北へふたり旅(58)
小山駅で上野東京ラインに乗り換え、8時45分。
無事に宇都宮の駅へ着く。
乗る予定の新幹線は9時39分。およそ1時間の余裕がある。
「よし。第一関門クリア。
ここまでは予行演習済みだから、無事に到着してあたりまえ。
問題はここから先だ。
その前にまずコーヒーを呑もう。それから駅弁だ」
会社へむかうひとたちが、水の流れのようにひとつの方向へ進む。
乗る予定の新幹線は9時39分。およそ1時間の余裕がある。
「よし。第一関門クリア。
ここまでは予行演習済みだから、無事に到着してあたりまえ。
問題はここから先だ。
その前にまずコーヒーを呑もう。それから駅弁だ」
会社へむかうひとたちが、水の流れのようにひとつの方向へ進む。
急ぎの足が出口にむかって密集していく。
そんななか、ゆっくり歩いているのはわたしたちだけ。
流れを乱している、中瀬の石のようだ。
通勤客たちが「邪魔だ」とばかり追い越していく。
それでも妻は動じない。
「よく転がるわ、これ」
妻ははじめてのキャディバックの感触を楽しんでいる。
年寄り2人が寄り添い、真新しいキャディバッグを転がしている。
そのうえマイペースで歩いている。
邪魔でもしかたないと、ぎりぎり身体を避けながら通勤の客たちが
顔をしかめて追い越していく。
平日のコーヒーショップは空いていた。
絶え間なく流れていく通勤客の姿を、窓越しにながめた。
わたしたちの目の前を、仕事へ急ぐひとたちがつぎつぎ通り過ぎていく。
「遊ぶのは人が仕事しているときにかぎる。快感がまったく違う」
と誰かが言っていたのを思い出す。
それは正しい。そのことがこうして窓の外を見ているとよくわかる。
味覚まで高揚しているのだろう。
馴染みのコーヒーまで、なぜか美味く感じる。
そういえば今日は、下見で来た時の宇都宮駅と、まったく別の駅に見える。
前回はここから引き返したが、今回はここが出発点。
ここからがわたしたちの新幹線の始発駅。
「そろそろ行きましょ」
妻がキャディバッグへ手を伸ばす。
「おう」
妻に先手を取られた。
「駅弁はあつあつのとりめしを2つ、買うだろう?」
「売店に着いてから決めます。
でも買うのはひとつでいいでしょ。先がありますから」
「ひとつ?。足りないだろうひとつでは」
「上げ膳据え膳の旅のはじまりです。
行く先で、美味しいものがたくさんあります。
ぜんぶ食べてみたいの。
いきなり満腹では、東北と北海道の美味しいものに失礼です」
なるほど。それはいえる。
家事から解放された主婦の、上げ膳据え膳の4日間がはじまる。
食べたいものを、食べたいときに食べることができる。
それは最高級の贅沢だ。
朝から妻が上機嫌でいたことの理由がよく分かった。
老舗弁当屋の前で、妻が立ち止まる。
並んでいる弁当の中から妻が選んだのは、とりめしはとりめしでも
岩下の新生姜とりめし。
岩下の新生姜とりめしは老舗駅弁屋と、栃木生まれの「岩下の新生姜」
のコラボ商品。
とりめしをベースに、みじん切りの新生姜を入れて炊いたご飯。
新生姜をころもに混ぜた鶏からあげ。うずら卵の岩下漬け。
新生姜をこれでもかとばかり、ふんだんに利用している。
見た目も美しい。まさに岩下の新生姜が満載されている弁当だ。
「850円ですって。うふっ。
予算より、50円も贅沢してしまいました。うふふ」
妻が笑顔で振りかえる。
弁当の売店は新幹線改札の、すぐ前にある。
「さぁ行きましょ。北海道へ!」
片手に買ったばかりの弁当。片手に真新しいキャディバッグ。
そんないでたちの妻が、新幹線のホームにむかって軽快に歩き出す。
(59)へつづく
そんななか、ゆっくり歩いているのはわたしたちだけ。
流れを乱している、中瀬の石のようだ。
通勤客たちが「邪魔だ」とばかり追い越していく。
それでも妻は動じない。
「よく転がるわ、これ」
妻ははじめてのキャディバックの感触を楽しんでいる。
年寄り2人が寄り添い、真新しいキャディバッグを転がしている。
そのうえマイペースで歩いている。
邪魔でもしかたないと、ぎりぎり身体を避けながら通勤の客たちが
顔をしかめて追い越していく。
平日のコーヒーショップは空いていた。
絶え間なく流れていく通勤客の姿を、窓越しにながめた。
わたしたちの目の前を、仕事へ急ぐひとたちがつぎつぎ通り過ぎていく。
「遊ぶのは人が仕事しているときにかぎる。快感がまったく違う」
と誰かが言っていたのを思い出す。
それは正しい。そのことがこうして窓の外を見ているとよくわかる。
味覚まで高揚しているのだろう。
馴染みのコーヒーまで、なぜか美味く感じる。
そういえば今日は、下見で来た時の宇都宮駅と、まったく別の駅に見える。
前回はここから引き返したが、今回はここが出発点。
ここからがわたしたちの新幹線の始発駅。
「そろそろ行きましょ」
妻がキャディバッグへ手を伸ばす。
「おう」
妻に先手を取られた。
「駅弁はあつあつのとりめしを2つ、買うだろう?」
「売店に着いてから決めます。
でも買うのはひとつでいいでしょ。先がありますから」
「ひとつ?。足りないだろうひとつでは」
「上げ膳据え膳の旅のはじまりです。
行く先で、美味しいものがたくさんあります。
ぜんぶ食べてみたいの。
いきなり満腹では、東北と北海道の美味しいものに失礼です」
なるほど。それはいえる。
家事から解放された主婦の、上げ膳据え膳の4日間がはじまる。
食べたいものを、食べたいときに食べることができる。
それは最高級の贅沢だ。
朝から妻が上機嫌でいたことの理由がよく分かった。
老舗弁当屋の前で、妻が立ち止まる。
並んでいる弁当の中から妻が選んだのは、とりめしはとりめしでも
岩下の新生姜とりめし。
岩下の新生姜とりめしは老舗駅弁屋と、栃木生まれの「岩下の新生姜」
のコラボ商品。
とりめしをベースに、みじん切りの新生姜を入れて炊いたご飯。
新生姜をころもに混ぜた鶏からあげ。うずら卵の岩下漬け。
新生姜をこれでもかとばかり、ふんだんに利用している。
見た目も美しい。まさに岩下の新生姜が満載されている弁当だ。
「850円ですって。うふっ。
予算より、50円も贅沢してしまいました。うふふ」
妻が笑顔で振りかえる。
弁当の売店は新幹線改札の、すぐ前にある。
「さぁ行きましょ。北海道へ!」
片手に買ったばかりの弁当。片手に真新しいキャディバッグ。
そんないでたちの妻が、新幹線のホームにむかって軽快に歩き出す。
(59)へつづく