落合順平 作品集

現代小説の部屋。

舞うが如く 第二章 (7)近藤勇・見参

2012-11-30 10:58:59 | 現代小説

舞うが如く 第二章
(7)近藤勇・見参




 文久2年12月、
幕府は将軍警護のための、傭兵部隊とも言うべき
浪士組の募集を開始しました。



 幕府が予定していたのは、50人程度の定員でした。
しかし浪士組を尊王倒幕の兵として秘密裏に使おうという
野望をいだく清河八郎は、出来る限り多くの人数を集めようと奔走します。
したがって素性の怪しいものでも、
かまわず浪士組に参加させてしまいます。



 その結果、近藤勇などの
のちに新撰組の主力となる真っ当な浪士たち以外にも、
素性のわからない浪士を含めて、最終的には
総勢が、250人を超える大所帯に膨れ上がってしまいました。
一説には、1200人から1500人近くが殺到したともいわれ、
実技の選考を経て、多くの剣客たちが
ふるい落とされていきました。



 江戸の小石川には、
近藤勇の試衛館(しえいかん)道場があり、
そのほど近くに、浪士たちの初会合にも使われた
小石川伝通院が建っています。
浪士たちには、申し込み順での腕試しがあり、
複数人を勝ち抜くことが採用の
条件ともされていました。



 琴が汗もかかずに、
2人目の剣客に勝利した時のことです。
上座で見聞していた試衛館の門弟たちが並ぶ席から、
若い剣士が、片手をあげて立ち上がりました。
四天王の一人、沖田総司です



 「なかなかの使い手ぶりである。
 異存がなければ、わたくしがお相手いたすが、
 いかがかな?」



 「願ってもありませぬ。
  試衛館の沖田総司様とお見受けいたしたました。」



 
 実戦主義と勇猛を持って知られる、
試衛館の四天王の登場に、場内がざわつきはじめました。
全国より集まってきた、腕に覚えのある流石の剣客たちも、
思わず固唾をのんで見守ります。




 「いや、しばし待たれよ。」



 伝通院の本殿を背にした、一段高い桟敷から、
羽織を脱ぎながら、もう一人の剣士が立ち上がりました。



 「天然理心流、試衛館4代目当主の、
 近藤勇である。」



 
 近藤が、沖田の肩を叩くと、
入れ替わるようにして、琴の正面にと歩み出ました。
精悍な眉と射るような目線には、凄味が潜んでいます、
分厚い胸板が屈強そのもので、太い二の腕は盛り上がり、
見るからに、野武士そのものという風貌でした。




 「深山法神流、中沢良之助の弟にて、
 次郎丸と申します。」



 「なるほど、法神翁の天狗剣法か。
 わしが知る限りでは、
 中沢良之助殿には、琴と言う
 小太刀と薙刀の名手がいると聞いたことはあるが、
 もう一人、弟までおるとは知らなんだ、
 さすがに、手ごわいはずである。」



 「近藤先生に、
 お願いがございます。
 立会いは、真剣にてのただの一振り、
 一撃のみにての勝負を
 お願いいたします。」



 場内が大きくどよめきます
良之助も、思わず立ち上がります。
近藤が太い眉尻をあげてほほ笑みます。



 「真剣にて、
 一撃のみにての打ちこみとは、面白い事をいう。
 断っておくが、
 天然理心流は常に真剣勝負につき
 手加減は一切いたさぬぞ。」




 「もとより、承知。」



 場内がどよめき続ける中、
支度を整えた二人が、三間ほどの間合いを保ったまま、
真剣を抜き放って、お互いに睨み合いながら
静かに対峙をいたします。





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舞うが如く 第二章 (6)近藤勇の幼年期

2012-11-29 10:51:16 | 現代小説
 舞うが如く 第二章
(6)近藤勇の幼年期




 「ほう。」


 兄の良之助もおもわず、驚嘆します。
男装をした琴の容姿には、何ともいえぬ色香が漂よっています。
とりわけ、ひとつに束ねられたために綺麗にあらわれた額は、
まぶしいほどに白く輝き、聡明感があふれていました。



