オヤジ達の白球(39)四球の山
「球審。すまねぇ作戦会議だ。タイムにしてくれ」
これ以上は時間の無駄だと寅吉がたちあがる。
寅吉が、マウンド上で金縛りになっている坂上へ駆け寄っていく。
「なに固まっているんだ、お前さんは!」
「俺も投げたいのはやまやまだ。だがよ、どうにも急に身体が動かなくなった。
あちこちギクシャクしてきて投球動作に入れなくなった」
「投球動作に入れねぇ?。なんでだ。
さっきまでずいぶん元気のいい球を、投げていたじゃねぇか?」
「投げるときはかならず、両足をプレートの上に置けと審判部長に注意された。
それが投球のルールだそうだ。
俺はよ、いままでそんな風にして投げたことがないんだ。
左足を後方に引いて半身に構える。それが投球前の俺のスタイルなんだ」
「そいつを修正した途端、身体が動かくなったというのか・・・」
寅吉がすべてを察知した。
坂上のフォームはすべて、野球の投手をまねたものだ。
右足はしっかりプレートを踏んでいる。
しかし。左足はプレートから離れている。後方に位置している。
ソフトボールの投手はプレート上に両足を置き、捕手と正対する形をとる。
野球のように構えてしまうと上体が、1塁の方向を向いてしまう。
これではソフトボールの投手の構えにならない。
野球の投手は大きく左足を踏み込むことで、投げる力を作り出す。
しかしソフトはまったく異なる。
プレートを蹴ることで、大きく前方へ跳びだす。
この独特の動作が、ソフトボールの投球の切れと球速を生み出す。
(まいったな。
この野郎は、ソフトボールのルールを勉強する暇がなかったらしい・・・
審判から足の構えを直せといわれたのが、致命傷になったようだ。
しかたねぇ。球威はあきらめてのらりくらりと投げてもらうおう。
いまはそれしか手がねぇ)
「お前さんが不器用なのは、いまさら始まったことじゃねぇ。
とにかくミットをど真ん中へ構えるから、俺を信じて投げ込んで来い。
うまく投げようなどと考えるな。
とりあえず頭の中をからっぽにしろ。
あとは俺のミットめがけて、さっきみたいに元気いっぱい投げ込んで来い!」
それだけ言うとポンと坂上の肩を叩き、寅吉が戻っていく。
(ぐだぐだ言ったところで、あの野郎は理解する頭を持っちゃいねぇ。
おだてりゃブタも木に登る。駄目でもともと。瓢箪から駒が出るかもしれねぇ。
駄目ならあいつをあきらめて、北海の熊にバトンタッチすればいいだけだ)
「お待たせ」寅吉が主審の千佳に会釈する。そのまま捕手のポジションへ座り込む。
(いいから気楽に投げて来い)寅吉が指を4本出す。
遅い球でいいから、ここへ投げてという意味の新しいサインだ。
しかし。自分の投げ方を見失っている坂上は、それどころではない。
頭の中は真っ白。心臓はさきほどから早鐘のように鳴っている。
額から、冷たい汗がたらりと流れ落ちてきた。
案の定。ぎくしゃくした動作から、元気を失った球を次から次へ投げてくる。
無理もない。坂上はこれまで足をそろえて投球動作を開始したことがない。
左足をプレートの後方へ置き、そこから勢いよく足を踏み出すことで
自分の投球スタイル作り上げてきた。
それが封じられたいま、坂上は自分の投げかたをかんぜんに見失っている。
2番バッターに、まったくストライクが入らない。
つづく3番バッターにも力のない投球がつづく。同じように四球をあたえる。
4番バッターにも四球をあたえてしまう。
1球もストライクが入らないまま、ついに満塁という大ピンチをむかえる。
「どうしたの、坂上君は?。
さっきまでの勢いはどうしたのさ。3人続けてストレートの四球だょ。
いったい何がどうしたんだろう・・・
あっ、足の置き方を変えたのか。
あいつ。さっきまで、左足をプレートの後方へ置いていたもの。
主審にプレートの踏み方を注意されてから、いっきにおかしくなったんだ。
でもさ。しかたないわよねぇ。ルール違反のステップのままじゃ」
スコアブックをつけていた陽子が
「どうやら限界のようですねぇ。坂上君もここまでかしら」と眉をしかめる。
(40)へつづく
