上州の「寅」(46)
「おい。おまえ。名前は!」
「ユキ」
「その名前はさっき娘から聞いた。そうか。ユキというのは本名だな。
住所は・・・生まれは何処だ。
中学生を使うわけにはいかん。親に知らせる。親がいるだろ。
電話番号と住所を言え。」
「親はいません」
「いないわけがないだろ。その歳で天涯孤独の独り身か!」
「家出中です。親はいません」
「ほら見ろ。やっぱり居るじゃないか。
住所は何処だ。親の携帯番号を教えろ。すぐ連絡を取る」
「知りません」
「嘘を言うな。親の電話番号を知らないはずがないだろう」
「忘れました」
大前田氏の追及をユキがのらりくらり逃げていく。
収穫の無い展開に、やがて大前田氏の怒りが頂点へ達していく。
顔がみるみる赤くなる。
「いい加減にしろ!」
大きな声を出したとき。大前田氏が背後のざわざわに気がつく。
いつのまにか同業者の人だかりができている。
「おいこら、おまえら。見世物じゃねぇぞ!。
集まるんじゃねぇ。仕事の準備をしろ」
「若頭。大きな声を出して子供をイジメちゃダメだぜ」
「なんだって。いじめているわけじゃねぇ。
俺はただこの女の子と紳士的に話をしているだけだ」
「紳士的?。どうだかなぁ。
わたしらにはとてもそんな風には見えませんが」
「そうだそうだ。
頭ごなしにポンポンいうな。怖がっているぞ。相手は子供だ」
「そういえばそこのチャコだって、働きはじめたのは10歳のときだ。
おれらは止めた。
それなのに俺の娘は特別だって無理を押し通したのは若頭だ。たしか」
「テキヤの親方だ。15歳以下をつかっちゃいけねぇのは知ってるはずだ。
それなにチャコをこき使ってきたからな。このオヤジときたら」
「看板娘のおかげで、ずいぶん儲けたはずだ若頭は。
わしらも子供を使いたかったが、おかみに法律で禁止されている。
おかみに訴えて出るか。
理事の大前田氏が長年、15歳以下の女の子に仕事させてきましたと」
「わかった、わかった。
いったいおまえらはこの俺にどうしろというんだ」
「その子にも事情があるだろう。
いいじゃねぇか。年齢不詳ということで2~3日くらいは置いてやれよ」
「家出中じゃ飯にも宿にもすぐ困る。面倒見てやれ」
「あたしの口紅を貸してやる。
真っ赤に塗れば3つや4つ、歳を誤魔化せる」
「そいつはいい考えだ。あたしのサングラスも貸してあげる。
これであと3歳はあがるだろ」
「おまえら。本気でこの金髪の家出娘をかくまうつもりか!」
「ここにはまともな奴もいるが、家出同然で商売しているやつもいる。
いいじゃねぇか。テキヤだ。いろんな奴がごちゃごちゃ居ても。
ねえちゃん。14歳で金髪にするとはいい根性だ。
チャコに面倒を見てもらえ。
融通の利かねぇこの頑固なオヤジより、よっぽど頼りになるぞ」
「悪かったな。融通の利かねぇ頑固オヤジで!」
こいつらときたら・・・と大前田氏がたちあがる。
「ユキと言ったな。
親の住所と電話番号を思いだしたら、チャコへ言え。
あとで俺が電話して、うまくいっておくから心配するな。
安心して働け。お前は今日から16歳だ。
断っておくが最初は見習いだぞ。
仕事ができる様になったらそれなりの時給をちゃんと払う。
ここにいるこいつら全員が証人だ。みんなに感謝しろ。
じゃあな。頑張れよ」
(47)へつづく
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