*札幌~小樽~(新日本海フェリー)~新潟~家・・・の巻!(378Km)
結局、北海道に1週間いました。今年の夏は小娘さんをどこにも連れて行ってやれないと諦めてたんですけどね、おじぃの転院が色々な都合で延期になって、そのための予定が丸々空いてしまったとゆ〜塞翁が馬的な。世の中ナニがどうしてどうなるのやら、まさにその時になってみないとわからないというお話・・・
え?、その腸に穴が開いた瀕死のおじぃはどうしてるかって?。最近、コロナの影響で面会に行けないんですけどね、主治医の先生のお話によると意外と元気らしいッス。まだ嚥下力が回復してませんので、喉に詰まらないようにペーストとかゼリー食で生きてるんですけど、「こんなの人間の食うモンじゃね~!」とゴネてるそうです。本人が望むなら餅でもスルメでも分厚いステーキでも食わせてやってくださいマシ・・・(完)
【準定宿のPホテルは洒落た円筒形でしたが、館内にホンモノの温泉があって気持ちよかったです。さて、朝ご飯はチンチン電車に乗って二条市場へ行ってみましょう・・・】
【あの、札幌の市電ってグルッと一周できたんですかね。前はすすきの停留所と西4丁目停留所(歩いて5分くらい)で折り返し運転でしたが、2,015年に環状線になって狸小路停留所が新設されたそうです・・・】
【二条市場ではタラコ定食(ぴらにあも小娘さんもおじぃに似て魚卵好き)を食べたかったんですけど、長蛇の列だったので海鮮丼(ぴらにあはカニ、ホタテ、イクラ)に変更しました。思ったより朝から開いている店が少ないんですね・・・】
【子供の頃、スジコやタラコを食べようとすると「メクシャになるから止めておけ!」とおじぃによく言われましたけど、「メクシャ」というのは謎の怖い病気らしいです。タラコ定食屋はまだ並んでますね・・・】
【おじぃも子供の頃に塩辛とか塩っぱいモノを食べようとすると、自分の父親(ぴらにあの祖父)に「メクシャになる!」と言われてたそう。ぴらにあも若旦那や小娘さんに言ってますけど、とにかく「メクシャ」は怖いんです。帆立の貝柱はメクシャになりそうもないので、若旦那に買っていきましょう・・・】
【今回、やっとメクシャの謎が解けたんですよ。つまり、メクシャはいきなり腸に穴が開くってことなんですね。ぴらにあも少し魚卵を食べるのを控えようと思います。ラジオでも言ってましたけどね、「やっと北海道の夏って天気になりました~!」だそうです・・・】
【テレビ塔に向かって歩いて行くと、開拓使本陣跡という場所に出ました。ここはかのクラーク博士が明治9年7月から住んでいた場所だそうです。そのクラーク博士はたった9ヶ月しか札幌にいなかったらしい・・・(本職は1年間の休暇扱い)】
【日本三大ガッカリに数えられる時計台にやってきましたがいい感じです。コチラは正式には札幌農学校演武場といって、札幌農学校の体育館&警備所のような施設らしいです。時計台は日本最古で現在も時を刻んでいます・・・】
【時計台の中に入ってしっかりと見たのは初めてのような気がします。時計はアメリカのハワード社製の振り子時計で、おもりは約200Kgの豊平川の石が使われてます。巻き上げるのは相当な重労働でしょうね・・・】
【小娘さんはクラーク博士とマブダチのようです。博士が生徒と別れるときに発したという「ボーイズ・ビー・アンビシャス(少年よ大志を抱け)」は、博士がホントに言ったのか言わなかったのか定かな記録がなく、よくわからないそうですが・・・】
【さて、小樽に向かう途中でメロンを買おうとスーパーに寄りましたが、駐車場で小娘さんお気に入りの小樽の唐揚げ屋を見つけてしまいました。とにかくここは唐揚げが大きいんですね。お隣の4人家族(お子さんは保育園と小学校低学年くらい)が人数分の定食+アジフライを単品で頼んで後悔していました・・・(完食は絶対にムリだと思います)】
【唐揚げだけじゃなくて炭水化物も大盛り、素麺セットのおにぎり2個はキツかったッス。小樽駅近くで駐車場を見つけるのに大変でした、なぜかもの凄く混んでますね。歩いて坂を下ると「コレがおたる~!」という景色・・・】
