落合順平 作品集

現代小説の部屋。

オヤジ達の白球(39)四球の山

2017-11-30 16:58:56 | 現代小説
オヤジ達の白球(39)四球の山




 「球審。すまねぇ作戦会議だ。タイムにしてくれ」

 これ以上は時間の無駄だと寅吉がたちあがる。
寅吉が、マウンド上で金縛りになっている坂上へ駆け寄っていく。
 
 「なに固まっているんだ、お前さんは!」

 
 「俺も投げたいのはやまやまだ。だがよ、どうにも急に身体が動かなくなった。
 あちこちギクシャクしてきて投球動作に入れなくなった」
 
 「投球動作に入れねぇ?。なんでだ。
 さっきまでずいぶん元気のいい球を、投げていたじゃねぇか?」

 「投げるときはかならず、両足をプレートの上に置けと審判部長に注意された。
 それが投球のルールだそうだ。
 俺はよ、いままでそんな風にして投げたことがないんだ。
 左足を後方に引いて半身に構える。それが投球前の俺のスタイルなんだ」

 「そいつを修正した途端、身体が動かくなったというのか・・・」

 寅吉がすべてを察知した。
坂上のフォームはすべて、野球の投手をまねたものだ。
右足はしっかりプレートを踏んでいる。
しかし。左足はプレートから離れている。後方に位置している。

 ソフトボールの投手はプレート上に両足を置き、捕手と正対する形をとる。
野球のように構えてしまうと上体が、1塁の方向を向いてしまう。
これではソフトボールの投手の構えにならない。

 野球の投手は大きく左足を踏み込むことで、投げる力を作り出す。
しかしソフトはまったく異なる。
プレートを蹴ることで、大きく前方へ跳びだす。
この独特の動作が、ソフトボールの投球の切れと球速を生み出す。

 (まいったな。
 この野郎は、ソフトボールのルールを勉強する暇がなかったらしい・・・
 審判から足の構えを直せといわれたのが、致命傷になったようだ。
 しかたねぇ。球威はあきらめてのらりくらりと投げてもらうおう。
 いまはそれしか手がねぇ)

 「お前さんが不器用なのは、いまさら始まったことじゃねぇ。
 とにかくミットをど真ん中へ構えるから、俺を信じて投げ込んで来い。
 うまく投げようなどと考えるな。
 とりあえず頭の中をからっぽにしろ。
 あとは俺のミットめがけて、さっきみたいに元気いっぱい投げ込んで来い!」

 それだけ言うとポンと坂上の肩を叩き、寅吉が戻っていく。

 (ぐだぐだ言ったところで、あの野郎は理解する頭を持っちゃいねぇ。
 おだてりゃブタも木に登る。駄目でもともと。瓢箪から駒が出るかもしれねぇ。
 駄目ならあいつをあきらめて、北海の熊にバトンタッチすればいいだけだ)

 「お待たせ」寅吉が主審の千佳に会釈する。そのまま捕手のポジションへ座り込む。
(いいから気楽に投げて来い)寅吉が指を4本出す。
遅い球でいいから、ここへ投げてという意味の新しいサインだ。

 しかし。自分の投げ方を見失っている坂上は、それどころではない。
頭の中は真っ白。心臓はさきほどから早鐘のように鳴っている。
額から、冷たい汗がたらりと流れ落ちてきた。

 案の定。ぎくしゃくした動作から、元気を失った球を次から次へ投げてくる。
無理もない。坂上はこれまで足をそろえて投球動作を開始したことがない。
左足をプレートの後方へ置き、そこから勢いよく足を踏み出すことで
自分の投球スタイル作り上げてきた。
それが封じられたいま、坂上は自分の投げかたをかんぜんに見失っている。

 2番バッターに、まったくストライクが入らない。
つづく3番バッターにも力のない投球がつづく。同じように四球をあたえる。
4番バッターにも四球をあたえてしまう。
1球もストライクが入らないまま、ついに満塁という大ピンチをむかえる。

 「どうしたの、坂上君は?。
 さっきまでの勢いはどうしたのさ。3人続けてストレートの四球だょ。
 いったい何がどうしたんだろう・・・
 あっ、足の置き方を変えたのか。
 あいつ。さっきまで、左足をプレートの後方へ置いていたもの。
 主審にプレートの踏み方を注意されてから、いっきにおかしくなったんだ。
 でもさ。しかたないわよねぇ。ルール違反のステップのままじゃ」

