つわものたちの夢の跡・Ⅱ
(25)トヨタのカムロード
一週間後。『新しいキャンピングカーが完成した』という椎名からの
連絡を受けた勇作が、その足で京都へ向かう。
椎名は、日野自動車でのエンジン鋳造部時代、苦楽を共にした後輩だ。
将来を期待されたが、突然、営業に抜擢された。
エンジンに関する豊富な知識と技術力を高く買われたからだ。
10年近く地方を転々と回された後、5年ほど前から所長として京都へ赴任した。
トラックメーカーは顧客を満足させるために、高い判断能力を持つエンジニアを
最前線に配置するシステムを取るからだ。
営業所には、ひっきりなしにバスや大型トラックがやって来る。
営業所の裏地には、まるで体育館のような大きな整備工場が建っている。
広い建物の中には、だだっ広いな空間が有る。
車検や整備、部品交換のための車輛が、ずらりと並んで順番を待っている。
乗用車は10年、10万キロが、使用の目安と言われている。
だが最近は、技術と部品性能が向上してきたこともあり10年、10万キロを
越えても、現役で走り続けている乗用車が日本中に沢山ある。
しかし商業用に使われる大型トラックやバスは、乗用車とは異なる別次元の
耐久性が求められている。
部品の交換や修理がしやすい構造になっていることから、整備を怠らなければ
年式にして20年、走行距離にして100万km以上、現役で走り続けることができる。
トラックメーカは、運転席と荷台を乗せるための土台部分までしか作らない。
屋根のない『平ボディ』や、アルミで作られるコンテナ(箱)や、特装仕様の
タンクローリーなどは、架装メーカーと呼ばれる別の業者が製造を担当する。
大型のトラックは、使われる用途が多岐、広範囲にわたるからだ。
そのために、用途に応じた荷台がそれぞれ必要になる。
はしるために必要な部分は『トラックメーカー』が作り、物を運ぶために必要な
荷台の部分は『架装メーカー』が製作する。
こうした連携の結果、街中で見かけるさまざまな種類の大型トラックが誕生する。
2000㏄のエンジンを積んだキャンピングカーが、工場の中で小さく見える。
日本の道路は、単体で長さが12m以下の車しか走れないことになっている。
それでも12メートル近いトラックの横に並ぶと、勇作のキャンピングカーは
まるで小型のミニチュアカーのように見える。
「トヨタのカムロードという特殊な車両です。市販はされていません。
日本RV協会がトヨタに依頼して、特別に作らせたキャンピングカー専用車です。
ベースは、トヨタのダイナ・トラック。
全長が、4980mm。全幅2110mm。前高が2900mm。
日本国内の道路事情を考えると、このサイズがベストです。
これならコンビニの駐車場でもはみ出さず、ピッタリと収まりますから」
椎名が『どうですか!』と言わんばかりに、ピカピカに輝いている
キャンピングカーの車体を、片手でピタピタと叩いていく。
走行距離5万キロを超えた中古と聞いていたが、全体を見るとすべてが真新しい。
塗装し直した鮮やかな外観が、まるで新車の様に輝いている。
内部にもあちこちに、手を尽くした痕跡が明瞭に見える。
内装品を取り外したあと丁寧に車内をクリーニングし、傷んだ部分が修復されている。
「愛が見える。さすがに良い仕事をしている。
だが追加の費用は出さないよ。俺は、早期退職で失業中の身の上だからな」
「分かってます先輩。そのくらいのことは。
青い伯爵夫人のときもそうでしたが、なぜか先輩がらみの特別な仕事となると、
ウチの連中の目の色が変わります。
エンジニアの血が騒ぐんでしょう。
寄って集ってのサービス残業をしたあげく、今回もまた先輩のために、
ピカピカのキャンピングカーを仕上げました」
「有りがたい。君たちのおかげで、俺の気持ちが挫折しないで済む。
例の件なら大丈夫だ。なんとかなるだろう。
いや。なんとかしなければ、頑張ってくれたみんなに申し訳がない」
「ですが、先輩。
祇園の老舗でお茶屋遊びをするとなると、ちっとやそっとの金じゃ済みません。
整備工場の全員となると、10人を超える大所帯になります。
本当にいいんですか。俺にすべてまかせろなんて、大口を叩いちまって。
請求書が来てから、後悔することにならないですか?」
(26)へつづく
『つわものたちの夢の跡』第一部はこちら
(25)トヨタのカムロード