【若旦那の大好きな手宮線跡でカロリー消費&体幹を鍛えている小娘さん、だいぶグラついてますね・・・】
【まだ船の出航まで時間があるので旭展望台という裏山に登ってきました。駐車場の脇に小林多喜二さんの記念碑がありますが、蟹の缶詰を作る船が大好きな若旦那なら喜びそうです・・・】
【日が暮れてから来たらいい景色なんでしょうけど、ちょっと怖いと思います・・・(ホントにクマが出そう)】
【帰りも行きと同じらべんだあ(14,214トン)です・・・】
【乗船はまた徒歩の小娘さんと一時お別れ(一緒に乗れませんかね?)、また船内で会いましょう・・・】
【定刻の17時出港までお風呂に入ってたり洗濯をしていたら、知らない間に港を離れてました。北海道とはしばしのお別れ・・・】
【小娘さんは付き合ってくれないので一人で船内を散歩してます・・・】
【そんな小娘さんはぴらにあが放浪している間に部屋を守るためにゲームに夢中、もう酔い止めの薬を飲んだので万全だそうです・・・】
【ディナーは小樽のスーパーで買ったお弁当、メインはホッケの煮付け(初めて食べました)です・・・】
【最前部の展望室に夕日を見に行くと、前から新日本海フェリーのはまなす(16,897トン)が向かってきました。この船は舞鶴と小樽を21時間で結んでいて、なんと30ノット以上(日本最速のフェリー)も出るそうです・・・】
【帰りも小娘さんは全く酔わず、無事に新潟港(佐渡汽船のボーイング929が停泊中)に到着しました。ここから家まで300Km以上ありますので、DPFのスス焼きがてら張り切って走りましょ~!】
結局、北海道に1週間いました。今年の夏は小娘さんをどこにも連れて行ってやれないと諦めてたんですけどね、おじぃの転院が色々な都合で延期になって、そのための予定が丸々空いてしまったとゆ〜塞翁が馬的な。世の中ナニがどうしてどうなるのやら、まさにその時になってみないとわからないというお話・・・
え?、その腸に穴が開いた瀕死のおじぃはどうしてるかって?。最近、コロナの影響で面会に行けないんですけどね、主治医の先生のお話によると意外と元気らしいッス。まだ嚥下力が回復してませんので、喉に詰まらないようにペーストとかゼリー食で生きてるんですけど、「こんなの人間の食うモンじゃね~!」とゴネてるそうです。本人が望むなら餅でもスルメでも分厚いステーキでも食わせてやってくださいマシ・・・(完)
【準定宿のPホテルは洒落た円筒形でしたが、館内にホンモノの温泉があって気持ちよかったです。さて、朝ご飯はチンチン電車に乗って二条市場へ行ってみましょう・・・】
【あの、札幌の市電ってグルッと一周できたんですかね。前はすすきの停留所と西4丁目停留所(歩いて5分くらい)で折り返し運転でしたが、2,015年に環状線になって狸小路停留所が新設されたそうです・・・】
【二条市場ではタラコ定食(ぴらにあも小娘さんもおじぃに似て魚卵好き)を食べたかったんですけど、長蛇の列だったので海鮮丼(ぴらにあはカニ、ホタテ、イクラ)に変更しました。思ったより朝から開いている店が少ないんですね・・・】
【子供の頃、スジコやタラコを食べようとすると「メクシャになるから止めておけ!」とおじぃによく言われましたけど、「メクシャ」というのは謎の怖い病気らしいです。タラコ定食屋はまだ並んでますね・・・】
【おじぃも子供の頃に塩辛とか塩っぱいモノを食べようとすると、自分の父親(ぴらにあの祖父)に「メクシャになる!」と言われてたそう。ぴらにあも若旦那や小娘さんに言ってますけど、とにかく「メクシャ」は怖いんです。帆立の貝柱はメクシャになりそうもないので、若旦那に買っていきましょう・・・】
【今回、やっとメクシャの謎が解けたんですよ。つまり、メクシャはいきなり腸に穴が開くってことなんですね。ぴらにあも少し魚卵を食べるのを控えようと思います。ラジオでも言ってましたけどね、「やっと北海道の夏って天気になりました~!」だそうです・・・】
