落合順平 作品集

現代小説の部屋。

赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (19)

2016-12-31 16:59:55 | 現代小説
赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (19)
 会津磐梯山は、女?



 「小春姉さんは、なぜ、東山温泉に籍をおいているのですか?」


 ミイシャは清子の暖かい膝の上が大のお気に入り。
ウトウトしているミイシャの背中を優しく撫でつけながら、
清子が、春奴に問いかける。
『よくぞ聞いて下さりました』と、春奴ではなく、たまをしっかり抱きしめている
豆奴が横から、すかさず割り込んでくる。



 「小春ちゃんは、春奴母さんが湯西川に来てから、まず最初に育てた、
 目に入れても痛くない1番弟子。
 立って良し(踊って)、奏でて良し(伴奏)の、両方に秀でています。
 ゆくゆくは、春奴お母さんの立派な後継者になると、周りのみんなも、
 熱い気持ちで期待をしておりました。
 ですが、うまくいかないものです。
 そんな小雪に、ある日、突然、魔が差しました」


 「なんですか。魔がさすって?」



 「こころに魔が差すのです。
 心の隙間に、突然、思いもよらない悪い考えが起きることです。
 『悪魔が囁やく』とか、『つい誘惑に負けた』なども同じ意味です。
 突然の運命的な出会いが、小春を狂わせたの。
 当の本人はそんな風には思っていないでしょうが、結果として、
 誰が見てもそうなったの」



 「というと小春姉さんは魔がさして、人の道を踏み外してしまったのですか?」



 「その反対。まるっきり逆の立場なの。
 道を踏み外したのは、造り酒屋の若旦那。
 道楽が好きで、ノンベェの造り酒屋の跡取り息子を好きになってしまった
 小春が、世話を焼き始めたのが事のはじまり。
 もう一度酒蔵の仕事につかせるため、いろいろと陰で骨をおったのさ。
 子細を教えてあげるから、こっちへおいで。清子」


 たまを抱いた豆奴がガラス戸を開けて、ベランダへ出ていく。
後について清子もベランダへ出る。
銀色に輝く水面の上に、会津の象徴でもある磐梯山が、悠々とそびえている。
磐梯山は、猪苗代湖の北にそびえる活火山。

 
 「会津といえば、猪苗代湖と、活火山の磐梯山。
 民謡の会津磐梯山は、このあたり一帯を歌ったものといわれています。

 
 ♪小原庄助さん、なんで身上つぶした?
  朝寝朝酒朝湯が大好きで、それで身上つぶした、
   あ~もっともだぁ、もっともだぁ♪
 という合いの手の入る、全国的に有名な歌さ。
 知っているだろうお前も?。それくらいは」


 
 「(エンヤー)会津磐梯山は宝の(コリャ)山よ。
 笹に黄金が(エーマタ)なりさがる・・・という、歌でしょう。
 知っています私も。それくらいなら」



 「もともとは、会津地方に伝わってきたふるい盆踊り歌。
 全国発売されたものには、30番までの歌詞がついている。
 磐梯山は女のことで、全国的に知られているこちらの歌詞とは別に、
 地元では別バージョンの盆踊り歌が、真夏になるといまでも歌われる。



 ・会津磐梯山は宝の山よ 笹に黄金がなりさがる。
 ・何故に磐梯はあの様に若い 湖水鏡で化粧する
 ・北は磐梯 南は湖水 中に浮き立つ翁島
 ・主は笛吹く私は踊る 櫓太鼓の上と下

  - おはら庄助さん 何で身上(しんしょう)潰した
    朝寝朝酒朝湯が大好きで それで身上つぶした
    ハアもっともだもっともだ

 ・踊り踊らば姿(しな)良く踊れ 姿(しな)のよい子を嫁にとる
 ・会津磐梯山に振袖着せて奈良の大仏婿にとる
 ・笛や太鼓につい浮かされて いつか踊りの輪に入る
 ・桐と漆器で知られていたが たても自慢の蔵のまち(喜多方のこと)

