落合順平 作品集

現代小説の部屋。

 北へふたり旅(39) 第四話 農薬⑤ 

2019-09-30 16:42:46 | 現代小説
 北へふたり旅(39) 




 「モンサント社は種子ビジネス界のモンスターだ。
 もともと人工甘味料のメーカーとして誕生した。
 その後、除草剤の分野へも進出。
 ベトナム戦争で使用された枯れ葉剤の原料も、同社の製品だった。
 こうしたノウハウをもとに、あたらしい除草剤を開発した。
 同社が売り出したこの除草剤は、全世界的な大ヒットになった。
 その後、同社は種子の分野へ進出した。
 いまでは遺伝子組み換え種子のほとんどを、独占している」
 
 「詳しいですねぇ」


 「あたりまえだ。農業と除草剤は切っても切れない関係だ。
 必死に勉強するさ。俺だって」


 近年、健康に対する関心が高まっている。
無農薬や有機栽培が注目されているが、農作物を大量に栽培する場合、
こうした製法にはコスト的な無理がある。


 無農薬をうたっていても実際には、農薬に分類されない化学物質を
除草剤代わりに使っている。
農産物はちょくせつ人の口へ入る。
できれば化学物質と無縁であることが望ましい。
しかし。きれいごとばかり言っていたのでは農業が成り立たない。


 「必要に応じて使わざるをえないのさ。だからよ。
 いやでも除草剤の大手メーカー、モンサント社を研究するだろ。
 危険なのか、それとも安全なのか。
 真実を知りたいのさ。百姓なら」


 「で。どうでした?。Sさんが調べた結果は?」


 「クロだ。それも真っ黒だな」


 「真っ黒!。クロですか・・・モンサント社は」


 「ラウンドアップという名前、知ってるな」


 「有名な除草剤です。
 ホームセンターで売ってます。
 即効性があるので、わたしも何度か使いました」
 
 「先進国で日本くらいだな。
 ラウンドアップという危険な除草剤を、いまも大量に売っているのは」


 「えっ・・・世界ではもう使われていないのですか!」


 「2014年。発がん性があるとしてスウェーデンとノルウェーが
 ラウンドアップの使用を禁止した。
 その翌年。ドイツ、イタリア、オーストリアなど33カ国が
 2~3年後に禁止すると表明した。
 使用禁止の流れは、いまや世界基準になりつつある。
 世界で売れなくなったランドアップがいま、日本の市場にあふれている」


 「禁止していないのですか。日本は」


 「内閣府食品安全委員会が、使っても安全だとお墨付きを書いた。
 農協も使用を推奨している。
 おおくのホームセンターが効き目があるとして、販売に力をいれている。
 世界の流れに逆行しているさ。
 しかし残念ながら日本で誰も、反対の声をあげていない。
 そうなれば農家も、とうぜん使う」
 


 「そんな馬鹿な・・・」


 「しかたないだろう。
 『安全です』のお墨付きが出ているんだ。
 長いモノには巻かれろさ。
 逆らえないんだよ。おかみと、農民の頂点に立つ全農には」


(40)へつづく



北へふたり旅(38) 第四話 農薬④

2019-09-25 17:24:00 | 現代小説
北へふたり旅(38)

 
 
 「日本国民の食生活の主役、コメを守るために税金を投入する。
 理にかなった法律です。
 種子法。いい法律じゃないですか」


 「そう思うだろうマスターも。
 いい法律なんだ種子法は。ところがよ。
 戦後からつづいたいい法律が、わずか半年の議論で廃止になった。
 どうなってんだいったい。ちかごろの日本は」


 「たった半年の議論で廃止?。
 誰ですか。そんな暴挙に出たのは」


 「2016年10月、規制改革推進会議農業ワーキング・グループと、
 未来投資会議の合同会合がひらかれた。
 そこでで初めて、種子法の廃止が提起された。
 理由は現状の種子法は民間の品種開発意欲を阻害している、というものだ」


 種子法が廃止されると、将来の農作物どうなるのか。
参考にしたいのは野菜の種子。
種子法はコメ、麦、大豆などの主要農作物を保護している。
しかし残念ながら、野菜の規定はない。


 野菜の種子生産は、民間の企業が主体。
ほとんどが世界に圧倒的なシェアをもつ、海外の多国籍企業が生産している。
ひとにぎりの企業が、野菜の種子を独占していることになる。


 海外産の種子でつくられた野菜が、スーパーに並んでいる。
かつて野菜の種子はすべてが国産だった。
たしかにそんな時代があった。
しかし。いまは9割以上が海外産の種子になっている。


 日本の種子産業の規模は、世界9位(2012年)。
日本企業が占めている世界シェアは、およそ10%。
国内の種苗メーカーが穀物の分野に本格的に参入しなかったのは、
戦後につくられた種子法があったからといわれている。