【テレビ塔に向かって歩いて行くと、開拓使本陣跡という場所に出ました。ここはかのクラーク博士が明治9年7月から住んでいた場所だそうです。そのクラーク博士はたった9ヶ月しか札幌にいなかったらしい・・・(本職は1年間の休暇扱い)】
【日本三大ガッカリに数えられる時計台にやってきましたがいい感じです。コチラは正式には札幌農学校演武場といって、札幌農学校の体育館&警備所のような施設らしいです。時計台は日本最古で現在も時を刻んでいます・・・】
【時計台の中に入ってしっかりと見たのは初めてのような気がします。時計はアメリカのハワード社製の振り子時計で、おもりは約200Kgの豊平川の石が使われてます。巻き上げるのは相当な重労働でしょうね・・・】
【小娘さんはクラーク博士とマブダチのようです。博士が生徒と別れるときに発したという「ボーイズ・ビー・アンビシャス(少年よ大志を抱け)」は、博士がホントに言ったのか言わなかったのか定かな記録がなく、よくわからないそうですが・・・】
【さて、小樽に向かう途中でメロンを買おうとスーパーに寄りましたが、駐車場で小娘さんお気に入りの小樽の唐揚げ屋を見つけてしまいました。とにかくここは唐揚げが大きいんですね。お隣の4人家族(お子さんは保育園と小学校低学年くらい)が人数分の定食+アジフライを単品で頼んで後悔していました・・・(完食は絶対にムリだと思います)】
【唐揚げだけじゃなくて炭水化物も大盛り、素麺セットのおにぎり2個はキツかったッス。小樽駅近くで駐車場を見つけるのに大変でした、なぜかもの凄く混んでますね。歩いて坂を下ると「コレがおたる~!」という景色・・・】
【若旦那の大好きな手宮線跡でカロリー消費&体幹を鍛えている小娘さん、だいぶグラついてますね・・・】
【まだ船の出航まで時間があるので旭展望台という裏山に登ってきました。駐車場の脇に小林多喜二さんの記念碑がありますが、蟹の缶詰を作る船が大好きな若旦那なら喜びそうです・・・】
【日が暮れてから来たらいい景色なんでしょうけど、ちょっと怖いと思います・・・(ホントにクマが出そう)】
【帰りも行きと同じらべんだあ(14,214トン)です・・・】
【乗船はまた徒歩の小娘さんと一時お別れ(一緒に乗れませんかね?)、また船内で会いましょう・・・】
【定刻の17時出港までお風呂に入ってたり洗濯をしていたら、知らない間に港を離れてました。北海道とはしばしのお別れ・・・】
【小娘さんは付き合ってくれないので一人で船内を散歩してます・・・】
【そんな小娘さんはぴらにあが放浪している間に部屋を守るためにゲームに夢中、もう酔い止めの薬を飲んだので万全だそうです・・・】
【ディナーは小樽のスーパーで買ったお弁当、メインはホッケの煮付け(初めて食べました)です・・・】
【最前部の展望室に夕日を見に行くと、前から新日本海フェリーのはまなす(16,897トン)が向かってきました。この船は舞鶴と小樽を21時間で結んでいて、なんと30ノット以上(日本最速のフェリー)も出るそうです・・・】
【帰りも小娘さんは全く酔わず、無事に新潟港(佐渡汽船のボーイング929が停泊中)に到着しました。ここから家まで300Km以上ありますので、DPFのスス焼きがてら張り切って走りましょ~!】
「電車の不正乗車をなんでキセルって言うか知ってる?」とぴらにあ、「そもそもキセルってなんスカ?」って若い衆。そうか、ハナから電子マネーで乗ってたらキセルって知らないかもしれませんね。「つまりね、ここにあるキセルは両端が金物でしょ、乗った区間の最初と最後だけお金を払って誤魔化すからキセルよ!」と説明すると、「この道具はキセルってゆうんスカ?」だそうです。難しい世の中になって参りましたね…
*様似~新冠~札幌(羊ヶ丘、円山動物園、白い恋人の工場)・・・の巻!(217Km)
新冠・・・、思い出の地なんです。腐れ縁のS(チョコレート工場勤務で釧路湿原を歩いたSくんとは別人)と北海道旅行(宗谷岬から襟裳岬まで縦に縦断)で訪れましたよ。新冠にはSのおばぁちゃんが一人で住んでいて、ホッキ貝のサラダを山のように作って待っていてくれました。何泊かお世話になりましたが、ぴらにあの作ったテキトーカレーをやたら喜んでくれて、ぴらにあたちのために作ってくれた料理は一緒に食べず、おばぁちゃんはカレーばかり食べてましたよね。ぴらにあたちが札幌に向かう時、いつまでも家の前で見送ってくれていたのがミラーで見えました・・・
