「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。
おちょぼ 第1話 2度目の出会い
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/62/26/8b904927ff1968d9312923df76bcc1f3.jpg)
「あれ・・・」
どんぐり橋の上を駆けていく、一人の女の子の姿に思わず目が停まった。
昨日と模様の異なる浴衣の女の子が、可愛い日傘をさしている。
カラコロと下駄の音を響かせながら、彼の目の前を、元気いっぱいに駆けていく。
「ちょっと」と声を出して呼びとめたが、女の子はすでに長いどんぐり橋の端にいた。
「聞こえるわけがないか。カモシカよりも軽快すぎる足取りだもの・・・」
スポーツでもしていたのだろうか。
浴衣の裾から、均整の取れた白い向こう脛が、春の日差しにきらりと光った。
お色気よりも、爽快感さえ感じさせる綺麗な足だ。
(そんなに走ると、こけるよ)と思わずそんな言葉が、彼の口からこぼれた。
浴衣姿の女の子と行きあうのは、これで2度目だ。
最初の出会いは昨夜の深夜。たぶん、1時を過ぎていただろう。
場所もまったく同じ、この団栗橋の橋の上だ。
お客を送っていく祇園の売れっ子芸妓、佳つ乃(かつの)さんの姿を見つけた。
佳つ乃(かつの)さんの背中を、ちょこちょこと急ぎ足で追いかけていく
15歳くらいの女の子の姿があった。
こんな夜更けに15歳の女の子が、酔っ払い客と、売れっ子芸妓の後を歩いていくなんて、
なんとも不可解なことだと思うだろうが、祇園が近いこのあたりでは、
毎夜見かける、ごく当たり前といえる光景だ。
欄干の暗い明かりの下を通り過ぎていく、美人芸妓の佳つ乃(かつの)さんよりも、
華奢で、色白の女の子の横顔を見た瞬間、「あ、この子は将来、絶対に美人になる」
となぜか思わず、そんな言葉が彼の口からこぼれ出た。
正面から見るよりも、ななめ30度くらいから見たほうがこの子は絵になる。
はじめて女の子を見た瞬間の、それが彼の第一印象だ。
少女を呼び止めようとした男は、路上似顔絵師だ。
道をいそぐ人たちを相手に、一枚500円で似顔絵を描くことを生業としている。
路上似顔絵師なんてものは、別に珍しい商売じゃない。
同じような仕事をしている人たちは、世界中にごまんと居る。
パリのモンマルトルの丘では、無名の画家たちが、イーゼルをずらりと並べて待機している。
物見高い観光客たちを相手にせっせと似顔絵を描いて、彼らはたんまりとした
日銭を稼いでいる。
値段は書き手によってまちまちだ。
交渉次第である程度まで値切れるが、それでも1枚あたり数千円の値段を取られる。
発展途上国の中国にも同じように、似顔絵師が居る。
巨大ビルが立ち並ならんでいる街角を何気なくひょいと曲がると、ビルの裏側に、
それまで隠れていた貧民街が、いきなりドンと登場する。
観光客たちが絶対に足を踏み入れない一角に、露天の市が堂々とひろがっている。
露天の市には、いろんな種類の路上商売人たちがたむろをしている。
その中に、偶然、路上の似顔絵師を見つけ出した。
モンマルトルの似顔絵の相場は、50ユーロ(1ユーロ=155円)というのが標準だ。
それにたいし、中国の露天市の値段は、破格と言える1枚、たったの10元だ。
10元をヨーロッパ風に換算すると、1ユーロにあたる。
つまり、パリの相場の50分の1だ。いくらなんでもこれは安すぎる!
