晴乗雨読な休日

休日の趣味レベルで晴れの日は自転車に乗ってお出かけ。雨の日は家で読書。

レイ・ブラッドベリ 『火星年代記』

2010-03-10 | 海外作家 ハ
今までそんなにSF小説は読んでいないのですが、アーサー・C・
クラークの「2001年宇宙の旅」を読んで、おそらくこれがSF小説界
のなかで最高峰なのではないか、と思うくらいに、読み終わったあと
感動に打ち震えたものですが、ここにきて、あのときの感動に匹敵する
くらいの作品に出会ったのです。

レイ・ブラッドベリという作家の名前くらいは聞いたことがあり、また
他の小説などにもよく登場したりしているので、一応は有名なSF作家
という知識はあったのですが、『火星年代記』は1950年に出版された、
いわば古典SF。

短編なのですが、それぞれの話がどこかで間接的につながっていて、
ひとつの長編という構成になっていて、まず、1999年1月、ロケット
が飛び立つところから始まります。
そして1999年2月、火星に住む一組の夫婦がいて、その妻が奇妙な
夢に悩まされます。それは、目の青い、背の高い、髪の毛の黒い男が、
輝く金属製の物体に乗って空から下りて来る、というもの。
そして男は、太陽系第3惑星から来たと言うのです。それを聞いた夫は
妻がその夢に登場した男に惹かれていると思います。やがて、実際に
地球からロケットが火星に到着し、探検隊が火星に下り立つのです。
妻の夢の続きを聞いて、「緑の谷」に下りた金属の物体を探しに、夫は
銃を持ち、その探検隊を撃って・・・

その後、第2次、第3次探検隊とも、火星人に殺され、2001年、第4次
探検隊が火星に下りたときには、生きた火星人の姿は見えず、調査をし
たところ、人間の持ち込んだ水疱瘡で火星人はほぼ全滅したのです。

やがて地球では戦争が終わらず、火星に移住する者たちがどんどん増え、
火星は新しい入植地のようになります。
里心というか、郷愁というか、やがて地球で大きな出来事があり、
火星に住む地球人たちは地球に戻ります。
しかしそれでもしぶとく火星に残る何人かの地球人たちもいました。

とうとうゴーストタウン化してしまった都市が点在するだけの火星。そこに
2026年、夫婦と3人の子供の家族がロケットで火星に下り立ちます。
子供たちは無邪気に火星人を見たいといって探します。
しかし、親たちは、乗ってきたロケットを爆破させ、2度と地球には戻らない
決心を固めるのです。

そしてラスト、子供たちは、パパに火星人を見たいとせがみ、パパは
火星人を見せるのです。
この終わりの4行が、今まで読んだジャンルを問わず小説のなかで、最も
素晴らしい締めくくり方のひとつですね。とても美しい。

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フィリップ・プルマン 『黄金の羅針盤』

2010-03-06 | 海外作家 ハ
イギリスのファンタジー小説は、古くはトールキンの「指輪物語」
や、ルイスの「ナルニア国物語」、最近だと「サークル・オブ・
マジック」や「ダレン・シャン」そしてなんといっても「ハリー・
ポッター」と、枚挙にいとまがないのですが、しかしなぜイギリス
発のファンタジーがこうも注目されるのかと考えると、ひとつに
個人の創造性を大事にするという文化があるのでしょう。
妖精がいると本気で信じているのも、ウサギが人間に近い日常
生活を送る(ピーターラビット)と考えるのも、別に彼らの頭がアレ
なのではなく、個々人の尊重という大前提があるがゆえ。

もっとも、イギリスだけではなく、日本にもファンタジー文化は
あって、「竹取物語」「浦島太郎」「桃太郎」といった昔話、そして
馬琴の「南総里美八犬伝」といったファンタジー大作もあります。
しかし残念ながら近代に入って、宮沢賢治の創造性を継承し、
さらに高みに昇華させる者は現われず、日本のファンタジー文化は
文学界の主流のひとつになるには至りませんでした。

