「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。
おちょぼ 第74話 雑魚寝(ざこね)
「いまはもう遠い思い出で、おぼろげにしか覚えてしまへんけど、
昔の祇園には、雑魚寝いう風習がおましたなぁ。
戦争前までは、お茶屋さんにお客さんが泊まってもよかったんどすえ。
泊まらはって一晩中お遊びなさるとき、あたしらが呼ばれるのどす。
おしゃべりしたり、歌をうとうたり、他愛のないことして疲れてくると
お客さんと一緒に、みんなでごろっと寝るのどす。
それを、雑魚寝言います」
「雑魚寝」という、初めて聞く言葉に、サラが小首を傾げる。
帰国子女のサラには、雑魚寝という言葉の意味が分からない。
「雑魚寝いうのは、何人もの人が入り交じって寝ることどす。
年越しの夜や、神社の宵祭りのときなどに、神社の社に男女が集まり、
ともに一夜を明かした風習のことや」
今どきの子では知らんのも無理ないなぁと、小染めが補足を加える。
「おおぜいの男女が、入りまじって寝るんどすかぁ。
なんや、ずいぶんと、ドキドキするようなお話どすなぁ」
雑魚寝と言う遊び方が過去の祇園に存在したことに、早くもサラが
興味津々に青い目を輝かせはじめる。
「これこれ。欲を表に出したらあかん。あんたも意外に肉食系の女子やなぁ」
と横に座った女将が軽くサラをたしなめる。
「ええやろ。若いもんはそのくらい、性欲にも敏感なほうが。健康な証拠や」と
小染めが目を細めて笑う。
「ずいぶん昔のことどす。最初のうちはウチらもドキドキしたもんどすなぁ。
お客さんおひとりに、舞妓が2~3人呼ばれましたやろか。
そら、楽しおしたで。
同じ年恰好の舞妓たちが呼ばれて、朝まで遊んだり寝転んだりするのどす。
まあ。いまで言うたら修学旅行のようなもんどすなぁ。
若い妓たちと一夜を共にして、何もおへんか? といいやすけど、
祇園の雑魚寝の場合は、どうこう有ったらあかんのどす。
むかしから、そういう決まりになとんのどす。
お客さんは、舞妓や芸妓に決して手え出したらあかん、いう決まりがあんのどす。
また、そういう信用のおけるお客さんとしか雑魚寝することを、
屋形のお母さんが許しまへん。
出たての舞妓の場合は、まだお人形さんと一緒に寝てるようであんまり、
どうこういう気にならへんやろうけど、芸妓のお姉さんたちが
雑魚寝に加わると、やはり、空気が変わってきますなぁ。
匂い立つような色香で、そら、ずいぶんとなまめかしい雰囲気になります。
あたしらひょっこの舞妓は修学旅行の気分で騒いでいても、
芸妓のお姉さんや、お客さんは、大変やったのとちがいますか。
どんなに好きおうても、何もできず、じっと耐えながら、
夜を過ごすんですさかい。
まあ。雑魚寝がきっかけで、のちにどうこうなったというお話は、
一度も聞いた記憶がおへんけどね」
「雑魚寝と言うのは、手も足も出さんと、男女が一緒に夜を明かすことどすか・・・
乱交パーティと言うのは聞いたことがおますけど、それとはまた
違う形のようですなぁ。
性欲を抑えて寝るなんて、ずいぶんと残酷な儀式どすなぁ」
「これ。サラちゃん。あんたもませとるなぁ。
どこで覚えてきたんや、性欲とか乱交パーティなんていう、超過激な言葉を」
「ネットで大評判になった、ある事件から知ったんどす。
香港では、毎日毎日、それこそ大騒ぎどした。
歌手で俳優のカレン・モクが、中国の乱交パーティについて語った事件どす。
去年のことどす。
中国の海南省でぜいたく品を一堂に集めた展示会、「海天盛筵」、
通称、海南ランデブーが開幕したときのことどす。
ビジネスジェット機やヨット、別荘などが展示されますので、
中国の富裕層がこぞって参加するんどす。
その会場内で、乱交パーティーがあったという情報が、ネットに流れたんどす。
会場内で2000個の避妊具が回収されたと、中国側も報道しました。
著名な富豪や、有名タレントたちもこのパーティに混じっていたといわれていますが、
主催側は完全に否定したそうどす
乱交パーティと言うのは、そういうことなんだってウチそんときに、
初めて知りました」
ネットからそんな情報まで入手しているのかいな、いまどきの子は、と
小染め姉さんが、女将と顔を見合わせて目を丸くする。
(それにしても帰国子女と言うものは、想像以上にストレートに物事を語りますねぇ。
実に、驚かされる性格ですねぇ・・・)と見つめられた女将も、
小染めに、納得した顏で相槌を返す。
第75話につづく
落合順平の、過去の作品集は、こちら