 「いまのままでは日本生まれのコメが、スーパーから消えることになる」


 「ホントですか!・・・」


 「ありうる話だ。
 ひとつの品種が開発されるまで10年。増殖に4年がかかる。
 各地に特徴のある、おおくの銘柄米が存在する。
 そうした米を手ごろな値段で口にできたのは、費用を
 税金でおぎなってきたからだ」


 「そうした保証が今後なくなる、ということですね」


 「種子法が廃止されたいま、大企業が進出してくるのは目に見えている。
 「みつひかり」は三井化学が開発した、F1水稲品種のハイブリッドライス。
 「つくばSD」を販売している住友化学はすごいぞ。
 タネや肥料を農家に売り、栽培まで指導している。
 収穫されたコメは全て買い取る。栽培前に契約を結んだコンビニへ販売する。
 コメの流通の「川上」から「川下」まで、一貫して支援する事業に力を入れている。
 中食や外食の広がりで消費者の需要が多様化するなか、「コメビジネス」の
 新たなモデルとなるのだろう。
 「とねのめぐみ」は、日本モンサント社が販売している。
 これらはいずれも多収量の業務用米だ」


 日本の米はそのうち、こうした大企業の品種に取り換わっていくだろう。
農家はできれば従来の品種を作り続けたいと考えている。
しかし都道府県が従来種の生産をやめれば、種子が手に入らなくなる。
しかたなしに大企業の種子を買わざるをえない。


 種子メーカーは莫大な開発費を回収するため、戦略を立てる。
野菜の世界では「F1種」が定番化している。
一世代に限り作物ができる種だ。
自家採取はできない。
したがって農家は、毎年企業から種を買わなければならない。
コメの世界にそうした流れが近づいている。


 「種子ビジネスに乗り出しているのは、化学企業が中心。
 農薬と化学肥料をセットで売り、契約により、作り方まで指定している。
 とうぜん種の価格も企業側が決める。
 公共品種の種子の、4倍~10倍がいまの相場。
 公共の品種がなくなれば、農産物の値段が上がるのは必至だ。
 ツケはやがて、消費者が払うことになる」


(39)へつづく



 北へふたり旅(37) 第四話 農薬③

2019-09-22 15:37:13 | 現代小説
 北へふたり旅(37) 
 


 「いつも酔っぱらっていると思ったら大間違いだぞ。
 おれだってたまには勉強する」


 「知ってます。Sさんが努力家だということは」


 「そのうち日本から、国産の良質米が消えるかもしれねぇな。
 そんな時代がたぶん、やって来るだろう」


 「こんどはコメの話ですか?」
  
 話題がころころ変わる。今夜のSさんは饒舌だ。
酒のすすみととともに、饒舌が加速していく。
こうなると誰にも止めることはできない。


 「あまり知られてない話がある。
 つい最近のことだ。2018年4月、種子法が廃止された。
 廃止されたことで外国産の種子がはいってくる。
 そのうち国民は、遺伝子組み換えの米を食べざるをえなくなる」


 「そのうち遺伝子組み換えのコメを食べるようになる?。
 そんな事態がホントにやってくるのですか!。
 そもそも種子法というのは、どんな法律ですか?。
 なぜ廃止されることになったのですか」


 「お・・・喰いついてきたな。いい傾向だ。
 あわてるな。今夜はぞんぶんに語る。
 呑め。そういうマスターも、いける口だろう」


 2018年4月に廃止された種子法は、半世紀前の1952年5月に制定されている。
正式名称は「主要農作物種子法」。
主要農作物とはコメ、麦、大豆などをさし、主にコメを対象にしている。


 第二次世界大戦のさなか、日本は深刻な食糧不足におちいった。
農家は強制的にコメを供出させられた。
種子も政府の統制下になった。
そのため、農家は良質な種子を手にすることができずにいた。


 終戦後。人々の暮らしが落ち着きはじめた頃。
種子用として認められたコメや麦が、統制から除外された。
国の補助金を投入し、安定して農家に供給するために種子法が制定された。


 優良な種子は、国民の食生活に不可欠だ。
公共財として守っていこうという法律がはじめて誕生した。
これが種子法の基本的な考え方。


 農家が自ら生産した作物から種子を採取することは可能。
こうした行為は「自家採種」と呼ばれる。
しかし。同一品種の自家採種を何代も続けると品質が少しずつ劣化していく。


 良質な種子を育成するためには、農作物の栽培とは別に、
種子の育成をしていかなくてはならない。
種子の育成には膨大な手間と金がかかる。
1つの品種を開発するのにおよそ10年、増殖にさらに4年がかかる。


 農家は種子の栽培ではなく、農作物の生産に専念したいと考えている。
種子法をつくり、国民が生きるために欠かせないコメや麦、大豆の種子を
国が管理すると義務づけたのはそのためだ。