さて、『黄金の羅針盤』は、そんなイギリス発のファンタジーで、
今の世界とは似て非なる世界での話で、登場人物にはすべて
「ダイモン」という守護精霊がついていて、それは動物の姿をし
ており、子供時代のダイモンはさまざまな動物に変化できますが、
大人になるとダイモンは一種類の動物に固定されます。
人間にとっての話し相手、助っ人、そして感情のバロメーターと
なっています。
このダイモンと、地球の極地での「ダスト」とよばれる物質が何が
しか関係しているのではないか、という調査解明に巻き込まれる
少女のお話となっています。

イギリスのオックスフォードにある学寮に住む11歳のライラという
女の子は、幼いころに両親を亡くします。
叔父でライラが畏怖するアスリエル卿が学寮に来て、大人たちの
話し合いの席に潜り込んだライラは、北極で何かの実験をしている
云々という話を盗み聞きします。
そして、時期を同じくして、子供たちが次々と誘拐され、それが
どうやら北極の実験と関係しているのでは・・・
ライラは、イギリスに住む船上生活者ジプシャンの一行とともに
北極へ向かいます。ライラは学寮から出るときに、校長先生から
「黄金の羅針盤」という世界に6個しかない貴重なものを渡され
ます。それが旅の指針となるのですが、それを追い求める組織が
ライラ探しに懸賞をかけて・・・

このあとに出てくる北欧の村の魔女や、クマの王国とそこを追われた
よろいをつけたクマ、アメリカからきた気球乗りと、さまざまな
キャラクターが出てきて、飽きさせません。

そして『黄金の羅針盤』に続く2作品、全3巻という長丁場。
とりあえずなるたけ早く次作「神秘の短剣」を読まないと。
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フレデリック・フォーサイス 『イコン』

2010-02-23 | 海外作家 ハ
イコンとは、キリスト教における神や聖人などの絵画や像を意味し、
「崇拝」「崇敬」の対象となるものを指します。
しかし、大昔のキリスト教(ユダヤ教も)は、現在のイスラムと同じ
く、形象化した偶像崇拝を禁止しており、その後の宗教会議にて、
「恋人を描いた絵は恋人そのものではなく、それを見て恋人を大
切に思うためのもの。よって神や聖人の形象はその存在を想い起
こすためにある」という、まあこじつけのような主張ですが、それが
ヨーロッパの美術発展に寄与したことを考えれば、こういった柔軟性
もまた尊いと思われます。

この小説での『イコン』とは、ソビエトの共産主義体制が崩壊し、民主
主義そして資本主義が流入してきたことで市民に自由がもたらされた
までは良かったものの、功罪として貧富の格差、超インフレに歯止めが
きかず、マフィアは暗躍、政治家は腐敗し、もう一度この国には、帝政
ロシア時代のツァー(君主権力・皇帝)、あるいはレーニンやスターリン
といった強力な指導者といった崇拝、崇敬の対象のこと。

ロシアでは社会主義連邦が無くなり、共和国が誕生。しだいに政治は
議会から大統領権限へと移り強化され、共産保守派クーデターを倒した
エリツィン時代にはより権力を持つことになります。しかし国民はイデオ
ロギーよりも、明日の平和や今日のパンを欲します。つまり治安や経済の
悪化で資本主義や民主主義に失望していたのです。
そこで台頭してきたのが、コマロフ率いる「愛国勢力同盟」。
美辞麗句を並べたて、母なるロシアの荒廃を嘆き、ふたたび世界に冠たる
国家を目指そうと、国民の支持を集めるようになります。
夏のある日、退役軍人の掃除夫が、愛国勢力同盟の本部の掃除をしてい
ると、コマロフの秘書の部屋の机の上に、黒い手帳が置いてあるのに気づ
きます。何気なくその手帳を見てみると、そこには信じられないような
悪魔の所業が書かれてあり、掃除夫は、その手帳を持ち出してしまいます。

掃除夫は、イギリス大使館の中から出てきた車のあとを追って、その車の
運転手に渡します。
この手帳には、もし愛国勢力同盟がロシアの政治権力を握ることになれば、
ユダヤ人やグルジア人、チェチェン人を殲滅させ、軍のさならる強化、そして
現在ロシアに暗躍するマフィアで、愛国勢力同盟の資金源となっている団体
のみを残し、残る団体を壊滅させる、といった、ナチス顔負けの計画が書か
れていたのです。

