東京電力集金人 (48)被災地へ帰る?

「うるせぇ、大きなお世話だ。俺が不機嫌そうな顔をしているのは、いつものことだ。
話が終わったのなら、とっとと席を代われ。藪医者」
わかってるさ。言われなくても退散するよと杉原医師が、伝票を持って立ち上がる。
「おい。そいつは置いて行け」と岡本がすかさず、追い打ちをかける。
「先日、福島のスナックでおごってもらったからな。借りは、きっちり返しておく」
「この間のスナックの奢りと帳消しか。すこぶるのケチだな、お前も。
支払い額が、一桁どころか2桁も違うだろうが・・・
しょうがねぇなぁ、とりあえず、お前さんの厚意に甘えておこう。
こんど行ったらスナックの勘定と2次会の支払いまでお前さんが持てよ。
それでよければ、今日のところは喜んで御馳走になる」
「俺は、化粧の濃すぎる女と、やたら香水のキツイ女は大嫌いだ。
スッピンの女将がやっている、行きつけの居酒屋で良ければいつでも喜んで招待する」
「それで充分だ。じゃ、また福島で会おうぜ」ニコリと笑った杉原医師が
ポンと岡本組長の肩を叩き、退席をしていく。
「医者ってやつは偏屈だ。どうしても庶民と一緒に酒を飲みたがらない。
自分を特別な人種だと、ハナから勘違いをしているからだ。
俺に言わせりゃ人種のるつぼの居酒屋のほうが、よっぽど情報収集の役に立つ。
待ってりゃ病気の客が勝手にやって来る医者と、仕事先は自分で見つける必要がある
人材派遣業との違いだな」
「話と言うのは、その、人材派遣業のことですか?」
「それなりに、感は働くようだな。大当たりだ。
もっとも、今のおめえに話が有ると言えば、俺がやっている人材派遣業の話だけだがな。
集金人なんていう、誰にでもできるような単純な仕事はとっととやめて、
いい加減で、俺の人材派遣業を手伝え」
「それは何度も断ったはずです。
それに俺は、好き好んで極道の世界に足を踏み入れるつもりも、一切ありません」
「馬鹿野郎。口を慎め。誰が極道の世界へ足を踏み入れて来いとお前に言った。
俺のやっている人材派遣業を、手伝えと言ったはずだ。
おふくろの民に苦労をさせて、やっとのことで大学を出たというのに、
いまの体たらくぶりはいったいなんだ。見ていて情けなくて、涙も出てこねぇや」
「それでもまだ、俺の選択肢の中に人材派遣業は有りません。
それに集金屋は、くだらない仕事だと言いますが、俺は俺なりに満足をしています」
「満足してんのかよ、他人の金を預かってくるだけの、だれでもできる単純な仕事に。
そうだよな、昔から、お前は欲が足りねぇ男だからな。
取り立てて急ぐ話でもないが、俺もそういつまでも若くねぇ。
ちかい将来でいい。跡取りとして人材派遣業を継いでくれれば、俺も助かるという申し出だ。
頭の片隅に必ず置いておけよ。なんかの拍子に、瓢箪から駒が出る場合もあるからな」
自信たっぷりににやりと笑った岡本が、スーツの懐からタバコの箱を取り出す。
「おねえちゃんがトラウマに悩まされている話は、杉原から聞いただろう。
いっぱい居るんだぜ。おねえちゃんみたいに震災トラウマでこころを病んでる連中は。
あれから3年という月日が経つが、東北3県の復興はまったく進んじゃいねぇ。
ねぇちゃんと同じように、震災トラウマで病んでいる人の数は水面下でじわじわと増加中だ。
仕方ねぇだろう。政府が本気になって、心の病気を取り上げないからだ。
マスコミも報道をしないが、震災トラウマと復興のストレスが、被災地には蔓延している。
現実をよく見てみろ。相変わらず、26万7千人もの人間が避難したままだ。
家にも戻れず、復帰の見通しも見えないまま、いまだに放置をされているんだぜ。
この国の政府や役人のレベルはそんなもんだ。
だいいち政府の関心は、いまや東北の復興を忘れて、6年後の東京オリンピックに
