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今回は、1996年8月に訪れた広島県庄原市にある『葦嶽山』と『鬼叫山』の巨石群の紹介です。
そもそも葦嶽山が「日本のピラミッド」と提唱されたのは昭和初期キリスト教のエリート牧師だった「酒井勝軍(かつとき)」でした。
彼は、世界最古のピラミッド発祥の地は我が日本であり2万年から3万年前の超古代に建造されたものでエジプトのピラミッドは、日本で発祥した原型的なピラミッドが伝播したものであると説き、新聞社もこぞって大々的に報道をしたので全国にピラミッドブームを巻き起こしました。ブームに便乗するように各地にピラミッド山が出現し観光に一役かっていたそうです。
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1984年に「サンデー毎日」で日本のピラミッドがクローズアップされます。対談記事などには、小松左京氏、立松和平氏、古田武彦氏、松本零士氏など、ビッグネームが名を連ねます。
当時は、不思議なこと、オカルト、歴史ロマン、冒険活劇など人々は刺激を求めていた背景がありこの特集記事がきかっけで、日本ピラミッドブームの再燃となりました。
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かくゆう自分もすっかりドツボにハマり関連本を購入して読み漁ったものです。
「日本のピラミッド」と、呼ばれている山は、全国に20か所ほどあり位山、皆神山、五葉山、のうが高原など…。主なる山は以前訪れていましたが、やはりその中でも「葦嶽山」は別格であり行く機会を伺っていたのですが、ようやく訪れることが出来て意気盛んで望んだ記憶が蘇ります。
それでは、当時の写真を振り返りながらご紹介します。
(当時はフィルムカメラ故、写真をスキャナしたものですので写りがイマイチです。ご了承下さい)
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鳥居越しに聳える葦嶽山
葦嶽山ピラミッド案内(写真クリックで拡大)
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鬼叫山 この地域で目撃情報があるUMA“ ヒバゴン ”の生息地でもあります。
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鬼叫山の麓より仰ぎ見る葦嶽山 見事な三角型の神南備山です。
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葦嶽山に登られた方ならご存じだと思いますが、葦嶽山に巨石は、鷹岩と烏帽子岩(観音岩)しかありません。
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鷹岩と烏帽子岩(観音岩)は、エジプト方面を向いたスフィンクスなんだとか。
良く紹介されている巨石群は、葦嶽山ではなく隣にある鬼叫山にあります。
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鬼叫山巨石群への神殿ゲート
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ドルメン 拝殿の供え物を置いたと伝わります。
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方位石
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実測したところ、地磁気の北より30度西にずれていて、本来の方位石の役割は、今は成してないようです。
酒井はこの事を知っていたようで、残された文献にはこの事にはあまり触れられていません。しかし、京都芸短大 渡辺豊和助教授(当時)は、「夏至と冬至の日没ラインである事実」をつきとめ、また地質コンサルタント篠原興弥氏は「ここには精細な測量技術が存在していた。」と結論されています。これらの事からここら一帯に古代都市があったのでは、推測されていたようです。
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鏡岩 古代の「光通信装置」だった。と、伝わります。
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神武岩(屏風岩)かって表面には、神代文字の阿比留文字が刻まれていたと言われています。大正初期頃この周辺に、神武天皇の財宝が埋められていたという伝承があり大勢の人々が押し寄せ破壊されてしまったそうです。
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破壊された跡 かつて、同様な柱状型の岩が屏風状に並んでいたのでしょう。
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残された神武岩の上には、大きな杯状穴が見られました。
かつてここに「夜光玉」が組み込まれていて、鏡岩を介した光通信ネットワークとして機能していたと伝えられています。
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サンデー毎日(1984)より
実は、巨石群はここだけではありません。当時ここを訪れた時に、我々を案内して頂いたガイドの方が「鬼叫山より更に奥へと続く未公開の場所がある」と、連れて行ってもらえることに。
藪が高い尾根伝いへと続く道を更に奥へ行くと…。
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等間隔に並んだ石が逆に不自然です。円弧を描いている様にも見えます。ひょっとするとストーンサークルを形成しているのかも知れません。
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樹々の中に巨石を発見!親子鏡岩と勝手に銘々しました。
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第二の方位石発見!やはり正磁とはずれている様でした。
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ここにも神武岩の様な石柱がありました。
訪れたのが1996年で、当時案内して頂いたガイドの方も「今後こちら側も整備していかないといけないですね」と、言われていたのですが現在まで紹介されている記事を見かけませんので、ひょっとすると本邦初公開の貴重な写真かも知れません。
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