ロゴス古書

 年年歳歳 花相似たり
 歳歳年年 人同じからず 

選択

2007年05月30日 | 随想・日記

   テレビで六十五期名人戦を見ていた。

 封じてで、窓の外を見ながらケツイとマヨイのすえ

決断をする。人生を感じさせる一面である。好きだ。 

 

 都税事務所に、ゴミにならない為にと思い、自動車の

税金・廃車などの相談をしながら「精算人」の仕事の一日。

 

 よくテレビを見るが、コマーシャルで気になるスポンサーに

東京電力・電気事業連がある。コマーシャルの内容は

公共事業者としての支払い者にたいしての

自覚が有るのか。コマーシャル料金はどれだけなのか。

 知りたい。内容を知りたい。

 国民のメスの入らない公共事事業所で、いくつか在るが、

どれだけのコマーシャル料金を計上しているかを知りたい。

われわれは決められた金額を、有無を言わさず支払わされる。

 キリンビールのコマーシャルに、メジャーで活躍した投手

こういうコマーシャルに私は乾杯する。

 

 生きるということは、その時どきの選択をしているのであるが、

今日一日もこんなことで

 さきがないというのに。

 

 


朝のバロック

2007年05月30日 | 随想・日記

 

   当分ここでは、この日記を気が向いた事を記していこう。

 朝は六時過ぎからはじまるFM放送のバロックで起きる。

 一日が、結構なダボヨウで過ぎてしまう。

  夜「仙台ヒデ」さんから「ダルマ舎」さんへのりんくのブログで

市場の共同体」を読んだ。月はなだったか『「夜明け前」と「大菩薩峠」』を

読ませてもらった。 コメントは小生の範囲意外である。

 どういふわけか故郷に近いほうに意識と言うか気がひかれる。

  いつとてもわが古里の花なれば

             色もかはらず

               過ぎし春かな

 「翳眼空華」<えいげんくうげ>を言い換えて「わが古里の花」と

  詠まれていると言われている。

 「涅槃妙心を詠ず」と詞書にあると言う事だが、それはさておいて、

一般の翳眼とはかすみ目のことであり、また煩悩に曇った眼<まなこ>の

ことである。眼病のかすみ目も煩悩の欲の目も幻の華<空華>を見てしまう。

 寝ながらの「オモイ」で一日が過ぎる。


ブログのスタイル

2007年05月29日 | 随想・日記

 よそ様のブログを拝見して、皆さんのブログの構成が

とても綺麗に出来上がっている。

 こちらgoo のブログについて勉強中です。

誰かを先生に招いて、教われば簡単なのでしょうが、

元来がへそ曲がりなせいか、悪戦苦闘中。

 マーア・・なんとかなるかナ-,時間をかけて行こう。

 虫のいいお願いかも知れませんが、もしも

こちらを間違えてでもご覧の方がおいででしたなら、

ご面倒でもご指摘ご教授を是非お願い申しあげます。

   真剣ですよ。お願い致します。

 


一つの伝承 (Ⅰ´)

2007年05月28日 | 随想・日記

 森口多里さんの「町の民俗」 はしがき に

 これは郷土に対する私の愛情と「家」に対する

私の郷愁とを随筆の形式で表白した」ものだ、と。

 大正初期から昭和の十八年までに伝承者の一人として

書かれた回顧談である。 

 「東北地方の生活を調査したものの文章は大抵農家の

陰惨な方面を物々しく伝えている。

そうするのが社会問題研究者の義務であるやうな書振りである。

 私はそんなのに反感をもっているので、ここでは「家」の

生活の豊かさを回顧する楽しみを汲むことに傾いた。」・・・

 「祖国愛の基礎は郷土愛に在りなどといふ大きなことを

云ふつもりはないが、在京者は郷里といふものを単に調法な

兵站基地のやうに考へ、郷里の定住者はまた偶々の帰郷者を

訳もなく物資鬼集者と見做すようでは、情無い話である。」

 

 戦争真っ只中の昭和十九年に書かれた文章で

水沢の人脈を此処に見た感じである。

水沢は後藤壽庵や高野長英等の人物を輩出したところだ。

 