手帳を無くした秘書はコマロフの怒りを買い、そして盗んだ掃除夫ともども
死体となって発見されます。
手帳はイギリス大使館からイギリス本国へと運ばれ、諜報部門に渡ります。
その情報はアメリカCIAにも伝わりますが、この狂った計画を政府は止め
ようとしません。そして、この話は元イギリスSIS(情報局秘密情報部)
長官のアーヴィン卿の耳に入り、なんとかして愛国勢力同盟を次の選挙で
負けさせようと画策します。
そこで、白羽の矢が立ったのが、かつてCIAの腕利きスパイで、上司の
裏切り工作によって退職し、現在はカリブ海でクルージングのガイドを
やっている、ジェイスン・モンクであった・・・

物語は、きたる2000年のロシア大統領選挙の半年前、黒い手帳が
盗まれるところからはじまり、そして交差するように、1980年代の
冷戦下、アメリカCIA対ソビエトKGBの諜報合戦でのモンクの活躍、
どのようにして彼がCIAを去らねばならなかったのかが描かれ、そして
モンクはアーヴィン卿に頼まれてふたたびロシアの地を踏むのです。

ジェイスン・モンクというスパイ時代の活躍を描く小説と、ロシアでの
彼のコマロフ失脚工作と、まるで2作の作品を読んだよう。

この作品を最後に、フレデリック・フォーサイスは断筆宣言をしました。
21世紀に入り、自由主義陣営の脅威は、共産主義からテロへと移り、
9月11日の悲劇そしてアフガン、イラクの泥沼戦争となります。
ふたたびフォーサイスは筆を取ることになります。黙って現況を看過でき
なかったのでしょう。
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ジェームズ・ホーズ 『腐ったアルミニウム』

2010-01-09 | 海外作家 ハ
ジェームズ・ホーズという、聞いたことのない作家の作品を
買うのは、正直いって勇気のある行為だとは思うのですが
(当たり外れ、どちらかというと外れの確率が高い)、しかし
この『腐ったアルミニウム』は、買って正解だったと思わせて
くれるほど、面白い作品です。

イギリスのビデオ制作会社のオーナー、ピーターは、毎日毎日
通勤で渋滞にはまり、会社のことや妻のことで悩みます。
ビデオ制作とはいっても、どこかの大学の講義を黙って録画し
たものを企業に売るようなちょといい加減な会社。
さらにピーターはこの会社の受付の女性とただならぬ関係
そして、妻からは、ふたりの間に子供ができないことで、夫の
ピーターに精子の検査に行けと言われ続けます。

そんな中、いつもの渋滞中に会計士から電話がかかってきて、
会社の会計に粉飾があり、ピーターに責任が被されようとして、
どうにもならない状態。

友人からの紹介で、あるロシア人から融資を受けられるのですが、
そのロシア人はじつはギャングで、その見返りで、ピーターは
モスクワへ・・・

文体は、全体的に「ライ麦畑でつかまえて」のような、ガラの悪い
口調が書き立てられ、心理描写、情景描写も表現としてはかなり
「ブッ飛んで」います。
そして、登場人物間の台詞のやりとりは、戯曲形式で書かれていて、
町で見かけるオモシロイ人の頭の中を覗き込んでいるような、そして
等身大の現代人物像とでもいいましょうか、目の前で繰り広げられる
ドラマを目にしているような臨場感があります。

最終的にピーターはとんでもない事に巻き込まれてゆくのですが
これが理路整然と描かれる小説であれば展開の大きさに驚くので
しょうけど、『腐ったアルミニウム』に関しては、そもそも「ブッ飛んで」
いるために、あまり驚きません。

しかし、自分勝手でやりたい放題であったけれど最終的にはきちんと
自分と向き合う(やや受動的に)ことになる、というような、ちょっと
したヒューマンドラマ的でもあります。
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ファニー・フラッグ 『フライド・グリーン・トマト』

2010-01-04 | 海外作家 ハ
なにげなく手に取ったこの『フライド・グリーン・トマト』
という小説。表紙には、一列に並んだトマトの下に、ご年配
の女性4人が笑顔で写ってる写真かなにか。

とにかく、タイトルと表紙の装丁だけではどんな物語か、まっ
たく想像がつかないので、とりあえず読んでみると、これは
まあ、久しぶりに出会った秀逸な作品。

中年の主婦エヴリン・カウチは、夫エドの母が入所している
アメリカのアラバマ州バーミンガムにある老人ホームに向か
います。
義母とはなんとなくそりの合わないエヴリンは、談話室に行く
と、そこにはニニーという老女がいて、話しかけてきます。