おばぁちゃんはSが若くして亡くなったのを最期まで知りませんでした、Sのママ(Y子さん)がおばぁちゃんがとんでもないショックを受けるのを心配して知らせなかったそうです。Sはぴらにあに感化されて各地からおばぁちゃんに絵ハガキを送ってましたけどね、パッタリと届かなくなった絵ハガキをどう思ったんですかね。たぶん、Sにとんでもない事が起こったことを勘のいいおばぁちゃんは気がついていたことでしょう。北海道に来るといつもそのことを思い出して、ちょっと切なくなります・・・(死んだら大好きな郡上八幡のニッキ飴を二度と食べられなくなります←アホです)
【様似駅は日高線の終着駅ですが、2,015年冬の高波被害で途中の線路が流出して運行が休止し、そのまま復旧することなく2,021年に廃駅となりました。ホームも線路もまだちゃんと残ってますが、二度とディーゼルカーが来ることはありません・・・】
【う~ん、おばぁちゃんの家はたぶんこの団地だったと思うんですけどね。周りがずいぶん賑やかになって、新冠の町もお店がたくんさん増えて雰囲気が変わってしまいました。もう30年くらい前の話ですからねぇ・・・(確か当時は新冠にスーパーはありませんでしたので、カレーの材料は隣町に買い出しに行きました)】
【さて、雨が止みましたので北広島のインターを下りた所で海水と襟裳の砂で汚れた車を洗いました。きな粉のような細かい茶色い砂が車の下面にこびりついて、1回洗ったくらいじゃ取れませんね。洗車のご褒美は第1回ジンギスカン大会で・・・】
【Sとおばぁちゃんの家に行く前にここにも寄ったんですけど、その時はクラーク博士の後ろは果てしなく原っぱと森が広がっていたような記憶が。今はすぐそこに野球場のドームと町並みが広がっております・・・】
【道ばたに出てくるキタキツネやエゾシカでも失神一歩手前の小娘さんですが、柵の向こうならヒグマでもシロクマでも全く大丈夫です。もし、旅行の目的地が奈良だったらどうするんでしょうかねぇ・・・(奈良は修学旅行アルアル)】
【白い恋人の工場見学は最終日に来る予定でしたが、まだ時間が早かったので繰り上げました。「なんかいい感じ!」って小娘さん、イメージがチャーリーとチョコレート工場に酷似しているそうですが、偶然ではなく狙っているみたいです。ホントにジョニー・デップさんがキテレツな感じで出てきそうです・・・】
【工場見学はフツーは写真撮影不可ですが、ここはOKだそうです。見学ルートに入るには時間指定のチケットを買わなくてはいけませんが、スタンプラリーの参加料に込みになっているきたいです・・・】
【ラングドシャとホワイトチョコレートの厚みの研究ですかね。たぶん展示用に作ったと思われますが、厚くても薄くてもダメなんだそうです・・・】
【ホワイトチョコレートは日本では石屋製菓は最初に作ったのかと思っていましたが、実は六花亭のが先でした。でも、白い恋人が北海道ミヤゲとして有名になったおかげで、全国的にホワイトチョコレートを知らしめたのが石屋製菓となっているようです。バウムクーヘンも大量に焼き上がって参りました・・・】
【しかし、2,007年に白い恋人はやってしまいました。売れ残った白い恋人のパッケージを包み直して再販売、つまり賞味期限偽装の内部告発・・・。社長の指揮で徹底的に原因を究明し、製造工程や流通を見直してなんと100日で再販売にこぎ着けます・・・】
【まぁ、真摯な対応を評価してもらったということなのでしょうね。青いイメージカラーの牛乳屋さんはブドウ球菌騒動で、「アタシも寝てないんだよ!」と社長がテレビでキレてお取り潰しの一歩手前、とうとう赤いパッケージになってしまいましたけどね。札幌も準定宿Pホテルで温泉付きです・・・】
