オヤジ達の白球(16)飲んべェのチーム
北海の熊が、大きなため息をひとつつく。
「たしかにガラの悪いチームだった。だけど妙に居心地は良かった。
だが親睦ソフトの大会で、ヤンキーやチーマーが大きな顔をしているようじゃ、
町の体協は迷惑だ。
買収事件をきっかけに、永久追放されたって文句は言えねぇさ」
じゃ帰るか俺もと、北海の熊が立ち上がる。
「おい。最後まで話を聞いていかねぇのか」岡崎が熊をひきとめる。
「大将に頼んで、居酒屋のチームをつくるって話か?。
俺は参加しないぜ。
もうソフトボールなんかには、興味がねぇ。
坂上の野郎が、俺が投げると張り切っているじゃねぇか。
新しいチームは、坂上に投げさせればいいだろう」
引き留めんな、つまらない話でと北海の熊が帰っていく。
ガタンと音を立て、入り口のガラス戸が閉まる。
「じゃ、そろそろ帰るか、おれたちも」かたずけを終えた祐介が立ち上がる。
岡崎と祐介の自宅は、帰る方向が同じだ。
ふらりと表に出た2人が、堤防の道を千鳥足で歩き出す。
「なぁ大将。
坂上のやつが本気で投げ始めたら、ソフトボールのチームを作ってくれるかい?」
「常連客へ声をかけてもいい。
飲むだけなら全員がホームランバッターだが、野球の経験者はほとんど居ない。
それでもいいのなら集めてみるが、なんだか前途は多難だな・・・」
「素人ばかりのソフトボールチームが誕生するのか・・・
たしかに前途は多難だ。
だけどよ。誰かが本気で声をかけてくれなきゃ人は集まらねぇ。
ソフトは団体競技だ。
のんべぇばかりでも、10人も集まればなんとか格好になるだろう」
「酒ばかり呑んでいるのでは、たしかに身体に悪い。
身体を動かして汗をかくのはいいことだ。
飲んべェばかりの、ど素人のソフトボールチームか。
まぁいいか・・・そんなチームがこの世にひとつくらい存在しても」
突然の話だが、まだ実感はない。
実現するとは思えないが、手がけてみるだけの価値はある。
ぼんやり祐介がそんな風に考えはじめたとき、岡崎が生真面目な顔で振り返る。
「なぁ大将。ここだけの話だ。
いちどでいいから俺は坂上の奴に、何かを成し遂げさせてやりたいと思っている。
あの野郎はみんなが言うように、取り柄の無いどうしょうもない男だ。
長続きした趣味なんか、ひとつもねぇ。
だがよ、こんどばかりは、あいつの瓢箪から駒を出してやりてぇ」
「同級生だからな、おまえさんは。
肩を持ちたい気持ちはわかる。
しかし。そんな簡単にウインドミルのピッチャーにはなれないぜ」
「熊の話じゃ、ものになるまで最低でも3年はかかるそうだ。
だがよ。そんな呑気なことは言ってられねぇ。
のんびり構えていたら、また坂上の気持ちがかわっちまう。
どうだろう。こんどの秋の大会に、居酒屋のチームとして参加するというのは」
秋の大会といえば半年後だ。
(短すぎる。いくらなんでも性急すぎるだろう)祐介が異を唱えようとしたとき、
岡崎が自信たっぷり、祐介を正面から見据える。
「そのくらいでちょうどいいんだ。
あいつの性格は長年つきあってきた俺が、一番よくわかっている。
ブタもおだてりゃ木に登る。
そういう男だぜ。坂上という超単細胞は」
「おだてりゃ木に登るのか、坂上は?」
「馬鹿はとににかくおだてるに限る。長い目で見るのは駄目だ。
短期決戦で、早めに結果を出すようにさせる。こいつが一番効果的だ。
秋の大会にエントリーしたから、早くウインドミルをマスターしろと持ち上げる」
「うまく行くかな?。こちらの思惑通りに・・・」
「うまくいかない場合もある。
そのときのために、隠し玉として、北海の熊に投げさせればいい。
あいつは実績がある。坂上が間に合わなくても、充分に穴埋めは出来る」
「熊は駄目だ。あいつは永久追放のチームの一員だ。
そんなやつを投手として登録したら、町の体協が絶対にウンと言わないだろう」
「ミスターⅩとして登録しておくのさ。
本番になったら、サングラスとマスクで変装させればいい」
「おいおい。いいのかよ、そんないい加減なことで・・・」
「構うもんか。なんとかなるだろう。
しょせんは飲み屋に集まるのんべぇのチームだ。
多少のことなら、許されるだろう」
(17)へつづく