  - おはら庄助さん 何で身上(しんしょう)潰した
    朝寝朝酒朝湯が大好きで それで身上(しんしょう)潰した
    ハアもっともだ もっともだ

 ・会津磐梯山は宝の山よ 笹に黄金がなりさがる
 ・お湯の熱塩 子宝授く 夏は河原でカジカなく
 ・嫁にきてから手ほどきされて 主(ぬし)と2人で盆おどり
 ・あの娘(こ)粋だよ紅帯しめて 姿(しな)に見とれて夜もふける

  - おはら庄助さんなんで身上(しんしょう)潰した
    朝寝朝酒朝湯が大好きで それで身上(しんしょう)潰した
    ハアもっともだもっともだ

 ・会津磐梯山はふるさと踊り 今年は早めに里帰り
 ・櫓太鼓の音さえ聞けば 今日の疲れもどこへやら
 ・踊り見にきて踊りを覚え くにの土産に持ち帰る
 ・おらが会津の自慢のものは おはら庄助さんの盆踊り

  - おはら庄助さん何で身上(しんしょう)潰した
    朝寝朝酒朝湯が大好きで それで身上(しんしょう)潰した
    ハアもっともだもっともだ


 「どうだい。福島の女たちは、とっても色っぽいだろう。
 でもね。それ以上に湯西川温泉出身の小春は、もっと艶のある生き方をした。
 女の一生をかけてね。
 喜多方市の造り酒屋・小原庄助さんを、精一杯、親身になって支え続けた」


(20)へ、つづく


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赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (18)

2016-12-30 17:25:02 | 現代小説
赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (18)
 会津若松の奥座敷・東山温泉



 人口12万人の会津若松市の中心地から、車で10分。
鶴ヶ城から南東方向に、およそ3km。
会津若松の奥座敷と呼ばれている東山温泉は、湯川(ゆがわ)沿いに、
20軒以上の温泉宿とホテルが密集している。
湯量は毎分1,500リットル。現在でもおおくの芸妓が活躍している。
「からり妓さん」と呼ばれ、古い歴史を誇る温泉街に、華やかな
彩(いろど)りを添えている。


 温泉は今から千三百年前、名僧・行基によって発見された。
ここは東北地方で最大の芸妓の街。
昭和30年代の最盛期には、200名を超える芸妓が居た。
しかし。観光ブームの衰退とともに、置屋も芸妓も数を徐々に減らした。
いまでは20数名の芸妓が、当時の名残りを今日に伝えている。



 芸者衆が履く、からりからりと下駄の鳴る音に、独特の風情があった。
ここから『カラリ』と名付けられたという説もある。
しかし。からりは実際には、年少芸妓のことを指している。
一人前になっていない若い芸妓や、見習いとしてお座敷に出ている
少女たちのことを総称して『カラリ妓さん』と呼ぶ。


 
 肩揚げと袖揚げを施した振袖の着物に、赤い刺繍の半衿。
ぽっくりの下駄に、少女向きの日本髪。
桃割れや唐人髷、結綿、割れしのぶ、おふくといった髪型に、
花かんざしで、幼さを強調したいでたちが、年少芸妓たちの大きな特徴。
関西では彼女たちのことを「舞妓」と呼び、
それ以外の地域の花街では、「半玉」と呼ぶのが一般的。



 山形県の酒田では、若手芸妓たちのことを「舞娘」と呼んでいる。
「きらり妓さん」(神奈川・箱根湯本温泉)と呼ばれたり、、
会津東山温泉と同じように、「からり妓さん」と呼んでいる地域もある。
東山温泉にいる春奴母さんの2番弟子の小春は、鳴り物
(三味線を除く楽器、笛と打楽器の総称)の名手。


 多くの画人や文人が、東山温泉へやってきた。
竹久夢二は、3度もこちらへ逗留している。
その時に描いた美人画が、いまも旅館に残されている。
温泉街には、夢二が作詞した「宵待草」の歌碑も建っている。
手塚治虫が愛した地でもある。
よほど気に入ったのか、相次いでこちらへ足を運んでいる。
昭和34(1959)年。少年サンデーに掲載された「スリル博士第4話」は、
ここで描かれたというエピソードが残っている。