 深山村から江戸までは、
関東平野を一路南に下りつづける25里余りの旅路です。
この道は、下野(しもつけ・栃木県)の足尾から江戸まで銅を運搬するために、
別名を赤銅(あかがね)街道とも呼ばれています。
上州と武州(ぶしゅう・埼玉県)の境界を流れる利根川を越えると、
5街道のひとつ、中山道とも合流します。



 同時にこの赤銅街道は、
上州(じょうしゅう)伊勢崎宿から日光までを、
礼弊使街道としても利用されています。
京都から、徳川家康を祀る日光東照宮までを、
毎年朝廷からの礼弊使一行が片道15日間の日程をかけて、
礼拝のための道を歩きます。



 深山村から河の流れに沿って
3里ほどの山道を下ると、
長い裾野を引く赤城山の東南斜面に出てきます。
このあたりからは一気に視界が開けて、
その先には傾斜に沿って、渡良瀬川の扇状台地が広がります。
さらにその先には江戸にまで続く、
広大な平坦地・関東平野があらわれます。



 
「試衛館(しえいかん)の、近藤勇とは、どのようなお方ですか。」



 「天然理心流剣術の剣客で、4代目の館主ときく。
 沈着冷静で、腹のすわった武芸者と言う評判だ。
 言って置くが、妻子もちで有る、
 残念ながら。」



 先に立って歩く良之助が、高らかに笑います。
少し遅れて歩く琴が、さらりとそれを聞き流して、
さらに言葉を続けます



 「試衛館には、使い手たちが多いと伺います
 とくに、四天王と呼ばれる方たちは、
 東西一との噂ですが。」



 「できる者たちが、確かに多い。
 土方歳三、沖田総司、井上源三郎、山南敬助、
 これらが道場の代表格で、いわゆる四天王であろう。
 他に食客として永倉新八、原田左之助、藤堂平助、斎藤一らもおるという。
 いずれも一流と言われる使い手たちだ。」



 「それらのみなさんも、浪士隊に加わるのですか」



 「全国より腕に覚えが有る剣客たちが、
 われこそはと集まってくる。
 すでに、応募の数が1500人を越えたと聞きおよぶ、
 いずれ、選抜試合にて登用を決めるはずである。」



 「腕が、鳴りまする。」



 「お前を打ち負かすほどの者が居ると良いがのう・・・
 父上からも、早く強い剣士を見つけだして、
 いい加減で 嫁に出すようにしてくれと切に懇願された。
 旨く行くと、よいがのう。」





 ふと足を止めて、良之助が振り返ります。



 「近藤と言う男は、
 なかなかにしたたかであるぞ。
 醜女は貞淑ゆえ、貞淑な女性を妻にしたい、というのが持論だそうだ。
 妻のつねはあまり器量が良くないそうである。
 よかったのう、妻子もちとはいえ、
 近藤だけは、蚊帳の外だ。」



 「おなごを外見で判断するとは、
 蔑視もはなはだしい。
 人望のある御方とは思えませぬ!」



 「まあまあ、そうむくれるでない。
 たしかに蔑視の傾向もあろうが、
 なかなかに、思慮分別家でもあるそうだ。
 実は、幼少期にこんな逸話がある。」



 それは近藤が、15歳頃のはなしです



 武州・秩父のことで
父の留守中に家に強盗が押し入りました。
日頃の剣術の腕を試さんと飛びだそうとした兄を


「賊は、入ったばかりのときは気が立っているものです。
むしろ立ち去るときの方が気が緩み、
心が留守になるから、その隙に乗じましょう」



そう言って、勝太少年が止めたといいます。
(勝太とは幼少期の名前であり、
勇は通称で、本名は昌宜(まさよし)です。)



