落合順平 作品集

現代小説の部屋。

赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (54)

2017-02-26 18:13:52 | 現代小説
赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (54)
 夏まで残る雪渓



 潅木の道をようやく抜ける。
地蔵山からやってきた道と合流すると、三国岳へむかう尾根を伝う道に出る。
このあたりから、所々、足元が崩れた痩せ尾根になっている。
霧がすこしづつ濃くなってくる。


 滑らないよう注意しながら、恭子と清子が痩せた尾根の道をすすんでいく。
およそ30分。急峻な三国岳の上り口へ到着する。



 「清子。ここから先が、今日一番の難所だよ。
 剣が峰という岩場がある。鎖を頼りによじ登っていく険しいところだ。
 でもね。雨で濡れていなければ、さほど難しい場所じゃない。
 ほら。遠くにたくさんの雪渓が見えるだろう。
 あれはね、夏の中頃まで残るんだ。
 ここの岩場を越えると避難小屋がある。そこまで行けば一休みができる。
 ガスがかかってきたけど、天候が崩れる心配はないだろう。
 一休みしてから、岩場を登ろう。
 それまでたまを懐から出して、休憩させてやるといい」


 『お前も一休みをしたほうがいいそうです』
清子が胸のポケットからたまをつまみ出そうとする。
しかしたまは、『寒すぎるから嫌だ』とばかり、目を見開いたまま
ポケットの中で首を横に振る。
雲の切れ間から、下界の様子がよく見える。
このあたりで標高は、すでに1500mを超えている。


 『なんだい・・・寒いのかい?、お前』清子がたまを覗き込む。
たまがフルフルとヒゲを小刻みに震わせている。
寒さより、立ち込めている湿気を含んだガスを嫌っているようだ。
よく見ると口の周りをしきりに舐め回している。



 猫が顔や耳の後ろなどを洗うと、雨が降る可能性が高くなる。
『猫が顔を洗うと雨が降る』と昔から言われている。
猫は極端に湿気嫌う。
顔に着いた湿気のベタベタを、手で懸命に取り除く。
猫がいつも以上に顔を擦っていたら、低気圧が接近している証拠になる。
曇り空なら、傘を持って外出するほうが良いとされている。


 口や鼻の周りをなめることもある。
この場合。猫の気持ちの中に迷いが生じている。
逃げ出したい気持ちがうまれている。逆に近寄ってみたいと考えている時もある。
行動に迷いが生じたとき、猫は口の周りを舐める。
次の行動に移りやすくするため気分を鎮めて、落ち着つかせるための
行動と言われている。


 「あはは。たまは男の子のくせに、臆病すぎる。
 危険な岩場だと言われて、緊張しているんでしょ。
 無理はない。あたしだって高度1500mの岩場は初めての体験です。
 でもさぁ、見てごらん。
 あちこちに鮮やかなピンクや、オレンジの花が見えるだろう。
 白や紫色の花も見えている。
 ここはきっと、晴れていれば雲の上の花園です。
 そんな気配がぞんぶんに漂っています。
 ほら。たま。もっと大きな目を見開いて、まわりを見てご覧。
 こころが踊るような景色が、お前にも見えますから」



 「子猫に向かって、無茶を言わないの、清子。
 猫の目が大きくなるのは、夜だけさ。
 今は、三日月様より細くなっている状態だもの、景色なんか目に入るもんか。
 山小屋で好物のかつお節でも食べされば、きっと機嫌も治るだろう。
 もっとも山小屋に好物のかつお節が、有るかどうかが問題だけど、ねぇ」



 さぁ行くよと帽子を直して、恭子が立ち上がる。
ガスのせいで、足場が滑りやすくなってきたから気をつけるんだよと
恭子が、清子を振り返る。
剣が峰は岩の塊が、不規則にゴロゴロと突出している。
三国避難小屋までの稜線を、こうした岩場が不規則に続いていく。


 飯豊山は、遠くから撮影された写真のイメージから、
女性的な優しい山と、人々には思われている。
なだらかな稜線の山容。山肌を彩る数多くの高山植物の様子などから、
そんなイメージが多くの人に普及した。


