星さんぞう異文化きまぐれ雑記帳

異文化に接しての雑感を気ままに、気まぐれに

カリフォルニアからハ~イ!(3) かけ流し天然温泉・混浴・水着オプショナル

2011年09月27日 16時39分29秒 | Weblog
いよいよ往路最終日の6日目です。昨日の熱暑が嘘のような涼風のそよぐUkiahの朝です。今回の旅の目玉である硫黄臭の漂う本格温泉で長旅の汗を流して最終目的地Fremontに夕方4時頃に到着するのが今日のプランです。行程300キロの楽勝パターンです。

ランチ用のサンドイッチを仕入れるべくスーパーをカーナビに探してもらってモタモタしている間に、土曜日の朝のFarmars' Marketに出くわしましたので、出来立てのサンドイッチと飲み物を買い込み、今日のメインイベント立ち寄り温泉Orr Hot Springsに向けて出発です。Ukiahの町外れで101号線から山に入り一気に登り進むことおよそ20キロ、30分ほどで山間の秘湯を思わせる佇まいの温泉宿に到着です。

宿泊もできるが立ち寄り温泉もOK。ただし、いずれの場合も飲食物の用意は一切無く、泊まり客も立ち寄り客も食材を持ち込んで自分で調理するか弁当持参が約束事です。しっかりした調理施設と水道水・飲料水。燃料は施設側が用意してあります。事務所はあるものの、自動販売機は一切置いていません。徹底したものです。

 

土曜日であるものの思ったほど混んでおらず、予約の10時には他の客ともどもで7~8人の模様。ひと通りの注意事項を聞いて入湯料25ドルを払ったうえでイザ出陣!? 気負い込むには訳があるのです。ここは混浴なのです。普通何処の温泉も「男女共用」という意味で混浴ではありますが、通常は水着の着用が義務付けられているのです。ところが、ここが普通でないのは水着はオプショナル(Optional)、つまり水着は着ても着なくてもご自由にということなのです。日本の温泉ではあたり前のことながら、アメリカで水着をつけないでOKなんて温泉は初めてです。

かけ流し天然温泉でなけりゃ温泉じゃないと、知ったかぶりをして豪語する大の温泉好きの身にとっては、ここが天然硫黄泉のかけ流しときちゃあ申し分なしですが、アメリカでスッポンポンでの混浴の経験はなし、いささか緊張するのです。こちらの心のヒダを見透かしたような混浴の心得(注意書き・ご法度書き)が貼り出してあります。ジロジロ見るな、人に触れるな、言い寄るな、密室でやるべき行為に及ぶなエトセトラ・エトセトラ。掟のたぐいは、それを破る人間が多いから整備されるんでしょうかねぇ?

 

触れ書を読んで理解できただけに、こちらもジロジロ見るわけにも行かず、サクっと一瞥しただけでの印象ですが、手前の熱い湯壺に40代女性が二人、奥のぬるめの湯壺に30代前半の若いカップル一組、今ロッカールームを出て奥のサウナに向かった毛むくじゃらの50代男性一人、この5人は水着を着用しない派。バスタブの中で水着は着ていないだけで人前を歩くときはバスタオルで隠したり、バスローブを羽織ったりと公序良俗にかなっていてなんの違和感もありません。ドイツの温泉場で目撃したような、スッポンポンでお手手つないで堂々と闊歩するような人が多いと、水着をつけている自分が妙に恥ずかしくなったものですが、ここは良識派揃いでした。右下の写真は個室貸切バスタブで、使い終わったらブラシで洗い流し新しいお湯を注いでおく約束です。左側建物の一階部分に6部屋ほどあって、古いながらも清潔感のあるいい温泉でした。

  

私が男女共用のロッカーでモジモジしている間に出たり入ったりしていた20代後半の女性一人だけが水着を着ていました。嫌がっていたカミさんも白昼堂々の混浴初体験。これで8人の入浴客のうち水着派は一人だけと判明。水着着用率12.5%とスッポンポン派の圧勝でした。水着派女性の感想も聞いてみたかったけど「しつこく言い寄るべからず」なのでやめておきました。

中庭でのピクニックランチを含めて二時間あまりの滞在ですっかりリフレッシュした後は、一路サンフランシスコ目指して最後のホームストレッチ。ここから先は101号線沿線に出てくる町の名前もどれも20年前に見慣れた懐かしいものばかりで、カーナビ無しでも問題なしです。でも、これまで世話になった、帰りもまた世話になるGPSの立場も配慮して点けっ放しにしておいてあげました。

San Francisco here we come!!

