落合順平 作品集

現代小説の部屋。

上州の「寅」(43)誰かに似ている 

2020-11-28 17:07:14 | 現代小説
上州の「寅」(43)


 「どうだった?」


 チャコが真正面から寅の目をのぞきこむ。


 「なにが?」


 「言ったでしょ。3番レジのおばちゃんの印象よ。
 あのおばちゃん。あんたの目に、いったいどんな風に映った?。
 それが聞きたいの」


 「俺には関心がなかったようだな」


 「あたりまえです。あんたに感心示すような女はこのあたりにいません!。
 そうじゃないの。聞きたいのはあのおばちゃんの印象です」


 「お釣りをもらったとき。手が荒れていたような気がしたな。
 家事が忙しいのかな。あのおばちゃん」


 「顔は?」


 「顔?。普通だ。美人じゃないけど、ブスでもねぇ。
 どこにでも居るごく普通のおばちゃんだな」


 「誰かに似ていると思わなかった?」


 「似ている?。誰に・・・」


 「やっぱりだ。ピンと感じるものがなかったか、あんたには。
 無理ないか。もともと感度が低いもんね」


 チャコがストローの手を止める。
ホームセンターを出たあとチャコが、お茶していこうと声かける。
ちかい距離に小さなテラスが見える。


 「誰に似ているというんだ。あのおばちゃん?」


 「例えばよ。
 あんな感じのおばちゃんから生まれた子供は、どんな子供だと思う?」


 「美人でもブスでもねぇだろ。たぶん普通のこどもだ」


 「普通じゃない。生まれた子供は金髪だ」


 「あのおばちゃんが金髪のこどもを産んだの?。
 となると国際結婚だ。相手はきっと青い目で金髪の外人だな」


 「外れ。残念ながら旦那さんは日本人」
 
 「バカ言うな。おかしいだろ。
 断言してもいい。日本人同士から金髪の子供は絶対に産まれねぇ」
 
 「おかしくない。その子は生まれたとき、きれいな黒髪だった。
 金髪にしたのは一年前。
 わたしのところへ来たのは半年前。
 寅ちゃんと知り合って3ヶ月。
 どう?。そんな金髪の女の子にこころ当たりがあるかしら?」
 
 「心当たりがある金髪の女の子といえば・・・
 えっ、ユキちゃんのことか!
 ということは、あのおばちゃんはユキの母親か!」


 「正解」


 「ということはここは、この小豆島は、ユキちゃんのふるさとなのか」


 「ユキはここが第2のふるさと。ユキが産まれたのは倉敷。
 ここはユキの母親が生まれて育ったところ。
 そしてここにはユキの2人目の父親と、11歳離れた妹がいる」


 「2人目の父親と、11歳はなれた妹がいる?。この小豆島に?。
 いったいぜんたいどういうことだ。頭がクラクラしてきた」


 「長い話になります。ユキが金髪になったいきさつは」


 
(44)へつづく


上州の「寅」(42)3番レジ

2020-11-24 19:00:27 | 現代小説
上州の「寅」(42)3番レジ


 「突き当りを右。そのまま直進して2キロ。
 左前方に建物が見えてくる。そこが目的地のホームセンター」


 助手席へ座ったチャコがすらすらと指示を出す。
まるで何度もこの道を走った様な雰囲気だ。


 「前にも来たことがあるの?。この島へ」


 「ある。2回来た」


 「2度も来たの?。なにか特別な用事でもあったのか?」


 「普段はぼんやりしているくせに、ときどき鋭くなるわね、あんたも。
 行けばわかる。そこに答えがある」


 「どんな答えだ?」


 「そのうちわかる。いいから前を見て運転してちょうだい。
 あんたの運転は下手くそなんだから」


 「そこまで言うなら君が運転すればいいだろう」
 
 「可愛いレディは助手席が似合うの」


 (ホントに18歳かこいつ。なんだか年上に思えてきた・・・)
寅が口の中で毒づく。
実際、寅の運転はたどたどしい。とにかく危なっかしい。
ようやく左に目的地のホームセンターが見えてきた。

 寅がよたよたとブレーキを踏む。
よたよたは普通、足元が定まらず、足がもつれたように歩くさまを指す。
しかし寅が運転すると、なぜか車もよたよた動く。
おぼつかない動きのまま、ホームセンタの入り口を曲がっていく。
大汗をかきながら寅が、空いているスペースへ車を停める。


