忠治が愛した4人の女 (75)
第五章 誕生・国定一家 ⑨
翌日から忠治を先頭に、2代目百々一家が田部井村へ乗り込んだ。
境の賭場は、文蔵と千代松の2人に任せた。
田部井村へ乗り込んで来た忠治は、早速、嘉藤太の家を拠点にした。
嘉藤太、清五郎、富五郎、又八、次郎の5人が、久宮一家の賭場を見つけては、
問答無用で、片端から潰していく。
「国定村の忠治親分が帰って来た。おめえらは、さっさと出ていきやがれ!」
賭場荒らしだけでは収まらない。
久宮一家の子分たちを見つけると、寄ってたかって痛い目にあわせる。
次から次へ、村の外へ追いたてた。
10日も経たないうち、国定と田部井村から久宮一家の姿が消えた。
どちらの村も、養蚕で生計をたてているちいさな村だ。
人口は少ない。賭場で遊べる人間もそれほどいない。
久宮一家も、売り出し中の忠治が戻ってきたことで国定と田部井をあきらめた。
あとのことを嘉藤太にまかせて、忠治が久しぶりに実家へ戻る。
3つ下の弟。友蔵に長岡家の家督をゆずるためだ。
お鶴はあいかわらず、母親といっしょに忙しく仕事に追われている。
忠治の顔を見つけると、お鶴が姉さん被りを外す。
目を細め、笑顔を見せて駆け寄って来た。
「お帰り。すこしのんびりできる?」
「そうもいかねぇ。弟の友蔵に話が有ってやってきた。
どこにいるんだ、友蔵は」
「叔父さんと一緒に、絹市に出かけました。
なにか至急のご用でしょうか?」
「いや。あとでもいいんだ。だが、はやめに片づけたほうが都合がいい。
そうか、友蔵は出かけていて留守か。
仕方ねぇな。今日は久しぶりに、おめえの膝枕でのんびりするか」
「うふふ。よく言いますね、ホントはその気もないくせに。
わたしのところへ顔を見せたのは、田部井村のお町さんに振られたからでしょう?」
「お町は関係ねぇ。
俺が会いたかったのは、いつだっておめえだけだ、お鶴」
「あら嬉しい。嘘でもそう言われれば、愛想よくしなければいけませんねぇ。
ゆっくり出来るのなら風呂の支度をいたしますので、汗を流してくださいな」
くるりと背を向けて、お鶴が湯殿へ飛んでいく。
背中姿が、嬉しそうだ。
忠治が実家へ戻って来るのは、3ヶ月ぶりのことになる。
襲名披露以来、はじめてだ。
一家を構えた瞬間から忠治は、家督を弟に譲ることを考えていた。
長岡家は、国定村で筆頭格にあたる養蚕農家。
住み込んでいる下人をはじめ、使用人たちだけでかるく10人をこえる。
蚕の最盛期に突入すると、近所の女房連中をふくめて20人以上の大所帯にふくれあがる。
母親とお鶴だけで切り回していくには、おのずと限界がある。
家督を弟に譲れば、長岡家は安泰を取り戻す。
しかし。それは同時に、嫁のお鶴が複雑な立場に立つことになる。
弟の友蔵にまだ嫁はいない。
友蔵が家督を継げば、早い時期に嫁をもらうことになる。
そうなるときのことも含めて、お鶴のことを友蔵に頼んでおかなければならない。
弟の友蔵は、実直な性格の持ち主だ。
忠治の申し出を、こころよく2つ返事で引き受けた。
「兄さんは家のことなんか心配しないで、二代目百々一家を盛り上げてください。
おふくろもお鶴さんのことも、おいらが面倒見ます。
無宿者を斬った時から、きっとこんな風になると、ずっと考えてきました。
おれは昔から、弱い者いじめをしない兄さんが大好きだった。
信太郎兄さんが病死したときから、いつかこんなときが来ると覚悟していました。
兄さん。そのかわり、お願いがあります。
どうせなるんなら、関東いちの大親分にのし上がってください。
おいら。この家を守りながら、死ぬまで兄さんを応援します」
(76)へつづく
おとなの「上毛かるた」更新中
第五章 誕生・国定一家 ⑨
