「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。
おちょぼ 第49話 仕込みの生活
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/de/e648cbb97217dbbaed3442b1d0eb098d.jpg)
3者面談を終えた福屋の女将と佳つ乃(かつの)が、バー「S」へやって来た。
厨房を通り過ぎる瞬間、佳つ乃(かつの)が、V字のサインを作る。
(おう、無事に済んだようだな、まずは一安心か。よかった、よかった)
厨房で似顔絵師がすいとんを作り始めた頃、「ワシもお祝いを食うでぇ」と
おおきに財団の理事長が、顔を出した。
佳つ乃(かつの)はようやく、ほっとした顏を見せている。
(ウチのほうが緊張しましたんや。でも、ええ子やったで帰国子女のサラは。
日本語が半分しかわからんのが難点やけど、住み込んでいるうちに何とかなるでしょう。
と言うより、ウチが何とかせなあきませんなぁ。
正式な姉妹の契りを交わすのはサラのお店出しの時ですが、
仕込みの時からウチが面倒を見るということで、話が落ち着きました。
ご参考までに。うふふ)
とわざわざ佳つ乃(かつの)が、厨房まで報告にやって来た。
時刻が8時を過ぎると、パイプクラブの面々が集まって来た。
いつもより早めのご出勤だ。
これにはどうやら、訳が有りそうだ。
パイプクラブの全員が、サラの3者面談の結末を気にしている。
同じように、ほっとした顔を見せている福屋の女将を、一斉に取り巻きはじめた。
「たまには一緒にどうですか?」としきりに女将を、ボックス席に誘う。
彼らはまた、いずれも有力なお茶屋のメンバーたちなのだ。
「前祝に一杯、おごります」と言われると、女将もさすがに後に退けなくなる。
「清乃ちゃん以来の、仕込みさんの登場や。
どうや。帰国子女の仕込みちゅうのは、今まで以上に骨が折れそうか?」
「あんたらときたら、情報が早すぎますなぁ。
そうやなぁ。まもなく、身長170センチの大型新人が誕生しはりますなぁ。
そんときは、安じょう頼んますえ。
みなさんがたのおぶ屋で、せいぜい贔屓にしておくんなはれ」
「お。もう大型新人の売り込みか。さすが女将。気が早いなぁ。
でもどうなんや、実際のところは。
ずっと海外で暮らしてきた女の子やろ。
古典芸能の舞妓になるのに、不具合なんぞが多くはないか?」
「むかしは殆どの仕込みはんが、地元の中学、もしくは高校を卒業してから
祇園に来はりましたなぁ。
けど、そのちょっとむかしまでは、中学を京都の学校へ転校して、
学校へ通いながら仕込みはんをする、「学校行きさん」という子もいたんどす。
どこが有利か云うたら、中学卒業と同時に店出しできるとこどっしゃろか。
中学校でも仕込みの子が「先生、うちこれからお稽古ですねん」て云うたら
授業中でも帰らしてくれたらしおす。
祇園にはそんな時代も有りましたが、いまはインターネットの時代どす。
海外から1人や2人、応募が有ってもええやないかと、
あたしは思いますなぁ」
「香港と言えば、長くイギリスに統治されていた国だ。
中国に返還されたとはいえ、英語圏のレディファースト文化で育った子や。
いろいろと、不具合が出てくる可能性が有るやろ?」
「帰国子女だけではおまへん。
今時の子は、最初から不具合がさんざん有るんどす。
屋形によって若干の違いはおすけど、まずは行儀作法の見習いから入ります。
身に着けなければならないことは、山のように有るんどす。
掃除、洗濯からはじまって、使い走りはもちろん、お母さん、お姉さんの
お手伝い、着物の着付けに行儀作法、花街ことばを覚える、
そして肝心なお稽古ごとや。
屋形で飼うてる猫が行方不明になったら、探しに行かんなりまへんなぁ。
今まで家で掃除も洗濯も、したことが無いような子が受ける
カルチャーショックの大きさは、想像するに難くはおへん。
中には仕込み期間中に、逃げ出してしまう子もいてる位どっさかい。
そんな修業を大体半年から1年続けてようやっと、晴れて舞妓ちゃんに
なることが出来るんどす」
「舞妓になるために一番苦労するのが、仕込みの期間だ。
で、どうするんや。一人前になるまでの面倒見るのは、やっぱり
あの、佳つ乃(かつの)か?」
「本人が、ウチが面倒見ますと手を挙げたさかい、そうなるやろなぁ。
ただし表向きはあくまでも、福屋で育てるおちょぼや。
みなさんもそこんところを誤解せず、長い目で見てやって下さいな。
今度来るおちょぼのサラも。佳つ乃(かつの)のことも」
おう、まかせろと女将を取り囲んだ男たちが、目を輝かせる。
「とりあえず順調に動き出した前祝だ」と、一斉に乾杯のグラスを持ち上げる。
(このまますべてが、順調に進むといいんだが・・・)と、
カウンターの中で老マスターも、静かにひとりでグラスを持ち上げる。
第50話につづく
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