落合順平 作品館はこちら
北海の熊が、大きなため息をひとつつく。
「たしかにガラの悪いチームだった。だけど妙に居心地は良かった。
だが親睦ソフトの大会で、ヤンキーやチーマーが大きな顔をしているようじゃ、
町の体協は迷惑だ。
買収事件をきっかけに、永久追放されたって文句は言えねぇさ」
じゃ帰るか俺もと、北海の熊が立ち上がる。
「おい。最後まで話を聞いていかねぇのか」岡崎が熊をひきとめる。
「大将に頼んで、居酒屋のチームをつくるって話か?。
俺は参加しないぜ。
もうソフトボールなんかには、興味がねぇ。
坂上の野郎が、俺が投げると張り切っているじゃねぇか。
新しいチームは、坂上に投げさせればいいだろう」
引き留めんな、つまらない話でと北海の熊が帰っていく。
ガタンと音を立て、入り口のガラス戸が閉まる。
「じゃ、そろそろ帰るか、おれたちも」かたずけを終えた祐介が立ち上がる。
岡崎と祐介の自宅は、帰る方向が同じだ。
ふらりと表に出た2人が、堤防の道を千鳥足で歩き出す。
「なぁ大将。
坂上のやつが本気で投げ始めたら、ソフトボールのチームを作ってくれるかい?」
「常連客へ声をかけてもいい。
飲むだけなら全員がホームランバッターだが、野球の経験者はほとんど居ない。
それでもいいのなら集めてみるが、なんだか前途は多難だな・・・」
「素人ばかりのソフトボールチームが誕生するのか・・・
たしかに前途は多難だ。
だけどよ。誰かが本気で声をかけてくれなきゃ人は集まらねぇ。
ソフトは団体競技だ。
のんべぇばかりでも、10人も集まればなんとか格好になるだろう」
「酒ばかり呑んでいるのでは、たしかに身体に悪い。
身体を動かして汗をかくのはいいことだ。
飲んべェばかりの、ど素人のソフトボールチームか。
まぁいいか・・・そんなチームがこの世にひとつくらい存在しても」
突然の話だが、まだ実感はない。
実現するとは思えないが、手がけてみるだけの価値はある。
ぼんやり祐介がそんな風に考えはじめたとき、岡崎が生真面目な顔で振り返る。
「なぁ大将。ここだけの話だ。
いちどでいいから俺は坂上の奴に、何かを成し遂げさせてやりたいと思っている。
あの野郎はみんなが言うように、取り柄の無いどうしょうもない男だ。
長続きした趣味なんか、ひとつもねぇ。
だがよ、こんどばかりは、あいつの瓢箪から駒を出してやりてぇ」
「同級生だからな、おまえさんは。
肩を持ちたい気持ちはわかる。
しかし。そんな簡単にウインドミルのピッチャーにはなれないぜ」
「熊の話じゃ、ものになるまで最低でも3年はかかるそうだ。
だがよ。そんな呑気なことは言ってられねぇ。
のんびり構えていたら、また坂上の気持ちがかわっちまう。
どうだろう。こんどの秋の大会に、居酒屋のチームとして参加するというのは」
秋の大会といえば半年後だ。
(短すぎる。いくらなんでも性急すぎるだろう)祐介が異を唱えようとしたとき、
岡崎が自信たっぷり、祐介を正面から見据える。
「そのくらいでちょうどいいんだ。
あいつの性格は長年つきあってきた俺が、一番よくわかっている。
ブタもおだてりゃ木に登る。
そういう男だぜ。坂上という超単細胞は」
「おだてりゃ木に登るのか、坂上は?」
「馬鹿はとににかくおだてるに限る。長い目で見るのは駄目だ。
短期決戦で、早めに結果を出すようにさせる。こいつが一番効果的だ。
秋の大会にエントリーしたから、早くウインドミルをマスターしろと持ち上げる」
「うまく行くかな?。こちらの思惑通りに・・・」
「うまくいかない場合もある。
そのときのために、隠し玉として、北海の熊に投げさせればいい。
あいつは実績がある。坂上が間に合わなくても、充分に穴埋めは出来る」
「熊は駄目だ。あいつは永久追放のチームの一員だ。
そんなやつを投手として登録したら、町の体協が絶対にウンと言わないだろう」
「ミスターⅩとして登録しておくのさ。
本番になったら、サングラスとマスクで変装させればいい」
「おいおい。いいのかよ、そんないい加減なことで・・・」
「構うもんか。なんとかなるだろう。
しょせんは飲み屋に集まるのんべぇのチームだ。
多少のことなら、許されるだろう」
(17)へつづく
落合順平 作品館はこちら