちます。
学習指導要領の「内容の取扱い」を根拠とした検定意見がこのような項目に適用されることは、各教科書が独自性を発揮することを阻害するものではないでしょうか。
教科書調査官および教科用図書検定調査審議会の恣意的な判断が入り込む余地が大きく、教科書内容の統制につながる危険性を改めて指摘したいと思います。
◆ 個別の検定意見の内容
具体的な個別の検定意見については今回も次のような問題点があり、教科書検定のもつ問題はまったく解消されていません。
(1)沖縄戦「集団自決」(強制集団死)
検定意見はわずかに1件でした。前回検定時の訂正申請の内容が引き継がれたためと考えらますが、逆に言えばそこからの前進もなかったことになります。
「強要」、「強いた」、「強いられた」と記述されていますが、日本軍の命令という、因果関係を明記した記述は未だにありません。
検定意見はつきませんでしたが、「日本兵の命令によって集団自決をとげた」という記述が新たに登場しました。
(2)教科書を「教化書」にする検定
このことについては枚挙に暇がないので、俵事務局長談話と重複しない範囲で、ごく一部を紹介するにとどめます。
①自衛隊についての記述、2011年に自衛隊がジブチに建設した基地について、「自衛隊が海外に基地をもつことは、憲法違反の疑いが濃厚である」との原記述を、「一面的な見解を十分な配慮なく取り上げている」として、「自衛隊が海外に基地をもつことは憲法違反との指摘もある」と変えさせました。
自衛隊が「自国以外の公海や外国の領域で活動できる軍事力(実力)へと質的な転換を遂げた」を、「自国以外の公海や外国の領域で活動できるものへと質的な転換を遂げた」などの例がありました。
②「代用監獄」の語を「刑事施設」と変更させました。法律が「監獄法」から「刑事施設収容法」に変更されているとはいえ、これでは人権侵害問題であるという認識を育てることはできないのではないでしょうか。
(3)文部科学省の立場を擁護する検定意見
①家永教科書裁判について、1970年の杉本判決で家永三郎氏側が勝訴したとの記述に、「最高裁では敗訴」と追加させるなどの例がありました(日本史B)。
②1982年の「侵略」を「進出」に書き換えさせた問題では、文部省(当時)の圧力ではなく教科書発行者側が自主的にそうしたかのように変更させる例がありました(同上)。
(4)原子力発電の危険性を薄めさせる検定意見
福島第一原子力発電所の事故については、34点の教科書が取り上げ、教科も社会科や理科だけでなく国語や外国語にも広がりました。
しかし国語で、原子力発電に賛成か反対かを明確に述べなければならないとの趣旨の記述に対して「理解し難い表現である」として「現実には、どちらとも決めにくい問題はたくさんある」などに変更させました。政府広報の枠を絶対にはみ出ないよう、細心のチェックが各教科で行われているとの印象を持たざるを得ません。
原子力や原子力発電については、実はこれまでとりあげられたことがほとんどない教科、工業の「電力技術」という種目で詳細に取り扱われています。
そこでは核分裂の説明に始まり、安全性に至る項目があるのですが、福島第一原子力発電所の事故などまったく触れられておらず、逆に「発電で二酸化炭素を排出しない」ので「期待されている」などと述べられています。
検定意見はごく些細な記述以外はつけられていません。工業技術者を育てるための教科書が、いまだに「安全神話」に立脚していると言わざるをえません。
(5)検定の運用にかかわる諸問題
①「特定の企業の宣伝になるおそれ」?
アップル社の創業者・故スティーブ・ジョブズ氏を取り上げた英語の題材で、「アップル社」を削除させながら、同社製品の「Macintosh」には検定意見がつけられていません。
昨年も社名の「サンリオ」はだめで製品の「Kitty」はよいとする意見がありました。
一方で、数字パズルの「Sudoku」(数独)は商品名だという理由で変更するよう検定意見がつけられています。
「図書の内容に、特定の営利企業、商品などの宣伝や非難になるおそれのあるところはないこと」という検定基準の適用はきわめて曖昧です。
②芸術に検定意見をつけてよいのか
前ページの表のように、芸術関係の教科書にも検定意見がつけられています。
これは芸術作品の解釈や解説に国家権力が意見をつけるという行為にほかなりません。
芸術教科への検定意見は文字では表現が難しいので検定意見の紹介は割愛しますが、社会科以上に芸術教科への検定は問題だと言えます。
*****
今回も、従来の検定姿勢から見るべき前進はまったくありません。
国家の見解を教科書に掲載させて「国民としての教育」を行う、換言すれば、教科書を「教化書」として機能させるための検閲というべき装置としての検定の問題点が、今回も改めて明らかになったといえます。
検定制度の廃止をめざして、検定の問題を社会的に明らかにしていくとりくみを強化していこうではありませんか。(よしだのりひろ)
『子どもと教科書全国ネット21ニュース』89号(2013.4)
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