 そして賊がめぼしいものをひとまとめにして
逃げ出すときに、勝太少年は兄と共に飛び出しました。
不意を付かれた賊は、まとめた盗品を
投げ捨てて逃げたといいます。


 それを深追いしようとした兄に、勝太は
「窮鼠猫を噛むということがあります。
盗られたものは戻ったのだし、放っておきましょう」
と言ったそうです。



 このことが世間に渡って評判となり、
剣の師匠の周斎に、養子を望まれるきっかけになりました。
この養父こそが、天然理心流3代目の近藤周助のことで、
のちに近藤勇を剣豪として育てあげる、
育ての親となりました。




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舞うが如く 第二章 (5)江戸へ行く

2012-11-28 10:19:32 | 現代小説
 舞うが如く 第二章
(5)江戸へ行く





 「京へのぼると、伺いましたが?」


 奥座敷にむかう途中で、
琴が良之助の背中へ声をかけました。
兄が入隊する予定の「浪士組」が赴く先は、
将軍警護のための京都です。
その上洛準備をすすめるために、
妻子を連れて、生まれ故郷に戻ってきたのでした。




 「2月になれば、将軍が上洛前に
 京へのぼることになる。
 行く先々のことは分からぬゆえ、
 妻子を頼みに来たのだが・・・
 なんだその顔は、
 なにかありそうだな。」




 空気をよんで、良之助が歩みを止めました。
やがて、手入れが行き届いた中庭に面した
渡り廊下で、立ったままの二人の会話がはじまりました。



 
 兄の良之助は身長が6尺余り(約180センチ)、
体重が20貫あまりという、たいへんな偉丈夫です。
琴も、5尺6~7寸(約170センチ)余りあり、女性としては長身です。
色白で、すらりとした容姿は近在でも評判で、
嫁の申し出が相次いで舞いこみます。




 しかし、琴には信念が有り、
「自分よりも弱い男のところには、絶対にお嫁に行きません」
常にと明言して、これをはばかりませんでした。
事実、いままでに申し込みに来た幾多の男たちは、
すべて一様に敗れ去り、もうこの近郷では、
琴に縁談をもちかける男は、皆無でした。



 「近隣の男どもでは到底、歯が立つまい。
 武州の地より来た武芸者までも、
 手玉にとったとなると、
 いよいよに、琴の縁談は遠退くばかりであろう。
 いい加減に、
 適度なところで手をうってみたらどうじゃ、
 父上も母も、
 ともに琴の孫が見たいであろう。」



 「兄上の言葉なれども、
 わたくしは、私よりも
 弱い男のもとには嫁ぎませぬ。」



 「それは、よく承知しては居るが、
 潮時というものもあろう」



 
 「断じて、譲れませぬ。」



 「はてさて、困ったことだ。
 お前もこの春が来れば、
 もう23歳となるはずだが、
 男よりも、剣のほうを取るというのか?」



 「そうは申しておりませぬ。
 ただ、弱い男の言いなりにはなりとうはありません。」



 「相変わらずに、強情である。
 ところで先ほどの反応だが、
 お前も京に行きたいということであるか?
 わしには、そう聞こえたが。」



 「是非に。」



 「しかし、
 浪士隊に女では入れぬぞ。
 腕はもちろんのこと、将軍の警護という
 大事な役目をあずかることになる。
 女人禁制のうえ、色恋沙汰も御法度だ。
 それに万一のことも考えて、
 妻子たちは、生れ在所に戻しておけという指示もある、
 これもまた、たいした念の入れようだ。
 ともかくに、おなごのままでは
 厳しすぎる門戸であるぞ。」



 「ならばおなごを辞めて、
 男装を、いたしまする。」



 髪を一つにまとめてあげてから、
琴が廊下で、くるりと回って見せました。
横目で眺めていた良之助が、ほほ笑みながら言い放ちます。



 「こいつめ・・・
 最初からそう、腹は決めておいたと見える。
 さては、書き送った法神翁への手紙の内容が
 つつぬけとなっておったのであろう。
 やむをえぬ話である。
 父上には私から申しあげる故、
 お前は、旅たつ支度をするがよい。
 ただし、連れて行くのは妹ではなく、弟だぞ。
 できるか、その辛抱が。」