 『でもね、お母さん』
お化粧を終えた小春が、怒った顔で、くるりと一同を振り返る。
東山温泉にほど近い小春のマンション。
昼食会のお座敷に呼ばれているため、先程から小春が身支度の準備で、
大わらわの状態を続けている。




 「来るなら来るで、前もってお電話くださいと、あれほどお願いしたでしょう。
 それに、一体なんなのよ。
 ウチの足元を、ドタバタ駆け回るこの小猫たちは。
 たまが来るだけならまだしも、真っ白のオマケまで連れて来るなんて。
 聞いていません、そんなお話。
 だいいちお座敷まで、もう時間が無いのよ、
 お願いだから、身支度の邪魔をしないでくださいな、2匹とも。
 あんたたちは暇を持て余しているけど、からりの姉さんは、お昼からのお座敷で、
 とにかく多忙なの!」



 「おまえねぇ。いくら子猫が相手とはいえ『からり妓さん』には無理がある。
 お前の歳なら、姐さんと呼ばれても差支えがない。
 で。なんなのさ。東山温泉では、真っ昼間からお座敷が入るのかい?。
 へぇぇ。小原庄助さんゆかりの温泉は、やはりいまだに、粋ですねぇ」

 「ですから。
 何度も申し上げているとおり、観光協会がたちあげた観光ツァーのひとつです。
 艶と粋でもてなす企画で、立方(たちかた)と地方(じかた)の3人1組で
 東山温泉の芸を、昼食時に楽しんでもらいます」



 「なるほどねぇ。芸妓の宣伝とアピールには、もってこいの観光企画だ。
 で、昼間に観光客たちに披露する演目は、どんなものが用意されているんだい?」


 「最初に、『愛しき日々』。
 1986年に放送された「白虎隊の」主題歌です。
 メロディに合わせて、芸妓が舞い踊ります。
 2番目が『白虎隊』。こちらは飯盛山で壮烈な最後をとげた16歳から17歳の
 白虎隊の物語を、舞踏化したものです。
 3番目は、会津の『なりませぬ節』。
 「ならぬことはなりませぬ」の会津藩に伝わる掟を歌詞にしたものに、
 艶っぽい踊りを添えたものです。
 あっ。また、お母さん乗せられて、時間を無駄に潰しています!
 もう、ホントに時間がいっぱいです。このままでは遅刻をしてしまいます。
 もう出かけますから、あとは適当にくつろいでいてくださいな。
 まったくぅ~、もう。あ~あ、忙しい、忙しい・・・・
 忙しいったら、ありゃしない!」



 「あら。どこかで聞いたようなセリフです。
 歳はとりたくないですねぇ。
 なんだか、すっかり似てまいりましたねぇ、大きなお姐さんの口ぶりが。
 お母さんの口癖に?」



 慌てふためき、あたふたと飛び出していく小春の後ろ姿を、
豆奴がふふふと笑って見送る。
そのあと、チラリと横目で、春奴お母さんを見つめる・・・・



 ※芸妓は、経験や場によって担当がわかれる。
 踊る役を「立方(たちかた)」。
 三味線、唄、鳴りもの(太鼓、鼓)などで伴奏するのが「地方(じかた)」。
 唄と伴奏と踊りが一体となり、場をにぎやかに盛り上げる。※


(19)へつづく


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赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (17) 

2016-12-29 16:33:29 | 現代小説
赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (17) 
 たまが迷子になったわけ



 うたたね寝から目覚めたたまが、清子の胸元をよじ登っていく。
清子も同じように、後部座席でうたた寝をしている。
それほど今日の日差しは、心地よい。


 いつものように清子の懐の中へ、たまがゴソゴソと潜り込む。
ここがいつもの定番の席。
外へ出て迷子になるたび、帰りはいつも決まって、清子の懐の中。
『やっぱりここが一番落ち着くぜ』指定席におさまったたまが、ヒョイと顔を出す。
その瞬間。清子の膝で目を覚ましたミイシャと、目が合う。


 『なにやってんの、あんた』

  
 『上がってこいよ。暖かいぜ』たまが目で、ミイシャを誘う。
爪を立てすぎないよう注意しながら、細身のミイシャが清子の着物を
ゆっくりした足取りでよじ登っていく。
『いくらなんでもいっしょは無理だ。お前は反対側へ潜り込め。
2人じゃさすがに狭いものがある』とたまが笑う。


