落合順平 作品集

現代小説の部屋。

オヤジ達の白球(72)記録的な雪

2018-05-18 15:35:30 | 現代小説
オヤジ達の白球(72)記録的な雪


 
 前日から降り続いた大雪のため群馬県は、全域で記録的な積雪になった。
県都の前橋は午前8時に、73㌢を記録。
1896年の統計開始以来、最高記録を2倍以上、更新した。

 草津温泉では深夜に一日の降雪量として148㌢の、観測史上最高値を記録した。
雪の重みで建物が損壊する被害が相次いだ。
午前8時50分ごろ。
高崎市中央商店街のアーケードの屋根が雪の重みに耐えきれず、
50mあまりにわたって倒壊した。

 山間部をはしる幹線道路で、車の立ち往生が相次いだ。
国道18号は、小諸から軽井沢の区間で400台。碓氷バイパスで270台が立ち往生した。
県職の柊はいまも現地にとどまったまま、戻って来る様子はない。

 バレンタインの午後6時。
祐介の居酒屋「十六夜(いざよい)」へ、陽子があらわれた。
「雪の中をよく来たね。それにしても、札幌の雪まつりへ行くような重装備だな」
カウンターの中から祐介が、陽子を迎える。

 「ありったけの衣装を着こんできました。
 だけどね。200m歩いたらあたりから、後悔した。
 雪道を歩くのはあんがい重労働だ。
 汗をかいたときのため、着替えをリュックサックへ入れて来ればよかったのさ。
 そんなことにも気がつかなかったんだ。あまりの雪の量に圧倒されてね」

 自分では冷静だと思っていたのに、動転してたのよね1日中、とため息を吐く。

 「ビニールハウスの倒壊も、車の立ち往生も、山村の限界集落の孤立も
 ぜんぶ、今回のこの大雪のせいだ。
 君がそこまで、こころを痛める必要はない」

 「あんたのこころは痛んでいないの?
 4番バッターが大ピンチなのよ!。
 ハウスが潰れたら、農家は仕事にならないでしょ、わかってんの、あんた!」

 「言われるまでもネェ。俺だってこころを痛めている。
 だけど。どうしょうもねぇだろう。
 なんとかしてやりたいのはやまやまだが、ハウスがそっくり潰れちまったんだ。
 被害が大きすぎてとてもじゃないが、俺たちじゃどうにもならない。
 手も足も出ねぇ」
 
 「だからって何もしないで、ただ、事態を眺めているつもりなの?」

 「倒壊したビニールハウスの撤去と再建のため、国が3割の補助を出すそうだ。
 県も助成のため、うごきはじめた。
 なにしろこのあたりのビニールハウスのほとんどが、倒壊したんだからな。
 行政が被害を受けた農家の支援に踏み出した。
 素人のおれたちよりは、はるかに力になるだろう」

 「お金の問題じゃないでしょ!。どう支えるか、ハートの問題でしょ!」

 「ハートの問題?」

 「この居酒屋が燃えたら、あなたはどうするの?。
 夕方、出てきたら、居酒屋が燃えて灰になっていた。
 呆然とするでしょ、あなたは。
 それとまったく同じことが目の前で起きたのよ。
 慎吾くんは突然、仕事の手段をうしなったの。
 国や県が補助に乗り出して来れば片付けや、再建のための道は見えてくる。
 でもね。すぐには再建できないのよ。
 資材が届くまで、早くても1年以上かかるというニュースを聞いたわ」

 「ぜんぶ再建するためには、2年以上かかる云うニュースなら俺も聞いた」

 「どうするの。2年の間、無収入になってしまったら」

 「生産手段を失ったというのは、そういう問題だよな。たしかに」

 「しっかりしてよ。あんたは監督だ。
 北海の熊さんが、あたしの携帯へ電話してきた。
 あねご。ハウスが潰れた慎吾のために、何かしてやりたいって言ってきた。
 選手が慎吾のために、こころを痛めているのよ。
 監督のあんたが手も足も出ないと言って、事態を呑気に
 ながめている場合じゃないでしょ!」
 
(73)へつづく

オヤジ達の白球(71)慎吾の場合

2018-05-05 17:38:24 | 現代小説
オヤジ達の白球(71)慎吾の場合



 農業用パイプハウスの最大の弱点は、棟部。
左右から立ち上がった3.9mのアーチ状のパイプが、頂点の棟で連結されている。
つまり。頂点部分がいちばんもろいことになる。
 
 棟へ想定以上の重量や圧力がかかると、荷重に負けたパイプが横へ歪んでいく。
鉄製とはいえ、曲がりはじめたパイプはもろい。
屋根を支える力が失われる。
その結果。屋根がいともかんたんに中央部から陥没していく。

 祐介が携帯電話を取り出す。

 「もしもし・・・」

 電話の向こうから「はい」と慎吾の声が聞こえてきた。

 「いま大変なものを見た。
 たったいま俺の目の前で、対岸のビニールハウスが倒壊した。
 大丈夫か、おまえさんのビニールハウスは?」

 「ありがとうございます。心配していただいて」

 「信じられない光景を見たばかりだ。心配するのはあたりまえだろう。
 だいじょうぶか、おまえさんのビニールハウスは?」

 「残念ながら全壊してしまいました。たったいま」

 「ぜっ、全壊!。ホントか・・・だがそれにしては、いやに冷静だな」

 「ハウスが崩れ落ちていく様子を、この目で見ました。
 想像を絶する光景を目の当たりにすると、言葉が出ないというのは本当です。
 呆然と、ただただ見つめるだけでした。
 しかし。目の前のこの現実をまだ、信じることが出来ません。
 なんだか悪い夢を、見ているような気がしています」
 
 (悪い夢じゃねぇ。間違いのねぇ事実だ・・・これは!)

 しかし。祐介の口からその言葉は出てこない。
言うべき言葉を失ったまま、祐介が、携帯を握り締める。

 「監督。申し訳ありません。もう、電話をきってもいいですか。
 徹夜でハウスの雪下ろしをしました。
 疲れ切ってもう、全身がクタクタです」

 「おう。そうしてくれ。まずは休むのが一番だ。
 わるかったな。こんなときに、電話をかけたりして」

 「いえ。心配の電話をいただいて、感謝しています。
 でも、いまは頭の中が真っ白です。
 とりあえず一眠りしてそれからじっくり、あとのことを考えたいと思います」

 「そうだな。それがいい。そうしてくれ。まずはゆっくり休め」

 それだけ言って、祐介が電話を切る。
ポケットへ入れようとした瞬間、着信が来た。
発信を見る。陽子からだ。

 「なんだ・・・なんの用だ?」

 「ねぇ。驚かないでよ。あたしいま、2階から表の様子を見ているの」

 「どうした。何か見つけたか?」

 「見つけたなんてものじゃないわ。
 信じられない光景が、あたしの目の前にひろがっているの」

 「潰れたカーポートなら、いくつも見てきた。
 しかし。それだけじゃねぇ。
 対岸のキュウリのビニールハウスが潰れていくのをたったいま、この目で見た」

 「そう。あなたも観たの。じゃ、それほど驚かないわね。
 ここから見下ろすことのできるビニールハウスは、12から13棟くらいかしら。
 でも無傷のビニールハウスがひとつもないのよ。
 ぜんぶ、潰れてるの。
 のしイカのように、ぺしゃんこに潰れたハウスもあるわ。
 農家のビニールハウスをまるで、内陸部の津波が襲ったような光景だわ・・・」
 

(72)へつづく