話の主な内容は、この物語の「現在」である1985年前後
からおよそ60年前に、この老人ホームの近くにあるホイッ
スル・ストップという小さな村にあった「ホイッスル・ストップ
・カフェ」での周りに起こる出来事、カフェの経営者である
イジー・スレッドグッドとその兄弟姉妹両親、そしてイジー
の共同経営者ルースの話となります。

当時は鉄道が移動手段の主役だった時代、連結作業をするこの
ホイッスル・ストップで食堂(カフェ)を経営することになる
イジーとルース。黒人の料理人、常連の客、そして放浪の人々
たちの面白おかしい、時に悲しい出来事が、地元の新聞によって
紹介する、という形式で語られていき、その補足として、スレッド
グッドの一族である二ニーの語りが交錯します。

とにかく「型破り」な性格のイジーは、子供のころから変わり者
で、10代の時に、家で短期間滞在することになるルースという
女性を愛してしまいます。結局その愛は実らずルースは故郷に
帰り、結婚します。

その後、ルースを追ってきた夫が何者かに殺され、嫌疑がイジー
にかけられるといった事もあり、田舎の淡々としたカフェでの
話と、ちょっとしたサスペンスもあり、全体的に哀愁感のある
、どこかおとぎ話チックな物語。

ニニーの話に触発されたのか、エヴリンはそれまで自分ばかりを
責めてきた人生と決別し、前向きに生きようとします。
つまりウーマンリブの物語という側面もあります。

また、カフェで働く黒人コックやその仲間たちをイジーは誰彼なく
平等に扱い、食べ物を提供するのですが、それが面白くない白人
がいて、しかしイジーは真っ向から対決します。
女性の権利や人権問題も盛り込み、でも重くならずユーモアで
包み込むような文体。そして最後にはホロリときて、思わず
「こりゃまいった」と唸りました。
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T・ジェファーソン・パーカー 『ブラックウォーター』

2009-11-17 | 海外作家 ハ
作家や作品の前情報が無い場合、表紙裏に簡単にあらすじや
作者の経歴(受賞歴)などが掲載されていて、『ブラックウォータ
ー』の著者T・ジェファーソン・パーカーは、デビュー作『サイレント
・ジョー』という作品でアメリカ探偵作家クラブ賞を受賞しており、
最新傑作だと書かれているのでさっそく読んでみたのですが、な
んだか後味すっきりとしないというか、構成が破綻してるんじゃな
いのと訝ってみたり。

というのも、文中に出てくる「一年前の事件(出来事)」の詳細は
結局最後まで出てこないし、主人公の巡査部長マーシの亡夫の
話題も曖昧なまま。
で、読み終わって、うしろの訳者あとがきを読んでようやく気づい
たのですが、『ブラックウォーター』はシリーズ三作目なんだそう
で、しかもこの作品が初版された時点では、シリーズ一作目と
二作目はまだ日本で発売されていなかったのです。
そんなばかな、道理でわかりづらいはずだわ、と独りごちて、あと
がきに書かれていた前作、前々作のあらすじを読んでようやく判然
としなかったいろいろな部分が納得。

アメリカ、カリフォルニア州オレンジ郡の保安官補、アーチーは妻の
グウェンとともに帰宅、睡眠中に下の階からガラスの割れる音がし、
心配する妻をよそにアーチーは調べに向かいます。
こぶし大の石が窓ガラスを破って室内に転がっており、どうせ近所の
悪ガキか、前に逮捕して自分に恨みを持った輩の仕業だろうと思い、
庭に出てみると、アーチーはオレンジの眩しい光に目が眩み・・・

オレンジ郡保安官事務所殺人課巡査部長のマーシのもとに、アーチー
と妻が自宅で撃たれているとの情報が入り、現場に駆けつけます。
妻はバスルームで銃弾をあびて死亡、アーチーは頭を撃たれて、庭で
倒れていて意識不明の重体。
現場検証と妻の死体の検死の結果、アーチーが妻を銃殺したあとに
庭に出て自分で頭を撃って自殺という線が濃厚に。
しかしアーチーは自殺などするような男ではないとマーシは思い、
相棒のポールとともに事件の真相を調べます。