 気がついた清子が、ミイシャの真っ白い体を抱き上げる。
たまと反対側の懐へ、顔だけ残して差し入れる。
そのまま後部座席へもたれかかり、またウトウトと眠りに落ちていく。
顔だけ出した2匹が、進行方向の正面をジッと静かに見つめている。



 三毛猫(みけねこ)は、3色の毛が生えている猫の総称。
白・茶色・黒の3色で、短かい毛を持っている日本独特の猫のことをいう。
白・茶色・こげ茶のものは「キジ三毛」と呼ぶ。
縞模様が混合のものを「縞三毛」と区別して呼ぶことある。
福を招くとされ、『招き猫』の代表的な色合いとしてよく知られている。


 三毛猫の性別は、ほとんどがメス。
ごくまれに、1000匹に1匹程度の割合でオスの三毛猫が誕生する。
オスの三毛猫の誕生はそれだけで話題性がある。
地元のテレビ番組に取り上げられたり、新聞記事になることもある。
ただし。オスの三毛猫が交配しても、オスの三毛猫の子猫が生まれる確率は
統計上と変わらない。
オスが生まれる確率は、つねに奇跡的な数字。
 
 
 
 福を招く三毛猫を船に乗せると、船が遭難しないと信じられている。
特にオスの三毛猫は希少性が高い。
ゆえに、さらに福を呼び船が沈まないと江戸時代、船頭たちのあいだで
きわめて高値で取引されていた。
日本の第1次南極観測隊は、珍しくて縁起がいいという理由から、
オスの三毛猫のタケシを同行した。
昭和基地内のペットとして、南極での越冬を体験してしている。



 『で。それほどまでに貴重なはずの三毛猫のオスのあんたが、
 なんで湯西川の置屋で、ウロウロしているのさ?』


 『住みたくて、湯西川へ居るわけじゃねぇ。
 よんどころのねぇ事情がある』
 
 『迷子になったんでしょ、生まれて間もなく?』


 『人の話は最後まで聞け。
 おいらが生まれたのは、さるお大尽(だいじん)のお屋敷。
 那須の別荘へ静養に行く途中。突然、平家の落人集落へ行くことになった。
 言い出したのは、ひとりっこのわがまま娘。
 この娘のひと言が、おいらの不運のはじまりを生んだ』


 『あんただって相当のわがまま猫だと思うけどね』


 『ちゃりをいれるな。話の腰を折るんじゃねぇ。
 平家の見学を終えて、出発してすぐ、まもなくのことだ。
 トイレに行きたいと、わがまま娘が騒ぎ始めた。
 なにしろ。親が溺愛しているひとり娘だ。
 甘すぎる親だ。なにかにつけて過保護にしたがる傾向がある。
 ドアを開けっ放しにしたまま、娘をコンビニのトイレへ連れ込んだ。
 仕方ねぇなぁと思いながら、おいらは高みの見物をしていた。
 座席の端っこで一人ぽっちのまんま、家族の帰りを待っていた』


 『別に問題ないじゃないの。それだけのことなら。
 座席でおとなしくしていたあんたが、なんで迷子になってしまうのさ?』


 『ひとこと多い女だな。おまえってやつも。いいから先を聞いてくれ。
 油断しきっていた、そんときだ。
 どこかの悪ガキが、『猫が居た!』と、ヒョイとおいらの背中をつまみやがった。
 あっというまに抱き上げられた。
 おいらを抱っこしたまま、ドンドン車から離れていきやがる。
 さすがに『これは、やばい』と危機感を感じた。
 さいわい、悪ガキの親に発見されて、『返して来い』という騒ぎになった。
 やれやれ、これで無事、家族が待つ車へ帰れると安心していたら、
 悪ガキのやつ、途中で、俺様を放り出しやがった。
 『ちゃんと元の所へ返してきました!』なんて、ぬけぬけと親に報告している』