 種子の生産を実際におこなっているのは、各都道府県。
日本の国土は南北に長い。土壌、気候などにそれぞれの地域性がある。
そのため生産する品種の認定は、各都道府県に委ねられた。


 種子の生産に携わるのは、各都道府県の農業協同組合(JA)。
農業試験場などの研究機関と採種農家。
国は税金を投入して、それらの運営に必要な予算に責任を持つ。


 都道府県が地域に適していると認め、かつ普及を目指している優良品種を
「奨励品種」と呼んでいる。
奨励品種は、農業試験場などの研究機関によってつくりだされる。
その種を農業振興公社や種子センターなどの公的機関が栽培し、採種農家が増産する。
こうしてうみだされた奨励品種が、各農家に供給される。
種子法によってつくられたこれら一連の流れが、これまでのコメや麦、
大豆の種子のあり方だった。




(38)へつづく



北へふたり旅(36) 第四話 農薬②

2019-09-19 17:03:47 | 現代小説
北へふたり旅(36)




 「知ってるか?。
 遺伝子組み換え野菜は、毒ガスの研究から生まれたことを?」


 「毒ガスから遺伝子組み換えの野菜が生まれた?。
 はて・・・どういうことですか。
 飛躍し過ぎています。
 連想することができません・・・」


 「戦争からうまれたのさ。
 戦争というやつは実にいろんなものを生み出す」


 「例えば?」
 
 「広島と長崎におとされた原子爆弾は戦争後、原子力発電所に姿を変えた。
 原子力は厄介だ。
 暴走がはじまると人の力では、ぜったい制御できない。
 そんな危険なやつが平和利用の名のもと、大手をふってあるきはじめた」


 「1986年4月26日。平和利用の崩壊の日がやってきた。
 ウクライナの北部、キエフ州のチェルノブイリ原発の事故。
 4000平方キロメートル以上に及ぶ立ち入り禁止区域がつくられましたねぇ」


 「あれはたしかに、ショッキングなニュースだった。
 しかし日本も例外じゃない。
 原発の安全神話が2011年3月11日、崩壊した。
 福島の廃炉作業はいまも進行中だ。
 俺たちが生きている間、廃炉作業は完結しないだろうな」


 「発表している以上に長くかかるのですか?。原発の廃炉作業というものは」


 「最も廃炉作業がすすんでいる例がある。
 英ウェールズ地方、トロースフィニッド発電所だ。
 1993年から廃炉作業を開始して、すでに20年。
 責任者は99%の放射性物質を除去したと説明した。
 しかし。施設を完全に解体し終えるまで、さらに70年を要すると言い出した」


 「合計で90年!。気の遠くなるような年数じゃないですか!」


 「使用済み核燃料は95年までに取り出された。
 しかし圧力容器周辺や、中間貯蔵施設内の低レベル放射性物質の放射線量は
 依然高いままだという。
 そのため2026年、いったんすべての作業を停止する。
 放射線量が下がるのを待つためだ。
 再開するのは50年後の2073年。
 廃棄物の最終処分などの廃炉作業の最終段階に、着手するという」


 なんとも気の遠くなる話だ。
同原発はこれまで20年を費やして廃炉作業を行ってきた。
しかし最終処理まで、さらに70年がかかるという。
合計で90年の歳月だ。
ここは深刻な事故を起こしたわけでなく、普通に運転していた原発だ。
なおかつ23.5万キロワットという小さな原発でもある。


 それでもこれだけの時間がかかる。
問題はそれだけではない。大きくふくらむ「廃炉費用」。
トロースフィニッド原発の廃炉にかかる総費用は6億ポンド(約900億円)。
しかしこれは現段階における試算。
あと70年後、それがどうなるかは誰にも見当がつかない。


 事故を起こした福島第一原発を除き、国内で廃炉作業が実施されているのは、
日本原子力発電東海原発(16.6万キロワット)と、中部電力浜岡原発1号機(54万キロワット)
同原発2号機(84万キロワット)の計3基。


 日本原電は東海の廃炉費用を850億円と見込んでいる。
2020年までに終了させる予定でいる。
中部電は浜岡1、2号機の2基で、841億円かかると想定している。
こちらは2036年までに終える計画。


 いっぽう福島1~4号機。
こちらの廃炉費用は「青天井」になっている。
東電はこれまで9579億円を投じてきた。
しかし。増え続ける放射性汚染水問題は、いまだ収束のめどがたっていない。
溶けた燃料の回収・保管は、新たな研究開発費用が必要になるという。


 「あれれ・・・だいぶはなしが脱線しちまったな。
 呑みすぎたかな?」


 「とりあえずもう一杯、呑んでから、話をもとへ戻しましょう。
 はい。ぐいっといきましょう」
  
 (37)へつづく