落合順平 作品集

現代小説の部屋。

オヤジ達の白球 (82)熊の本音

2018-10-28 17:31:53 | 現代小説
オヤジ達の白球 (82)熊の本音




 「失敗を取り返すための舞台はととのえた。
 けどよ。このチャンスを生かすも殺すも、あとは坂上のがんばり次第だ」

 「なるほど、熊。おまえさんの気持ちはよくわかった。
 ひとつだけ聞く。いまの坂上は、Aクラスの消防チームに通用するか?。
 勝てるか今夜は?。坂上で」
 
 「監督。勝ち負けは関係ねぇ。
 逃げ出さずなにが有ろうが歯を食いしばり、最後まで投げることが大切だ。
 坂上も、それを充分に自覚しているはずだ」

 「何が有っても今夜は、最後まで坂上を投げさせる、ということか」

 「野手は、投手の背中を見ながら守備につく。
 言葉はいらねぇ。
 四球を出そうが、ヒットを何本打たれようが関係ねぇ。
 投手は3つのアウトを取るまで、ひたむきに投げることが大事だ。
 そんな風に投げてる投手の背中を見ているうち、野手もなにかを感じるとる。
 坂上のために勝とうと思うようになる。
 そのときはじめて、野手の気持ちがひとつになる。
 チームワークってやつは、そんな風にして生まれるくる。
 ソフトボールは、9人でおこなうスポーツ。
 何点取られてもいい。大量点を取られて負けてもいい。
 ゲームセットのときまでマウンド上へ、坂上がいればそれでいいんだ」
 
 「それだけじゃないでしょう。
 熊さん。そろそろ、ホントのことを言ったらどうなの。
 北海道のおとうさんが倒れたんでしょ。
 農家を継ぐため、北海道へ帰るかどうか、実は悩んでいるって」

 「あねご。そいつを口にしちゃだめだ。そいつは極秘中の極秘情報だ!。
 俺個人のささいな問題だ」
 
 「えっ・・・おやじさんが倒れた!。それで北海道へ帰る気になったのか、熊?。
 そうか。そういうことか。
 ウチの投手は、熊、おまえさんひとりだけだ。
 お前さんが抜けたとたん、ここまで来た俺たちのチームがばらばらになっちまう。
 そうなるまえに坂上を呼びもどしたということか」

 「まいったなぁ。それほどの美談じゃねぇ。
 北海道の農家といったって、ウチの畑はちいせぇ。猫の額のようなもんだ。
 食っていくのにせいいっぱいだけの土地に、執着はねぇ。
 しかしよ。電話のたびに弱気になっていくおふくろが、なんだかあわれに思えてきた。
 がらにもなく、帰ろうという気持ちがわきあがってきた。
 それだけのことだ」

 「おやじさん。悪いのか?」

 「余命半年。よくもって、あと1年だろうと宣言された。
 おやじが生きているうちに、百姓を教えてもらおうか、なんて考え始めた。
 親孝行のひとつくらい、せめて、おやじが生きているうちにしたいなぁ・・・
 なんてかんがえはじめている昨日、今日だ」

 「そういうことなら、すぐにでも北海道へ帰る必要があるな。熊」

 「あわてて群馬から俺を追い出すな、監督。
 百姓してもいいかなと、ふと考えはじめただけのことだ。
 帰ると決めたわけじゃねぇ。
 だいいち。いまのままじゃ坂上が心配で、帰るにも帰れねぇだろう。
 あいつを何とかしないことには、安心して北海道へ帰れねぇ」
 
 マウンドで5球目を投げ終えた坂上が、おおきく肩で息をつく。
「プレィボール~!」
千佳の澄んだ声が、夜空へひびきわたる。

(おっ。試合開始だ。坂上のやつ、いったいどんな投球を見せてくれるかな)

 祐介が身体を乗り出す。坂上が投球のための前傾姿勢へ入る。
しかし、そのまま動かない。投げ出す気配がいっこうにない。
そのまま10秒、20秒と時間だけが経過していく。


 (あれれ・・・どうしたんだ?、坂上のやつ・・・)