 全体的にほどよく整備された登山道を備えている。
しかし。所々にこうした荒々しい岩場や鎖場などがある。
かつて山岳信仰で賑わった山は、ときどきこうした男性らしさを、垣間見せる。


 山の手ごわい洗礼を受けて尾根を歩くこと、30分。
2人の行く手に三国の避難小屋が、瘦せ尾根の遠くに見えてきた。

(55)へ、つづく


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赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (53)

2017-02-25 17:33:12 | 現代小説
赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (53)
 プロラクチン受容体のはなし



 登山口から歩き始めて2時間。
下15里、中15里、上15里の3つの急坂をそれぞれ無事に乗り越える。
すすむにつれて周囲に、大きなブナの木が増えてくる。


 灌木の中に、ウドやタラの芽が見える。
可憐な花をつける高山植物が、ちらほらと姿を現してくる。
眺望が開けはじめてくる笹平・横峰の広場に、ようやくの思いで2人が到着する。
清子は全身にびっしょりの汗をかいている。


 「清子。休憩中に、汗を拭いておくんだよ。
 今日は蒸し暑いから、少し動くだけで汗をかく。
 水はまめに摂っておくこと。そうしないとあとで、ばてる原因になるからね」


 「汗をかいているのに、水をたくさん摂れというのは矛盾しています。
 あっ・・・・胸の谷間をたったいま、冷たい汗が流れていきました!」


 「嘘つけ。Bカップに、胸の谷間なんかあるもんか。
 見栄を張るんじゃない。このペチャパイ娘が。うっふっふ」


 「恭子お姉さんのお胸は大きくて、形がいいので羨ましい限りです。
 どうしたら、そのように大きくなるのでしょうか・・・・
 何か秘訣のようなものでも有るのですか?」


 「秘訣なんかないけど、好き嫌いしないことと、乳製品や豆腐などの
 豆類をよく食べることかな。
 母親からの遺伝という人もいるけど、食生活や睡眠のほうが大切だと思う。
 北海道や東北の女性の胸が大きいのは乳製品などを、よく食べているからです」


 「乳製品と豆をよく食べると、胸が大きくなるのですか・・・」


 
 「昔の女性は20代前半で、大半がAカップと言われていた。
 今はCカップが多いと言われている。
 違いは、成長ホルモンの差から来ているようだ。
 ある程度の年齢から、女性ホルモンと成長ホルモンが分泌するようになる。
 プロラクチン受容体が出来上がってないと、乳房は大きくはならないんだよ」


 「プロラクチン受容体?。なんですかそれ?」



 「プロラクチン受容体は、10歳前半で出来る人もいる。
 遅い人は20歳を過ぎたり、中には一生出来ない人もいるそうだ。
 成長ホルモンは18歳をピークをむかえ、20歳から減少する。
 ゼロになるわけではないから、中には奇跡的に20歳を超えておおきくなる人もいる。
 そういう可能性もちゃんと残っている。
 だからお前も、もう遅すぎると悲観する必要はないさ」


 「プロラクチンというのは?」


 「プロラクチンというのは、脳の下垂体から分泌されるホルモン。
 女性の妊娠や出産などに、大きく関わるホルモンだよ。
 妊娠中は乳腺を発育させる。
 出産後は、乳汁の分泌を促す役割を果たす。
 そうかお前はまだ、身体が大きく変化を遂げる前の年齢だもんね」


 「あのう。男の人に胸を揉まれると、大きくなるというのは
 まったく嘘なのですか?」


 「たまたまプロラクチン受容体の成長期と重なって、大きくなっただけだろう。
 生理学的にはまったく何の根拠もないよ。
 なんだい、お前。
 女の胸は男の人に揉まれると、大きくなると思っているのかい?。
 可愛いねぇ。そんなものは根拠のないガセネタだ。
 エッチと胸の大きさに関係はまったくありません。あっはっは」


 『さて、行こうか』恭子が前方の登山道を見上げる。
灌木林の中を進んでいくと、やがて地蔵山の山頂に向かう小道と、
地蔵山の麓を巻いて峰秀水を経由していく分かれ道に出る。
『山頂へ向かう道は少しばかり手強い。清子が居ることだし、今日はこっちだな』
恭子がなだらかな道が続く巻き道へ進路を取る。


