rakitarouのきままな日常

人間様の虐待で小猫の時に隻眼になったrakitarouの名を借りて政治・医療・歴史その他人間界のもやもやを語ります。

批判されると崩壊するような国に正当性はないだろう

2009-12-23 18:30:50 | 社会
日中歴史共同研究、「南京事件」は両論併記へ(読売新聞) - goo ニュース

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歴史共同研究で明確にしておかなくてはならないのは、日本は「有識者」による自由な研究の場であるのに対して、中国は国家の定めた歴史観を裏打ちするために存在する官僚が中国が定めた歴史観を日本に押し付けるためにきているという大前提を明記することです。日本と中国では「有識者」の内容が異なります。

このニュースで最も興味深いのは「1945年以降の現代史については公表を見送る方向となった。中国側が現在の中国政府への批判につながることを懸念したためとみられる。」の一文です。つまり終戦後からの歴史を史実に基づいて検証すると何より日本と戦ったのは共産党でなく国民党であることが明確ですし、建国後の飢饉による大量餓死や文革、天安門の時の大虐殺に触れざるを得ない(事実だから)から避けて通るということでしょう。しかし真実に基づく歴史の審判を受け入れる度量もない国が、それ以前の歴史について共通認識などと傲慢にも他国に語る資格があるのでしょうか。

自分たちへの批判を一切許さない、ということは批判は真実だから何の反論もできないという意味であり、それによって現体制が崩壊する位、現体制の正当性は脆弱であるという自信のなさの裏返しでもあります。このような研究は無意味であり、二度と行わない方がお互いのためです。中国において「歴史」という言葉の意味は学問としての歴史ではなく現体制が正統であるための権威付けにすぎません(拙ブログ、「歴史とは何か」書評参照http://blog.goo.ne.jp/rakitarou/e/92cb99a26a0089c5f59dfa075dd853ef)。マスコミの方もそのあたりの意義付けをしっかり報道する必要があると思います。しかしこの読売の記事は中国側の非常識をうまくあぶり出して報道している点でGJと言えるでしょうね。

子供たちに必要な真の歴史教育とは、特定の勢力に都合の良い歴史観の押し付けではなく、今回のことのように「歴史を研究すると現政権の批判になるから触れないでおく」という決定を下さないといけないのはどうしてか、を考えさせることです。歴史の勉強によって日本の未来の選択肢を決める参考にするには自分で考える能力こそが必要なのですから。
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