 『それじゃ事件じゃないの。誘拐未遂と、命令放棄の2本立てだわ!』



 『どこを見回してみても、見えるものといえば、車のタイヤと人の足ばかりだ。
 途方にくれたさ。もとに戻れる可能性はゼロだ。
 探すことさえあきらめた。
 日が暮れると、あんなに大勢いた観光客も誰も居なくなる。
 軒下に潜り込んでウトウトしていたら、人が通りかかった。
 下駄を鳴らして、いい匂いのする女がひとり、オイラの目の前を通りかかった。
 一瞬だけドキリとしたが、近くでよく見るとこれが、
 とんでもないババァだった・・・・』
 


 『その女の人が、いまの飼い主、春奴お母さんというわけですね。
 不幸な事件がなければ、今頃あなたはどこかで三毛猫のプリンスのまま、
 優雅な人生を送っていたはず。
 でも結果的にその悪ガキのおかげで、私たちはこうして巡りあえた。
 因縁を感じますねぇ、あたしたち。
 やっぱり。運命の出会いなのかしら、わたしたちって』


 『おう。まったくもってそのとおりだ。
 こうしてみると、迷い猫の生き方ってのも、まんざらじゃねぇ気になってきた。
 お前さんという絶世の良い女にも巡り会えた。
 それじゃ、よう。そろそろおっ始めようぜ。俺たちの子作りっを』


 『あら。それとこれとは、別問題です!。うふっ』



 あっさり拒否されてしまったたまが、清子の懐でションボリとうなだれる。
『うふふ。お気の毒様』、ミイシャがペロリと、たまに向かって舌を伸ばす。
ソフトなタッチの毛づくろいが、たまの首筋の周辺ではじまる。


 『う、う・・・・そこ。そこが、おいらの性感帯・・・・』



 『ド変態、もう、知らない!』ピョンと懐を抜け出したミイシャが、
清子の肩へ、ふわりと飛び乗る。
そのまま清子の頬へピタリと寄り添う。
『おやすみ』とたまへウインクを見せたあと、両目をしっかり閉じてしまう。

(18)へ、つづく



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赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (16) 

2016-12-29 06:20:36 | 現代小説
赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (16) 
 会津西街道を女3人と猫2匹が走る




 「だから。女3人が乗っているのはわかります。
 でも。どうしてたまと、隣の飼い猫のミイシャまで、車に乗っているんですか。
 聞いていません。あたしは。
 たまの愛人まで一緒に連れて行くなんて」 



 会津西街道を東山温泉に向かって走る車内で、ハンドルを握っている
1番弟子の豆奴が、口を不服そうに尖らせる。


 「愛人だなんてお前。口がすぎますよ。
 たまもミイシャも、まだ、たった半年足らずの子猫です。
 色気なんかあるもんか。
 遊び半分でじゃれているだけの、子供だろう」



 「お母さん。
 猫の妊娠は、生後5ヶ月から可能です。
 早い場合、4ヶ月目からできるといいます。
 生まれて12ヶ月が経つと、人間で言えば20歳前後の大人です。
 ちなみに妊娠から出産までは、2ヶ月ほどです」



 「あら、まぁ、そうなのかい。詳しいねぇ、豆奴は。
 へぇぇ・・・ずいぶん早生(わせ)なんだね、お前さんたちは。
 子猫とばかり思っていたら、もう、子供を作れる年頃かい。
 なにやらまるで、お前さんたちの子作りのための旅行になりそうです。
 変なお膳立てを作ってしまったようですねぇ。うふふ・・・」




 「笑い事じゃありません。お母さん!」




 「まぁまぁ、そうそう目くじらを、立てなさんな。
 隣の女の子も今回は長くかかるようです。
 母親も1ヶ月ほどは病院で、寝泊りをすると言っております。
 誰もいない部屋に、ミイシャを置いておくのは可哀想じゃないか。
 枯れ木も山の賑わい。旅は、大勢の方が楽しいに決まっています」



 春奴母さんが、清子の膝でウトウト眠りこけている2匹の様子を、
助手席から嬉しそうに振り返る。満足そうな顔で眺める。



 「お母さん。ネズミは子沢山で有名ですが、猫も負けずに多産です。
 1度の出産で、2匹から、最大で6匹まで産むそうです
 油断していますと、あっというまに家中が、猫だらけになってしまいます」