 「清子。
 プロラクチンの成分は含まれていないけど、この先に美味しいミネラルを
 たっぷり含んだ峰秀水の湧水がある。
 水筒を用意して、たっぷり汲んでいこう。
 冷たい水で顔を洗ったら疲れきった身体が、いっぺんに元気を取り戻す」


 「冷たい湧水があるのですか!。それ最高です!」


 「周りを見てごらん。ブナの大木があちこちにそびえているだろう。
 ブナの林は昔から、天然の水瓶と言われている。
 豊かな水源地さ。
 何も見えないけど私たちの足元を、ブナが溜めた地下水が脈々と流れているんだ。
 冷たい湧水は汗を流して登る人たちへの、山からの贈り物だ。
 ほら。木の間からもう、その湧水群が見えてきた!」


(54)へつづく


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赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (52)

2017-02-23 18:26:29 | 現代小説
赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (52)
 下15里、中15里、上15里 3つも続く、15里の道




 『なぁ聞けよ。清子。オイラの話を。ひどいんだぜ、市のやつ。
 夕飯の時。旨そうなかつお節が出てきたんだ。
 かつお節はおいらの大好物だ。何も考えず、オイラも食いついちまった。
 今から考えれば、それが間違いのもとだった。
 食った途端。あれよというまに、眠たくなってきた。
 アノやろう。かつお節に睡眠薬を混ぜたんだ、きっと。
 おかげでぐっすり寝込んじまった。
 気が付いたらよう。なんだかゆらゆら揺れている、真っ暗闇の中だ』


 たまが、清子の胸元でさっきから愚痴をこぼしている。
オレンジ色のヤッケの胸元に、たまがすっぽり収まっている。
まるでたまのための、オーダーメイドだ。
ちょうどたまが収まるサイズの、ポケットが付いている。
このヤッケもまた、市が用意したものだ。


 清子はたまの愚痴を完全に無視している。
あるきはじめたときから、恭子との会話に夢中になっている。
林道を進んでいくと、小さなせせらぎに出る。
せせらぎに架かった小橋を越えると、登山道を示す大きな案内看板が
2人の行く手に大きくそびえる。



 「清子。ここからが飯豊山の、本格的な登山道だ。
 覚悟はいいかい。臆病風に吹かれて引き返すのなら、今のうちだよ」


 「とんでもありません。
 期待で胸が膨らみ、ワクワク高鳴っています。
 お天気は最高です。たまも一緒です。何一つ心配する要素はありません。
 あ・・・・頼りになる恭子お姉さんと一緒です。
 私は何ひとつ心配などはしていません」


 「なんだかなぁ。とってつけたようなお世辞に聞こえたぞ・・・まぁいいか。
 ほら、最初のマイルストーンが見えてきた。
 ここから少し難所に変っていくよ」


 「マイルストーン?。なんですか、それ?」



 「道の途中におかれた目印、道標のことだ。
 マイルストーンは物事の進捗を管理するため、途中で設ける節目のことを言う。
 到達点に向かうための、通過点の意味が有る。
 道路に置かれている里程標識なんかも、同じ役割を果たしている」


 「たいへんだぁ、お姉ちゃん。マイルストーンに下15里と書いてあります!。
 1里というのは、4キロでしょ。
 そうすると次のマイルストーンまでの距離は、ざっと60キロになります。
 いきなり、60キロもあるくのですか!」


 「あはは。これから始まる3つの急坂を、それぞれ15里と呼んでいるんだ。
 せせらぎの先。600mの場所からはじまる最初の登りを、下15里。
 そこからさらに500m登った先に、中15里が有る。
 さらに600m登ると、最後の上15里がでてくる。
 この急な上り坂を、1里が15里に相当するほど苦しいという意味から、
 そういう名前がつけられたのさ」


 「急な上りで、合計が45里ですか・・・・
 それはずいぶんとまた、歩き始めから難儀なことです。ねぇ、たま」

 「2キロあまりの山道で繰り返される、3つの急な上りだ。
 でもね。ここは名だたる名峰です。
 急な坂道が多いとは言え、登山道はきれいに整備されています。
 オーバーペースにならないように、道標をひとつづつ確かめながら、
 一歩一歩、慎重に登って行きましょう。清子」


