落合順平 作品集

現代小説の部屋。

上州の「寅」(45)14歳の金髪 

2021-01-03 15:15:55 | 現代小説
上州の「寅」(45)

 
 「はじめてユキと出会ったのはいまから半年前。
 場所はさぬき高松まつり。
 開店準備していた出店の前へ、はでな金髪の女の子があらわれた。
 金髪?。そのわりに年が若すぎるな。
 見た瞬間、そんな風に感じた。もしかしたら中学生かな?
 チラリと横目で見たけど、その子はそのまま通り過ぎていった」


 「さぬき高松まつり?、何それ?」


 「3日間で58万人をあつめる香川県最大のおまつり。
 学校は夏休み。だから若い女の子が金髪で通っても別に不思議じゃない」


 「でも中学生で金髪はまずいだろ」


 「そうでもないさ。
 夏休みの間だけ金髪や茶髪にそめる女の子はたくさんいる。
 2学期がはじまるまえ黒髪へ戻しておけば、どうってことないからね」


 「そんなものか?」


 「そんなものさ。
 すこししたらまた、金髪の女の子がもどって来た。
 わたしの店の前で立ち止まった。2度目だ。
 さすがにこんどは顔を上げ、その子の顔をまじまじ正面から見つめた」


 「その子がユキか」


 「その子もわたしを見つめてきた。
 いや・・・視線がちがっていた。
 そのこが見つめていたのは、鉄板の上の焼きそば。
 食べるかと聞いたら、その子はコクンとちいさくうなずいた」
 
 「冷やかしじゃないのか?」


 「露天商を長年していると、本能的に客と冷やかしを見抜ける。
 ユキの目はわたしの焼きそばを欲しがっていた。
 しかし金はなさそうだ。
 欲しいとうなずいたけど顔は迷っていた。
 いいからおいでと手招きしたら、子猫のように店の中へはいってきた」


 「食い物で釣ったのか、中学生を」


 「うん。焼きそばで簡単に釣れた。金髪の中学美人が」


 「美人だったのか?。その頃のユキは?」


 「14歳の肌だ。つるつるでピカピカさ。
 健康そうな肌が私の目には、とてつもなくまぶしかった」


 「君だって18だろ。同じだろ」


 「不規則な生活していると女の肌は荒れるんだ。
 ユキの肌には勝てなかったさ」


 「そんなもんか」


 「そんなもんさ」


 「ユキちゃんはなぜ君とコンビを組んで露店の仕事をするようになったんだ」
 
 「一宿一飯の恩義ってやつかな。
 そのまま子猫のようにユキがわたしの屋台へ居ついた。
 なにもしなくてもいいというのにユキのやつ、わたしの仕事を手伝った」


 「問題ないのか。中学生が働いて?」


 「ユキが働き始めて1時間後。
 うわさを聞いた大前田氏(チャコの義父)がやって来た。
 ※15歳以下を働かせているのかと、えらい剣幕で、飛び込んできた」
 
 ※中学生は基本的にアルバイトできない
労働基準法では雇う側のルールとして、満15歳になってから
最初の3月31日が終了するまで雇ってはいけない、と書いてある。
正社員として働くのがダメというだけではなく、契約社員であっても
アルバイトでもあってもダメということになっている。


(46)へつづく


上州の「寅」(44)メロンソーダ

2021-01-01 17:02:18 | 現代小説
上州の「寅」(44)メロンソーダ


 喫茶店で寅が頼むのは、いつも決まってメロンソーダー。
メロンソーダー以外、頼んだことがない。


 母といっしょに初めてカフェへ寄ったとき。
寅の目にいきなり、涼しそうな緑の飲み物が飛び込んできた。
なんだろう?。
サイダーのような液体に、鮮やかな色がついている。