 ピッチャーサークルで、石のように固まっている坂上の姿に祐介が不安をおぼえる。
脳裏におもわず、あの日の記憶がよみがえってくる・・・


(83)へつづく

オヤジ達の白球 (81)再登板のシナリオ

2018-10-24 17:27:57 | 現代小説
オヤジ達の白球 (81)再登板のシナリオ




 10分間の守備練習が終わる。
試合前の練習ではなによりも声を出し、士気をたかめることが大切だ。
しかし。今夜にかぎり、なぜか全員が面食らっている。

 北海の熊の右手は、包帯につつまれている。
そのうえ消防との試合以来まったく姿をみせなかった坂上が、とつぜんあらわれた。
負傷した熊にかわって投げると云う。

 俺の指定席だとばかりに熊が、ベンチの中央へどかりと腰をおろす。
顔をふせたままの坂上は、投球練習をしていない。
気のせいなのか。照明のせいなのか、坂上の顔はひきつり、青白い。

 「居酒屋チームさん。守備についてください。
 そろそろゲームをはじめましょう」

 千佳の澄んだ声が、グランドから響いてくる。

 「監督。守備はいつも通りでいきます。
 それから。おまえらも見たとおり、エースの熊がこんな有様だ。
 非常事態が発生した。だが救世主がやってきた。
 いろいろ言いたいことはあるだろうが、いまさらつべこべ言うんじゃねぇ。
 こんやの先発は坂上だ。
 手を抜くな。いつものように勝ちに行く」

 寅吉が全員に活を入れる。
「おう」とこたえて、メンバーが守備位置へ散っていく。
ミットを持った慎吾が「みんな待ってます。行きましょう坂上先輩」と立ち上がる。
おう・・・と答えて坂上が、のそりとベンチから立ち上がる。

 試合前の投球練習は5球。
低く構えた慎吾のミットをめがけて、坂上の練習ボールが飛んでいく。
小気味の良い音をたてて、ミットの中へ坂上の白球が消えていく。

 「坂上君は土曜日のたび、慎吾君のハウスへ顔を出していたそうです。
 もちろん、解体作業を手伝うためです」

 となりへ座った陽子が、祐介へささやく。

 「土曜日のたびに慎吾のハウスへ顔をだしていた?。坂上が?。
 いったい、どういうことだ。
 おれたちに会わないよう、土曜日にボランティアをしていたというのか」

 「そういうことらしいです。
 ついでですがボランティアのあと、投球練習もしていたそうです」

 「まったく聞いてないぞ慎吾から。坂上と投球練習をしていたという情報は。
 熊おまえ。もしかして、そのことを知っていたのか!」

 「監督。
 たしかに俺は、チームの中でいちばんの悪党顔をしている。
 疑われても仕方ねぇと思っているがみんなが思うほど、そこまで性格はわるくねぇ」

 「あら。変ですねぇ。
 熱心にピッチングのアドバイスをした人物がいると、慎吾君から聞きましたけど?」

 「人が悪いなぁアネゴも。
 たったいま、とぼけたばかりじゃねぇか。
 それなのにおれたちの秘密を、ぜんぶ監督にばらしちまって、どうするんだ」

 「おれたちの秘密?。
 さてはおまえたちは3人そろって、今夜のシナリオを準備してきたのか!」

 「しかたねぇだろう。監督。
 グランドでの失敗は、グランドの中でしか取り返さねぇ。
 俺は、敵前逃亡するような男は大嫌いだ。
 だがよ。いくら嫌いな人間でも、リベンジのチャンスまで奪うのはルールに反する。
 もういちどだけマウンドへ立てる場面を作るから、しっかり練習しておけと、
 坂上に発破をかけた」

 「熊おまえ。みんなに言っていたことと、やってることが正反対だ。
 俺にもメンバーにも内緒で、慎吾とグルになり、坂上の復帰の準備をしてきたのか。
 あきれた話だ。まったくもって・・・」

 「誰かが助けてやらなきゃ坂上は、永遠に水面下へ沈んだままになる。
 このチームには借りがある。
 町のソフトボールから永久追放になりかけていた俺を、投手・ミスターXとして
 復活させてくれた借りがある。
 あれはほんとにありがたかった。
 今度は俺がみんなに、借りを返す番だ。
 いまの俺には時間がねぇ。
 せいぜい、この程度のことしかできないけどな」