 恭子が言うとおり足慣らしとも言える、平坦な杉林がしばらく続く。
しかしそれもつかの間のこと。
やがて本格的な登りが、2人の目の前に迫って来る。


 最初の尾根で地蔵山まで続いていく、長坂と呼ばれる急傾斜があらわれる。
20~30分登るごとに、休憩用の広場がつくられている。
広場がいくつも整備されているには、理由がある。
数日をかけて、山を散策する人たちが増えてきた。
大きな荷物を背負う登山者たちに、配慮したためのものだ。

 景観から杉が消える。雑木と灌木に覆われた登山道に変わると、
最初の休憩場所が見えてくる。
ここが急坂路の起点だ。ここから下15里の急坂がはじまる。



 「たま。最初の急坂、下15里が見えてきました。
 あらら。ほんまや~。いままでの登山道から比べると桁違いの急坂やな。
 杉の小径は、ほんの小手調べでしたなぁ。
 ここから先は、1歩くごとに1m上昇していくような、きつい坂どす・・・・
 しかたおまへん。ささいな距離で、15里分の苦労をするんどす。
 簡単には登らせてくれまへんなぁ、飯豊山の登りというものは・・・・」


 「どうしたのさ清子。変だぜ。
 どうでもいいけど、その中途半端すぎる京なまりは、なんとかならないのかい?
 歯がゆくて、なんだかあたしまで、力が抜けてしまいそうどす」


 「あはは。すんまへん。
 ウチ、極端に緊張すると、なぜかこんな口調になるんどす。
 かんにんどっせ。恭子おねえ~はん!」



 『大丈夫かいな清子は。
 ほんま。なにやら、ウチまでおかしくなりそうや・・・』


 恭子が額から流れ落ちてくる、大粒の汗を拭う。
急坂の途中で恭子が立ち止まる。真っ赤な顔をして登ってくる清子の姿を振り返る。
『なんやかんや言う割に、頑張って登っているやんか、この子・・・
意外と根性あるわ』
うふふと嬉しそうに、目をほそめる。


 (53)へ、つづく

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赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (51)

2017-02-22 17:05:06 | 現代小説
赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (51)
 飯豊山登山口




 小春が登山口のある川入まで、2人を送っていく。
川入から山頂の神社まで、往復で30キロあまり。
健脚なら早朝の2時頃から登り始めて、その日のうちに往復することも出来る。
しかし。初心者の清子に無理は禁物ということで、たっぷり余裕をみた。
その結果。2泊3日という山あるきの行程になった。


 「くれぐれも無理しちゃダメよ。
 なにか有ったら迷わず引き返すのよ。お願いよ、恭子ちゃん。
 清子は、目を離すと何を仕出かすか分からない子なの。
 しっかり見張っていてくださいね」


 30分で到着した登山口の駐車場で、小春がいまさらながら、オロオロしている。
『あたしが準備してあげます』市奴が手がけてくれた清子の荷物は、
恭子のリュックサックの倍近い大きさに膨らんでいる。


 「開けてみてのお楽しみが、ぎっしり詰まっているそうです」


 うふふと笑った清子が、『よっこらしょ』とリュックサックを肩にかける。
「あら・・・」見かけに反し軽いことに、清子が驚ろきの表情を浮かべる。



 「別に、筋肉トレーニングに行くわけじゃないんだ、清子。
 最初から重いと感じるリュックでは、長時間、担げるはずがないだろう。
 軽く感じるのは、中身がバランスよく詰められている証拠さ。
 市さんは、登山経験が豊富な人だ。
 そうか。市さんはこのあたりで産まれたんだ。
 ということは子供の頃から、何度も、飯豊山に登山しているはずです。
 そうなると、リュックの中に何を詰め込んだのか、なんだか、
 楽しみになってきましたねぇ。ふふふ」


 心配そうな顔で見送っている小春を駐車場へ置いて、恭子と清子が、
登山口へ向かう最初の林道を歩きはじめる。
登山口はここから10分ほどの距離にある。
そこから、本格的な階段状の急な上りがはじまる。


