モルモンの泉

個人的に信じていること、感じていることを書いてみました。
気楽に目を通していただけるなら幸いです。

敵を愛する

2020-12-10 06:13:44 | 総大会
主は…敵を愛することが可能であると教えてくださいました。…主は愛するという戒めを与えられ…従おうとするときに助けてくださると約束しておられます。
(あなたの敵を愛しなさい   オークス管長)

この世でもっとも哀れむべきことは、憎しみの心から離れられないことでしょう。
憎しみの心は、怒りと敵意をもたらし、平安と喜び、幸せを自ら遠ざけ、
主の御霊を受け入れることを拒むようになります。

ニーファイ人はレーマン人との戦争に明け暮れましたが、
それと同時にレーマン人が主に立ち返るための働きを続けました。

彼らは守るために戦いましたが、攻めて出ることはしませんでした。
戦うことに変わりはなくとも、守るために戦うときには主の御霊が伴い、
攻めるために出て行くときにはそれを失いました。

「愛するために何ができるだろうか」
もし戦いの最中にあったとしても、その思いを失うことがなければ、
主の御霊は共にあるようです。
コメント

喜び

2020-12-10 06:11:09 | 福音について
喜びがなくても、出来事そのものに変わりはありません。
主の真理も、喜びがあっても、喜びななくても、変わることはありません。
しかし、主の福音を見出すためには、喜びが必要であるように思います。

主は、人が喜びを受けるために、この世での経験を与えます。
霊的な喜びを見出すことは、主の福音を見出すことです。

わたしたちは‟最後の裁き”に備えるために生きていますが、
それは愛の法廷であり、その人が受けることのできる最大の喜びを与えられる場です。
コメント