 と熊が自分に言い聞かせるように、最後の部分をつぶやく。


(82)へつづく

オヤジ達の白球 (80)リベンジ試合

2018-10-20 16:27:11 | 現代小説
オヤジ達の白球 (80)リベンジ試合




 消防と試合の日がやってきた。
あれ以来、北海の熊は居酒屋へ姿を見せない。

 「まったく顔を見せないとは、本気で腹を立てたみたいだな。熊の奴」

 「熊の言い分もわかる。だが、もうすこし大人にならなきゃチームが困る。
 たかがソフトボールだ」

 「ウチの投手は熊だけだ。どうするつもりだ、熊が来なかったら?」

 「そんときはおれが投げるさ。たかがソフトボールだ」

 まかせろおれに・・・と消防上がりの寅吉がつぶやく。

 午後5時。球場のナイター照明の灯がはいる。
春とはいえ、日が暮れると肌寒い。
消防チームのキャプテンが挨拶にやってきた。

 「ご無沙汰しております。みなさんかわらず、お元気ですか?」

 「おう。安心しろ。こっちは全員元気だ。ピンピンしてるぞ。
 そっちはどうだ。リベンジの準備を完璧にしてきたんだろうな」

 「ほぼ完ぺきに準備してきました。
 ところでベンチに、エースの熊さんの姿が見えないようですが、
 なにか不都合でもありましたか?」

 「お・・・そういえば熊が居ないな。
 おい。どうしたんだ熊の奴?。誰かあいつのことを知らないか?」

 「さっき電話があった。すこし支障が出来たそうだ。
 だが試合には間に合うと言っていたから、まもなく姿を見せるだろう」

 「そうですか。それなら安心しました。
 全力でリベンジに挑みますので、どうぞ、お手柔らかにお願いします」

 「おう。こちらこそ全力で返り討ちにするから、そのつもりで挑んで来い。
 おっ・・・そう言ってる間に、今夜の審判団が到着したようだ」

 駐車場へ1台の車が滑り込んでくる。
助手席から降りてきたのは昨年、国際審判員の資格をみごとに取得した千佳。
つづいて降りてくるのは審判部長。
以下、すっかり顔なじみになった公式審判員の古老たち。
ぞろぞろとおりてくる姿はまるで独身の美女、千佳を守るシルバー親衛隊だ。
 
 5時30分。10分間の守備練習がはじまる。
この時間になってもまだ、北海の熊はベンチに姿を見せない。
今夜もまた千佳が球審につく。
審判部長は1塁。2塁へ最高齢の顧問がつき、3塁に現役時代の柊を良く知る
事務局長が配置に着いた。

 居酒屋チームの守備練習がはじまるころ。ようやく北海の熊が姿を見せた。
「わるいわるい。こんなザマになっちまったもんで、すっかり遅くなっちまった」
と包帯につつまれた右手をふりあげる。
白い右手?・・・

 「どうしたんだ、その手は!」血相を変えて詰め寄る寅吉に、
「弘法も筆の誤りよ。しかたねぇだろう。ぼんやりしてたら現場でこのざまだ。
おれだって怪我するときはある」と熊が胸を張る。

 「バカやろう。怪我人が開き直っている場合か。
 ウチのチームに、投手はおまえさんひとりしかいないんだぜ」

 「わかっているさ。そのくらい。
 だからさっきから謝っているだろう。弘法にも筆の誤りがあるって」

 「どうするつもりだ熊。左手で投げるか?。
 しかし相手はAクラスの消防だ。とてもじゃないが通用しないぜ。
 困ったな。やっぱり俺が投げるか・・・」

 「寅吉。おめぇじゃ荷が重すぎる。
 へへへ。そう思ってよ、実はチャンと助っ人を連れてきた」

 入って来いと、熊が後ろを振り向く。
うす暗い入り口から、のそりと男があらわれた。

 「今夜はおれのかわりに、こいつが投げる」

 帽子を目深にかぶった男が、ペコリと頭を下げる。
「顔を出せる立場じゃねぇのはよくわかっているが。すまねぇ・・・こんな風に突然あらわれて」
蚊の鳴くような声に聞き覚えがある。
 