何でも試してみないと気が済まない性格なので、早速、一枚描てもらうことにした。
世界を旅してきた路上似顔絵師が、中国の路上で似顔絵を描いてもらうというのも
なんだか変な話だが、物は試しと、早速注文をしてしまった。
まじめそうなおっさんに値段を再確認すると、表示通りに、10元でいいと言う。
時間は10分くらいかかると、小さく付け加えた。
スケッチブックを膝に載せ、コンテのようなもので黙々と似顔絵を描き始めた。
だが本人の口とは裏腹に、書きあがるまでに20分以上がかかった。
露天市の中では珍しい商売なのだろうか。次々と地元の人たちが彼らの周りに集まってくる。
モデルをしていることに恥ずかしさを覚えたが、それ以上に、あまりにも本人そっくりに
書かれた似顔絵に、彼は強い衝撃を受けた。
似顔絵師は、本人の特徴を一瞬で捉えることに特化をしていく。
だから、どんなにそっくりに書いてくれと注文されても、カメラで撮ったようには描かない。
ことさら特徴を誇張して書くことで、似顔絵に味を出す。
ところが中国の似顔絵師は根底から考え方が違う。
まるでポラロイドカメラで写したかのように、きわめて忠実に、客の顔を書き上げる。
そのまま、葬儀用の写真としても使えそうな仕上がり具合だ。
世界にはこんな風に、リアルに似顔絵を書く国もあるのかと、強い衝撃を受けたことを、
彼はいまでもはっきりと覚えている。
第2話につづく
過去の作品集は、こちら
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。
おちょぼ 第1話 2度目の出会い
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/62/26/8b904927ff1968d9312923df76bcc1f3.jpg)
「あれ・・・」
どんぐり橋の上を駆けていく、一人の女の子の姿に思わず目が停まった。
昨日と模様の異なる浴衣の女の子が、可愛い日傘をさしている。
カラコロと下駄の音を響かせながら、彼の目の前を、元気いっぱいに駆けていく。
「ちょっと」と声を出して呼びとめたが、女の子はすでに長いどんぐり橋の端にいた。
「聞こえるわけがないか。カモシカよりも軽快すぎる足取りだもの・・・」
スポーツでもしていたのだろうか。
浴衣の裾から、均整の取れた白い向こう脛が、春の日差しにきらりと光った。
お色気よりも、爽快感さえ感じさせる綺麗な足だ。
(そんなに走ると、こけるよ)と思わずそんな言葉が、彼の口からこぼれた。
浴衣姿の女の子と行きあうのは、これで2度目だ。
最初の出会いは昨夜の深夜。たぶん、1時を過ぎていただろう。
場所もまったく同じ、この団栗橋の橋の上だ。
お客を送っていく祇園の売れっ子芸妓、佳つ乃(かつの)さんの姿を見つけた。
佳つ乃(かつの)さんの背中を、ちょこちょこと急ぎ足で追いかけていく
15歳くらいの女の子の姿があった。
こんな夜更けに15歳の女の子が、酔っ払い客と、売れっ子芸妓の後を歩いていくなんて、
なんとも不可解なことだと思うだろうが、祇園が近いこのあたりでは、
毎夜見かける、ごく当たり前といえる光景だ。
欄干の暗い明かりの下を通り過ぎていく、美人芸妓の佳つ乃(かつの)さんよりも、
華奢で、色白の女の子の横顔を見た瞬間、「あ、この子は将来、絶対に美人になる」
となぜか思わず、そんな言葉が彼の口からこぼれ出た。
正面から見るよりも、ななめ30度くらいから見たほうがこの子は絵になる。
はじめて女の子を見た瞬間の、それが彼の第一印象だ。
少女を呼び止めようとした男は、路上似顔絵師だ。
道をいそぐ人たちを相手に、一枚500円で似顔絵を描くことを生業としている。
路上似顔絵師なんてものは、別に珍しい商売じゃない。
同じような仕事をしている人たちは、世界中にごまんと居る。
パリのモンマルトルの丘では、無名の画家たちが、イーゼルをずらりと並べて待機している。
物見高い観光客たちを相手にせっせと似顔絵を描いて、彼らはたんまりとした
日銭を稼いでいる。
値段は書き手によってまちまちだ。
交渉次第である程度まで値切れるが、それでも1枚あたり数千円の値段を取られる。
発展途上国の中国にも同じように、似顔絵師が居る。
巨大ビルが立ち並ならんでいる街角を何気なくひょいと曲がると、ビルの裏側に、
それまで隠れていた貧民街が、いきなりドンと登場する。
観光客たちが絶対に足を踏み入れない一角に、露天の市が堂々とひろがっている。
露天の市には、いろんな種類の路上商売人たちがたむろをしている。
その中に、偶然、路上の似顔絵師を見つけ出した。
モンマルトルの似顔絵の相場は、50ユーロ(1ユーロ=155円)というのが標準だ。
それにたいし、中国の露天市の値段は、破格と言える1枚、たったの10元だ。
10元をヨーロッパ風に換算すると、1ユーロにあたる。
つまり、パリの相場の50分の1だ。いくらなんでもこれは安すぎる!
何でも試してみないと気が済まない性格なので、早速、一枚描てもらうことにした。
世界を旅してきた路上似顔絵師が、中国の路上で似顔絵を描いてもらうというのも
なんだか変な話だが、物は試しと、早速注文をしてしまった。
まじめそうなおっさんに値段を再確認すると、表示通りに、10元でいいと言う。
時間は10分くらいかかると、小さく付け加えた。
スケッチブックを膝に載せ、コンテのようなもので黙々と似顔絵を描き始めた。
だが本人の口とは裏腹に、書きあがるまでに20分以上がかかった。
露天市の中では珍しい商売なのだろうか。次々と地元の人たちが彼らの周りに集まってくる。
モデルをしていることに恥ずかしさを覚えたが、それ以上に、あまりにも本人そっくりに
書かれた似顔絵に、彼は強い衝撃を受けた。
似顔絵師は、本人の特徴を一瞬で捉えることに特化をしていく。
だから、どんなにそっくりに書いてくれと注文されても、カメラで撮ったようには描かない。
ことさら特徴を誇張して書くことで、似顔絵に味を出す。
ところが中国の似顔絵師は根底から考え方が違う。
まるでポラロイドカメラで写したかのように、きわめて忠実に、客の顔を書き上げる。
そのまま、葬儀用の写真としても使えそうな仕上がり具合だ。
世界にはこんな風に、リアルに似顔絵を書く国もあるのかと、強い衝撃を受けたことを、
彼はいまでもはっきりと覚えている。
第2話につづく
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