落合順平 作品集

現代小説の部屋。

上州の「寅」(12)半返し

2020-07-31 15:59:21 | 現代小説
上州の「寅」(12)


 「はじめまして。あなたがこんど加入されたポテト屋さん?」


 「へぇ。銀二と言います。で、あなたさんは?」


 「露天商組合の理事、大前田です」


 「これはまたずいぶんお若い役員さんで」


 「父の代理で来ました」


 「ご苦労さんです。どんなご用件でしょう?」


 「契約違反がある場合、出店が取り消されることはご存知ですね」


 「へぇ。聞いておりやす。それが何か・・・」


 「こちらの場合、フライドポテトのみに許可が出ています。
 無届けでアメリカンドッグと、から揚げを売るとなると契約違反に該当します。
 売りつづける場合、組合員証を没収します」


 「えっ。ち・・・ちょっと待ってください。
 組合員証を没収されたら露店で商売できません。
 ほんの出来心でアメリカンドッグとから揚げに手を出しただけで、
 本心じゃありません。
 すぐやめます。お願いですから穏便にすませてください。
 女房がこれなもんで、ちょいとばかり欲をかきました」


 角刈りの男が大きな腹のようすを見せる。


 「おめでたですか。それはまた喜ばしいことで」


 「そんなわけで欲をかきすぎました。
 すぐに引っ込めます。理事さんによろしくお伝えください」


 「わかりました。
 これは同業のフライドポテト屋さんとから揚げ屋さんから預かってきました。
 出産のご祝儀だと思って気持ちよく受け取ってください」


 チャコが封筒を差し出す。


 「えっ・・・迷惑かけた上にご祝儀までいただくなんて・・・
 さすがにこれは受け取れません」


 「あなたへあげるわけじゃありません。
 お腹のおおきな奥さんと、産まれてくるお子さんへあげるのです」


 「そう言われては断る理由がありません」


 角刈りの男が「えんりょなく」と封筒を受け取る。
「では、そういうことで」帰りかけるチャコを、「ちょっと」と
男が呼び止める。


 「半分だけいただきました。
 女房は東北の生まれで昔からご祝儀は、半返しすると決めています。
 どうぞよろしくと、アメリカンドッグ屋さんとから揚げ屋さんへ伝えください」


 承知しましたとチャコが封筒を受け取る。
あざやかすぎる顛末に、寅が「たいしたもんだ」と思わずつぶやく。
「このくらいは日常茶飯事さ」チャコがすずしい目で振り返る。


 「この世界(露天商)にはいくつか決まり事がある。
 バヒハルナ(売上金を横領するな)。
 タレコムナ(仲間内のことを警察に訴えて出るな)。
 バシタトルナ(仲間の妻女を犯すな)。
 かんたんなことだ。仲間の和を乱すな、ということさ。
 それからくらべたらこの程度のいざこざ、朝飯前さ。
 あ・・・朝飯はもう食べたから、昼飯前に解決だ・・・。あっはっは」




(13)へつづく


上州の「寅」(11)根回し

2020-07-29 07:41:59 | 現代小説
上州の「寅」(11)


 元旦の午前9時。金髪娘2人の屋台が開店した。
参道に早い初もうで客が姿を見せる。


 「いまはまだ嵐の前の静かさだ。
 本番は11時頃からさ」


 「どのくらい人が来るの?」


 「3日間で30万人」


 「さ、さんじゅうまん!」


 「そのうちの半数、およそ15万人が今日、押し寄せてくる」


 「じゃ昨夜の・・・二年参りのあの人出は・・・」


 「小手調べだな。本番前の」


 チャコは涼しい顔で仕込みに専念している。
今日も売るのはもつ煮とおでん。
(せっかく商売するんだ。もっといろいろ売ってもいいと思うが)
もつ煮とおでんだけを売る屋台が、もったいなく思えてきた。
(いろいろ仕込めば、もっと売れるかも・・・)と言おうとしたとき、


 「姐さん」


 チャコの背中へパンチパーマの男がやって来た。


 「なんだ。もめ事か?」


 「へぇ。向こうのフライドポテト屋がちょっと・・・」


 「新人のポテト屋か。父さんがいるだろう」


 「すんません。兄貴は地元の親分さんへ新年の挨拶中でして」


 「居ないのか。じゃしかたないあたしが行こう。
 寅ちゃん。あんたもついてきな。テキヤの社会勉強だ」


 チャコが先頭に立って歩きだす。


 「で、なんでもめているんだ?」


 「フライドポテト屋の暴走です。
 昨日はまじめにフライドポテトだけを売っていたんですが、
 今朝になって欲をかきはじめました」


 「欲をかきはじめた?。どんな風に?」


 「フライヤーがあるからアメリカンドッグもできるし、唐揚げもできる。
 まとめて売れば一石三鳥になるということで、そいつに手を出した。
 ということで今朝から、3種類を売りはじめました」