  『じゃあね。行ってきます!』2人が同時に振り返ったとき。
小春が何かを思い出し、あわてて清子を呼び止める。



 「あっ、いけない。忘れていました。
 市奴姐さんから、清子へ渡してくれとメモを預かってきました。
 もしものことばかり考えて、つい、うっかりしておりました。
 はい。市さんからの伝言です。
 あ~あ、よかった。ちゃんと手渡すことができて。
 このまま帰ってしまったら、市奴姉さんに、目いっぱい叱られてしまいます。
 じゃあね2人とも今度こそ、本当に気をつけていくんですよ」


 名残惜しそうに小春が、駐車場から手を振る。
『大丈夫です。そんなに心配しないでくださいな』恭子が笑顔で手を振り返す。
林道を歩き始めた次の瞬間。『何が書いてあるんだい?』
くるりと小春に背中を向けた恭子が、いそいで清子の手元を覗き込む。


 「わざわざメモを書いてくるなんて。いったい何なのでしょう・・・・
 何が書いてあるのかしら?」


 なになに・・・
『小春の姿が見えなくなったら、急いでリュックを開けよ』と書いてある。
リュックを開けろ?。一体どう意味かしらと清子が駐車場を振り返る。
豆粒ほどの大きさに変わった小春が、あいかわらず両手を振って見送っている。


 「まだ、小春姉さんの姿が見えております」



 「でもさ。歩き始めたら、いそいで開けろと書いているくらいだ。
 きっと、緊急を要するものが入れてある。
 なんだろうね。登山に必要なものは全部、はいっているはずだ。
 いまリュックを開ける理由は、まったく無いと思うけどね。
 あっ。ひとつだけ思い当たることが有る。
 清子。いつも身近にウロウロいるはずの、あいつの姿が見当たらないよ!」


 「そういえば、小春姐さんの車の中にも、姿がなかったですねぇ。
 もともとお気楽屋のたまのことです。
 どこかでのんびり、お昼寝などをしていると思います」


 「それにしても変だ。
 昨夜からまったくたまの姿を見ていないもの。
 登山で3日もいなくなるというのに、それを知りながらあいつが
 姿をみせないなんて、変だと思わないか。
 清子。急いでリュックを開けて見な。
 市さんのことだ。もしかして、もしかするかも知れないよ!」


 『えっ!』清子が駐車場をふりかえる。
小春の姿を探すが、すでに車ごと駐車場から消えている。
『ほら。とにかく急いで下ろして』
背中へ回った恭子が、清子のリュックに手をかける。


 「あっ。ほら・・・やっぱり居た!」



 リュックサックの口から、たまの寝ぼけた顔がでてきた。
『一体全体、何事だぁ』たまが、ぼそりとつぶやく。
まだ睡魔から覚めきれていない。
眠り薬でも飲まされたような、そんな気配がぞんぶんに漂っている。



 「うふふ。たまと清子はやっぱり一心同体だ。
 市さんに眠り薬を飲まされましたね、お前さまは。
 眠りこけているあいだに、リュックサックへ放り込まれたんだ。
 これで今回の山行きは、かよわい女子2人に、小猫が1匹。
 女人禁制は聞いた覚えがありますが、猫が入山禁止とは聞いていません。
 よかったねぇ、たま。
 お前も可憐に咲くヒメサユリや、たくさんの高山植物をその目で
 たっぷり見ることができるよ。
 市さんの粋な計らいに、心から感謝しなければなりません。
 やっぱり清子とたまはワンセットだ。あっはっは」


 (52)へ、つづく

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赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (50)

2017-02-21 17:46:56 | 現代小説
赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (50)
 登山前の、ノーパン姉妹




 「かつては女人禁制のお山であったと、市奴姐さんから伺いました」


 「知っているよ。
 そのむかし。女人禁制の掟を破って入山した女がいる。
 怒った山の神が、石に変えてしまったという伝説は、有名さ。
 飯豊山へはじめて登山したのは、会津女子高出身の猪股なんとかという18歳の女。
 安心しな。女人禁制は昔の話さ。
 山頂の神社まで行き、山上のお花畑を楽しむと、2泊3日の日程になる。
 お前。本格的な山登りは初めてかい?」


