アフリカ豚熱の感染リスクが高まっている(ポーランド・ワルシャワ近郊)=ロイター
豚に感染すると致死率ほぼ100%といわれるアフリカ豚熱(ASF)が、世界で猛威をふるう。東アジアで感染が確認されていないのはもはや日本と台湾のみ。
観光客の移動がピークを迎える夏は、ウイルスが人などに付着して国境を越える可能性が高くなる。感染が広がれば畜産への打撃は大きく、パリ五輪の開催をひかえたフランスも警戒を強めている。
人の移動が感染経路に
アフリカ豚熱は1921年にケニアで最初に報告された風土病だ。本来なら豚や野生のイノシシによる接触か、ベクター(病原体の媒介動物)であるダニを通じて感染する。
現在の世界的な感染拡大は、海外からの人の移動や肉類などの持ち込み、国際物流が主な経路となっている可能性が高い。
アフリカ豚熱のウイルスは冷凍状態でも長く生き延びるなど環境変化に強い。有効なワクチンや治療法はなく、日本で家畜が感染した場合には殺処分が義務付けられている。人には感染しない。
外国人観光客がウイルスを持ち込む恐れがある(訪日客でにぎわう京都)=共同
国際協力機構(JICA)の桐野有美・国際協力専門員(畜産・家畜衛生)は「海外から日本に持ち込まれた肉類や加工品から、生きたアフリカ豚熱のウイルスが実際に検出されている。
訪日客の靴に付いた土から感染が広がる恐れもある」と指摘する。「日本への侵入は検疫がギリギリの水際で食い止めている状態にある」とも話す。
アフリカ豚熱はすでにアジアのほぼ全域に広がっている。2018年に中国・遼寧省でアジアで初めての感染が確認されたのが発端だ。中国全土に急拡大し、病死や殺処分によって中国の豚の飼育頭数は一時、前年比で約3割も減少した。
すでに韓国・釜山に到達
19年にはベトナムやフィリピン、韓国などに感染が拡大。20年にインド、21年にタイ、23年にはシンガポールに広がった。
また23年12月には韓国・釜山で野生のイノシシからウイルスが検出され、朝鮮半島の南端まで感染が広がっていることがわかった。
気になるのは大幅な増加が続く外国人訪日客だ。日本政府観光局(JNTO)によると、直近5月の訪日客は約304万人と3カ月連続で300万人を超えた。5月としてはすでに新型コロナウイルスの感染拡大前の水準を上回っている。コロナ前の傾向から、訪日客数は7月に年間ピークとなる可能性がある。
観光客がもたらすアフリカ豚熱の感染リスクを警戒するのは日本ばかりではない。
仏も豚肉の持ち込みを禁止
フランス農業・食料省は7月から、海外からの豚肉などの持ち込みを禁止する対策を始めた。26日からのパリ五輪の開催で観光客が大幅に増えるのに備える。
あわせて食べ残しのゴミを密閉容器に廃棄するよう求めている。肉類に付着したウイルスが食べ残しを通じて野生のイノシシに感染し、そこから豚に感染が広がるのを防ぐためだ。
五輪開催をひかえ、フランスは感染対策を強化した(パリ)=ロイター
欧州で感染が広がるアフリカ豚熱は07年にコーカサスに侵入したとみられる。
陸続きのロシアやウクライナ、中東欧を経て、20年にドイツ、22年にはイタリアでウイルスが検出された。今年6月中旬にはフランスとの国境に近いドイツ・ヘッセン州で感染したイノシシが見つかっている。
欧州連合(EU)の専門機関である欧州食品安全機関(EFSA)によると、23年にはEU加盟14カ国でアフリカ豚熱が発生。豚の感染頭数は前年の約5倍に膨らんだ。
感染リスク、温暖化で拡大
家畜の感染症のリスクが高まっているのは確かだ。国際的な人の移動や物流の増大に加え、気候変動がもたらす高温多湿でダニや蚊などベクターの生息域が広がり、繁殖のスピードも速くなっている。
アジアではアフリカ豚熱と並んで、牛や水牛が感染するランピースキン病も広がっている。19年に中国やインドで確認されてから、ベトナムやタイ、インドネシアなどに拡大した。日本は未感染地域だが、23年10月には韓国でもウイルスが検出されている。
家畜の感染症による経済損失は3000億ドルにのぼる(ローマ)=ロイター
世界貿易機関(WTO)は世界の畜産物生産の約20%が家畜の病気によって毎年失われていると強調。その損失額は約3000億ドル(約48兆円)に上ると試算する。
欠かせぬ国際協力
新型コロナの教訓からいえば、感染拡大を防ぐのに人の移動を制限するのは難しい。
検疫による水際対策の重要性は言うまでもないが、JICAの桐野専門員は「病原体の温床になりやすい途上国で感染症の検査体制を整えたり、家畜の移動制限など、当局の対応能力を高めたりする国際協力が求められている」と強調する。
JICAはタイをはじめとする東南アジアで、家畜の感染症診断のための施設整備や、専門人材の育成に取り組んできた。モンゴルでは感染リスクにさらされる農村部での獣医サービスなどを進めている。
家畜の感染症といえば、なんとも不気味なのが鳥インフルエンザだ。自然宿主の渡り鳥から、他の野鳥や家禽(かきん)に広がり、ここにきて牛や猫、キツネといった哺乳類の感染も増えている。米国では今年4月以降、牛を介したとみられる人への感染も報告されている。
感染リスクを抑えるには早期の情報共有を含めた国際連携が欠かせない。新型コロナは中国・武漢で発見されたあとも詳しい情報が提供されないままに世界中に拡散した。この失敗は繰り返したくない。
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日経記事2024.07.17より引用