下のエントリのコメント欄にも書いたんですが、夫、干せと緩いケンカをしました。(嘘です。私が一方的に怒鳴り散らしたと言う説も・・・)
何でかって言うと話が長くなるんですが、実はフェルナンデス一家はずーっと転勤族で、各地を転々としていたのですが、約5年前、Jr.が高学年になると同時に買っておいた分譲マンションのある奈良県に戻ってまいりました。
干せを置いて
いわゆる単身赴任って奴です。
あまりにも短いスパンで引越しが続いたので、転校をこれ以上させるのは子ども達のために良くないと二人で散々話し合って出したギリギリの決断でした。
結果、帰ってくると同時に子りさの難病が発覚して、もし夫と一緒についていっていたら病院を固定することも出来ず(干せはその後滋賀に転勤)、安定した治療も受けられなかったわけで、そういう意味では間一髪セーフの引越しだったとも言えます。
我々母子が引っ越す間際は干せもひどく悲しんで、心が少しだけ(え?)痛んだものでしたが、こちとら子どもを守っていく立場にあるもんで、これ以上の転校を許すわけに行かず、コツコツ貯めたパート代を元手に着々と引越し準備をしたのでした。
(まあひどい悲しみ方でした^^;泣くわ泣くわ・・・)
で、ですね。
先週晴れて干せが我が家に戻ってきたわけです。






単身赴任を選ぶにあたっては、様々な困難をクリアしないといけませんでした。
*まず、経済的な問題。
二重生活はとにかくお金がかかります。
うちは幸いマンションを貸していた蓄えがあったのですが、それでもあっという間に蓄えが無くなってしまって、パートややりくりで補てんして行かざるをえませんでした。
子りさの治療費はほとんど国費で賄ってもらっていますが、これも改革の余波で年々負担は上がっています。。
*子どもの精神面の問題
とくにJrなどは思春期にあたるわけで、この時期に父親がいなくて大丈夫なのか?と言う問題がありました。
次の赴任地の滋賀県が比較的近かったので、週末はほとんど家にいましたから、この方は特に問題がなかったわけですが、やっぱり日頃この家に大人が一人と言うのはキツイ事がありました。
特に私が病気の時なんかはしんどかったですね・・。
って言うか、子どもがもっと小さい時の干せは家にいても働き盛りで残業も多くて、はっきり言って単身赴任の時の状況の方が精神的に楽だったなあ・・・
*お父さん不在と言う事の負担
私が父親役もやって行くわけなので、本当にいろいろな面でしんどいだろうなあと思っていたのですが、子りさの病気発覚や、入院時に付きりになれないことや、Jrにも留守番ばかりで負担をかけたことなど、
驚くほど子ども達がしっかりモノに成長してくれて軽くクリアできました。
おかげでJr.は一人でしっかり留守番が出来、毎日の学校への準備なども自分で管理できる(今どきの子は中学になっても親に時間割とかやってもらってるんですって・・親がアカンと子はしっかり者に育つのだなあ・・)出来た子に成長してくれました(涙)
作り置きした食事を自分で温めてさっさと食べ、私が遅く帰ると、風呂も掃除してお湯もはってくれているのです。
買い物も、洗濯物干しも頼めばちゃんとやってくれます。一言も文句を言いません。
まあ、成績は悪くてスポーツも出来ない根性無しですが、何とかちゃんとした大人にはなってくれそうです。。(涙)
子りさはまだまだ甘えたちゃんですが、入院慣れして入院した時はすっかり部屋の主状態で、検査なども付いて行かずとも自分でキッチリできる子になりました(泣)
おかげさまで修学旅行の準備など親は一切手を貸さずに済みました。
楽しすぎですな、私・・・。
私も元々機械に強いたちで、力持ち(^^;)元々男手はいらないように出来てる人間でして、あとはどれだけ「一人でやる」という自立した気持ちを持つか、と言うところでした。
そばに夫がいるとついつい甘えますからね。
そりゃ、色々と辛い事はありましたが・・・
おかげで我が家はこの5年の間に自立した生活を確立したわけです。
そこへですよ、夫が浦島太郎状態で帰ってきたわけですよ。
そりゃ色々ひずみも出てきます。
子どもたちはあの時は小学生でしたが、もうJr.は受験なわけで。。
と言うわけで、干せさん、お帰りなさい。
ホンマしんどい転勤生活でした。