【そういやラーメン食べてませんでしたね。すすきののラーメン横丁は混雑してそうなので札幌駅の近くに来てみましたが、こちらも結構な繁盛ぶりでした。小娘さんは味噌ラーメンが一番好きみたいです、ぴらにあは塩派ですがここは味噌で・・・】
新冠・・・、思い出の地なんです。腐れ縁のS(チョコレート工場勤務で釧路湿原を歩いたSくんとは別人)と北海道旅行(宗谷岬から襟裳岬まで縦に縦断)で訪れましたよ。新冠にはSのおばぁちゃんが一人で住んでいて、ホッキ貝のサラダを山のように作って待っていてくれました。何泊かお世話になりましたが、ぴらにあの作ったテキトーカレーをやたら喜んでくれて、ぴらにあたちのために作ってくれた料理は一緒に食べず、おばぁちゃんはカレーばかり食べてましたよね。ぴらにあたちが札幌に向かう時、いつまでも家の前で見送ってくれていたのがミラーで見えました・・・
おばぁちゃんはSが若くして亡くなったのを最期まで知りませんでした、Sのママ(Y子さん)がおばぁちゃんがとんでもないショックを受けるのを心配して知らせなかったそうです。Sはぴらにあに感化されて各地からおばぁちゃんに絵ハガキを送ってましたけどね、パッタリと届かなくなった絵ハガキをどう思ったんですかね。たぶん、Sにとんでもない事が起こったことを勘のいいおばぁちゃんは気がついていたことでしょう。北海道に来るといつもそのことを思い出して、ちょっと切なくなります・・・(死んだら大好きな郡上八幡のニッキ飴を二度と食べられなくなります←アホです)
【様似駅は日高線の終着駅ですが、2,015年冬の高波被害で途中の線路が流出して運行が休止し、そのまま復旧することなく2,021年に廃駅となりました。ホームも線路もまだちゃんと残ってますが、二度とディーゼルカーが来ることはありません・・・】
【う~ん、おばぁちゃんの家はたぶんこの団地だったと思うんですけどね。周りがずいぶん賑やかになって、新冠の町もお店がたくんさん増えて雰囲気が変わってしまいました。もう30年くらい前の話ですからねぇ・・・(確か当時は新冠にスーパーはありませんでしたので、カレーの材料は隣町に買い出しに行きました)】
【さて、雨が止みましたので北広島のインターを下りた所で海水と襟裳の砂で汚れた車を洗いました。きな粉のような細かい茶色い砂が車の下面にこびりついて、1回洗ったくらいじゃ取れませんね。洗車のご褒美は第1回ジンギスカン大会で・・・】
【Sとおばぁちゃんの家に行く前にここにも寄ったんですけど、その時はクラーク博士の後ろは果てしなく原っぱと森が広がっていたような記憶が。今はすぐそこに野球場のドームと町並みが広がっております・・・】
【道ばたに出てくるキタキツネやエゾシカでも失神一歩手前の小娘さんですが、柵の向こうならヒグマでもシロクマでも全く大丈夫です。もし、旅行の目的地が奈良だったらどうするんでしょうかねぇ・・・(奈良は修学旅行アルアル)】
【白い恋人の工場見学は最終日に来る予定でしたが、まだ時間が早かったので繰り上げました。「なんかいい感じ!」って小娘さん、イメージがチャーリーとチョコレート工場に酷似しているそうですが、偶然ではなく狙っているみたいです。ホントにジョニー・デップさんがキテレツな感じで出てきそうです・・・】
【工場見学はフツーは写真撮影不可ですが、ここはOKだそうです。見学ルートに入るには時間指定のチケットを買わなくてはいけませんが、スタンプラリーの参加料に込みになっているきたいです・・・】
【ラングドシャとホワイトチョコレートの厚みの研究ですかね。たぶん展示用に作ったと思われますが、厚くても薄くてもダメなんだそうです・・・】
【ホワイトチョコレートは日本では石屋製菓は最初に作ったのかと思っていましたが、実は六花亭のが先でした。でも、白い恋人が北海道ミヤゲとして有名になったおかげで、全国的にホワイトチョコレートを知らしめたのが石屋製菓となっているようです。バウムクーヘンも大量に焼き上がって参りました・・・】
【しかし、2,007年に白い恋人はやってしまいました。売れ残った白い恋人のパッケージを包み直して再販売、つまり賞味期限偽装の内部告発・・・。社長の指揮で徹底的に原因を究明し、製造工程や流通を見直してなんと100日で再販売にこぎ着けます・・・】