 「なるほど。アメリカンドッグ屋とから揚げ屋の領域に手を出したのか。
 そいつはまずいな。たしかに掟破りだ」


 「アメリカンドッグ屋とから揚げ屋から、これをあずかってきました」


 パンチパーマが封筒を差し出す。


 「とりあえず預かっておく」


 新人のフライドポテト屋さんのテントの中に、人影はない。
「ごめんよ)チャコが、奥に向かって声をかける。
背後でごそごそと人が動きだし、やがて
「なんでぇ~」と角刈りの男がテントの奥から、ぬっと顔を出した。


(12)へつづく


上州の「寅」(10)生まれは東北 

2020-07-26 15:57:02 | 現代小説
上州の「寅」(10)


 午前8時。どこかで起床のベルが鳴っている。
朝だ。いつの間に眠りに落ちたのだろう。
2人の間に挟まれ悶々としているうち、いつのまにか寝息を立てていた。


 隣りにチャコの姿はない。
ユキはまだ眠りの中。寅の背中でスヤスヤ寝息をたてている。


 「起きたかい。朝食はこっち」


 部屋の片隅でチャコが手招きする。
朝食は部屋の片隅に用意された長机のうえ。
(ここはタコ部屋か)
ユキを起こさないよう、そっと布団から抜け出していく。


 半分以上の布団がすでにたたまれ、部屋の隅で山になっている。
残った布団に数人が、頭だけを出して眠っている。


 鮭の焼き物。納豆。海苔。薄く切ったキュウリと大根の漬物。
おひつの飯はすでに冷えている。
(元旦の朝飯だというのに、これじゃまるで田舎旅館の朝飯だ・・・)


 「贅沢を言うんじゃないよ。はやい連中は6時から動き出している。
 あたしのところは、9時に開店だ」


 チャコが味噌汁をついでくれた。
こちらも冷えている。


 「起こさなくていいの?。あの子」


 「あの子は朝は食べない。あとでパンを食べさせるからだいじょうぶ」


 「君はこの商売、長いの?」


 「長いよ。もう10年になるかな」


 「10年!。その歳で!」


 「大きな声出さないで。寝ている人もいるんだから」


 「失礼。18歳ですでにキャリア10年か。
 すごいな。生まれは何処?」


 「東北。福島」


 「東北・・・福島・・・まさか!」


 「そう。そのまさか。
 父は漁師。母は漁協の事務員。あの日、3月11日は2人とも仕事だった」


 「君は?」


 「8歳のわたしは海から300mの小学校へ通っていた。
 津波が来るまで40分。
 1,5㎞先の高台めざして、みんなで必死にあるいた。
 さいわい全員助かった。
 わたしは助かったけど父も母も、あの日から行方不明のまま」


 「じゃ・・・君は・・・」


 「避難所を転々としたあと、天神様のお祭りに来ていた大前田さんと知り合った」


 「人事担当の大前田さんは・・・」


 「そう。わたしをひろってくれた恩人。いまは父親代わり」


 「もうあの大震災から10年がたつのか・・・」


 「わたしのような子は福島にいっぱいいるさ」


 「強いはずだ・・・君は」


 「おあいにくさま。
 ホントは白馬の王子様にあこがれる女の子さ。
 でもそんなセンチなことを言うと、義理のオヤジが泣くからね。
 金髪にして、せいぜい悪ぶってんのさ。
 ホントだよ。
 でもこれはここだけの話だからね。誰にも言うんじゃないよ」


 (11)へつづく


上州の「寅」(9)雑魚寝 

2020-07-24 16:57:40 | 現代小説
上州の「寅」(9)

 
 午前3時。参道から人の姿が消えた。
最後の2年参りを見送ったチャコが、屋台のハダカ電球を消す。


 「寝よう。明日のために」


 あんたも来な。こっちだよと首を振る。


 「寝る場所が用意されているの?」


 「5日間。3食のまかないと寝る場所がある。嬉しい限りだろう」


 「ということは、途中で帰れないという意味か!」


 「書いてあっただろ。募集要項に」


 「聞いてない。そんな話は・・・」


 「どっちでもいいさ。ごちゃごちゃいわず、着いといで」


 テントの裏から細い路地へ入りこむ。
路地の道を3分ほど歩く。なんだか連れ込み宿のような建物の裏へ出た。
(あやしい建物だ・・・)
ここじゃないだろうと否定する寅をしり目に、チャコが裏口のドアを開ける。
(入っていく。ホントかよ・・・)


 うす暗い廊下を歩くと大広間のような部屋へ出た。
20畳ほどはある。10数組のふとんが乱雑にならんでいる。
そのうちの半分は、すでに人が眠っている。


 (雑魚寝だ!。まるで最盛期の山小舎だな)