検察は夫の妻殺害そして自殺説で起訴したがっており、マスコミも
保安官の失態を報道したくて真相を知りたがります。
そもそも一年前、ある売春婦が殺害されたことに端を発し、芋づる
式にスキャンダルが発覚し、信頼は失墜。しかもそれを暴いたのが
マーシで、同僚の中にはマーシを敵視する者も多いのです。

そんな中、アーチーの意識が戻るのですが、事件当日の記憶は曖昧。
しかも自分が妻殺害の容疑がかけられていると知り、アーチーは容態
がある程度良くなるや、勝手に退院し、行方をくらませてしまい…

悲しい過去に心が支配されるも、家族の愛に支えられ、かろうじて日々
を送るマーシ。痛々しいほどです。
息子がとても愛嬌のあるキャラクターで、陰惨な事件のなかで一服の
清涼感を与えてくれます。
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リチャード・ノース・パタースン 『ダーク・レディ』

2009-10-25 | 海外作家 ハ
リチャード・ノース・パタースンと同じく、法廷サスペンス小説で
デビューし、その後も同ジャンルで活躍する作家といえば、まず
ジョン・グリシャムが思い浮かぶのですが、最近は法廷を飛び出し、
CIAだのFBIだのが出てきたり、あるいは国際情勢に絡んでき
たりと、そのフィールドが広くなり、まあそれはそれで作者もマン
ネリを打破したいのか、別な毛色の作品も楽しめるということで、
賛否あるとは思いますが、私としては歓迎。

『ダーク・レディ』も、それまではデビュー作の登場人物のスピン
オフ的な続編を読んできたのですが、ここにきてがらっと作風が変
わり、つまりそれまでの手に汗握る法廷劇から、こちらはまったく
法廷シーンが出てきません。

舞台はアメリカ中西部オハイオ州の架空の都市スティールトン。
検察局の殺人課課長のステラ・マーズのもとに事件の報告があり、
現場にかけつけると、被害者は目下スティールトンで着工中の、
新球場建設の責任者トミー。そのかたわらには、ヘロイン中毒と
おぼしき黒人娼婦がやはり息絶えています。

おりしも、スティールトンでは市長選挙のただ中にあり、現職で
新球場建設推進のクラジェク、対するはステラの上司で郡検事の
アーサー・ブライト。ブライトはこの新球場建設は無駄と糾弾、
ブライトが市長に当選すれば、郡検事の椅子が空くことになり、
ステラにとっては出世のチャンスだったのです。
そんな中での新球場関係者の死亡事件の担当となったステラは、
事件解明に動きますが、新たな事件が舞い込んできます。
それは、かつてのステラの恋人であり、弁護士のジャック・ノヴァク。
ジャックは自分の部屋で、変死体となって発見されます。
ジャックはブライトと交流があり、またブライトに献金をしてお
り、この連続した変死体の事件は当然市長選挙に絡んだものと
メディアは騒ぎます。

トミーの死因は急性ヘロイン中毒、ジャックは革ベルトによる
首吊り。しかし両者とも自殺の要因が見当たらず、捜査は難航。
しかしステラには、ジャックに関する秘密があり、それが露見
してしまうと、自分の郡検事出世も危うくなり・・・

トミーとジャックは自殺か殺されたのか、殺人とすればそれは
なぜなのか。そしてステラの知るジャックの秘密とは・・・

警察と検察の捜査、政治の腐敗、地方都市の栄枯盛衰などと
いったさまざまなテーマが複雑に交錯し、そしてパタースン
の小説にはある意味おなじみといってもいい、親子の愛憎も
絡んできて、重厚ながらも読みやすい。

作者も明かしているのですが、スティールトンという架空都市
は、同じオハイオ州のクリーブランドをモデルにしています。
確かに、地方都市でかつては鉄鋼で栄えてその後衰退、街中には
マフィアや麻薬、売春、そして殺人がはびこり、誇りであった
インディアンズは身売りの危機。
しかし、見事にクリーブランドは立ち直り、インディアンズは
メジャー屈指の強豪チームになり、400試合以上も連続して
ホームゲームが満員になるほどの復活を遂げます。