 「結婚もしていないし、子供も産んでいないくせにお前は
 猫に関しては、妙に詳しいですねぇ。
 お前の過去の愛人の中にもしかして、猫好きな男性でもいたのかい?」




 「お母さん。後ろの席で清子が聞いています。
 発言には、くれぐれも気をつけてください。
 大きなお世話です。
 結婚しないのも、子供を産まないのも、ぜんぶ私の自由ですから。
 そういうお母さんだって、独り身のまま、過ごしているじゃありませんか」



 「あたしゃお前さんたちを育てるために、忙しかっただけの話さ。
 断っておくが、言い寄ってきた男たちは山ほどおりました。
 こう見えても、あたしだって女だよ。
 この人とならと思う男性が、1人や2人おりました。
 それなのに。あたしが女として一番脂の乗り切っていたその時期に、
 次から次へ、弟子入り希望者がやってくるんだもの。
 お前のように男とイチャイチャする暇なんか、頭の毛ほども無かったねぇ」


 
 「そういえばそうですねぇ。お弟子さんがたくさんいましたねぇ、あの頃は。
 あ、でも、ひとりだけ居たじゃないですか。
 ほら。例のアレ・・・・市さん。
 なぜあのお方と結婚しなかったのですか?
 脈は有ると見ておりましたが、やはり、事情が複雑すぎたせいですか?」

 

 「市さんですか・・・・そういえばいましたねぇ、そんなお方が。
 久しぶりです。会いたくなりました。
 お前。連絡をとっておくれよ市さんに。
 懐かしいねぇ。あれからもう、30年近くがたつものねぇ」




 「誰ですか、豆奴お姉さん。その、市さんというお方は?」



 後部座席から運転席へ、清子が顔を出す。


 「お前が知らなくても無理ないさ。遠い昔の話だもの。
 お母さんの、訳ありのお方だ。
 市さんは正式には、市左衛門さんというお名前。
 まるでお武家様か、豪傑のようなお名前のもちぬし。
 でもねぇこれがまた、複雑な事情を、山のように持っているお人なんだ。
 そうですねぇ。せっかく東山温泉まで行くんです。
 連絡をとってみましょうか、久しぶりに。
 うふふ。あたしまでなんだか、楽しみになってきました」


 豆奴も目を細めて笑う。



 「お母さん。どのようなお方なのですか。
 お話に出ている、市左衛門さんとおっしゃるお方は?」



 「あたしの戦友さ。
 出会った時は、たしかにいい男だった。
 でもね。その後は修行の甲斐もあり、周囲も驚くほどの良い女になった。
 いまは会津で芸妓をしている。
 結婚してもよかった思うくらい、いい男だったよ市さんは。
 そうだねぇ。男というより、やっぱり、かけがえのない戦友だね。市さんは」



 「え~ぇ。男から良い女に成長した芸妓?。かけがいのない戦友?・・・・
 いったい、どういう人なのかしら。市さんというお方は?」




 清子の疑問を乗せたまま豆奴が運転する車が、小春が籍を置いている
会津の東山温泉を目指して、山道をひたすら走りつづける。


(17)へつづく


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赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (15)

2016-12-20 17:20:19 | 現代小説
赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (15) 
(15)ミイシャの憂鬱




 「どうした。いつもの笑顔がないぜ?」


 いつもの時間。いつものように置屋の2階へやって来たミイシャに
いつもの笑顔がない。顔がこわばったままだ。
『どうしたんだよ。おまえさんらしくないぜ』たまの問いかけに、ミイシャが小さくうなだれる。
伏し目のミイシャの目線の先に、ピンクのカーテンがぴたりと閉ざされた
少女の部屋が見える。



 「具合が悪いのか。ひよっとして、入院したのか?」


 「長くなりそうですって。今回は。
 女の子のお母さんが、オロオロしながら、あちこちに電話をかけているもの」

 