 「非常事態の発生だ。事情を話してこいつをつれてきた。
 こいつには深い憎しみが有る。だがいまは昔のことなんか言っている場合じゃねぇ。
 不注意で怪我をしちまったこの俺が悪い。
 この手じゃどうにもならねぇ。
 そういうわけだ。今夜の試合は、坂上に投げさせてくれ」

 頼むと北海の熊が、深々と頭を下げる。


(81)へつづく

オヤジ達の白球 (79)春がきた

2018-10-17 18:13:17 | 現代小説
オヤジ達の白球 (79)春がきた




 大雪の日から1ヶ月。
3月なかば。群馬に春がやって来た。
枯草ばかりが目立った堤防に、ポツポツと新芽がひろがっていく。
風向きも変わる。
北から吹いていた風が、南のあたたかい風にかわる。

 ソフトボール連盟の定期総会の日がちかづいてきた。
定期総会まであと一週間。
思いがけなく消防チームから、リベンジ試合の申し入れがやってきた。

 「若いのが性懲りもなく、リベンジ試合をやりたいと申し入れてきた。
 懲りねぇ奴らだ。また返り討ちにしてやろうぜ」

 「そうだな。
 去年より、はるかに戦力がアップしているからな。
 柊より強力な4番バッターがいるというのに、まったく呑気なやつらだ。
 そういえば、バッターは増えたが投手は減ったままだ。
 どうしているんだろうな、いまごろ。
 消防の試合で敵前逃亡した、坂上のやつは?」

 「坂上?」熊がすばやい反応をみせる。

 「坂上だって?。なんでいまさら坂上だ!。
 あいつはおれたちを裏切った大バカ者だ。
 投手は監督からおりろと言われるまで何が有ろうが最後まで、マウンドで
 歯を食いしばって投げるもんだ。
 自分から降板していく投手なんて、見たことも聞いたねぇ。
 あんな不甲斐ない野郎の名前なんか、こんりんざい、口にするんじゃねぇ。
 名前を聞くだけで不愉快だ!」

 「そういうな、熊。
 あいつにだって事情はある。
 敵前逃亡したとはいえ坂上はいまでもチームの一員だ、と俺は思っている」
 
 「寅吉。投手は俺一人じゃ不足か。
 卑怯者の坂上が居なくても、おれが投げればじゅうぶんだろう、このチームは」

 「たしかに熊の右腕でおれたちは、たたかってきた。
 それにはじゅうぶん、感謝している。
 だがおれたちのチームがスタートした時、坂上というもうひとりの投手がいた。
 それもまた、事実だろう」

 寅吉はゆずらない。となりで呑んでいた岡崎が助太刀の声を上げる。

 「たしかにあいつは、試合の途中で逃げ出した。
 前代未聞の出来事だ。
 しかし。マウンドから逃げたが、退部したわけじゃねぇ。
 名前が残っている限り、あいつはまだ、おれたちチームの一員だ」

 「なんでぇ。
 気分よく呑んでいたというというのに、面白くねぇな。
 つまらねぇ話を持ち出しやがって。
 そういうことなら、せっかくのリベンジ試合だ。
 坂上のやろうを探し出してきて、あいつに投げさせればいいだろう。
 畜生め。頭にきた。
 おれは、消防のリベンジ試合じゃ投げないからな。
 面白くねぇ。帰るぜ、大将!」

 テーブルの上に5000円札をドンと置き、北海の熊が立ち上がる。

 「2度と坂上の名前を俺に聞かせるな!。
 おれはな。なにがあろうと、責任を取らねぇ男は大嫌いだ。
 そんな男の顏は、2度と見たくねぇ。
 あいつに投げさせるというのなら、おれは、このチームから出ていく」

 ガタンと派手な音をたてて、ガラス戸が閉まる。

 (おっ・・・ようやく春が来たというのに、いきなり窮地がやって来たぜ・・・)

 のんべェたちの手が止まる。
全員の目が北海の熊が消えていったガラス戸に集まる。
しかし。いつまで待っても熊は戻ってこない。
それどころか、表で思い切りバケツを蹴飛ばした熊が、足音をあらげて
ズンズンと遠ざかっていく。

 (あらら・・・本気で腹を立てたようすねぇ、北海の熊さんは)

 ピンクの割烹着の陽子が、熊が消えたガラス戸をじっと見つめる。
大雪の日からやがて1ヶ月。
男たちの記憶の中から、バレンタインの日の記憶がすこしづつ消えかかる頃、
思いがけない難題が、居酒屋のチーム内で勃発した。
いきなりのピンチだ。どうする・・・大将・・・

 (80)へつづく

オヤジ達の白球 (78)再建はいつになる?