 「ママ。シュワシュワしている、あの緑が呑みたい」


 「ダメ。あれは身体によくない炭酸飲料です。
 それにあの緑色は人工甘味料のかたまり。
 どちらもこどもの体によくありません。他のものを頼みなさい」


 「身体によくないの?」


 「炭酸飲料に子供にひつような栄養ははいっていません。
 炭酸は骨を溶かすのよ」


 「骨が溶けるの?。でもあの人は呑んでるよ」


 「大人は良いの」


 「大人になれば呑めるのか。いつになれば呑めるの。ぼくは」


 「親から独立した時。
 お給料をもらい、ちゃんと生活できたとき。それまでは駄目です」


 「自分のお金で呑むならいいの?」


 「そういう考え方もあります」


 「じゃ僕は貯めたお年玉を使って呑む。それならいいでしょ」


 「あなたが働いたお金じゃないでしょ。好意でもらったものは問題外です。
 我慢しなさい」


 「我慢できない!」


 「妙にこだわりますねあなたも。体に良くないのよ。
 それでも呑みたいの?」


 「呑みたい!」


 「石の橋を叩いても渡らないくせに・・・。
 こういうときだけ自己主張しますねぇ、あなたって子は。
 負けました。しかたありません。いいでしょ。何事も経験です。
 こんかいだけ許可しましょう」


 メロンソーダを呑むたび、根負けした母を思い出す。
「こら。寅。聞いてのか。ひとの話を!」
いきなりチャコの怒鳴り声で、寅の意識が現実へ引き戻された。


 ここはホームセンター脇にたっているちいさな喫茶店。
巣箱をつくるための買い物を済ませた後、小豆島のさいしょの休日を
寅は、チャコと2人で過ごしている。


 (あれ?。チャコが目の前にいる。
 なんでチャコと2人でお茶してんだ?。こんなところで俺は・・・)
 
 クスクス笑う声が聞こえてきた。寅があわてて周りを見渡す。
店内にいるのは5~6人。
チャコの怒鳴り声がまわりの好奇の目を集めたようだ。


 「あれれ・・・まわりはいったいぼくらを、どんな風に見ているのかな?」


 「なに。いきなり?」


 「デート中の若いカップル。仲の良い兄妹。
 いったいどんな風に観られているのかな・・・」


 「どちらも外れ。
 どうしたのさ。人が説明しているのに聞きもせずぼう~とうわの空で。
 失礼にもほどがあります」
 
 「説明?。なんだっけ・・・いったいなんの話していたんだ?。俺たちは」


 「いまさらとぼけないで。
 あたしの話をまったく聞いていなかったんだね。あんたって人は」


 「だから何の話だ?」


 「ユキが金髪になったいきさつ」


 「あ・・・」


 寅がようやくすべてを思い出した。


(45)へつづく

 あけましておめでとうございます。
コロナにはじまり、コロナに暮れた2020年。
目に見えない敵とのたたかいはあたらしい章へ突入しました。


 でも人は病にぜったい負けません。
なんどもたちあがり、命ある限り、前へむかってすすみます。
暮れに体調を崩しましたが、こんかいもまたここへ戻って来ることが出来ました。
やはり健康はありがたい。


 2021年も体調に気を配りながら、ひきつづき創作に励みたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。


 2021年。元旦 落合順平


上州の「寅」(43)誰かに似ている 

2020-11-28 17:07:14 | 現代小説
上州の「寅」(43)


