忠治が愛した4人の女 (26)
第二章 忠治、旅へ出る ⑪
「姐さん。一度、人を殺したら、堅気に戻れないって本当ですか?」
「忠治。お前さんはまだ、自分の置かれた立場がわかっていないようだね。
じゃ聞くが、なぜ堅気に戻りたいんだい、お前は?」
「お鶴や、おふくろが俺の帰りを待ってるからです」忠治が、ぼそりと応える。
それを聞いたお園が、冷たい笑いをくちびるの端へ浮かべる。
「ふふふ。甘いね。お前は。
世間はそんなに甘くはないよ。
一度背負った凶状は、決して消えやしない。
理由はとにかく、おまえさんが人を殺したってえ事は、村中の者が知っている。
おまえさんが国定へ戻れば、あいつは人殺しだと、陰口をたたかれるに決まっているさ。
何かでヘマをしてご覧。必ず陰で笑うやつがいる。
辛い思いをして堅気として生きるより、あたしゃ博奕打ちで生きた方が
あんたのためになると、思うがね」
たしかにその通りなのかもしれねぇ、と忠治も思う。
理由はともあれ、忠治が無宿者を斬り殺したことは、まぎれもない事実だ。
国定村でもとなりの田部井村でも、いまごろはその噂でもちきりだろう。
「よく考えることだね。
これからどうするのかは、あんたが決めることだ」
どれ、そろそろお昼の支度をしなくちゃねと、お園が縁側から立ち上げる。
「その気になったら、あたしに言いな。
うちの人にうまく言ってやる。
なんなら英五郎さんの仲立ちをしてもいい。あんたって子は特別さ。
あんたのためならこのお園が、ひと肌ぬいであげるから」
うふふと笑いながら、いいにおいを残してお園が立ち去っていく。
道場主になるという、忠治の夢がぐらついてきた。
お園が言うように、いままで通りの生活に戻れる保証はどこにもない。
しかし。英五郎から堅気に戻れと、きつく言われている。
(いったい、どうするゃいいんだ・・・この俺は・・・)
お園の背中を見送った忠治が、ゆっくり薪割りの仕事に戻る。
台座の上に、1尺余りの切り株を置く。
乾燥の際に出来た亀裂に向って、忠治が思い切り斧(おの)を振り下ろす。
素性の良い木は、まっすぐ2つに割れる。
スパンと小気味のよい音をたてて、切り株がモノの見事に2つに割れる。
その日から、1ヶ月あまり。
忠治はお園につきっきりで、せっせと言い付けられた雑用をこなていく。
お園から、いろいろと博奕打ちの事を聞くのが楽しかった。
雑用をしている栄五郎の三下、大胡(おおご)村の団兵衛からもいろんな話を聞いた。
そのうち、このまま英五郎の子分になるのも悪くないな、といつしか
考える様になってきた。
「なんでぇ忠治。俺におりいっての頼み事とは?」
「お願いです、俺を子分にしてください。英五郎の親分!」
「駄目だ。おめえを博奕打ちにすることは出来ねぇ。
おめえには知らせなかったが、玉村の親分から手紙が来た。
田部井村の名主さんと、本間道場の先生が久宮一家と話を付けたそうだ。
もうひとつ有る。
玉村の親分が、八州様の御用聞きをしている島村の親分や、
木崎の親分にも話を付けてくれた。
すぐに戻る事はできねえが年が明けて、夏くれぇには帰ることができるだろう」
「来年の夏か・・・ずいぶんと長えなぁ・・・」
「忠治。おまえはまだ、よく分かっていないようだ。
人を殺すってのは大変なことだ。
普通なら役人に捕まり、江戸送りになって、牢屋へ入れられる。
牢屋の中にも牢名主というのがいて、新入りを痛え目にあわせる
それだけじゃねぇぞ。
役人の拷問を受けて、その拷問で死ぬ事もある。
拷問に耐えたからって、シャバに出てこられるわけじゃねえ。
軽くて島送りになるし、運が悪けりゃ獄門さらし首だ。
そうなるはずだったやつを、おめえは、お咎めなしに故郷へ帰れるんだ。
大勢の人に、感謝しなくちゃいけねぇな」
(27)へつづく
新田さらだ館は、こちら
第二章 忠治、旅へ出る ⑪