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。
おちょぼ 第74話 雑魚寝(ざこね)
「いまはもう遠い思い出で、おぼろげにしか覚えてしまへんけど、
昔の祇園には、雑魚寝いう風習がおましたなぁ。
戦争前までは、お茶屋さんにお客さんが泊まってもよかったんどすえ。
泊まらはって一晩中お遊びなさるとき、あたしらが呼ばれるのどす。
おしゃべりしたり、歌をうとうたり、他愛のないことして疲れてくると
お客さんと一緒に、みんなでごろっと寝るのどす。
それを、雑魚寝言います」
「雑魚寝」という、初めて聞く言葉に、サラが小首を傾げる。
帰国子女のサラには、雑魚寝という言葉の意味が分からない。
「雑魚寝いうのは、何人もの人が入り交じって寝ることどす。
年越しの夜や、神社の宵祭りのときなどに、神社の社に男女が集まり、
ともに一夜を明かした風習のことや」
今どきの子では知らんのも無理ないなぁと、小染めが補足を加える。
「おおぜいの男女が、入りまじって寝るんどすかぁ。
なんや、ずいぶんと、ドキドキするようなお話どすなぁ」
雑魚寝と言う遊び方が過去の祇園に存在したことに、早くもサラが
興味津々に青い目を輝かせはじめる。
「これこれ。欲を表に出したらあかん。あんたも意外に肉食系の女子やなぁ」
と横に座った女将が軽くサラをたしなめる。
「ええやろ。若いもんはそのくらい、性欲にも敏感なほうが。健康な証拠や」と
小染めが目を細めて笑う。
「ずいぶん昔のことどす。最初のうちはウチらもドキドキしたもんどすなぁ。
お客さんおひとりに、舞妓が2~3人呼ばれましたやろか。
そら、楽しおしたで。
同じ年恰好の舞妓たちが呼ばれて、朝まで遊んだり寝転んだりするのどす。
まあ。いまで言うたら修学旅行のようなもんどすなぁ。
若い妓たちと一夜を共にして、何もおへんか? といいやすけど、
祇園の雑魚寝の場合は、どうこう有ったらあかんのどす。
むかしから、そういう決まりになとんのどす。
お客さんは、舞妓や芸妓に決して手え出したらあかん、いう決まりがあんのどす。
また、そういう信用のおけるお客さんとしか雑魚寝することを、
屋形のお母さんが許しまへん。
出たての舞妓の場合は、まだお人形さんと一緒に寝てるようであんまり、
どうこういう気にならへんやろうけど、芸妓のお姉さんたちが
雑魚寝に加わると、やはり、空気が変わってきますなぁ。
匂い立つような色香で、そら、ずいぶんとなまめかしい雰囲気になります。
あたしらひょっこの舞妓は修学旅行の気分で騒いでいても、
芸妓のお姉さんや、お客さんは、大変やったのとちがいますか。
どんなに好きおうても、何もできず、じっと耐えながら、
夜を過ごすんですさかい。
まあ。雑魚寝がきっかけで、のちにどうこうなったというお話は、
一度も聞いた記憶がおへんけどね」
「雑魚寝と言うのは、手も足も出さんと、男女が一緒に夜を明かすことどすか・・・
乱交パーティと言うのは聞いたことがおますけど、それとはまた
違う形のようですなぁ。
性欲を抑えて寝るなんて、ずいぶんと残酷な儀式どすなぁ」
「これ。サラちゃん。あんたもませとるなぁ。
どこで覚えてきたんや、性欲とか乱交パーティなんていう、超過激な言葉を」
「ネットで大評判になった、ある事件から知ったんどす。
香港では、毎日毎日、それこそ大騒ぎどした。
歌手で俳優のカレン・モクが、中国の乱交パーティについて語った事件どす。
去年のことどす。
中国の海南省でぜいたく品を一堂に集めた展示会、「海天盛筵」、
通称、海南ランデブーが開幕したときのことどす。
ビジネスジェット機やヨット、別荘などが展示されますので、
中国の富裕層がこぞって参加するんどす。
その会場内で、乱交パーティーがあったという情報が、ネットに流れたんどす。
会場内で2000個の避妊具が回収されたと、中国側も報道しました。
著名な富豪や、有名タレントたちもこのパーティに混じっていたといわれていますが、
主催側は完全に否定したそうどす
乱交パーティと言うのは、そういうことなんだってウチそんときに、
初めて知りました」
ネットからそんな情報まで入手しているのかいな、いまどきの子は、と
小染め姉さんが、女将と顔を見合わせて目を丸くする。
(それにしても帰国子女と言うものは、想像以上にストレートに物事を語りますねぇ。
実に、驚かされる性格ですねぇ・・・)と見つめられた女将も、
小染めに、納得した顏で相槌を返す。
第75話につづく
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