(続)アイラブ桐生・「レイコの青春」(23)
坂道を歩き始める(3)陽子さんの登場
(桐生は絹の生産地としても、全国的に知られています)
ガリベン君が紹介してくれた児童福祉課の陽子さんの骨折りで
市民たちの取り組みによって誕生した埼玉県の認可保育園の「さくらんぼ」の
園長先生へ、最初のパイプが繋がりました。
さらに陽子の学友が勤めている、高崎市の共同保育園でも
認可保育園作りの運動をすすめている、という情報がはいってきました。
しかしその一方で、園児の父兄たちのアンケートからは
予想に反するような意外な結果が次々と出てきました。
回答をしてくれた28名のうちの、半数以上が、
「なでしこ」による認可保育園の設立には消極的な回答が寄せられます。
その意義には同意できても、建設運動までには、まだ参加は出来ないという
意見がほとんどを占めました。
「必要性を認めることと、
必要な物を作りだすために行動を始めるというエネルギーは、
似てはいますが、根本的にはまったく別ものです。
結論は急がずに、一人一人とじっくりと会話をすることが、
これからの先での合意つくりのために、大切なことだと思います。
ゼロ歳児の保育で、なでしこを利用するということと、
ゼロ歳児の保育をするために認可保育園を設立するいうことは、
現段階では、まったくの別問題です。
あせることはありません。
ひとつづつ確実にクリアしていきましょう。」
園長先生が、アンケート用紙を一枚ずつ手に取りながら
落胆気味の美千子と靖子へ、そう声をかけました。
「皆さんはもっとたくさんの、協力的な回答を期待していたのでしょうが、
現実はそれほど甘くないということでしょう。
でも、悲観する必要もありません
運動はまだ、何ひとつ始まっていないのです。
もう皆さんは、大変な距離を走ったように感じているでしょうが、
ほとんどの父兄さんたちは、まったく初めて聞くお話です。
なでしこの、認可保育園つくりは、
実際には、まだスタートラインにさえ着いていません。
何かを作り出す時と言うのは、そんなものです。
ここから始まる、小さな歩みの一歩ずつが
なによりも大切になるのです。」
とても大きな仕事になるはずですから、
スタートをあせらずに、まずは体験談を聞いてもらってから、
その先を考えてみたらどうですかと、園長先生が笑顔で締めくくりました。
美千子と靖子の呼びかけで、
準備室主催の、最初の学習会が開かれることになりました。
そのための取り組みが始まって間もなくのことです。
(ガリベン君から連絡を受けた)陽子さんが、泣きながら駆けつけてきました。
「市の職員だからって遠慮をして、
私にはなぜ、声をかけてくれないのですか。
磯崎さん(ガリベン君の本名)が、わざわざ連絡をしてくれなかったら、
またまた皆さんに乗り遅れるところでした。
わたしも市の職員である前に、将来は皆さんと同じように
子供を持つ、一人の女性です。
皆さん同様、婦人が働くためには乳幼児やゼロ歳児を保育してくれる
認可保育園が、もっとたくさん必要だと考えている一人です。
なんで、仲間にまぜてくれないのですか・・・。」
悔しさのあまり、ついには大きな声で泣きはじめてしまいました。
これには美千子と靖子の方が驚いてしまいます。
間に入った幸子が、先日の市役所でのガリベン君とのいきさつを説明しました。
彼女も乳幼児保育論者の一人なのと説明をすると、
ようやく美千子も納得をします。
「陽子さん、
立場が、いろいろとあるはずの市役所の中で働いているのに、
大丈夫なの?、こんなところにまで首を突っ込んでも。」
「駄目で首になったその時は、、なでしこで使ってください!」
あまりにも明快で、元気すぎる陽子の返事です。
これには園長以下、居合わせた全員が爆笑をしてしまいます。
つられた陽子も苦笑をします。
「解りました。
では同志として気持ちよく陽子さんをお迎えします。
私は二人の子持ちで美千子です。
こちらはまもなく双子が生まれる靖子さん。
幸子とレイコは面識があるようですが、ともに未婚で、
たぶん立場の上では、あなたと同じです。
やがて子供を持つ”女性たち”のひとりたちです。
こちらこそ、よろしくお願いしますネ、
陽子さん。」
「私、実は、どこへ行っても誤解をされています。
たまたま公務員になりましたが、
本来は乳幼児保育の研究が専攻でした。
といっても日本では、公立での乳幼児のための保育施設なんて
何処を探しても見つかりません。
そのために、欧米の学説や文献を中心に大学時代を過ごしました。
たまたま児童福祉方面を希望したということだけで、
市役所へ就職しただけの話です。
働く女性の権利と、家庭と仕事を両立させることが
私の考えている永遠のテーマ―です。」
「なるほどね、
さすがにガリベン君が推薦するだけのことはあるわ。
願ってもない、保育理論の論客の登場だわ。
でもさぁ、あんた。
その大きくて、黒い縁取りの野暮ったいメガネはいただけないわね。
外して御覧、きっと美人になるわ。」
と言うなり美千子が、陽子のメガネを外してしまいます。
黒い縁取りが消えると、綺麗に切り揃えられた前髪の下に、
黒眼が大きくて澄みきった、クリクリとした可愛い両目が現れました。
「ほうら、別嬪さんだ~。」
突然のことに陽子さんは、両手で顔を押さえたまま、
頬を真っ赤にして立ちすくみます。
美千子が、そんな陽子にそっとメガネを手渡しながら、
その耳元に、小さな声でささやきます。
「ごめんね、手荒い歓迎で。
でもあなた、ほんとうに顔ばかりか心まで美人だわ、すごく可愛い。
わたしに、あんたの保育理論を教えてくれれば、
見返りにはたっぷりと、男のだまし方などを教えてあげるわよ。
夜の街のNO-1は、実は私のことなのよ。
どう?、悪い話ではないでしょう・・・
こら、冗談だって。
私の冗談を、そんな真面目な目で聞かないで頂戴。
でも、おめでとう、貴方は、今日からはかけがえのない、
私たちの仲間のひとりだわ。」
・本館の「新田さらだ館」は、こちらです http://saradakann.xsrv.jp/