『(財)宮沢賢治記念会 「修羅はよみがえった」 宮沢賢治没後七十年の展開』が出版されてから二年以上になる。多記にわたりこの本に教わることが多い。しかしいくつか疑問も感じられる。一つだけ記す。
宮沢賢治全集 十字屋書店版の完成時期に付いて、栗原・杉田両氏は昭和十九年二月(58頁・157頁)とし、杉浦・大山両氏は十二月完成(178頁・484頁)としている。以前から話題のところである。
わたくしのところにある「別巻」初版(奥付写真)は、「十二月」の所を砂消しゴムか何かで消された痕がみられるが、第二版・第三版等の奥付にはすべて第一版の記載は二月になっている。
「昭和二十年一月、銀座の料亭「浜作」において出版の完成し終えた最後に編集委員会が行われた」とあるが、十九年の二月では、何故翌年の一月なのかはについては、いかに戦時中とはいえ説明に窮する。
今回も二月説が妥当か十二月説が正しいのかはみられなかった。
お詫びして訂正をお願いします。
なお、どうして「十二」と誤植したのか、ずいぶん考えたり、印刷関係の人に聞いたりしているのですが、納得いく説明が付きません。どうしてですかね。
お礼・大変遅くなりました。ごめんなさい。
やはり二月でしたか。「出版弘報」にあったなら間違い無いでしょう。
それにしても、料亭「浜作」での出版完成祝いが、翌年の一月になったのが「どうしてでしょうかね」。
岩手県立図書館 蔵書15冊中 5冊
盛岡市立図書館 10冊中 3冊
〃 都南図書館 7冊中 2冊
花巻市立図書館 26冊中 1冊
私と周辺 22冊中 7冊
計 80冊 18冊(22.5%)
実に世上に出回っている20%強が「藤原」印ということになります。藤原印は27,28年版は全て但し第5巻を除いて)。
なにかもっと確かな「藤原」印の根拠をご存知ありませんか。
岩手県立図書館 蔵書15冊中 5冊
盛岡市立図書館 10冊中 3冊
〃 都南図書館 7冊中 2冊
花巻市立図書館 26冊中 1冊
私と周辺 22冊中 7冊
計 80冊 18冊(22.5%)
実に世上に出回っている20%強が「藤原」印ということになります。藤原印は27,28年版は全て但し第5巻を除いて)。
なにかもっと確かな「藤原」印の根拠をご存知ありませんか。