 「安全運転だ寅ちゃんは。あたし、胃が痛くなってきた」



 ドンとチャコが助手席のドアを閉める。


 「だから言ったろ。君が運転したほうがはるかに速いって。
 しょうがないだろう。
 免許を取って以来、運転したのはこれで3回目。
 最初が免許が来た日。
 母を乗せてドライブしたら、あんたは2度とハンドルを握るなと言われた。
 2回目が君たちを乗せて宇都宮まで餃子を食べにいったとき。
 そして今日が記念すべき3回目だ」


 「なるほど。よくわかりました。
 じゃ4回目はないよ。安心しな。帰りはわたしが運転するから」


 踵をかえしたチャコがスタスタと、ホームセンターへ消えていく。
寅があわててあとを追う。
こんなときでも寅は遅い。
本人は真剣に走っているのだが、周りから見れば早歩きにしか見えない。


 「あれとこれと、それ」チャコの買い物ははやい。
ぱたぱた選んだあと、あっというまにカートへ積み込む。


 「清算は3番レジのおばちゃんね」


 「3番レジのおばちゃん?。なぜ?」


 「訳がある。いいから3番レジで会計して」


 「どんな訳があるんだ?」


 「3番レジのおばちゃんの顔をよく見ておいてね」


 「おばちゃんの顔をよく見る?。俺のタイプじゃないけど・・・」


 「あんたの好みは関係ない。
 ちゃんと顔を見て会計してちょうだい。あとで感想を聞きますから」


(43)へつづく


上州の「寅」(41)ユキの変化

2020-11-01 17:41:19 | 現代小説
上州の「寅」(41)


 次の日から巣箱造りがはじまった。
老人との朝食がおわると寅は、少し離れた作業小屋へ向かう。


 午前9時。巣箱造りがはじまる。
海を見おろす作業小屋で、3人並んで巣箱造りの日課がはじめる。
 
 丘から見下ろす3月の海の色は心地よい。
瀬戸内海は内海。そのため太平洋や日本海と海の色が異なる。
水深が浅く、水の交換がさほどない。
島が多く点在し、影ができるなどの条件のため紺碧の色は出ない。
そのかわり場所により緑やヒスイ色に見えるときもある。


 作業手順は頭に入っている。
鹿児島で30個ちかく製造している。ここでの目標も30個。
会話もなく、もくもくと3人で作業する日がつづく。
そんな中、寅には気になることができた。
小豆島へ来てから急にユキが無口になったことだ。


 あれほど快活だったユキが口をひらかず、黙々と作業している。
寡黙なユキへ、チャコも声をかけない。
一週間後。作業を終えた寅がチャコへ声をかけた。


 「何かあったのかい?。ユキちゃんに」


 「何もない。いつも通りのユキだ」


 「そんなことない。おかしいだろ。
 箸が転がっても笑っていた子が、ひとことも口をきかないんだ」


 「ユキにも話したくない時がある。
 そんなに気になるのなら自分で聞けばいいだろう。
 どうしたユキ。なにか有るなら俺に言え。相談にのるからって」


 「相談したいことがあるのか?。ユキちゃんには」


 「誰でも悩みはある。それが人生というものだろう」


 「人生について考えているのか。ユキちゃんは」


 「自分の人生について考えないのかい、寅ちゃんは?。悩みは無いの?」


 「考えないさ。考えたところでうまくいくと思えないからな。
 気がついたら小豆島でハチを捕まえるための巣箱をつくってる。
 美大を出てデザイナーになるはずだったのに、どこかでなにやら間違えて
 いつの間にかこんな生活になっている。
 どうなっているんだ・・・俺の人生は?」


 「卒業できないくせによく言うわ」


 「君が決めつけるな。可能性はゼロじゃない」


 「限りなくゼロにちかいくせに。うふふ」


 「俺のことはいい。問題はユキちゃんだ。
 小豆島へ来てからずっとふさぎ込んでいるんだ。変だろう」


 「ふさぎこみたくなる理由があるからね。ユキには」


 「どんな理由だ?」


 「説明するのは難しい。長い話になる」


 「やっぱりだ。何か有るんだな」


 「明日、休みでしょ。
 午前中、ホームセンターへ資材を買いに行くから付き合って。
 そのとき説明してあげる。
 小豆島へ来てからユキがふさぎ込み、なぜ無口になっているのかを」


(42)へつづく