2011年9月6日午後4時ちょっと過ぎに予定通り無事到着で~す。走行距離概算2280キロでした。
小馬鹿にしていてこれまで見向きもしなかったカーナビくん、君の力にゃ驚きました。帰りもよろしくね。
満身創痍のMVPくん、出発直前に気合入れすぎて車庫からバックするときに壊したサイドミラーをガムテープでとめただけでよく2000キロ超ドライブの風圧・振動に耐えてくれたね。山の上のレッカー車事件からの見事な立ち直り、帰りも期待しているよ。一週間十分に休んでおくれ。


カリフォルニアからハ~イ!(2) セコアイア、セコイア、セコイア Avenue of the Giants

2011年09月27日 05時56分51秒 | Weblog
Fremontの娘夫婦を訪ねる旅の前半も、いよいよ最終コーナーを回って、往路の最終宿泊地Ukiahを目指して第五日目のスタートです。今日の行程は260キロ程度といつもより比較的短く、早めに着いて街の散策でもしようと余裕綽々です。

モーテルで朝食をとっていると、隣に7~8人のグループがほぼ食べ終わって歓談中。着ているジャージーやらかぶっている野球帽からはどうやらミネソタからの一団らしい。ミネソタといえば、その昔高校時代に一年間お世話になった私の「第二のふるさと」みたいなもの。しかもジャージーには「UMD」とあります。知る人ぞ知る(ということは殆どの人が知らない)University of Minnesota at Duluth のことで、私の住んでいた街の隣町(と言っても75マイル離れてました)じゃありませんか。

懐かしさのあまり、ついつい出しゃばって話の輪に割って入り自己紹介。ミネソタの人間でも何処にあるかもわからないような小さな街Chisholmの高校を、50年前に卒業した珍しい日本人にこんな所で遭遇したことに驚き、しかも自分たちが誇りとする「我が街Duluth」を知っている日本人がいたことを喜んで、いつのまにやらこちらが質問攻め。

家長の84歳のお爺さん夫婦は自分の車で往復5000マイルのドライブで、他の現役家族は飛行機で、孫娘の結婚式が執り行われるEurekaに集合したとのこと。上には上がいるものです。5000キロ近く走ることを自慢の種に頑張っってきたのに、負けました。相手はマイルです。私の6割上でした。

旅から帰っても結婚式の写真を送ってくれたり、私のホストファミリーの様子を探ったメールが来たりと交流が始まりました。こういう想定外のハプニングがあると旅の面白さが倍加するんだけど、なかなか探してあるものでもなし、こういう出会を大事にしたいと思います。



気持よくスタートした第五日目は、国道101号線(別名Redwood Highway)と平行して31マイルにわたって大木のセコイアの並木の中を縫って走る街道、Avenue of the Giantsがハイライトです。「セコイアづくし」の一日です。所々で車を降りて森林浴したり、切り抜かれた大木の根っこを車で通ったりと観光客度100%です。

 

 

 

途中の街のスーパーでサンドイッチを作ってもらい、近くの運動公園で炎天を避けてボールパークのベンチ裏観覧席でピクニックランチ。今週から新学期の始まった小学生と思しき数人のグループにアメリカンフットボールをコーチするオヤジさんの姿を眺めながら、しばしの時間でしたがゆったりと流れる時間を堪能しました。今回の旅に期待していたのはこんな感じの時間の過ごし方だったのです。

 


ワシントンを出てからオレゴン、カリフォルニアと海岸沿いを通って来たので最高気温は日中でもせいぜい25度前後、所によってはセーターを着ないと肌寒い所が多かったのに、午後早めに到着したUkiahはなんと107度!摂氏で41度。街の探訪なんて夢は捨てて、モーテルの部屋に飛び込んで冷房ガンガンにして引きこもり、熱が収まった頃合いを見計らって夕食に。

娘の友だちの知り合いが営む日本食レストランでお好み焼き(ご主人のふるさと広島焼き)を食べ、幸せな気持ちで家路についたら、後ろから青いライトを点滅した車がついて来ます。そうです。パトカーでした。

「ヘッドライト無点灯」「接近車両がありながら無理に左折」これが罪状です。カナダの車はエンジンかけてサイドブレーキ外したら一番小さいライトは自動的に点灯する仕掛けになっているので、これは事実誤認です。後者は、カーナビに気を取られていてやや注意散漫であったので、争いません。ま、長いものには巻かれるタイプでもあり、ここで言い争っても得るものなし。懐中電灯で人の瞳孔を真面目にチェックしているお巡りさんに、お好み焼きのおすそ分けとばかりにニンニクの香りが存分に残っていたはずの息を大きく吹きかけてあげました。だって、そうしろと命じられたからです。 

良識あふれる小心な私の誠意が通じもちろん無罪放免でした。
最後は気持ちを込めて、別れのご挨拶です。

You have a grrrreat rest of the evening, Officer! (あっかんべー!)