 「そうか。大変だなぁ。心臓の病気というやつは・・・・」




 「100人にひとり。
 生まれたときから、心臓に何らかの異常のある人が居るそうです。
 中には、自然に治ってしまう軽度の人もいます。
 でもね。たいていは手術をしなければ治らないそうです。
 弱い心臓に余計な負担をかけないよう、日常生活も制限するんだって。
 あの子のように」

 
 「そう言われてみれば、そうだ。
 おいらがここへ来た頃から、あの子は、毎日ベッドに寝たきりだったなぁ」

 
 「心臓病は、症状が出なければ、見た目は普通の人変わりません。
 でもあの子は、お外で遊ぶことも、登校することも自由にできないの。
 身体だけじゃないの。心にも痛みを感じながら、必死に生きているの。
 心臓病って身体にもきついだけど、心にも、とっても辛い病気なの」



 「それならおいらも、おんなじさ。
 君を愛するようになってから、君なしでは生きられなくなってきた。
 会えないときは、胸がうずく。
 チクチクと一晩中痛んで、寝られないもの」


 「嘘つき。うずくのは、あなたのやんちゃな下半身でしょう。
 顔さえ見れば、すぐにやりたがるんだもの。
 あのねぇ・・・・女の子の身体は、とてもデリケートにできているの。
 受け入れる準備が出来た時だけ、応えてあげることができるの。
 人間なら毎日でも出来るけど、わたしたちはそうはいかないの。
 いつでも発情しているのは、この広い猫の世界を見回してみても、
 きっと、あんた一匹だけだわよ」



 朝から不謹慎な会話を交わしているたまとミイシャを尻目に、
清子が階下と2階を忙しく、ドタバタと往復している。



 「ねぇ。なんで朝からドタバタと動き回っているの、清子は。
 どう見ても、無駄な動きばかりしているわ」



 「実はな。姉さん巡りの泊まり込みの旅が、今日からはじまるのさ。
 朝までに荷物をまとめておけと言われたのに、清子は根っからの呑気者だ。
 朝になって、準備が出来ていないことにやっと気が付いた。
 だからああして、はた迷惑なほど動き回っているんだ」



 「一緒に行くはずの、お母さんはどうしたの?」



 「お母さんは、放任主義者だ。
 姐さん巡りの旅は、毎度のことだから悠然と構えている。
 慌てなくてもいいから、忘れ物をしないように自分で用意をしなさいと、
 下で涼しい顔をしている。たぶんね。
 今ごろは、悠然とお茶を飲んでるはずさ」


 「カバンに、同じものを、入れたり出したりしてるだけじゃないの。
 出かける準備なんか、まったく進んでいませんねぇ。
 段取りも悪いけど、要領も悪いのねぇ、清子って子は」


 「珍しくなんかないさ。
 心に準備が出来ていない時、何かを突然言われると、
 それだけでパニック状態になるんだぜ。清子という女の子は」



 「今朝の少女のお母さんと、まるっきり同じじゃないの。
 落ち着いていて、いつも沈着冷静な少女のお母さんが今朝にかぎり、
 ドタバタ、取り乱していたわ。
 家の中にも、なんだか、いつもと違う気配が漂っていました。
 あたし、心配だわ・・・・」


 「ということは、いよいよ、緊急を要する事態なのかな?。
 いいのかよ。君はこんなところで、おいらと、のんびり愛を語っていても」


 「何度言わせるの。愛なんか語っていません。
 ねぇぇ。そんなことより大丈夫かしら。清子のほうは。
 さっきから、全然準備が進んでいません。
 少女の様子も気にかかるけど、清子の様子はもっと深刻です。
 あのままじゃ、いつまでたっても出発できません。
 ねぇ、あんた。
 清子のために、猫の手を貸してあげたら?」



 「御免だね。
 浴衣とパンツを、何度も出し入れしている女を手伝ってどうすんだ。
 だいいち、あいつ。
 俺があいつのパンツをかぶって遊んでいると、烈火のごとく鬼のように怒るんだぜ。
 そんな日頃の恨みもある。
 ここはじっくりお手並み拝見といこうぜ。高みの見物さ。面白いぞ」



 「清子にも問題あるけど、あんたにも相当、問題が山積しているわねぇ。
 いったいどうなっているのさ、この家の中は・・・・」


(16)へ、つづく


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