【まぁ、真摯な対応を評価してもらったということなのでしょうね。青いイメージカラーの牛乳屋さんはブドウ球菌騒動で、「アタシも寝てないんだよ!」と社長がテレビでキレてお取り潰しの一歩手前、とうとう赤いパッケージになってしまいましたけどね。札幌も準定宿Pホテルで温泉付きです・・・】
【そういやラーメン食べてませんでしたね。すすきののラーメン横丁は混雑してそうなので札幌駅の近くに来てみましたが、こちらも結構な繁盛ぶりでした。小娘さんは味噌ラーメンが一番好きみたいです、ぴらにあは塩派ですがここは味噌で・・・】
*釧路~大樹~広尾~襟裳岬~様似・・・の巻!(285Km)
風がビュービュー吹く十勝の国道を走りながら、「襟裳の~風は~とても強い~風です~、遠慮はいらないから~吹き飛ばされて行きなよォ~♪」と気持ちよく歌っていたら、「ナニそれ?」だそうです。「森進一だよ!」とぴらにあ、「誰それ?」と小娘さん(吉田拓郎バージョンなら知ってるんでしょうか?)。「おふくろさんよォ~、おふくろさん~♪」は、「それはちょっと知ってる!」だそうです・・・
【昨日の濃霧はウソのように晴れた釧路ですが、台風並みの強風で晴れたり雨が降ったりしています。この後、さらに荒れていくようようです・・・】
【昨日、ノロッコ号で湿原の東側は探検しましたが、今日は西側の高台(釧路湿原は西高東低の地形)にやってきました。が、駐車場でいきなり小娘さんの天敵に襲われまして勇気ある撤退となりました・・・】
【釧路市丹頂鶴自然公園なら大丈夫でしょう。しかし、こちらも「最近、園内にクマが出ましたので、あんまり奥へは行かないで!」とゆ~怖いアナウンスが・・・】
【十勝ッチのメインストリート、国道38号線を西に進みますがほとんどナニもありません。根室本線の旧直別駅を過ぎた辺りで国道は内陸の方へ向かいますが、ぴらにあは海岸線の道道1038号(国道の旧道?)に入ってみました。対向車も全く来ないし、一発高波が来たらアウトという感じ・・・】
【ひたすら走って十勝川を渡り(6速MTのアクセルワークが気持ちいいッス)、国道336号の生花苗(オイカマナイ)郵便局を左に折れて晩成社の跡へやって来ました。こちらは十勝開拓のパイオニアである依田勉三さんが明治19年に農場を開いた場所です・・・】
【勉三さんが最初に住んでいた家は火事で焼けてしまいましたが、この建物は明治26年に建てた現物だそうです。勉三さんは牛や豚の飼育にとどまらず、ジャガイモやビート、当時「北海道ではムリ!」と言われていた米の栽培、乳加工品や缶詰の製造も試みたそうです・・・】
【当時使っていた室も残ってます。しかし、マトモな地図も無かったろう明治の時代に、よくここにたどり着いて農業をやろうとしたと尊敬します。勉三さんの取り組みはほぼ失敗に終わりましたが、勉三さんは73才まで生きて十勝の農業の礎を作りました・・・】
【もう、ホントに周囲になにもありません、今でもこの辺に住んでいる人はどこで買い物をしているのでしょう。勉三さんはなぜこの地に農場を開いたのかというと、近くにある生花苗沼を浚渫して港湾を作り、北海道で製造した様々な製品を本土に運ぶ計画だったそうです。明治時代に先を読みすぎてスゴすぎます・・・】
【依田勉三さんって、牛乳瓶底メガネを掛けたらキテレツ大百科に出てくる万年浪人生の勉三さんに似てるんじゃ無いっスカ、ねぇコロちゃん・・・(キテレツの勉三さんは確か東北出身でしたが、依田勉三さんは伊豆出身です)】
【晩成社から海岸に出たところに温泉がありまして、昆布を煮出したような真っ茶色のお湯だと思ったら、日本一のヨードたっぷり(昆布もヨードたっぷり)温泉だそうです。名物のチーズサーモン丼はチーズとサーモンが別々に天ぷらで山盛り、期待を裏切るまいう~ですね・・・】
【小娘さんは昨日、お腹いっぱいで挑戦できなかったスパカツにしてみました。さて、さらに原野の中を進んでいくといきなり謎のヒミツ基地が現れました。ホントに国家レベルの秘密基地です・・・】