一週間後。『新しいキャンピングカーが完成した』という椎名からの
連絡を受けた勇作が、その足で京都へ向かう。
椎名は、日野自動車でのエンジン鋳造部時代、苦楽を共にした後輩だ。
将来を期待されたが、突然、営業に抜擢された。
エンジンに関する豊富な知識と技術力を高く買われたからだ。
10年近く地方を転々と回された後、5年ほど前から所長として京都へ赴任した。
トラックメーカーは顧客を満足させるために、高い判断能力を持つエンジニアを
最前線に配置するシステムを取るからだ。
営業所には、ひっきりなしにバスや大型トラックがやって来る。
営業所の裏地には、まるで体育館のような大きな整備工場が建っている。
広い建物の中には、だだっ広いな空間が有る。
車検や整備、部品交換のための車輛が、ずらりと並んで順番を待っている。
乗用車は10年、10万キロが、使用の目安と言われている。
だが最近は、技術と部品性能が向上してきたこともあり10年、10万キロを
越えても、現役で走り続けている乗用車が日本中に沢山ある。
しかし商業用に使われる大型トラックやバスは、乗用車とは異なる別次元の
耐久性が求められている。
部品の交換や修理がしやすい構造になっていることから、整備を怠らなければ
年式にして20年、走行距離にして100万km以上、現役で走り続けることができる。
トラックメーカは、運転席と荷台を乗せるための土台部分までしか作らない。
屋根のない『平ボディ』や、アルミで作られるコンテナ(箱)や、特装仕様の
タンクローリーなどは、架装メーカーと呼ばれる別の業者が製造を担当する。
大型のトラックは、使われる用途が多岐、広範囲にわたるからだ。
そのために、用途に応じた荷台がそれぞれ必要になる。
はしるために必要な部分は『トラックメーカー』が作り、物を運ぶために必要な
荷台の部分は『架装メーカー』が製作する。
こうした連携の結果、街中で見かけるさまざまな種類の大型トラックが誕生する。
2000㏄のエンジンを積んだキャンピングカーが、工場の中で小さく見える。
日本の道路は、単体で長さが12m以下の車しか走れないことになっている。
それでも12メートル近いトラックの横に並ぶと、勇作のキャンピングカーは
まるで小型のミニチュアカーのように見える。
「トヨタのカムロードという特殊な車両です。市販はされていません。
日本RV協会がトヨタに依頼して、特別に作らせたキャンピングカー専用車です。
ベースは、トヨタのダイナ・トラック。
全長が、4980mm。全幅2110mm。前高が2900mm。
日本国内の道路事情を考えると、このサイズがベストです。
これならコンビニの駐車場でもはみ出さず、ピッタリと収まりますから」
椎名が『どうですか!』と言わんばかりに、ピカピカに輝いている
キャンピングカーの車体を、片手でピタピタと叩いていく。
走行距離5万キロを超えた中古と聞いていたが、全体を見るとすべてが真新しい。
塗装し直した鮮やかな外観が、まるで新車の様に輝いている。
内部にもあちこちに、手を尽くした痕跡が明瞭に見える。
内装品を取り外したあと丁寧に車内をクリーニングし、傷んだ部分が修復されている。
「愛が見える。さすがに良い仕事をしている。
だが追加の費用は出さないよ。俺は、早期退職で失業中の身の上だからな」
「分かってます先輩。そのくらいのことは。
青い伯爵夫人のときもそうでしたが、なぜか先輩がらみの特別な仕事となると、
ウチの連中の目の色が変わります。
エンジニアの血が騒ぐんでしょう。
寄って集ってのサービス残業をしたあげく、今回もまた先輩のために、
ピカピカのキャンピングカーを仕上げました」
「有りがたい。君たちのおかげで、俺の気持ちが挫折しないで済む。
例の件なら大丈夫だ。なんとかなるだろう。
いや。なんとかしなければ、頑張ってくれたみんなに申し訳がない」
「ですが、先輩。
祇園の老舗でお茶屋遊びをするとなると、ちっとやそっとの金じゃ済みません。
整備工場の全員となると、10人を超える大所帯になります。
本当にいいんですか。俺にすべてまかせろなんて、大口を叩いちまって。
請求書が来てから、後悔することにならないですか?」
(26)へつづく
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