【井伊谷城址(城山公園)】
今回どうしても再訪してまで訪れたかった井伊谷城址
ドラマでも何回も登場し(実際のロケ地は、高根城だったらしいですが)幼少のおとわと父直盛のシーンは印象的でした。
井伊谷城は、遠江国 (現在の静岡県西部) の国人領主だった井伊家の居城。徳川四天王として彦根藩30万石の基礎を築いた井伊直政が幼少期に過ごした場所で、先代当主 井伊直虎 (次郎法師) の頃まで井伊氏の拠点だった。
平安期の初代井伊共保の頃よりこの地を拠点としていた井伊氏は、南北朝期には当地へ宗良親王を迎えた記録も残る。
城跡のある小山は公園化され、舗装され手すりが完備された坂道を登ると、山頂部に削平地と御殿跡、虎口、土塁などが残るのみ。山麓に井伊氏居館跡、菩提寺の龍潭寺、そして背後には詰城となる三岳城跡も残る。(以上はこちらより引用)
現地案内板(サムネイルをクリックして拡大)
【マップ】
引左図書館脇の坂を登っていくと井伊谷城址への散策路入り口になります。散策路の麓にはかつて井伊氏の居住していた館があったそうです。
(注意:車ではあがれません。前回ご紹介した浜松市地域遺産センターの駐車場をお借りし自力で訪れて下さい。)
散策路途中にあった城山稲荷大明神
散策路は舗装が行き届いて手すりも全行程にしっかりあるのですがけっこうキツイ登りになります。
杖なども用意されてありましたので見栄をはらず利用した方が吉です。(途中休憩ポイントも2ヶ所設置してありますので無理をせずゆっくり登りましょう。)
徒歩15分ほどで到着です。
南反面は平坦で、右手に行くと土塁跡がわずかに残っています。
御所の丸があった辺り 巨石の残骸はかつての庭石だったものでしょうか?
三角点(城山)標高115m
北東側に位置する三岳山 井伊の詰城となる三岳城址があり道政が子息の高顕とともに北朝方と熾烈な攻防を繰り広げた舞台です。
展望台よりの眺望 井伊谷全体が見渡せます。右手前が天白磐座遺跡のある渭伊神社です。(クリックして拡大)
さて最後は小野正次の終焉の地に向かいました。
Part5につづく
※:トップ写真出展は「まるっと直虎観光VRアプリ」より“井伊谷城”転載
今回どうしても再訪してまで訪れたかった井伊谷城址
ドラマでも何回も登場し(実際のロケ地は、高根城だったらしいですが)幼少のおとわと父直盛のシーンは印象的でした。
井伊谷城は、遠江国 (現在の静岡県西部) の国人領主だった井伊家の居城。徳川四天王として彦根藩30万石の基礎を築いた井伊直政が幼少期に過ごした場所で、先代当主 井伊直虎 (次郎法師) の頃まで井伊氏の拠点だった。
平安期の初代井伊共保の頃よりこの地を拠点としていた井伊氏は、南北朝期には当地へ宗良親王を迎えた記録も残る。
城跡のある小山は公園化され、舗装され手すりが完備された坂道を登ると、山頂部に削平地と御殿跡、虎口、土塁などが残るのみ。山麓に井伊氏居館跡、菩提寺の龍潭寺、そして背後には詰城となる三岳城跡も残る。(以上はこちらより引用)
現地案内板(サムネイルをクリックして拡大)
【マップ】
引左図書館脇の坂を登っていくと井伊谷城址への散策路入り口になります。散策路の麓にはかつて井伊氏の居住していた館があったそうです。
(注意:車ではあがれません。前回ご紹介した浜松市地域遺産センターの駐車場をお借りし自力で訪れて下さい。)
散策路途中にあった城山稲荷大明神
散策路は舗装が行き届いて手すりも全行程にしっかりあるのですがけっこうキツイ登りになります。
杖なども用意されてありましたので見栄をはらず利用した方が吉です。(途中休憩ポイントも2ヶ所設置してありますので無理をせずゆっくり登りましょう。)
徒歩15分ほどで到着です。
南反面は平坦で、右手に行くと土塁跡がわずかに残っています。
御所の丸があった辺り 巨石の残骸はかつての庭石だったものでしょうか?
三角点(城山)標高115m
北東側に位置する三岳山 井伊の詰城となる三岳城址があり道政が子息の高顕とともに北朝方と熾烈な攻防を繰り広げた舞台です。
展望台よりの眺望 井伊谷全体が見渡せます。右手前が天白磐座遺跡のある渭伊神社です。(クリックして拡大)
さて最後は小野正次の終焉の地に向かいました。
Part5につづく
※:トップ写真出展は「まるっと直虎観光VRアプリ」より“井伊谷城”転載
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