 スコアブックをつけていた陽子が
「どうやら限界のようですねぇ。坂上君もここまでかしら」と眉をしかめる。


 (40)へつづく

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オヤジ達の白球(38)混乱

2017-11-28 18:24:43 | 現代小説
オヤジ達の白球(38)混乱



 
 「がんばれよ」と坂上の肩を叩いて、審判部長が1塁の後方へ戻っていく。
「投げるとき、2秒以上、完全に停止することも忘れないでください」
そう言い残し、千佳も捕手のうしろへ戻っていく。

 (ええと・・・何だったけか。
 2人からとにかく、一気にいろいろ言われたからなぁ・・・)

 坂上がピッチャーサークルの真ん中で、頭をフル回転させている。
審判部長と主審の千佳の言葉のひとつひとつを、しどろもどろで思いだす。

 (最初は両手を離して、構えること。
 両足も投球プレートの上へ、ちゃんと置いておく。
 捕手のサインを見るときも、両手を離しておくこと・・・
 投球動作へ入るときは、2秒以上、かんぜんに停止すること・・・
 あと何だったっけ・・・まだ何か言われたような気がするんだけどなぁ・・・)

 「プレ~ィ!」

 千佳の澄んだ声が球場内を響き渡る。
2番打者がペコリと寅吉に頭を下げて、バッタボックスへ入って来る。
じりっと構えた足が寅吉の目の前でぐりぐりと、固い地面を踏みしめる。

 (おっやる気だな・・・打つ気満々で打席へ入ったぜ、こいつ)

 寅吉の鋭い目が、2番打者をチラリと見上げる。
2度、3度と素振りを繰り返すバットから、風を切る小気味良い音が響いてくる。
(芯を喰ったらスタンドまで飛んでいくな。良いスイングだ。油断は禁物だ)
用心深く料理しょうぜと寅吉が、低く構える。

 (高目じゃ持っていかれる。まずは低めでこいつの狙いを確認しょう)

 寅吉の意図は、坂上に伝わった。
(了解した)坂上が、帽子のつばへ指先を伸ばす。
体の前で、ボールをセットする。
(停止は2秒。長くても5秒。完全に停止してから投球へ入るんだったな)

 坂上がぎゅっとボールを握りしめる。
すこしだけ間をおいて、投球のための動作を開始する。
いつものように大きく胸を張る。
左足を思い切り捕手に向かって踏み込む。
同時にボールを握った坂上の右腕が、風車のように弧をえがきはじめる。
はずだった。
だがどうしたことか腕も足も、金縛りのまま、まったく動こうとしない。

 (あれれ・・・なんてこった・・・いきなりの金縛りだ。
 手も足も、動き出すためのタイミングをかんぜんに見失っているぞ・・・
 どうしちまったんだ、いったい、俺の手と足は?)
 
 坂上の身体は投げ始めるためのきっかけを、まったくもって見失っている。
もじもじと情けなく全身をよじる。
(まいったなぁ、往生するぜ、この後におよんで・・・)
もじもじとしたまま、20秒、30秒と時間だけが経っていく。

 「タイム~!。どうしました、投手さん?。
 早く投げてくれないと、20秒ルールでペナルティになってしまいます!」

 千佳の凛とした声が坂本の耳へ響く。

 (えっ・・・20秒以内で投げろと言うルールまであるのか・・・知らなかったぜ!)

 坂上のうろたえが、絶頂へ達する。
ドランカーズのベンチにも同様のうろたえが走る。

 「いったいどうしたってのさ、坂上くんは。
 さっきまで元気はどうしたの。
 なんで身動きしないで、マウンド上で固まっているの?。
 信じられない、何してんのさ、あの単細胞は。
 こらぁ、坂上!
 もじもじしていないで、打者に向かってさっさと投げろ!」