少しずつ少しずつ、ずれた時間をすり合わせて生きましょう。
何でかって言うと話が長くなるんですが、実はフェルナンデス一家はずーっと転勤族で、各地を転々としていたのですが、約5年前、Jr.が高学年になると同時に買っておいた分譲マンションのある奈良県に戻ってまいりました。
干せを置いて
いわゆる単身赴任って奴です。
あまりにも短いスパンで引越しが続いたので、転校をこれ以上させるのは子ども達のために良くないと二人で散々話し合って出したギリギリの決断でした。
結果、帰ってくると同時に子りさの難病が発覚して、もし夫と一緒についていっていたら病院を固定することも出来ず(干せはその後滋賀に転勤)、安定した治療も受けられなかったわけで、そういう意味では間一髪セーフの引越しだったとも言えます。
我々母子が引っ越す間際は干せもひどく悲しんで、心が少しだけ(え?)痛んだものでしたが、こちとら子どもを守っていく立場にあるもんで、これ以上の転校を許すわけに行かず、コツコツ貯めたパート代を元手に着々と引越し準備をしたのでした。
(まあひどい悲しみ方でした^^;泣くわ泣くわ・・・)
で、ですね。
先週晴れて干せが我が家に戻ってきたわけです。






単身赴任を選ぶにあたっては、様々な困難をクリアしないといけませんでした。
*まず、経済的な問題。
二重生活はとにかくお金がかかります。
うちは幸いマンションを貸していた蓄えがあったのですが、それでもあっという間に蓄えが無くなってしまって、パートややりくりで補てんして行かざるをえませんでした。
子りさの治療費はほとんど国費で賄ってもらっていますが、これも改革の余波で年々負担は上がっています。。
*子どもの精神面の問題
とくにJrなどは思春期にあたるわけで、この時期に父親がいなくて大丈夫なのか?と言う問題がありました。
次の赴任地の滋賀県が比較的近かったので、週末はほとんど家にいましたから、この方は特に問題がなかったわけですが、やっぱり日頃この家に大人が一人と言うのはキツイ事がありました。
特に私が病気の時なんかはしんどかったですね・・。
って言うか、子どもがもっと小さい時の干せは家にいても働き盛りで残業も多くて、はっきり言って単身赴任の時の状況の方が精神的に楽だったなあ・・・
*お父さん不在と言う事の負担
私が父親役もやって行くわけなので、本当にいろいろな面でしんどいだろうなあと思っていたのですが、子りさの病気発覚や、入院時に付きりになれないことや、Jrにも留守番ばかりで負担をかけたことなど、
驚くほど子ども達がしっかりモノに成長してくれて軽くクリアできました。
おかげでJr.は一人でしっかり留守番が出来、毎日の学校への準備なども自分で管理できる(今どきの子は中学になっても親に時間割とかやってもらってるんですって・・親がアカンと子はしっかり者に育つのだなあ・・)出来た子に成長してくれました(涙)
作り置きした食事を自分で温めてさっさと食べ、私が遅く帰ると、風呂も掃除してお湯もはってくれているのです。
買い物も、洗濯物干しも頼めばちゃんとやってくれます。一言も文句を言いません。
まあ、成績は悪くてスポーツも出来ない根性無しですが、何とかちゃんとした大人にはなってくれそうです。。(涙)
子りさはまだまだ甘えたちゃんですが、入院慣れして入院した時はすっかり部屋の主状態で、検査なども付いて行かずとも自分でキッチリできる子になりました(泣)
おかげさまで修学旅行の準備など親は一切手を貸さずに済みました。
楽しすぎですな、私・・・。
私も元々機械に強いたちで、力持ち(^^;)元々男手はいらないように出来てる人間でして、あとはどれだけ「一人でやる」という自立した気持ちを持つか、と言うところでした。
そばに夫がいるとついつい甘えますからね。
そりゃ、色々と辛い事はありましたが・・・
おかげで我が家はこの5年の間に自立した生活を確立したわけです。
そこへですよ、夫が浦島太郎状態で帰ってきたわけですよ。
そりゃ色々ひずみも出てきます。
子どもたちはあの時は小学生でしたが、もうJr.は受験なわけで。。
と言うわけで、干せさん、お帰りなさい。
ホンマしんどい転勤生活でした。
少しずつ少しずつ、ずれた時間をすり合わせて生きましょう。