向かって有頂天になっている。まさに、のど元過ぎれば熱さをわすれるという典型だな」
「しかし、油断できませんねぇ。個人情報のはずのるみの症状が、筒抜けになっています。
るみの震災トラウマと、俺の人材派遣業が、いったいどこでどんな風に結びつくのですか?。
なんだか見えないところで、どす黒い大きな陰謀が渦巻いているように見えます」
「おっ、ドス黒い陰謀と来たか。うん、当たらずとも遠からずだな。
おねえちゃんの出身は、福島の浪江町だ。
おおくの人間が放射能から逃れるために、一度は福島を捨てて県外に避難した。
だがここに来て、じわじわとだが、地元へ戻る人間が増えつつある。
やっぱり生まれ育った土地が一番だという思いもあるが、実はそれだけじゃねぇ。
心の病をいやすために、被災地の姿と正面から向き合う必要があるからだ」
「病気を治すために、ま正面から、被災地と向き合う?」
「そうさ。いつまでも現実から逃げ回っていたんじゃ、病気のらちがあかねぇ。
すこぶるの荒療治だが、そうすることで充分、効果はあがる。
復興の様子を真正面から見つめていくことで、震災のトラウマからもやがて脱却ができる。
杉原のやつが、そんな治療法も有ると俺に耳打ちをした。
そんときになったらお前には、福島であたらしい仕事が必要になる。
そのときに俺の人材派遣業を、お前が引き受けてくれれば、俺も助かるということになる。
杉原の話を聞いていたら、何故かふとそんな予感がしてきた。
だから、おふくろの民には内緒で、こうしてまたお前さんに相談をもちかけたわけだ」
岡本がタバコの箱の中から、ひょいと喫煙パイプを取り出す。
トントンとパイプをテーブルで叩いた後、「どうだ、可能性はあるだろう?。
決して悪い話じゃないと思うが。良く考えてくれ」と、おもむろにパイプを口にくわえる。
(49)へつづく
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「うるせぇ、大きなお世話だ。俺が不機嫌そうな顔をしているのは、いつものことだ。
話が終わったのなら、とっとと席を代われ。藪医者」
わかってるさ。言われなくても退散するよと杉原医師が、伝票を持って立ち上がる。
「おい。そいつは置いて行け」と岡本がすかさず、追い打ちをかける。
「先日、福島のスナックでおごってもらったからな。借りは、きっちり返しておく」
「この間のスナックの奢りと帳消しか。すこぶるのケチだな、お前も。
支払い額が、一桁どころか2桁も違うだろうが・・・
しょうがねぇなぁ、とりあえず、お前さんの厚意に甘えておこう。
こんど行ったらスナックの勘定と2次会の支払いまでお前さんが持てよ。
それでよければ、今日のところは喜んで御馳走になる」
「俺は、化粧の濃すぎる女と、やたら香水のキツイ女は大嫌いだ。
スッピンの女将がやっている、行きつけの居酒屋で良ければいつでも喜んで招待する」
「それで充分だ。じゃ、また福島で会おうぜ」ニコリと笑った杉原医師が
ポンと岡本組長の肩を叩き、退席をしていく。
「医者ってやつは偏屈だ。どうしても庶民と一緒に酒を飲みたがらない。
自分を特別な人種だと、ハナから勘違いをしているからだ。
俺に言わせりゃ人種のるつぼの居酒屋のほうが、よっぽど情報収集の役に立つ。
待ってりゃ病気の客が勝手にやって来る医者と、仕事先は自分で見つける必要がある
人材派遣業との違いだな」
「話と言うのは、その、人材派遣業のことですか?」
「それなりに、感は働くようだな。大当たりだ。
もっとも、今のおめえに話が有ると言えば、俺がやっている人材派遣業の話だけだがな。
集金人なんていう、誰にでもできるような単純な仕事はとっととやめて、
いい加減で、俺の人材派遣業を手伝え」
「それは何度も断ったはずです。
それに俺は、好き好んで極道の世界に足を踏み入れるつもりも、一切ありません」