 陽子の黄色い声が、夕闇がおりてきた球場内をひびきわたる。



 (39)へつづく

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オヤジ達の白球(37)不正投球

2017-11-27 16:38:11 | 現代小説
オヤジ達の白球(37)不正投球




 ドスンと音を立てて寅吉のミットへ、坂上の3球目が収まった。

 「ストライク~、スリ~。バッタ~、アウト!」
 
 甲高いコールが球場内へ鳴り響く。

(3球でワンアウトをとったぜ。ラッキーだ。なんとも順調すぎる滑り出しだな)

 寅吉が手にしたボールを投げ返そうとする。
その瞬間。「貸して」と背後から千佳の手が伸びてきた。
ボールを受け取った千佳が、スタスタとマウンドへ向かって歩いていく。

 「はい。ボール。確認したいことが有るの。
 投げなくてもいいの。
 このボールを持って、投球動作を開始してくれる」

 促された坂上が、投球動作を開始する。
まず軸足(右足)を投球プレートの上に置く。
踏み込むための自由足(左足)を、大きく後方へ引いていく。
ホームベースに向かって半身に構えたまま、体の前でボールをセットする。
その態勢を維持したまま捕手のサインを覗き込む。
サインの交換を終えた坂上が投げ出すため、腕をぐるりと上へあげていく。

 「やっぱりだわ。駄目ですね、投球前のその動きでは。
 残念ながらあなたは、ソフトボールの投球前のルールをぜんぶ無視しています」

 「その通りじゃ。
 おまえさんの準備動作のすべてが、不正投球に該当する。
 1番バッターが一度もバットを振らなかったのは、おまえさんの違反投球に
 きづいたためじゃ」

 1塁で塁審を務めていた審判部長が、坂上の背後へ足を運んでくる。

 「俺の投げ方に、何か問題でもあるというのですか?」

 「うむ。大ありじゃ。それもひとつやふたつではない。
 だから球審をつとめている千佳とわしが、こうしてわざわざマウンドまで
 出向いてきたのじゃ」

 「投球前のルールはいろいろあります。
 おおまかですが、初心者が最初に覚えなければならないルールは、3つあります。
 でもあなたはその3つを、すべて無視しています」

 「投球前のルールが3つもある?。
 そんなに有るのか、投げる前の取り決めが・・・」

 「ソフトボールの投げかたには、ちゃんとしたルールがある。
 まずひとつめ。
 投球前にプレートを踏むときは必ず、両手を離しておかねばならん」
 
 「えっ、
 両手をグローブの中へ入れてボールを握っている状態では駄目なのですか!」

 「駄目じゃ。
 ふたつめ。捕手のサインを見るときも、プレート上で両手を離した状態で見る。
 みっつめはもっとも大事なことだ。
 両足でプレートを踏んだまま、投球動作へ入る事。
 プレートから足を離してはいかん。
 両足をプレートに触れた状態で投球動作を開始する。それが投球前のルールじゃ」

 「えっ・・・
 野球のように片足だけプレート上へ置き、もう片方をうしろへ引いたのでは
 駄目なのですか?」

 「足をひらくのはかまわん。
 しかし。どちらの足もかならずプレートに触れていなければいかん。
 開く場合でも軸足になる右足のかかとと、自由足の左足のつま先をプレート上に
 かならず置いておくこと。それがルールじゃ」

 「片足だけじゃダメなのか。知らなかったなぁ・・・
 はい、よくわかりました」

 坂上が蚊の鳴くような声でこたえる。
「投げ始めたばかりでは無理ないがもう少し、ルールの勉強もする必要がある」
審判部長が坂上の肩へ手を置く。

 「悪く思うでないぞ。わしらはけして嫌味で言っておるわけでは無い。
 なにごともお前さんの今後のためじゃ。
 最初が肝心じゃからのう。
 ルールを無視したいまの投げ方のままではいかんぞ。
 のちのちに試合をするたび、お前さんが赤っ恥をかくことになる」


 (38)へつづく

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オヤジ達の白球(36)投球がはじまる

2017-11-23 16:48:15 | 現代小説
オヤジ達の白球(36)投球がはじまる




 「うふふ。にわかつくりの投手さんが、いったいどんな球を投げてくれるのか、
 ちょっぴり楽しみです」

 スコアブックを膝へひろげた陽子が、マウンド上の坂上へ視線を向ける。
捕手に向かって坂上が、さらに前傾を深くする。
サインを見極めようと、さらに坂上の前傾が深くなる。