町の民俗 Ⅰ

2007年05月26日 | 随想・日記

 森口多里著 「町の民俗」は、昭和十九年に三国書房からでている。

余禄に「陸中の隠念仏が載っている。「旅と伝説」第五年九月号(通巻五十七号)に

北野壽門の名前で掲載されたものである。こちらは昭和七年九月一日発行である。

 この「旅と伝説」によって、「隠し念仏」が広く世間に知られるところとなった。

次回から、森口氏の「町の民俗」からいくつかを抜書きしてみようと思う。

 明治から昭和の初め頃の話題満載で、子供のころを思い出させられ

読んでいるうちに懐かしさ一杯であった。


風屋日記を読んで

2007年05月26日 | 随想・日記

 花巻から発信されている「風屋日記」さん

今日の新聞を読んでの記事、早速小生も開いてみた。

いつも「風屋」さんには教えられるが

できたならば皆さんも是非お読み願いたい。さて

 話が飛ぶが、先日宮澤賢治研究会の外山会長さんに

「風屋日記」の「方言」花巻についての記事を紹介しておいた。

 今度の例会で「種山ケ原の夜」の花巻方言について

お話下さる参考にと。 

(「風屋日記」さんの「方言欄」は、「文化」の中にではなく、

以前のように独立で読めるようにお願いしたいナァ。)

 

 


わすれなぐさの花

2007年05月25日 | 随想・日記
 「種山ケ原の夜」に<わすれぐさの花こ>がでている。
版画家の伊藤卓美氏が、母の思い出としてのこの花について
伊勢丹の氏の個展会場で私に話された事がある。
 東北の「地人」と、関東人とは、
わすれなぐさの花は、ちがうのかもしれないと。

 つぎに ばだらの神楽 権現さん 剣舞 が出てくる。
わたくしの話は、ばがくせはなしになる。
 やはり参考書に、

  胆沢町史 民俗編 3  
を推薦したい。

 賢治さんの近所の人たちにも
参加してもらいたいものだ。
 むりだべな。

種山ケ原の夜

2007年05月24日 | 文学
 宮澤賢治研究会の例会で、
研究会の会長である外山氏が
劇「種山ケ原の夜」と花巻方言の現在 ー付・「永訣の朝」ー
と題して、ご講演のようだ。

 ホームペイジの案内によると
「今現在残されたテキストを元に、
この方言劇を再現しようと思った時に、
それがほとんど不可能なことに気づかされるのである。」と。
「また同時に方言の知識なしに、
これらを読みこなすことも至難の技である。」と云うことだ。

 そして「今回、文字で表した方言を実際の音声に復元出来ないと
思われる例を紹介する」ということです。
おおいに期待できるので是非多くの参加者に
呼びかけたい。

 さて 「種山ケ原の夜」の最初に出てくる会話に
天気と虹についての会話が出てくる。

 胆沢町史の民俗編2に、俗信 天文気象が記されている
東の虹は晴
朝虹は雨
朝虹にはミノつけよ
朝虹に船越すな、朝虹なれば橋を渡るな
朝虹に川越えするな
夕虹は鎌を研げ、夕虹は天気

朝焼けは雨
朝焼けと姑のケタケタ笑いは油断するな
朝霧は風か雨
朝霜は晴れ
川霜が出ると雨になる
朝露の多い時は晴れる
 等々

この民俗編には、方言が一章設けられている。

 昭和のはじめ頃までの、南部藩と伊達藩の
方言が、賢治さんはこの作品のなかで
どう使いわけていたのか、そのへんまで
お話されて欲しいものだ。
 興味は尽きない題材である。

検討

2007年05月24日 | 随想・日記
 有る著者から先日贈呈された本に、
宗教者についてお書きになられている
次のようなところに、
興味をおぼえた。
 「・・・先師の思索と信仰と霊的な体験を通して
 確信されたこと・・・・」云々と云う所だ。
私の知っている宗教者の方に
 「霊的体験はありましたか」と問いましたなら
「そんなことは無いし、信じてもいない。」
とのことであった。
 そこの寺院には「仏像や仏堂を厳かに飾ることや、
天蓋・・ おもてには幢幡を」ことあるごとに
飾るのである。

 宗教的体験はなくとも、そのことを
信じられない宗教者には、
法然や親鸞をどのように解釈されているか
いささか考えさせられるところだ。

 大角 修著
日本人の死者の書 - 往生要集の<あの世>と<この世>
NHk 出版     生活人新書

 お薦めの本です