【コチラはJAXAの実験場でロケットや気球の打ち上げを行っています。例のホリ〇モンのロケットもここでぶっ放してます。ここなら失敗して落っこちても大丈夫です・・・】
【1000mの滑走路(主に飛行船を上げている)の奥の方にホリ〇モンの発射基地(専用ではありませんが)があるはずですが、「これ以上入ったらレーザーで抹殺する!」とも書いてないので砂利道を進んでいくと、工事の人たちがたくさんいたので海岸線をグルッと一周・・・】
【これは飛行船の格納庫みたいです。展示館と売店があると書いてありましたが、この日は閉まってました。4人で来ていたファミリーのママさんが、「どうして~、開いてないの~!」と絶叫してました・・・】
【まぁ、ここまで目指して来て記念グッズが買えなかったらショックですよね。後でネットで調べてみると交流施設SORA(展示館と売店)は土日祝日しか開いてないようですが、夏休みくらい毎日開ければいいですよね・・・】
【広尾までの海岸線には第二次世界大戦時のトーチカが多数残っておりますが、天気が悪くて風が強いので見られませんでした。襟裳岬は300円(中学生は200円)払って室内からゼニガタアザラシを見られます・・・】
【料金のメインはコチラのえりもの風体験コーナーでございます。最大25m/sとなっておりますが、初めは「こんなかんじ?」レベルの風で・・・】
【ジワジワ強くなってきましたが、ぴらにあは耳が痛くなってきたので(元々気圧の変化に弱い)チョイと退散しました。地元のJKがスカートぴらぴらしてます・・・】
【さて、5分ほど掛けて最大風速となりましたが、もう前を向いて立っていられません。小娘さんも最大に盛り上がっております・・・】
【計画の段階では釧路から札幌まで直行の予定でしたが、ちょっと遠いので半分の様似周辺で刻もうと思いまして。やっと見つけたアポイ岳の登山基地になっている公共施設(一応温泉)の素泊まりをキープしました・・・】
【ホテルに食堂もありましたが、様似のAコープで見切り品のイカ刺しを買ってきてディナーです。このホテルは北海道アルアルで館内にエアコンがありません(お部屋にはあります)が、廊下に出ないとWi-Fiが通じませんが結構この日は暑いのです。じゃぁ、お部屋でLTEでやればいいじゃん!(通信料が勿体ないじゃん!)。つまり、便利な世の中になったモンということ・・・】
風がビュービュー吹く十勝の国道を走りながら、「襟裳の~風は~とても強い~風です~、遠慮はいらないから~吹き飛ばされて行きなよォ~♪」と気持ちよく歌っていたら、「ナニそれ?」だそうです。「森進一だよ!」とぴらにあ、「誰それ?」と小娘さん(吉田拓郎バージョンなら知ってるんでしょうか?)。「おふくろさんよォ~、おふくろさん~♪」は、「それはちょっと知ってる!」だそうです・・・
【昨日の濃霧はウソのように晴れた釧路ですが、台風並みの強風で晴れたり雨が降ったりしています。この後、さらに荒れていくようようです・・・】
【昨日、ノロッコ号で湿原の東側は探検しましたが、今日は西側の高台(釧路湿原は西高東低の地形)にやってきました。が、駐車場でいきなり小娘さんの天敵に襲われまして勇気ある撤退となりました・・・】
【釧路市丹頂鶴自然公園なら大丈夫でしょう。しかし、こちらも「最近、園内にクマが出ましたので、あんまり奥へは行かないで!」とゆ~怖いアナウンスが・・・】
【十勝ッチのメインストリート、国道38号線を西に進みますがほとんどナニもありません。根室本線の旧直別駅を過ぎた辺りで国道は内陸の方へ向かいますが、ぴらにあは海岸線の道道1038号(国道の旧道?)に入ってみました。対向車も全く来ないし、一発高波が来たらアウトという感じ・・・】
【ひたすら走って十勝川を渡り(6速MTのアクセルワークが気持ちいいッス)、国道336号の生花苗(オイカマナイ)郵便局を左に折れて晩成社の跡へやって来ました。こちらは十勝開拓のパイオニアである依田勉三さんが明治19年に農場を開いた場所です・・・】
