「医療の質」という言葉はやや聞き慣れない言葉ですが、最近の医療業界では大変重要なことばとして注目されています。私も勤めている病院の「医療の質検証委員会」の責任者をしており、毎週委員会を開いて病院で行われている医療についての検証をしています。
「医療の質」とは何か
医療の質とは一体何かというと、「患者さんに対して、最小のリスクで最大のベネフィットが得られる医療が行えたか」という一言に尽きます。医療が身体に侵襲を加えるものである以上、リスクのない医療というのはありません。「毒薬も薄めて使えば薬になる」の例え通り殆どの薬は大量使用すれば致命的な毒になります。また医療は人間が人間に対して行っているものである以上、誤りを犯す事が皆無であるはずがありません。「to err is human」人は過ちを犯すものである、という前提で全て考えるのが医療では常識とされています。過ちを犯してもそれを早期に発見して、致命的な障害に至る前にリカバーをして正しい方向に修正する事が何よりも大事なのです。その状況を検証するのが「医療の質の検証」と言えます。
米国で1980年代に教育者として医療の質について活動してきた「ドナベディアンDonabedian, Avedis 1919-2000」はドナベディアンモデルとして医療を行う際の構造(環境)、過程(何を行ったか)、結果(医療の結果)に分けて検証し、提供された医療の質を評価することを提唱しました。つまり時代、社会背景、施設や医療従事者の状況によって提供できるベネフィットの内容が変わります。その最大の能力を提供して最も良いと思われる医療結果が導かれればそれは「医療の質」が高いと評価されるのです。
日本において「医療の質」は常に高いか
医師を含む日本の医療従事者が「高い質の医療」を提供したいと考えて努力していることは間違いないと思います。しかし結果的に行った医療の質が常に高かったか?については残念ながら疑問が多いと私は正直思います。患者さんによってはその医療の結果を「医療ミス」「医療事故」と認識することも多いでしょう。
今回の事例について、医学的状況が解らないのに軽々にコメントをすることはご遺族、医療者側どちらにも非礼なことだとは思いますが、報道されている内容からの類推で医療の質につながる所を述べます。この乳がんの患者さんは2009年に再発してから10年近く種々の治療を行いながら生活をしてきたことが記事から解ります。完治ではないながら、在宅でなくなる前日まで買い物に行けるくらいの状態で過ごしていたようです。次第に進行はしていても、外来で化学療法などを行いながら癌の患者さんを診てゆくのはなかなか難しい面があります。「がん救急」と呼ばれる分野の救急疾患があって、元気に暮らしていても何らかのきっかけで急速に状態が悪化する場合があります。癌の進行で腎動脈や尿管が閉塞して数日で急性腎不全になり高カリウムで突然死することもあります。化学療法で前回までは問題なかった量でも今回白血球や血小板が危険域まで減少して敗血症になることもあります。他にも緩やかに経過していた病態が急激に悪化してしまうこともあります。この患者さんの例はこのような経過であったかも知れません。「これは進行が急になった。家族に知らせなくては。」と思っているうちに不幸な転機に至ってしまうという経験も私もあります。家族にしてみると「こんなに悪くなっていたとは、」と思いがけない結果であることもあり、感じ方では医療ミスがあったと誤解されかねないこともあるでしょう。患者さん、家族との連携、情報提供というのは「医療の質」を考える上では「結果」につながる重要なポイントであり、大切なことだと思います。