 「もとより承知。」




 よかろう、と良之助が、
廊下を踏み鳴らしながら、父の待つ部屋へと向かいます。
後に残った琴は、少しためらいながらも、
やがて、薄くかすかに塗られた口紅を、静かに
指でふき取りました。





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舞うが如く 第二章 (4)欲しければ取るがよい

2012-11-27 11:09:43 | 現代小説
舞うが如く 第二章
(4)欲しければ取るがよい




 
 道場では、正眼に構えたままの琴が動きません。
大上段に構えた、武州の剣客も動けません。


 しばしの間、お互いの呼吸を計りながら
時間だけが過ぎ去っていきました。
じりっと前にせり出してきた、武州の剣客の剣先を
軽くあしらうように、琴が半歩を下がります。



 さらに踏み込もうとするその瞬間を、見逃すことなく
琴が、反撃の一歩目を踏み出します。
その気勢に押されて、武州の剣客が元の間合いに退きます。
踏み込もうとすれば、またさらりと後ろに下ってしまい、
もう一歩踏み込もうとすれば、その矢先に押し留められて、
再び、押し返されてしまいます。


 こうした数度のやり取りの末に、
先に琴が仕掛けます。




 琴の木刀が横に流れました。
目線の高さを維持しながら、
逆手に握って、そのまま突きの構えに変わります
さらに腰を落として、体勢を低く構えました。
踏み込んだ琴の前足は、じりっと前に進みます。



 顔面を紅潮させた武州の剣客が腹をすえました。
気合一閃、ふりかぶった大上段から、まさに渾身の力を込めて、
木刀を振り下ろしました。
その刹那、琴の切っ先も、相手の喉元めがけて
鋭く飛んでまいります。



 踏みとどまり、大きく後方に飛びのいた武州の剣客が、
肩でひとつ、大きく息をつきました。
呼吸を整えつつ、再び木刀を正眼に構えます。




 今度は一間半ほどの間合いまで、
琴のほうから詰め寄りました。
間髪をいれずさらに数歩、琴が詰め寄りにかかります。
勢いに押されて、退く武州の剣客の背後には、
早くも、道場の板壁が迫ってきます。



 そこで数呼吸を整えたのち、
床を激しく蹴った武州の剣客が、ほぼ真正面から、
琴の面を狙って、木刀を繰り出しました。
軽やかに右に交わした琴からは、
踏み込んだ足元を、なぎ払うように木刀が走ります。



 大きく跳躍をして、
かろうじて剣先をかわした武州の剣客が
着地の瞬間に、勢い余ってわずかに体制を崩しました。
その瞬間を見逃さず、琴の木刀が
今度は、下段から上段へと走ります




 左小手をかすめた琴の木刀が、
さらに鋭く斬り返されて、武州の剣客の木刀を払い落とします。
再び斬り返された木刀が、武州の剣客の
がらあきとなった胴をめがけて、一直線にと走りました。



 「それまで」



 良之助の一声に、
わずかな隙間を残して、琴の木刀が静止します。



 「兄上、いつのまに。」



 「それまでである。
 本気で打ち込んでは大怪我となろう。
 武州のお武家にも、
 また長い道中を無事に帰ってもらうのが一番である。
 嫁をめとりに来て、大怪我をしたあげく、
 手ぶらで帰ったとあれば
 地元に戻ってから、ただ事では済まなくなろう。
 もう、充分と思われる。」




 「おそれいりました。
 噂以上の使い手ぶり、実に御見事。
 完敗でござる。」



 「いえ、こちらこそ、
 大変な失礼をいたしました。
 おなご如きと思って、油断なされたのが、
 当方には幸いいたしました。
 お申し込みはありがたく思いますが、お約束通り、
 琴は、私よりも強いお方のところでなければ、お嫁にはまいりませぬ。
 本日は、幸いにして私の勝ちと言うことで、
 また後日の立会いなどを、楽しみにお待ちしたいと思います。
 ご指南をいただき、誠にありがとうございました。
 これにて、本日は失礼をいたしまする。」