都市の再生は一筋縄ではいかないことは日本でもそうですが、
変革の意思が一部の政治家や企業でとどまると腐敗となります。
誰の幸せの為に政治があるのか、地方の疲弊や悲鳴はそんな
シンプルな問題を解くことにこそ前進の第一歩があるのでは。


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リチャード・ノース・パタースン 『最後の審判』

2009-09-21 | 海外作家 ハ
作品名がミケランジェロの名画、聖書の黙示録に出てくる教義
ということで、今回のパタースンの小説は法廷サスペンスでは
なく、なにか宗教がかった内容なのかな、と思って背表紙の主
な登場人物を見てみると、著者の前の作品に登場した弁護士、
キャロライン・マスターズの名前があり、しかも裏表紙のあらすじ
を読むかぎりでは、裁判絡みの内容。

しかし、最後まで読むと、キャロラインの下した決断に「審判」
があてられたのかと納得し、前作「子供の眼」や、前々作「罪
の段階」で毅然と法廷論争あるいは冷静な判決を下すキャロ
ラインの過去にこんなことがあったのかと驚きと悲しみが胸を
打ちます。

サンフランシスコの弁護士、キャロライン・マスターズは、合衆
国最高裁判所の判事に任命され、長年の夢が叶うことに喜び
ますが、一本の電話が水をさします。それは、二十年間、会話
はおろか顔もあわせていなかった父親からの電話でした。

二十年ぶりに生まれ故郷のニューハンプシャーに戻り、生家に
着くと、二十年ぶりに異母姉のベティーとその夫ラリーと再会を
果たしますが、再会の喜びはお互いに見せず、事務的に用件の
詳細を訊ねます。ベティーとラリーの一人娘であるブレットが家近
くの湖のほとりで恋人ジェームスを殺害そた容疑で逮捕され拘留
されているのです。

ただちにキャロラインはブレットのもとへ向かい、叔母と姪は初対
面を果たします。ブレットから無罪の釈明を聞きますが、キャロラ
インは彼女が殺害したと確信します。そして、彼女は自分の弁護を
頼みますが、身内の弁護をすることは最高裁判所判事に任命され
るにあたり、印象が悪くなると懸念し、姪の弁護を断ります。
弁護を断った理由には、二十年前、まだこの地に住んでいた頃の
恋人だったジャクソンが今は州検察の検事で、キャロラインがジャ
クソンと再会した時にこの事件について話をするに、どうにも弁護
側に分が悪いということもあるのでした。
なんとか優秀な弁護士をつけてあげると約束し、帰ろうとしますが、
別れぎわに泣くブレットを抱き寄せると、キャロラインは気が変わり
ブレットの弁護をすることに…

二十年前にキャロラインと家族とのあいだに起こった悲劇が今でも
彼女を苦しめ、父親と異母姉夫婦とは冷たい壁を置いています。
はたしてブレットは無罪なのか、ならば真犯人は誰なのか、そして
キャロラインの抱えた過去は清算されるのか…

終始この物語を客観視して読んだ場合、そんなことで殺したのか、
そんなことで二十年も家族と疎遠だったのかと思ってしまうのでし
ょうが、登場人物に自分を投影しやすい構成や文章で、この家族
の一員でしかわからない感情や思いが心に染み入ってくるのです。

良くいえば伝統を守る、悪くいうと閉鎖的というニューイングランド
を極めて中立的に、敬意を持って描いています。じつはそれこそが
この物語の重要な部分であると思いました。
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P・ハクソーゼン、E・クルジン、R・アラン・ホワイト 『敵対水域』

2009-09-15 | 海外作家 ハ
この小説はノンフィクションで、1986年10月、アメリカの
レーガン大統領とソビエト連邦のゴルバチョフ書記長がア
イスランドのレイキャビクで、首脳会談をおこなう1週間前
に、ソ連の原子力潜水艦が大西洋のアメリカのすぐ近くで
ミサイルが爆発し海水が漏れるという緊急事態が発生し
てしまう、という実話が描かれております。