2018-10-12 18:26:30 | 現代小説
オヤジ達の白球 (78)再建はいつになる?



 
 慎吾のハウスの片づけは、3週間におよんだ。
日曜日をつかい3日間。
おとこたちは午前8時にあつまり、午後5時まで働いた。
おぼつかなかった足元も、作業の終る3日目にはすっかり職人風になってきた。

 「再建用の資材は間に合いません。
 このあたりでいちばんはやいハウスでも夏のおわりか、秋のはじめになるそうです」

 「群馬県全体で倒壊したハウスは、32544棟。
 とくにパイプハウスが甚大な被害を受けた。ハウス面積の74%を占めたという。
 被災した農家は7600世帯。
 復旧には413億円かかるという試算が出た。
 で、おまえさんのところの再建は、いつごろになるんだ、慎吾」

 「いつになるのか、まったく予定はわかりません。
 県が提示してきた条件は、もとどおりの規模でハウスを再建することです。
 縮小するのであれば補助金は出ないそうです」

 「元通りの規模にハウスを再建することか。なんとも厳しい条件だな。
 農家の中心世代は、60歳代の半ば。
 後継者が居れば別だが現状では、ほとんどの野菜農家に後継者はいない。
 これを機会にハウスの縮小を考えている農家もおおいだろう。
 高齢化がすすみ過ぎているからな」

 「シルバー世代がパートで働いていますが、それも間もなく先細りになるでしょう。
 そのうち外国人労働者と海外研修生があふれてきます。
 そうなることを見越して、ハウスを再建する農家があるのも事実です」

 「海外からの働き手か。
 そこまで人手が不足しているのか、日本の農業は・・・」

 「きつい仕事は敬遠されますからね。
 それに、休みもない。
 最盛期になれば朝6時から収穫をはじめます。さらに出荷のための荷ごしらえ。
 出荷がおわれば、ハウスへもどりキュウリの手入れ。
 3ヶ月から4ヶ月の間、まったく休みの無いそんな生活がつづきます。
 週休2日に慣れた若者に、農家の仕事なんかさいしょから眼中にありません。
 戦力になるのは、海外からの働き手です」

 「おまえも受け入れるのか?。海外からの働き手を?」

 「来年。ベトナムから研修生が2人やってきます。
 しかし。ハウスの再建は間に合わないでしょう」

 「どうするんだ。
 研修生が来るというのに、ハウスがないのでは仕事にならないだろう」

 「ハウスが間にあわないので、露地で野菜をつくります。
 大量栽培が可能なキャベツか、ナスか、ホウレンソウでもつくります。
 ぜいたくは言えません。
 仕事をしなければ生活が成り立ちませんから」

 「露地物の野菜か・・・背に腹はかえられないからな」

 「そうでもないですよ。
 露地の野菜造りは、農家の原点です。
 狭い路地を耕し、うまく四季の天候とつきあいながら野菜を作って来た。
 それが日本の農業です。
 いつ頃からでしょうねぇ。
 ビニールハウスをたて、工場のように、大量の野菜をつくり始めたのは?」

 「そうだよな。
 俺が子供の頃は、露地でたくさんの野菜がつくられていた。
 太陽をたっぷりあびてまるまる肥ったトマトは、酸味があって美味かった。
 夏休みに入ると、スイカの畑から、1個だけ失敬して川へ泳ぎに行ったもんだ。
 そうか。束の間だけ露地の野菜造りにもどるのか、このあたりの百姓たちは」
 
 「そういうことになるでしょうね。たぶん。今年と来年の夏は・・・」
 
 きれいに整理されたハウスの廃材部品を見つめながら、慎吾が複雑に笑う。
しかし。ここに置かれた材料だけでは、ハウスの再建はできない。
ハウス部材のメーカーは、必死の増産をつづけている。
しかし、需要の規模がおおすぎて再建のための材料がいつ揃うのかは、
まったく誰にも分らない。


 (79)へつづく