医療の質の検証をしていると、高齢者の手術後の回復が十分でなく、手術がうまく行っていたのに不幸な転機となった例、化学療法後に肺炎を併発して回復しなかった例、検査後に出血があり、たまたまそこに感染など併発して不幸な転機となった例などあり、最小のリスクで最大のベネフィットからはほど遠いと感ずる医療もあります。自分の行った医療でも何とかリカバーはしたけど危ない所だった、患者さんには負担をかけたと反省する例も多々あります。個人のミスではなく、システムの問題でうまく行かなかった医療もあります(その場合はシステムの改善を行い再発を防ぎます)。患者さんや家族が医療に対して不満に思う場合、それが全て医療ミスではなくても「医療の質」が悪かった場合は十分にありえます。そのような事例は医療者側も謙虚に受け止めて再発のないよう改善に努める必要があると思います。
私は大学で学生さんに男性不妊の授業を行っているのですが、カップルで不妊の率は1割、そのうち男性に原因がある場合が半分と教えています。教科書にもそのように書かれています。世の中的にはまだ偏見が多いと思いますが、科学的には半々、或はどちらも問題ないけど相手精子に対して抗体を作って流産という例もあるようです。ちなみに精液の質改善には漢方も活躍していて科学的エビデンスもあるようです。
医療の質で言うと、慢性疾患、老年期の医療や終末期の医療で特にケアの面で不十分と思う例が多いですね。過活動膀胱には脛骨神経刺激(電気)が欧米では推奨されていますが、私は自分で行う指圧によるマッサージを勧めます。
中国で医師であった故に文化大革命で東洋医学を薬品欠乏で導入せざる得なかった母君と、
元医大生でありながら、その経験をチャラにして慶応の理工学部に進んだ親友です。
何度も不妊治療の施術に及び効果がない。
そこで流言飛語が飛ぶのを覚悟で「医師の診断をうけて欲しい!」と説明。
幸いに鍼灸業界は産婦人科とは仲が良い。
もともと前述の経歴ゆえに、親友の治療院は地元の医師会と仲が良い。それで信用できる(辛い事実もきちんと説明できる)医師を紹介。そして
人工授精を医師が進めて、めでたく受妊なさいました。
ここで私は思います。
何故に女性にばかり不妊の理由が追及される?
科学的に考えてれば♂側にも問題点があると推察するのは普通ですよね?
私は声を大にして言います。
男性の不妊側については言わない社会的な圧力があるからだと!
私はとある施設の放射性汚染を幼少に受けており、そのせいかは判別し難いが子供を妻と成せませんでした。それが離婚の原因でもある。
元妻は私の後に二度に渡る再婚の結果、ついに子を成しております。科学的に考察して私側に生殖の問題の問題があったと推察できます。
何故に不妊の原因を女性ばかりに求める?
それは非科学的ではありませんか?
そこを突いて、嫌われて誹謗されるリスクを覚悟で御主人を説得して、医師を紹介した親友と院長は偉いと思います!
私も西洋医学の病院で看護師として従事してきた所以があるので、医局にも簡単には結論できないのは解る。解るが、民間医療の鍼灸師が指摘して説得して…という流れに、さんざんに検査をしてきたドクターは何をしていたのだ?
という怒りを禁じ得ません。
幸いに親友の紹介したドクターが、男性側に問題がある事を証明し、その結果にめでたく御懐妊なされました。
私は看護助手→準看護師→鍼灸師の道を歩いた者で西洋医学の有益は疑いません。
しかし、男尊女卑の法則で、今まで男性側に問題がある事をドクターが指摘してこなかった事には多大なる問題があると思います。
鍼灸師が説得して、ようやくドクターの診断を受け入れた…という序列の歪みは、医師の方々も
背後にある医療不信がある事を、いま一度、噛み締めて欲しいと思います。
別に専門外ですから!先生に責任はない!
しかし、この民間治療が先駈けした事実は、厳然として西洋医学というよりも医療不信が民間にある事をドクター達にも、いま一度、振り返りして欲しいと思います。
頼むから何とかして下さいよ。
触った感触で、これは大病であると解る時があります。病院で医師の診断を受けてくれ!
そんな事は何度もあります。
日本の法律では医師がトップです。
その医師が診断を怖れてどうなる?
その夫婦の特殊性もあるが、そもそも医師ではなく、鍼灸師に怪傑を求めてくる事が、医療不信を明らかにしていると思います。