「原爆」にもなりうるAIの未来をめぐって、サム・アルトマン氏㊧とイーロン・マスク氏が対立する
2025年のテック業界、とりわけ人工知能(AI)の今後を占ううえで外せないキーワードがある。「マンハッタン計画」である。
「連邦議会はマンハッタン計画と同等の事業を立ち上げ、人類をしのぐ汎用人工知能(AGI)の開発競争に勝つための資金を提供しなければならない」
米議会の最優先課題に
米議会の諮問機関、米中経済安全保障再考委員会(USCC)が11月公表の年次報告書で最優先の課題にあげた。
国家予算も投じてAI開発、クラウド、データセンターの各分野で企業の成長を後押しする。官民を挙げてかつてない強力なAIをつくり出そうというのだ。
USCCは1940年代のマンハッタン計画を持ち出してAI開発の重要性を説く(ゲッティ=共同)
わざわざ原爆を生んだ1940年代のマンハッタン計画を持ち出す意味は大きい。巨費と英知を結集した当時のように、米国は全力で高性能AIの開発を急ぐべきだと説く。
USCCは米国の対中政策に強い影響力を持つ。これまでも半導体規制やウイグル人権法といった強硬策を引っ張ってきた。
中国のAI追い上げへの警戒は強い。「中国が先にAGIを手にすれば、米国は永遠に戦略的に不利な立場におかれる」。
USCCのマイケル・クイケン委員は指摘する。今回のAI版マンハッタン計画も現実の政策に落とし込んでいく可能性は十分にある。
民間も巻き込んでAI兵器開発
USCCの年次報告書は具体的な脅威を例示する。
「中国がAIに力を入れるのは経済目的だけでなく、自律型の無人兵器、データ処理、意思決定、認知戦など軍事への応用のためでもある」
ウクライナ戦線ではドローン兵器の実戦投入が進む=ロイター
実際、自ら標的を追う戦闘用ドローンはウクライナで実戦投入が進む。イスラエル軍は敵か民間人かをAIで識別している。SNS空間ではAIによる世論操作が日常茶飯事になっている。
米国もAIの軍事利用に乗り出してはいた。今後は民間も積極的に巻き込むというのが大きな変化だ。すでに気になる動きが出ている。
米国防総省は2025年8月までに数千機の自律型兵器を実戦配備する。飛行型だけでなく、水上無人艇や潜水ドローンも用意し、それぞれが群れのように敵を追い詰める。国防イノベーション実験部隊、通称「ユニットX」が主導する「レプリケーターイニシアチブ」だ。
先端技術を安価に迅速にとりいれる。特徴は多数の新興企業と組む点にある。
アルトマン氏、オッペンハイマーに運命
今後ここに大きくかかわってきそうなのが、米オープンAIを率いるAI業界の異才、サム・アルトマン氏なのである。
このほどイニシアチブの中心をなす防衛テックの1社、アンドゥリル・インダストリーズと戦略提携した。
各地でAI兵器の実用化が広がる=ロイター
何も唐突ではない。AIには金がかかる。軍事転用も一つの道だ。「AGIをめざすオープンAIの取り組みはマンハッタン計画に匹敵する」。アルトマン氏は誕生日が同じという原爆の父オッペンハイマーの運命に自身を重ね、周囲にこう語っていたとされる。
USCC委員にはアルトマン氏の盟友、新興データ解析企業パランティア・テクノロジーズ幹部のジェイコブ・ヘルバーグ氏も名を連ねる。新マンハッタン計画と関連する国防事業には、アルトマン氏らの思想が強く働いているのは間違いない。
USCCの提言は重い。しかも日本にとって遠い場所ではなく、明らかに台湾海峡を想定している。
台湾有事が起きた際、中国と直接対峙する米インド太平洋軍のパパロ司令官は言う。「より高度な自律型AIが使えるようになったいま、無人機をより多く使えるほど戦局を有利に運べる」
歴史は繰り返すか、だ。元祖マンハッタン計画は1939年、原爆開発に動くナチス・ドイツに米国が焦りを感じて始まった。そしてわずか6年後、広島と長崎で多くの犠牲を生んだ。
マスク氏「核兵器より危うい」
もはやAIの軍事利用は止まらない。その未来を左右するのが、もう一人の異才であるイーロン・マスク氏だ。
USCCの提言は台湾有事を念頭におく=ロイター
「AIは10〜20%の確率で人類に悪い結果をもたらしうる」。アルトマン氏がオープンAI設立時に頼ったマスク氏だが、意外にもAIの軍事利用には消極的で知られる。
「AIは核兵器より大きな危険性を秘めている」。営利に走るアルトマン氏とは意見が割れ、最終的にたもとをわかった。
そのマスク氏はトランプ次期政権で政府効率化省(DOGE)のトップとして2兆ドル(およそ300兆円)の歳出を減らす。「DOGEは我々の時代のマンハッタン計画になりうる」。トランプ氏がこう持ち上げるマスク氏はいわゆる自由至上主義者(リバタリアン)だ。莫大な国費を要する国家主導のAI振興策に前向きとはとても思えない。
しょせんテクノロジーは戦争でしか大きく発展できないのかもしれない。リスク承知であえて踏み込むことの果実は大きい。一方で、その先には第2の「原爆」が人類を脅かす未来予想図もちらつく。
飽くなき成長か、制御か、あるいは両道を行けるのか。新マンハッタン計画の舞台裏では、世界の命運を決する壮大なAI思想対決が迫っている。そしてそれは世界の技術革新をけん引する2人の異才の経営哲学の綱引きでもある。
ビジネスに知見が深い編集委員らが独自の視点で企業の経営戦略を論じます。
日経記事2024.12.15より引用
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