 汗をぬぐうまでもなく、
武州の剣客に向かって、深く一礼をすると、
琴は道場を後にしてしまいます。
良之助も黙って道場を後にしました。





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舞うが如く 第二章 (3)琴の流儀

2012-11-26 10:09:13 | 現代小説
舞うが如く 第二章
(3)琴の流儀





 1月が開けたばかりの上州・深山村は、
寒風が吹きすさぶ、1年のうちでも一番底冷えがする季節です。
南に面した山麓とはいえ、峰を吹き越してきた雪が、
窪地や日陰に降り積もったまま、
春まで残雪として凍てついてしまいます。


 河に沿って山道を登り、深山神社を越えると
生まれ生家の母屋と、その庭先に建つ道場が見えてきました。
その道場には、人だかりが見えます。




 良之助が下の娘の手を引いて、
その道場の人だかりに近寄ります
群衆の一人がそれと気づいて、あわてて駆け寄ってきました。



 「お帰りなさいませ、良之助おぼっちゃん!」



 良之助が生まれたころから
屋敷に住みこんでいる、独り者の茂助と言う下男です。
雑用をはじめ、空いた敷地では賄い用の野菜を育てている他、
道場の掃除や、父母の身の回りまで甲斐がしく世話をする、
たいへんに便利な下男です。



 「もう、おぼっちゃんはやめてくれ。
 家内も子供居ることだし、
 俺もいい歳になった。」



 「いえいえ、茂助から見れば、いくつになっても
 良之助さまは、おぼっちゃまのままです。
 時に・・・揃ってお帰りとは、お珍しいことでございます。
 何か、江戸でございましたか?」



 「あいかわらず、
 お前は如才がないな・・・
 訳は後ほど、ゆっくりと説明いたす。
 所で、道場の人だかりは、
 いつもの琴の、嫁取り試合の見学衆か?」


 
 「左様で。
 本日は、はるばる武州(埼玉県)秩父からお見えの
 お武家です。」



 「ほほう、
 遠いところからはるばると・・・
 武州の剣客とは、どれどれ。」



 下の娘を抱き上げると、肩に乗せて
良之助が人垣の背後から道場内をのぞき込みます。
そんなところから覗き見しなくても、という茂助を押し止めて
良之助が、高見の見物を決め込みました。



 道場内では、白いはかま姿の琴が、
木刀を正眼に構えて立ちはだかっていました。
道場の中央では大上段に構えた武州の剣客が、
2間ほどの距離をとったまま、身動きもせずに対峙しています。




 「なんだ、茂助。
 琴が木刀を構えておるではないか・・・
 これでは、勝負は闘う前から結果が見えておる。
 どれ、母屋に寄って、
 おばあさまのご機嫌でもうかがうとするか」



 下の娘を肩車をしたまま、
後方に控えていた嫁と男の子を手招きしながら、
良之助が、母屋の方向へと歩き始めてしまいます。
あわてた茂助が後を追いかけました



 「おぼっちゃま。
 お相手は、さぞかし名のあるお武家と伺いました。
 まんいち、お琴様がお負けになると、
 お約束通り、お嫁に行くことに相成りますが・・・
 大丈夫なのでしょうか。」




 「琴が、薙刀(なぎなた)であれば、
 本気の勝負であろう。
 あの様子では、木刀で軽くあしらって終わりで有る。
 武州の剣客も、深山のじゃじゃ馬娘が相手では、
 歯が立たぬと見た。
 案ずることはないぞ、茂助」



 母屋の前に着くと、肩より下の娘を下ろし
上の男の子も傍らにと呼び寄せました。



 「さて、
 久し振りの我が生家だ。
 これよりおばあさまにご挨拶を申し上げるが、
 たぶん今頃は、琴を案じて仏壇の前だと思われるぞ。
 お前たち、ちゃんと帰郷のご挨拶を申し上げるのだぞ。
 わかっておろうのう」



 はい、と答えた二人の子供が
元気よく母屋の奥へと消えていきました。




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