ソ連側の潜水艦はK-219という老朽艦で、しかも過去
に事故を起こしているという欠陥だらけのシロモノ。しかし
「お国の事情」を最優先し、この危ない潜水艦をソ連から
出航し、アメリカの鼻先で偵察する任務をしなければなら
ず、優秀な艦長のもと、乗員たちの団結で航海を続けるの
ですが、じつは出航当時から、1機のミサイルハッチから
漏水が確認されていたにもかかわらず、兵器士官は報告
を怠ります。
ミサイルハッチから海水が漏れると、ミサイルの薬品と海水
が混ざり、有毒ガスが発生してしまうので、細心の注意が
はかられるべきなのに、士官がそれに気がついた時すでに
遅く、ミサイルハッチから有毒ガス発生、ただちにミサイルを
海中に投げ捨てます。

しかし、その一部始終をソナーで聞いていたアメリカの最新
鋭原子力潜水艦オーガスタは、ソ連の潜水艦からミサイル
が発射されたことを司令部に報告。
有毒ガスと漏水の止まらないK-219内部は惨劇に見舞
われ、原子炉に海水が漏れ出せば、大爆発してしまいます。
そこで、勇敢な原子炉担当水兵は、手動で原子炉の作動を
止めようとするのですが・・・

作戦内容はすべてアメリカ側に筒抜けであっても、懸命に老朽
艦を航行させる館長はじめ乗員はどこか物悲しさが漂い、いくら
不測の事態とはいえ、敵国の鼻先で緊急浮上せざるをえなかっ
た、潜水艦よりも乗員の生命を第一に考慮した艦長を罵るモス
クワの態度は亡国を感じさせます。

「レッド・オクトーバーを追え」でお馴染みの作家トム・クランシー
をして「この『敵対水域』ほど深く胸に滲み入る潜水艦の実話を
私はこれまでに読んだことがない」と言わしめるほどの、緊迫感、
臨場感あふれる作品です。
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リチャード・ノース・パタースン 『罪の段階』

2009-08-08 | 海外作家 ハ
この作品は、「ラスコの死角」という作品の続編で、経済犯罪対策委員会
クリス・パジェットとメアリ・キャレリが裏金問題の絡む政界スキャンダルを
暴くというもので、『罪の段階』は、その後、クリスはカリフォルニアで弁護
士事務所を開業、メアリはジャーナリストに転身してからの話となります。
ふたりの間に生まれたカーロという男の子は、はじめメアリの実家で育て
られていますが、心を閉ざしてしまい、クリスはカーロを引き取ります。

と、ここまでは、クリスとメアリ、そしてカーロの背景で、事件はメアリがカ
リフォルニアを訪れクリスとカーロに数年ぶりに再会、その翌日、メアリは
ある男を銃で撃ってしまいます。

その男とは、マーク・ランサムという有名作家で、メアリはサンフランシス
コのホテルでランサムと面会する予定があり、レイプされかけて銃が暴発、
警察に連行されたメアリはクリスを呼ぶのです。
ランサムはメアリに、事故死したある政治家と有名女優との異常な関係を
証明するカセットテープを持っており、この女優の本を書いて、メアリの出
演する番組で宣伝してほしいと依頼している最中に襲われたと供述。
クリスは、正当防衛と、この醜悪なテープが世に出ることを防ぐために不
起訴を要求しますが、検察側はホテルの捜査、遺体の検死の結果、メア
リの供述は疑わしい部分が多く、メアリは殺人で起訴されてしまいます。

さらに、ランサムの自宅からは、15年前の政界スキャンダルでメアリが
嘘の証言をしたと告白する、カウンセリングを受けている時のテープが
発見され、このテープが公になれば、クリスも嘘の証言を手伝っていた
ことがばれてしまいます。

はたして、クリスはメアリの無罪を勝ち取ることができるのか、そしてこの
事件によって明るみになるメアリ・キャレリのもうひとつの罪とは・・・

『罪の段階』で描かれた裁判から数年後、クリスは法律事務所の助手テリ
ーザと恋に落ち、ふたりがイタリア旅行に出かけている時に、テリーザの家
で離婚係争中の夫が銃で自分の頭を打ち抜いて死亡しているのが発見され、
側には遺書があり、警察は自殺を疑い、死亡推定時刻はクリスとテリーザが
イタリアに出発する前夜と判明し、クリスは殺人容疑で逮捕…というのが
「子供の眼」というタイトルの続編。
先にこの続編を読んでしまっていて、文中に「キャレリ裁判」がたびたび出て
きておおまかには説明されていたのですが、ようやくその詳細がわかって、
スッキリしました。
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