 (なんだぁ・・・大丈夫かよ、あいつ。あんな前のめりになって・・・)

 サインがようやく決まる。
安心したのか坂上が、ふうっと長い息を吐く。投球動作へはいるため、上体を起こす。
胸の前にボールをセットする。
軸足(右足)が投球プレート上に置かれる。
踏み出すための自由足(左足)がプレートから離れていく。
おおきく後方へ引かれる。
投げだすための体重を下半身へ溜めこんでいく。

 (いよいよだ。新米投手の、記念すべき第1球目だ)

 ベンチで祐介が身体を乗り出す。
ボールを握った坂上の右腕が、ゆっくり、頭上へ上がっていく。
次の瞬間。風車のようにぐるりと旋回した坂上の右腕から、勢いよく
白いボールが放たれる。

 ストライクゾーンのど真ん中へ、ボールがうなりを立てて飛んでいく。

 (一番自信のあるボールを投げろとサインしたが、よりによってど真ん中だ!。
 まいったなぁ・・・)

 ミットを構えていた寅吉の背中をひやりと、冷たい汗が流れて落ちていく。

 (いかん。まずいぞ・・・よりによってど真ん中の、腰の高さへ来やがった。
 フルスイングされたらそれこそ、ホームランになっちまう・・・)

 ズドンと鈍い音を立て、寅吉のミットへ最初のボールが収まった。
「ストライ~ク・ワン!」球場内に千佳の黄色い声が響き渡る。

 (やれやれ。振らなかったか。おかげで助かったぜ・・・まずは命拾いだな)

 ふわりとした球を、坂上へ投げ返す。
つづいて、2球目のサインの交換がはじまる。

 前もって決めたサインは3種類。
指一本のときは、いちばん早い球。2本の時は2番目に早い球。
3本の時は、3番目に早い球。
練習を始めたばかりの投手に、変化球を投げろと言うのは無理がある。
内外角ぎりぎりのストライクゾーンを狙えというのは、もっと無理がある。

 ど真ん中でもかまわない。球速を変えて、打者の目をくらましていこう。
それが試合開始の直前、坂上と寅吉が考え出した作戦だ。
しかし。練習をはじめてまだ2ヶ月足らずの投手に、そんな芸当が出来るはずがない。
ボールを握りしめひたすらに捕手のミットをめがけ、投げるだけで精一杯だ。

 (テレビで見たことがあるんだ。
 捕手が、股の間でサインを出すだろう。そいつに投手が首を振る。
 もういちど捕手がサインを出す。それにも投手が首を振る。
 3回目のサインが出る。それでようやく投手も合意する。
 そういうのにあこがれているんだ。
 たのむ。だからサインは、必ず3回出してくれ)

 (こだわっている部分が、あまりにもトンチンカン過ぎるな・・・)

 そう思った。しかし無下に却下するわけにもいかない。
「わかった。サインはかならず3回出す。
だから俺のミットをめがけて、思い切り投げこんでこい」
そう答えて寅吉は、坂上をマウンドへ送り出した。

 スピードの乗った、手ごたえのある1球目がやって来た。
(おっ、何とかなるかもしれねぇな。約束通り、あいつと決めたサインを3回出すか)
2球目のサイン交換が終わる。
ふたたび真ん中に構えた寅吉のミットをめがけて、坂上の早い球がやって来た。
ズドンと音を立て、ふたたび寅吉のミットへボールが収まる。

 「ストライク~、ツウ!」

 打者のバットは、2球とも、ピクリとも動かない。
「おい。どうした?。打っていいんだぜ。別に俺に遠慮なんかしないで」
寅吉がマスク越しに、1番バッターを見上げる。

 「あっ・・・球速はそこそこですが、なんだかちょっと気になることがあって・・・」

 と1番バッタが、口を濁す。

 (気になることがある?。なんだいったい・・・何が有るんだ、あいつの投球に?)
寅吉が小首をかしげる。そのとき主審の千佳も、小さな声でつぶやく。

 「そうよね。1番バッター君のいう通り、放っておけませんねぇ。
 このままじゃあとで大変なことになります」

 