 「寝るよ」


 チャコが自分のふとんへ潜り込む。


 「あの・・・ぼくのふとんは?」


 「無いよ。ユキと寝な」


 「ユ、ユキちゃんといっしょ!。ご冗談でしょ!」


 「不満かい、ガキのユキじゃ。
 じゃ仕方ない。大人のあたしのところへおいで。ほら」


 チャコがひらりとふとんを持ち上げる。


 「あたしたちのふとんは2組。雑魚寝がいやなら廊下で寝な」


 この寒さの中、廊下で寝たら風邪をひく。


 「それとも仲良く3人で寝る?」


 ユキが自分のふとんを寄せてきた。


 「気持ちは嬉しいけど、雑魚寝は・・・」


 ふとんがぴったり寄り合い、毛布と掛布団が交差した。


 「おいで。特別大サービスだ。真ん中へ寝かせてあげるから」


 あきらめて2人の間へ潜り込む。


 「あたし冷え性なんだ。
 足が冷たいと眠れない。湯たんぽがわりにあんたの足で温めて」


 チャコの冷たい足が、寅の足の上へやって来た。


 「あたしも」つづいてユキの足もやってきた。


 4本のつめたい足が寅の足の上で、居場所をもとめてもそもそ動く。
はじめてだ。こんな形の雑魚寝は・・・
眠ることができるのか、こんな途方もない状態の中で・・・
寅の頭の中で血が沸騰しはじめた。


(10)へつづく



上州の「寅」(8)30秒で食え

2020-07-22 15:31:16 | 現代小説
上州の「寅」(8)


 深夜2時。参道が閑散としてきた。
あれほど賑わっていた参拝客の姿が嘘のようだ。


 「安心するんじゃないよ。嵐のまえの静けさだ。
 本番はこれからだからね」


 チャコが、ふうっと青い煙を吐きあげる。


 「あ、やっぱり吸うんだ君は。未成年だろ。やめた方がいい。体によくない」


 「ひと稼ぎしたんだ。自分へのご褒美だ。いいだろう、これくらい」


 「よくない!。大人になってから吸え。それがルールだ」


 「18歳は大人だ。選挙権もある。
 2022年から成人年齢は18歳になる。大目に見ろ。そのくらい」


 「本番はこれからだと言ったね。どういう意味だ?」


 「元旦の朝からが本番さ。
 着飾った連中が今年一年の幸福のため、わんさか神頼みにやってくる。
 大晦日の人出なんて嵐の前の前兆だ。
 覚悟しな。トイレへ行く暇もないくらい忙しくなるから」


 そのとき。チャコの携帯へメールがはいった。


 「おっ・・・元締めからだ。
 飯が届くそうだ。ユキ。お兄ちゃんを連れて食事へいっておいで」


 中学を卒業したばかりの金髪は、ユキという。
「ついてきな」ユキがテントの陰から裏道へ入っていく。
着いたのは野菜の箱や段ボール箱が、これでもかとばかり積まれた古いテント。
裸電球の下に長机がひとつ置いてある。


 しかし。長机のうえに何もない。


 「早すぎたか?」


 「元締めが持ってくる。来る前に顔をそろえ挨拶するのが普通だろ」


 ユキちゃんの言葉の通り、つぎからつぎへ人が集まって来た。
長年屋台で商売していそうな中年のオヤジ。寅とおなじ短期のアルバイト。
チャコちゃんやユキちゃんと同年のような女の子。
10人余りが顔をそろえたとき。黒メガネのいかつい男が、ぬっと顔を出した。


 「待たせたな。今夜の飯だ。いつものようにアツアツの牛丼だ。
 特盛は男たち。並盛は女の子たち。
 いいか30秒で食え!。
 それより遅い奴は、給料から天引きするからな!。
 よし。みんなに配ってやれ」


 うしろに控えていた男が、ドンとおおきなビニール袋を長机へ置く。
群がるように牛丼を受け取る。
長机は有るが椅子はない。ということは立ったまま食えという事か?。
しかも30秒で・・・


 (30秒で食うのか?。アツアツ牛丼の特盛を?)


 (こんなもの30秒で食えるとホントに思ってるの、あんた。
 おめでたいのにもほどがある。
 喰ったふりして元締めに挨拶してから、とっとと持ち場へ帰るよ)


 ほらと巾着袋をひらいて見せる。
こいつに隠して持ち帰るという段取りらしい。
(これがホントのテイクアウト)ユキちゃんがニッとしろい歯を見せる。


 「元締め。美味しかったです。ご馳走様でした!」


 「こら。ユキ。もうひとつ持って行かんか。チャコの分。
 持って帰ってもいいが、30秒で食えよ。
 稼ぎ時だ。飯の時間がもったいねぇからな。あっはっは」


 (9)へつづく