 「どうだった?」


 チャコが真正面から寅の目をのぞきこむ。


 「なにが?」


 「言ったでしょ。3番レジのおばちゃんの印象よ。
 あのおばちゃん。あんたの目に、いったいどんな風に映った?。
 それが聞きたいの」


 「俺には関心がなかったようだな」


 「あたりまえです。あんたに感心示すような女はこのあたりにいません!。
 そうじゃないの。聞きたいのはあのおばちゃんの印象です」


 「お釣りをもらったとき。手が荒れていたような気がしたな。
 家事が忙しいのかな。あのおばちゃん」


 「顔は?」


 「顔?。普通だ。美人じゃないけど、ブスでもねぇ。
 どこにでも居るごく普通のおばちゃんだな」


 「誰かに似ていると思わなかった?」


 「似ている?。誰に・・・」


 「やっぱりだ。ピンと感じるものがなかったか、あんたには。
 無理ないか。もともと感度が低いもんね」


 チャコがストローの手を止める。
ホームセンターを出たあとチャコが、お茶していこうと声かける。
ちかい距離に小さなテラスが見える。


 「誰に似ているというんだ。あのおばちゃん?」


 「例えばよ。
 あんな感じのおばちゃんから生まれた子供は、どんな子供だと思う?」


 「美人でもブスでもねぇだろ。たぶん普通のこどもだ」


 「普通じゃない。生まれた子供は金髪だ」


 「あのおばちゃんが金髪のこどもを産んだの?。
 となると国際結婚だ。相手はきっと青い目で金髪の外人だな」


 「外れ。残念ながら旦那さんは日本人」
 
 「バカ言うな。おかしいだろ。
 断言してもいい。日本人同士から金髪の子供は絶対に産まれねぇ」
 
 「おかしくない。その子は生まれたとき、きれいな黒髪だった。
 金髪にしたのは一年前。
 わたしのところへ来たのは半年前。
 寅ちゃんと知り合って3ヶ月。
 どう?。そんな金髪の女の子にこころ当たりがあるかしら?」
 
 「心当たりがある金髪の女の子といえば・・・
 えっ、ユキちゃんのことか!
 ということは、あのおばちゃんはユキの母親か!」


 「正解」


 「ということはここは、この小豆島は、ユキちゃんのふるさとなのか」


 「ユキはここが第2のふるさと。ユキが産まれたのは倉敷。
 ここはユキの母親が生まれて育ったところ。
 そしてここにはユキの2人目の父親と、11歳離れた妹がいる」


 「2人目の父親と、11歳はなれた妹がいる?。この小豆島に?。
 いったいぜんたいどういうことだ。頭がクラクラしてきた」


 「長い話になります。ユキが金髪になったいきさつは」


 
(44)へつづく


上州の「寅」(42)3番レジ

2020-11-24 19:00:27 | 現代小説
上州の「寅」(42)3番レジ


 「突き当りを右。そのまま直進して2キロ。
 左前方に建物が見えてくる。そこが目的地のホームセンター」


 助手席へ座ったチャコがすらすらと指示を出す。
まるで何度もこの道を走った様な雰囲気だ。


 「前にも来たことがあるの?。この島へ」


 「ある。2回来た」


 「2度も来たの?。なにか特別な用事でもあったのか?」


 「普段はぼんやりしているくせに、ときどき鋭くなるわね、あんたも。
 行けばわかる。そこに答えがある」


 「どんな答えだ?」


 「そのうちわかる。いいから前を見て運転してちょうだい。
 あんたの運転は下手くそなんだから」


 「そこまで言うなら君が運転すればいいだろう」
 
 「可愛いレディは助手席が似合うの」


 (ホントに18歳かこいつ。なんだか年上に思えてきた・・・)
寅が口の中で毒づく。
実際、寅の運転はたどたどしい。とにかく危なっかしい。
ようやく左に目的地のホームセンターが見えてきた。

 寅がよたよたとブレーキを踏む。
よたよたは普通、足元が定まらず、足がもつれたように歩くさまを指す。
しかし寅が運転すると、なぜか車もよたよた動く。
おぼつかない動きのまま、ホームセンタの入り口を曲がっていく。
大汗をかきながら寅が、空いているスペースへ車を停める。


 「安全運転だ寅ちゃんは。あたし、胃が痛くなってきた」



 ドンとチャコが助手席のドアを閉める。


 「だから言ったろ。君が運転したほうがはるかに速いって。
 しょうがないだろう。
 免許を取って以来、運転したのはこれで3回目。
 最初が免許が来た日。
 母を乗せてドライブしたら、あんたは2度とハンドルを握るなと言われた。
 2回目が君たちを乗せて宇都宮まで餃子を食べにいったとき。
 そして今日が記念すべき3回目だ」