「姐さん。一度、人を殺したら、堅気に戻れないって本当ですか?」
「忠治。お前さんはまだ、自分の置かれた立場がわかっていないようだね。
じゃ聞くが、なぜ堅気に戻りたいんだい、お前は?」
「お鶴や、おふくろが俺の帰りを待ってるからです」忠治が、ぼそりと応える。
それを聞いたお園が、冷たい笑いをくちびるの端へ浮かべる。
「ふふふ。甘いね。お前は。
世間はそんなに甘くはないよ。
一度背負った凶状は、決して消えやしない。
理由はとにかく、おまえさんが人を殺したってえ事は、村中の者が知っている。
おまえさんが国定へ戻れば、あいつは人殺しだと、陰口をたたかれるに決まっているさ。
何かでヘマをしてご覧。必ず陰で笑うやつがいる。
辛い思いをして堅気として生きるより、あたしゃ博奕打ちで生きた方が
あんたのためになると、思うがね」
たしかにその通りなのかもしれねぇ、と忠治も思う。
理由はともあれ、忠治が無宿者を斬り殺したことは、まぎれもない事実だ。
国定村でもとなりの田部井村でも、いまごろはその噂でもちきりだろう。
「よく考えることだね。
これからどうするのかは、あんたが決めることだ」
どれ、そろそろお昼の支度をしなくちゃねと、お園が縁側から立ち上げる。
「その気になったら、あたしに言いな。
うちの人にうまく言ってやる。
なんなら英五郎さんの仲立ちをしてもいい。あんたって子は特別さ。
あんたのためならこのお園が、ひと肌ぬいであげるから」
うふふと笑いながら、いいにおいを残してお園が立ち去っていく。
道場主になるという、忠治の夢がぐらついてきた。
お園が言うように、いままで通りの生活に戻れる保証はどこにもない。
しかし。英五郎から堅気に戻れと、きつく言われている。
(いったい、どうするゃいいんだ・・・この俺は・・・)
お園の背中を見送った忠治が、ゆっくり薪割りの仕事に戻る。
台座の上に、1尺余りの切り株を置く。
乾燥の際に出来た亀裂に向って、忠治が思い切り斧(おの)を振り下ろす。
素性の良い木は、まっすぐ2つに割れる。
スパンと小気味のよい音をたてて、切り株がモノの見事に2つに割れる。
その日から、1ヶ月あまり。
忠治はお園につきっきりで、せっせと言い付けられた雑用をこなていく。
お園から、いろいろと博奕打ちの事を聞くのが楽しかった。
雑用をしている栄五郎の三下、大胡(おおご)村の団兵衛からもいろんな話を聞いた。
そのうち、このまま英五郎の子分になるのも悪くないな、といつしか
考える様になってきた。
「なんでぇ忠治。俺におりいっての頼み事とは?」
「お願いです、俺を子分にしてください。英五郎の親分!」
「駄目だ。おめえを博奕打ちにすることは出来ねぇ。
おめえには知らせなかったが、玉村の親分から手紙が来た。
田部井村の名主さんと、本間道場の先生が久宮一家と話を付けたそうだ。
もうひとつ有る。
玉村の親分が、八州様の御用聞きをしている島村の親分や、
木崎の親分にも話を付けてくれた。
すぐに戻る事はできねえが年が明けて、夏くれぇには帰ることができるだろう」
「来年の夏か・・・ずいぶんと長えなぁ・・・」
「忠治。おまえはまだ、よく分かっていないようだ。
人を殺すってのは大変なことだ。
普通なら役人に捕まり、江戸送りになって、牢屋へ入れられる。
牢屋の中にも牢名主というのがいて、新入りを痛え目にあわせる
それだけじゃねぇぞ。
役人の拷問を受けて、その拷問で死ぬ事もある。
拷問に耐えたからって、シャバに出てこられるわけじゃねえ。
軽くて島送りになるし、運が悪けりゃ獄門さらし首だ。
そうなるはずだったやつを、おめえは、お咎めなしに故郷へ帰れるんだ。
大勢の人に、感謝しなくちゃいけねぇな」
(27)へつづく
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