チェチェン共和国のトップ、カディロフ首長(22年、モスクワ)=ロイター
ロシア政界で暴力を伴う利権抗争が再燃している。
オンライン通販大手の買収計画を巡り、北カフカス地方にある南部チェチェン共和国のトップ、カディロフ首長と、ロシア有数の大富豪が対立を深める。
モスクワ中心部での銃撃戦に発展し、プーチン政権の統制に緩みが出ているとの見方が浮上している。
カディロフ氏は10月、「自らに対する暗殺計画があった」と主張。新興財閥(オリガルヒ)のスレイマン・ケリモフ上院議員らを暗殺計画の首謀者だと名指しし、通信アプリのテレグラムに「血の報復」だとして「チェチェン人として復讐(ふくしゅう)を誓う」と投稿した。
「ロシア版アマゾン」合併計画が火種
ケリモフ氏は2000年代に政府の支援を受けて金属業界で頭角を現した。ロシア有数の大富豪として知られる。
対立の発端はロシア版アマゾンといわれるオンライン通販大手、ワイルドベリーズ社を巡る利権争いだ。ケリモフ氏は同社の創業者で「ロシア一の富豪女性」とされるタチアナ・キム氏と手を組み、自身が関連する広告企業との合併を模索した。
合併計画に猛反発したのがキム氏の元夫、ウラジスラフ・バカルチュク氏と、後ろ盾となったカディロフ氏だ。9月にはクレムリンに近接するワイルドベリーズが入るオフィスビルで発砲事件が発生し、警備員2人が死亡した。バカルチュク氏が事務所の占拠を図ったとされ、殺人容疑で拘束される事態となった。
カディロフ氏とケリモフ氏の利権争いは北カフカス地方の自治体間の対立を招き、地域の安定に影響を及ぼしかねない。同地方は多数の民族がモザイク状に暮らし、過激派の温床ともなってきた。
北カフカスの自治体間対立も誘発
ロシア通信は20日、ケリモフ氏の地盤であるダゲスタン共和国選出の元下院議員が、北カフカスで混乱を引き起こすためカディロフ氏の暗殺計画に関する虚偽の情報を広めた可能性があると報じた。
ダゲスタンのメリコフ首長は「ケリモフ氏が必要な時にいつでも支援する」と言明し、カディロフ氏をけん制した。チェチェンに隣接するイングーシ共和国ではモスクワでの銃撃戦で死亡した警備員が同共和国の出身者だったことを受け、カディロフ氏を糾弾する集会が開かれた。
プーチン大統領は当初は合併計画に賛意を示し、側近に調整を委ねたとされる。ただ、カディロフ氏の介入で交渉が難航したことを受け、静観する姿勢に転じている。
ペスコフ大統領報道官はスキャンダルについて「コメントは控える。脅迫について相談があれば、司法機関が適切な措置をとる」と述べるにとどめている。
カディロフ、ケリモフ両氏ともプーチン氏と近く、政権は対応に苦慮しているとみられる。カディロフ氏は04年に暗殺された父の後を継ぎ、チェチェンを強権支配してきた。
ウクライナ侵略ではプーチン氏の要請に応じ、民兵部隊を派遣した。
ロシアではソ連崩壊後の市場経済への移行期に、政財界の有力者を巻き込んだ利権抗争で暗殺事件が頻発した。
プーチン氏が2000年に大統領に就任し、社会の統制を強めることで安定を確立した経緯がある。
1990年代の混乱期を想起させる今回の利権争いについて、ウクライナ侵略の長期化を受けたひずみが背景にあるとの指摘もある。
ウクライナ侵略をめぐり政界への影響力を強めるカディロフ氏は奔放な発言を続け、敵対者が多いとされる。
政治アナリストのアッバス・ガリャモフ氏は「プーチン氏は政財界の有力者の勢力バランスを保つことで安定を維持してきた。
侵略の長期化で政府の統制が緩み、利権や権力を巡る争いが表面化している」と分析する。
2022年2月、ロシアがウクライナに侵略しました。戦況や世界各国の動きなど、関連する最新ニュースと解説をまとめました。
日経記事2024.11.25より引用