 (37)へつづく

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オヤジ達の白球(35)初登板

2017-11-21 16:46:50 | 現代小説
オヤジ達の白球(35)初登板


 
 「おう、悪かったな。遅くなって」

 練習開始の5分前。あせびっしょりの坂上が、息を切らしてやってきた。
いままで投げていたのだろう。
おおつぶの汗が何本も筋をひいて、額から流れ落ちている。

 「投球練習はいい。いままでたっぷり投げ込んで来たからな。
 冷たい水をいっぱいくれ。のどがもうカラカラだ」

 「お前、午後の1時に家を出たんだろう。壁に向かっていままで投げてきたのか!。
 無茶するにも限度ってものがあるだろう。
 いったい何球、投げてきたんだ?」

 「かれこれ350から400球くらいかな・・・。
 心配するな。たっぷり投げてきたから、手ごたえはばっちりだ。
 三振を山のように取ってやるから期待してくれ」

 (いきなり400球も投げ込んでくるとは、なんとも無謀なやつだ)

 やっぱりこいつは大馬鹿者だ・・・呆れたもんだぜ、と北海の熊が鼻で笑う。
予想外に俺の出番が早く来そうだな。
いつでも投げられるよう早めに肩をつくっておく必要がある、と岡崎へつぶやく。

 (同感だ。頼んだぜ熊。ボトル5本分、きっちり仕事してくれよ)

 岡崎も片目をつぶる。
試合前におこなわれるシートノックの時間は、5分。
お互いのシートノックの瞬間から、すでに試合がはじまっているといってもよい。
互いの守備の実力が披露されているからだ。

 消防の先攻めで試合がはじまる。
ドランカーズの選手たちが、それぞれの守備位置へ散っていく。
最後まで候補がいなかった捕手は、寅吉がつとめることになった。
   
 内野や外野手を希望する選手はたくさんいる。
しかし。出来たばかりのドランカーズに捕手を経験した者はひとりもいない。
捕手は守備のかなめ。
そのうち、どこかから経験者を探して来ようという話になった。
とりあえずチーム内でいちばん体力のある寅吉が、捕手の面をかぶることになった。

 球審をつとめるのはなぞの美女。
おたがいのチームがホームベースをはさんで整列する中。
はじめて「球審をつとめる前原千佳です」とフルネームを名乗った。
1塁には最長老の審判部長。
2塁におなじく副部長。3塁に事務局長という豪華な審判団が定位置についた。

 Aクラスに籍を置く消防チームの選手たちも、この顔ぶれに面食らっている。
町の大会でもここまでの審判はそろわない。
先輩の寅吉さんはいったいどんな手を使ったのだろうと、消防のベンチが賑やかになる。

 そんな空気の中。先発の坂上が試合前の投球練習に入る。
ソフトボールの投球練習は初回のみ5球。あとは各イニングに3球づつ。
(いったいどんな球を投げるんだ、初登板の坂上のやつは・・・)
ドランカーズのベンチに軽い緊張がはしる。

 祐介も坂上の投球を見るのは今日が初めてだ。
岡崎から「びっくりするなよ。けっこう、それなりに速い球を投げるから」
と、ことあるごとに聞かされている。
キャッチャーに向かって坂上が上半身を前傾する。1球目の投球動作へ入る。
軸足(右足)を投球プレートの上へ乗せる。同時に、踏み込む足(左足)を後方へおおきく引く。
ぐるりと腕がまわされる。
坂上の手元を離れた白球がうなりをたてて寅吉のミットへ吸い込まれる。

 (ほうっ・・・)

 祐介の口からの驚きの声がもれる。
守備陣からも「意外といけるんじゃねぇか」のささやきが起こる。
消防のベンチから、「おっ、いい球を投げるじゃねぇか」と感嘆の声がわきあがる。
2球目、3球目も同じように小気味の良い音をたて、速い球が寅吉のミットへおさまる。
 
 「それでは消防さんの先攻でゲームをはじめます。プレ~イボ~ル」

 千佳の黄色い声が、グランドへ響き渡る。
マウンド上の坂上が、上半身をゆっくりと前方へかたむける。
本番の投球動作へはいる。
(おっ、いよいよ試合がはじまるぜ・・・坂上の、記念すべき第1球目だ)
祐介がぐっとベンチから身体を乗り出す。



 (36)へつづく

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