翌日から忠治を先頭に、2代目百々一家が田部井村へ乗り込んだ。
境の賭場は、文蔵と千代松の2人に任せた。
田部井村へ乗り込んで来た忠治は、早速、嘉藤太の家を拠点にした。
嘉藤太、清五郎、富五郎、又八、次郎の5人が、久宮一家の賭場を見つけては、
問答無用で、片端から潰していく。
「国定村の忠治親分が帰って来た。おめえらは、さっさと出ていきやがれ!」
賭場荒らしだけでは収まらない。
久宮一家の子分たちを見つけると、寄ってたかって痛い目にあわせる。
次から次へ、村の外へ追いたてた。
10日も経たないうち、国定と田部井村から久宮一家の姿が消えた。
どちらの村も、養蚕で生計をたてているちいさな村だ。
人口は少ない。賭場で遊べる人間もそれほどいない。
久宮一家も、売り出し中の忠治が戻ってきたことで国定と田部井をあきらめた。
あとのことを嘉藤太にまかせて、忠治が久しぶりに実家へ戻る。
3つ下の弟。友蔵に長岡家の家督をゆずるためだ。
お鶴はあいかわらず、母親といっしょに忙しく仕事に追われている。
忠治の顔を見つけると、お鶴が姉さん被りを外す。
目を細め、笑顔を見せて駆け寄って来た。
「お帰り。すこしのんびりできる?」
「そうもいかねぇ。弟の友蔵に話が有ってやってきた。
どこにいるんだ、友蔵は」
「叔父さんと一緒に、絹市に出かけました。
なにか至急のご用でしょうか?」
「いや。あとでもいいんだ。だが、はやめに片づけたほうが都合がいい。
そうか、友蔵は出かけていて留守か。
仕方ねぇな。今日は久しぶりに、おめえの膝枕でのんびりするか」
「うふふ。よく言いますね、ホントはその気もないくせに。
わたしのところへ顔を見せたのは、田部井村のお町さんに振られたからでしょう?」
「お町は関係ねぇ。
俺が会いたかったのは、いつだっておめえだけだ、お鶴」
「あら嬉しい。嘘でもそう言われれば、愛想よくしなければいけませんねぇ。
ゆっくり出来るのなら風呂の支度をいたしますので、汗を流してくださいな」
くるりと背を向けて、お鶴が湯殿へ飛んでいく。
背中姿が、嬉しそうだ。
忠治が実家へ戻って来るのは、3ヶ月ぶりのことになる。
襲名披露以来、はじめてだ。
一家を構えた瞬間から忠治は、家督を弟に譲ることを考えていた。
長岡家は、国定村で筆頭格にあたる養蚕農家。
住み込んでいる下人をはじめ、使用人たちだけでかるく10人をこえる。
蚕の最盛期に突入すると、近所の女房連中をふくめて20人以上の大所帯にふくれあがる。
母親とお鶴だけで切り回していくには、おのずと限界がある。
家督を弟に譲れば、長岡家は安泰を取り戻す。
しかし。それは同時に、嫁のお鶴が複雑な立場に立つことになる。
弟の友蔵にまだ嫁はいない。
友蔵が家督を継げば、早い時期に嫁をもらうことになる。
そうなるときのことも含めて、お鶴のことを友蔵に頼んでおかなければならない。
弟の友蔵は、実直な性格の持ち主だ。
忠治の申し出を、こころよく2つ返事で引き受けた。
「兄さんは家のことなんか心配しないで、二代目百々一家を盛り上げてください。
おふくろもお鶴さんのことも、おいらが面倒見ます。
無宿者を斬った時から、きっとこんな風になると、ずっと考えてきました。
おれは昔から、弱い者いじめをしない兄さんが大好きだった。
信太郎兄さんが病死したときから、いつかこんなときが来ると覚悟していました。
兄さん。そのかわり、お願いがあります。
どうせなるんなら、関東いちの大親分にのし上がってください。
おいら。この家を守りながら、死ぬまで兄さんを応援します」
(76)へつづく
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