 「なるほど。よくわかりました。
 じゃ4回目はないよ。安心しな。帰りはわたしが運転するから」


 踵をかえしたチャコがスタスタと、ホームセンターへ消えていく。
寅があわててあとを追う。
こんなときでも寅は遅い。
本人は真剣に走っているのだが、周りから見れば早歩きにしか見えない。


 「あれとこれと、それ」チャコの買い物ははやい。
ぱたぱた選んだあと、あっというまにカートへ積み込む。


 「清算は3番レジのおばちゃんね」


 「3番レジのおばちゃん?。なぜ?」


 「訳がある。いいから3番レジで会計して」


 「どんな訳があるんだ?」


 「3番レジのおばちゃんの顔をよく見ておいてね」


 「おばちゃんの顔をよく見る?。俺のタイプじゃないけど・・・」


 「あんたの好みは関係ない。
 ちゃんと顔を見て会計してちょうだい。あとで感想を聞きますから」


(43)へつづく


上州の「寅」(41)ユキの変化

2020-11-01 17:41:19 | 現代小説
上州の「寅」(41)


 次の日から巣箱造りがはじまった。
老人との朝食がおわると寅は、少し離れた作業小屋へ向かう。


 午前9時。巣箱造りがはじまる。
海を見おろす作業小屋で、3人並んで巣箱造りの日課がはじめる。
 
 丘から見下ろす3月の海の色は心地よい。
瀬戸内海は内海。そのため太平洋や日本海と海の色が異なる。
水深が浅く、水の交換がさほどない。
島が多く点在し、影ができるなどの条件のため紺碧の色は出ない。
そのかわり場所により緑やヒスイ色に見えるときもある。


 作業手順は頭に入っている。
鹿児島で30個ちかく製造している。ここでの目標も30個。
会話もなく、もくもくと3人で作業する日がつづく。
そんな中、寅には気になることができた。
小豆島へ来てから急にユキが無口になったことだ。


 あれほど快活だったユキが口をひらかず、黙々と作業している。
寡黙なユキへ、チャコも声をかけない。
一週間後。作業を終えた寅がチャコへ声をかけた。


 「何かあったのかい?。ユキちゃんに」


 「何もない。いつも通りのユキだ」


 「そんなことない。おかしいだろ。
 箸が転がっても笑っていた子が、ひとことも口をきかないんだ」


 「ユキにも話したくない時がある。
 そんなに気になるのなら自分で聞けばいいだろう。
 どうしたユキ。なにか有るなら俺に言え。相談にのるからって」


 「相談したいことがあるのか?。ユキちゃんには」


 「誰でも悩みはある。それが人生というものだろう」


 「人生について考えているのか。ユキちゃんは」


 「自分の人生について考えないのかい、寅ちゃんは?。悩みは無いの?」


 「考えないさ。考えたところでうまくいくと思えないからな。
 気がついたら小豆島でハチを捕まえるための巣箱をつくってる。
 美大を出てデザイナーになるはずだったのに、どこかでなにやら間違えて
 いつの間にかこんな生活になっている。
 どうなっているんだ・・・俺の人生は?」


 「卒業できないくせによく言うわ」


 「君が決めつけるな。可能性はゼロじゃない」


 「限りなくゼロにちかいくせに。うふふ」


 「俺のことはいい。問題はユキちゃんだ。
 小豆島へ来てからずっとふさぎ込んでいるんだ。変だろう」


 「ふさぎこみたくなる理由があるからね。ユキには」


 「どんな理由だ?」


 「説明するのは難しい。長い話になる」


 「やっぱりだ。何か有るんだな」


 「明日、休みでしょ。
 午前中、ホームセンターへ資材を買いに行くから付き合って。
 そのとき説明してあげる。
 小豆島へ来てからユキがふさぎ込み、なぜ無口になっているのかを」


(42)へつづく