【勉三さんが最初に住んでいた家は火事で焼けてしまいましたが、この建物は明治26年に建てた現物だそうです。勉三さんは牛や豚の飼育にとどまらず、ジャガイモやビート、当時「北海道ではムリ!」と言われていた米の栽培、乳加工品や缶詰の製造も試みたそうです・・・】
【当時使っていた室も残ってます。しかし、マトモな地図も無かったろう明治の時代に、よくここにたどり着いて農業をやろうとしたと尊敬します。勉三さんの取り組みはほぼ失敗に終わりましたが、勉三さんは73才まで生きて十勝の農業の礎を作りました・・・】
【もう、ホントに周囲になにもありません、今でもこの辺に住んでいる人はどこで買い物をしているのでしょう。勉三さんはなぜこの地に農場を開いたのかというと、近くにある生花苗沼を浚渫して港湾を作り、北海道で製造した様々な製品を本土に運ぶ計画だったそうです。明治時代に先を読みすぎてスゴすぎます・・・】
【依田勉三さんって、牛乳瓶底メガネを掛けたらキテレツ大百科に出てくる万年浪人生の勉三さんに似てるんじゃ無いっスカ、ねぇコロちゃん・・・(キテレツの勉三さんは確か東北出身でしたが、依田勉三さんは伊豆出身です)】
【晩成社から海岸に出たところに温泉がありまして、昆布を煮出したような真っ茶色のお湯だと思ったら、日本一のヨードたっぷり(昆布もヨードたっぷり)温泉だそうです。名物のチーズサーモン丼はチーズとサーモンが別々に天ぷらで山盛り、期待を裏切るまいう~ですね・・・】
【小娘さんは昨日、お腹いっぱいで挑戦できなかったスパカツにしてみました。さて、さらに原野の中を進んでいくといきなり謎のヒミツ基地が現れました。ホントに国家レベルの秘密基地です・・・】
【コチラはJAXAの実験場でロケットや気球の打ち上げを行っています。例のホリ〇モンのロケットもここでぶっ放してます。ここなら失敗して落っこちても大丈夫です・・・】
【1000mの滑走路(主に飛行船を上げている)の奥の方にホリ〇モンの発射基地(専用ではありませんが)があるはずですが、「これ以上入ったらレーザーで抹殺する!」とも書いてないので砂利道を進んでいくと、工事の人たちがたくさんいたので海岸線をグルッと一周・・・】
【これは飛行船の格納庫みたいです。展示館と売店があると書いてありましたが、この日は閉まってました。4人で来ていたファミリーのママさんが、「どうして~、開いてないの~!」と絶叫してました・・・】
【まぁ、ここまで目指して来て記念グッズが買えなかったらショックですよね。後でネットで調べてみると交流施設SORA(展示館と売店)は土日祝日しか開いてないようですが、夏休みくらい毎日開ければいいですよね・・・】
【広尾までの海岸線には第二次世界大戦時のトーチカが多数残っておりますが、天気が悪くて風が強いので見られませんでした。襟裳岬は300円(中学生は200円)払って室内からゼニガタアザラシを見られます・・・】
【料金のメインはコチラのえりもの風体験コーナーでございます。最大25m/sとなっておりますが、初めは「こんなかんじ?」レベルの風で・・・】
【ジワジワ強くなってきましたが、ぴらにあは耳が痛くなってきたので(元々気圧の変化に弱い)チョイと退散しました。地元のJKがスカートぴらぴらしてます・・・】
【さて、5分ほど掛けて最大風速となりましたが、もう前を向いて立っていられません。小娘さんも最大に盛り上がっております・・・】
【計画の段階では釧路から札幌まで直行の予定でしたが、ちょっと遠いので半分の様似周辺で刻もうと思いまして。やっと見つけたアポイ岳の登山基地になっている公共施設(一応温泉)の素泊まりをキープしました・・・】
【ホテルに食堂もありましたが、様似のAコープで見切り品のイカ刺しを買ってきてディナーです。このホテルは北海道アルアルで館内にエアコンがありません(お部屋にはあります)が、廊下に出ないとWi-Fiが通じませんが結構この日は暑いのです。じゃぁ、お部屋でLTEでやればいいじゃん!(通信料が勿体ないじゃん!)。つまり、便利な世の中になったモンということ・・・】