落合順平 作品館はこちら
「球審。すまねぇ作戦会議だ。タイムにしてくれ」
これ以上は時間の無駄だと寅吉がたちあがる。
寅吉が、マウンド上で金縛りになっている坂上へ駆け寄っていく。
「なに固まっているんだ、お前さんは!」
「俺も投げたいのはやまやまだ。だがよ、どうにも急に身体が動かなくなった。
あちこちギクシャクしてきて投球動作に入れなくなった」
「投球動作に入れねぇ?。なんでだ。
さっきまでずいぶん元気のいい球を、投げていたじゃねぇか?」
「投げるときはかならず、両足をプレートの上に置けと審判部長に注意された。
それが投球のルールだそうだ。
俺はよ、いままでそんな風にして投げたことがないんだ。
左足を後方に引いて半身に構える。それが投球前の俺のスタイルなんだ」
「そいつを修正した途端、身体が動かくなったというのか・・・」
寅吉がすべてを察知した。
坂上のフォームはすべて、野球の投手をまねたものだ。
右足はしっかりプレートを踏んでいる。
しかし。左足はプレートから離れている。後方に位置している。
ソフトボールの投手はプレート上に両足を置き、捕手と正対する形をとる。
野球のように構えてしまうと上体が、1塁の方向を向いてしまう。
これではソフトボールの投手の構えにならない。
野球の投手は大きく左足を踏み込むことで、投げる力を作り出す。
しかしソフトはまったく異なる。
プレートを蹴ることで、大きく前方へ跳びだす。
この独特の動作が、ソフトボールの投球の切れと球速を生み出す。
(まいったな。
この野郎は、ソフトボールのルールを勉強する暇がなかったらしい・・・
審判から足の構えを直せといわれたのが、致命傷になったようだ。
しかたねぇ。球威はあきらめてのらりくらりと投げてもらうおう。
いまはそれしか手がねぇ)
「お前さんが不器用なのは、いまさら始まったことじゃねぇ。
とにかくミットをど真ん中へ構えるから、俺を信じて投げ込んで来い。
うまく投げようなどと考えるな。
とりあえず頭の中をからっぽにしろ。
あとは俺のミットめがけて、さっきみたいに元気いっぱい投げ込んで来い!」
それだけ言うとポンと坂上の肩を叩き、寅吉が戻っていく。
(ぐだぐだ言ったところで、あの野郎は理解する頭を持っちゃいねぇ。
おだてりゃブタも木に登る。駄目でもともと。瓢箪から駒が出るかもしれねぇ。
駄目ならあいつをあきらめて、北海の熊にバトンタッチすればいいだけだ)
「お待たせ」寅吉が主審の千佳に会釈する。そのまま捕手のポジションへ座り込む。
(いいから気楽に投げて来い)寅吉が指を4本出す。
遅い球でいいから、ここへ投げてという意味の新しいサインだ。
しかし。自分の投げ方を見失っている坂上は、それどころではない。
頭の中は真っ白。心臓はさきほどから早鐘のように鳴っている。
額から、冷たい汗がたらりと流れ落ちてきた。
案の定。ぎくしゃくした動作から、元気を失った球を次から次へ投げてくる。
無理もない。坂上はこれまで足をそろえて投球動作を開始したことがない。
左足をプレートの後方へ置き、そこから勢いよく足を踏み出すことで
自分の投球スタイル作り上げてきた。
それが封じられたいま、坂上は自分の投げかたをかんぜんに見失っている。
2番バッターに、まったくストライクが入らない。
つづく3番バッターにも力のない投球がつづく。同じように四球をあたえる。
4番バッターにも四球をあたえてしまう。
1球もストライクが入らないまま、ついに満塁という大ピンチをむかえる。
「どうしたの、坂上君は?。
さっきまでの勢いはどうしたのさ。3人続けてストレートの四球だょ。
いったい何がどうしたんだろう・・・
あっ、足の置き方を変えたのか。
あいつ。さっきまで、左足をプレートの後方へ置いていたもの。
主審にプレートの踏み方を注意されてから、いっきにおかしくなったんだ。
でもさ。しかたないわよねぇ。ルール違反のステップのままじゃ」
スコアブックをつけていた陽子が
「どうやら限界のようですねぇ。坂上君もここまでかしら」と眉をしかめる。
(40)へつづく
落合順平 作品館はこちら