「馬鹿野郎。口を慎め。誰が極道の世界へ足を踏み入れて来いとお前に言った。
俺のやっている人材派遣業を、手伝えと言ったはずだ。
おふくろの民に苦労をさせて、やっとのことで大学を出たというのに、
いまの体たらくぶりはいったいなんだ。見ていて情けなくて、涙も出てこねぇや」
「それでもまだ、俺の選択肢の中に人材派遣業は有りません。
それに集金屋は、くだらない仕事だと言いますが、俺は俺なりに満足をしています」
「満足してんのかよ、他人の金を預かってくるだけの、だれでもできる単純な仕事に。
そうだよな、昔から、お前は欲が足りねぇ男だからな。
取り立てて急ぐ話でもないが、俺もそういつまでも若くねぇ。
ちかい将来でいい。跡取りとして人材派遣業を継いでくれれば、俺も助かるという申し出だ。
頭の片隅に必ず置いておけよ。なんかの拍子に、瓢箪から駒が出る場合もあるからな」
自信たっぷりににやりと笑った岡本が、スーツの懐からタバコの箱を取り出す。
「おねえちゃんがトラウマに悩まされている話は、杉原から聞いただろう。
いっぱい居るんだぜ。おねえちゃんみたいに震災トラウマでこころを病んでる連中は。
あれから3年という月日が経つが、東北3県の復興はまったく進んじゃいねぇ。
ねぇちゃんと同じように、震災トラウマで病んでいる人の数は水面下でじわじわと増加中だ。
仕方ねぇだろう。政府が本気になって、心の病気を取り上げないからだ。
マスコミも報道をしないが、震災トラウマと復興のストレスが、被災地には蔓延している。
現実をよく見てみろ。相変わらず、26万7千人もの人間が避難したままだ。
家にも戻れず、復帰の見通しも見えないまま、いまだに放置をされているんだぜ。
この国の政府や役人のレベルはそんなもんだ。
だいいち政府の関心は、いまや東北の復興を忘れて、6年後の東京オリンピックに
向かって有頂天になっている。まさに、のど元過ぎれば熱さをわすれるという典型だな」
「しかし、油断できませんねぇ。個人情報のはずのるみの症状が、筒抜けになっています。
るみの震災トラウマと、俺の人材派遣業が、いったいどこでどんな風に結びつくのですか?。
なんだか見えないところで、どす黒い大きな陰謀が渦巻いているように見えます」
「おっ、ドス黒い陰謀と来たか。うん、当たらずとも遠からずだな。
おねえちゃんの出身は、福島の浪江町だ。
おおくの人間が放射能から逃れるために、一度は福島を捨てて県外に避難した。
だがここに来て、じわじわとだが、地元へ戻る人間が増えつつある。
やっぱり生まれ育った土地が一番だという思いもあるが、実はそれだけじゃねぇ。
心の病をいやすために、被災地の姿と正面から向き合う必要があるからだ」
「病気を治すために、ま正面から、被災地と向き合う?」
「そうさ。いつまでも現実から逃げ回っていたんじゃ、病気のらちがあかねぇ。
すこぶるの荒療治だが、そうすることで充分、効果はあがる。
復興の様子を真正面から見つめていくことで、震災のトラウマからもやがて脱却ができる。
杉原のやつが、そんな治療法も有ると俺に耳打ちをした。
そんときになったらお前には、福島であたらしい仕事が必要になる。
そのときに俺の人材派遣業を、お前が引き受けてくれれば、俺も助かるということになる。
杉原の話を聞いていたら、何故かふとそんな予感がしてきた。
だから、おふくろの民には内緒で、こうしてまたお前さんに相談をもちかけたわけだ」
岡本がタバコの箱の中から、ひょいと喫煙パイプを取り出す。
トントンとパイプをテーブルで叩いた後、「どうだ、可能性はあるだろう?。
決して悪い話じゃないと思うが。良く考えてくれ」と、おもむろにパイプを口にくわえる。
(49)へつづく
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