 「ヒメサユリの花を見るだけで、2泊3日もかかるのですか?」



 「ヒメサユリだけじゃないよ。ニッコウキスゲも満開さ。
 登るにつれてあちこちで、たくさんの高山植物を見ることが出来る。
 天上にひろがる花園なのさ。梅雨入り前の飯豊連峰は」


 「3日間も歩いたら、脚がパンクしそうです。
 大丈夫でしょうか。あたしみたいな初心者がいきなり登っても」


 「最初はみんな初心者さ。
 心配はいらない。お前はそのへんの連中より、しっかり足腰を鍛えているもの。
 中腰で踊る日舞は、足腰の鍛錬にもってこいだ。
 ほら。このへんなんか鍛え抜かれて、見るからに、ムチムチしているもの!」



 登山ズボンに足を通している清子のお尻を、恭子がポンと叩く。
『きゃっ!』悲鳴を上げた清子が、片足をズボンに突っ込んだまま、
ケンケンで室内を移動していく。


 驚いたのはのんびり昼寝を決め込んでいた、たまだ。
態勢を崩した清子の大きなお尻が、たまの目の前に落ちてきた。
『うわ~っ。油断していたおいらが、迂闊だった。大ピンチだ。
今度ばかりはオイラも助からねぇぞ・・・絶体絶命の大ピンチだ!。もうだめだ!』
たまが観念して両目をつぶる。
覚悟を決めたその一瞬。横からさっと市の手が伸びてくる。


 「馬鹿だねぇ、お前も。
 何が起こるかわからないお部屋の真ん中で、昼寝なんかするんじゃないよ。
 ほらごらん。清子のお尻は最近すっかり大きくなってきた。
 あんな大きなお尻に乗られたら、お前なんか、いっぺんにぺっちゃんこのノシイカだ。
 ホント。危なかったねぇ、命拾いしましたねぇ、たまや」


 「失礼ですねぇ。そんな風におっしゃる市奴姐さんは。
 少しばかり丸くなってきましたけど、それほど大きくはありません。
 と、自分では思っております。
 今でも、昔のままのパンツが、そのまま履けると思います。
 履いてみればのお話ですが」



 「履いてみれば?。ということはなんだい、今のお前は、
 パンツを履いていないということかい?。
 じゃ、ノーパンか?」


 「はい。浴衣を着はじめた時からノーパンです。
 ついでですが、ズボンを履くときもノーパンで過ごしております。
 あら・・・いけないでしょうか?。
 ズボンの時は、パンツを履いたほうがよろしいでしょうか?」


 「別に構わないさ。パンツを履こうが履くまいが、清子の勝手です。
 でもね。山へ行くときは別です。
 何が有るのか分かりません。万一にそなえて下着だけはつけていきなさい。
 遭難した時。下着を着けていないようでは物笑いの種になります。
 だいいち。涼しすぎてあそこが、風邪などをひきかねません。うっふふ」


 「そうですよねぇ登山ですもの、万が一という心配は確かにあります。
 それではあたしも今回だけ、パンツを履いて登ろうかしら」


 「おや?。10代目もパンツを履いていないのかい?。
 なんだいお前さんたち。2人揃ってノーパンなのかい。驚いたねぇ・・・・」



 「はい。清子に浴衣の着付けを教えてもらった時から、わたしもノーパン党です。
 黙っていれば誰にもわからないし、楽だし、快適です。
 やはり変ですか。パンツを履かないと?」


 「勝負パンツを履く年頃でもないし、特に問題などはないでしょう。
 パンツを履かなくてはいけないという法律も、ありませんし。
 しかし。山の夜は冷えます。
 山に行くときだけはパンツの上に、毛糸のパンツも重ねて履いてくださいな。
 女は冷えると後々が、厄介になります。
 どんな場所であれ、女らしさを忘れてはなりません。
 悪いことは言いません。
 今回だけ、二重にパンツを履いていくんですね、二人とも」



(51)へ、つづく

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