落合順平 作品集

現代小説の部屋。

北へふたり旅(117)メロン記念日⑫

2020-06-29 14:40:15 | 現代小説
北へふたり旅(117)


 札幌を出て25分。木立のむこうに銀色の尾翼が見えてきた。
新千歳空港だ。
乗客の3分の1が立ち上がる。


 「みんな降りていきますねぇ。函館までいくひとは少ないのかしら・・・
 空席が目立ってきました」


 「夏休みも終わりだ。人の動きもピークを過ぎたんだろう」


 「そういえばユキちゃんからもらった、はじめてのお弁当。
 いったいどんなお弁当でしょう」


 「厨房を借りてつくったと言ってたね。
 材料的に問題ないだろうが、問題はユキちゃんの腕前だな」


 「開けてみましょうか?」


 「早くないか。昼には」


 「見るだけです」


 風呂敷のつつみに妻の手がかかる。
するりと風呂敷がはずれる。中から4段重ねの重箱があらわれた。


 「4段重ねのお重です。和食かしら?」


 「いいにおいがするな。食欲がそそられる」


 「しょうしょう危険な匂いです。でもなんでしょう、この匂いは?」


 ステーキガーリックライス(激悪度★★☆)というシールが貼ってある。
「激悪度★★☆?。なんだ、いったい、どういう意味だ?」


 「うふっ。お茶目ですねぇユキちゃんたら。
 これ。きっといま流行りの激悪メシです」


 「激悪メシ?」


 「身体に悪いご飯のことです」


 「身体に悪いお弁当をわざわざ作ってくれたのか、ユキちゃんは?」


 「見るからに栄養バランスが悪く、高カロリーでボリューム満点。
 健康志向ブームの真逆を行くレシピ。それが激悪メシです。
 罪深いけれど間違いなく美味しい料理、という意味もあるそうです」


 「ダイエットも健康も忘れて、美味しさを実感しろ、ということか。
 今日は強行軍の長旅だ。
 英気を養い、元気に帰れと言うメッセージだな。
 で・・・どうなってんだ。そのステーキガーリックライスってやつは?」


 妻が重箱の蓋をあける。
牛脂で焼いたカリカリのニンニクチップが匂いとともに目に飛び込んでくる。
バターを溶かし、フライパンで焼いたステーキ用の肉が、これでもかとばかり、
どっさり乗っている。
三つ葉が3枚、申し訳のようにちょこんと散らしてある。


 「これは危険な匂いだ。しかし実に旨そうだ。2つ目は何だ?」


 妻が2つめの重箱を取り出す。
蓋に「合法ハーブshiso使用・目玉焼き丼・激悪度★★★」
のシールが貼ってある。


 「激悪度(げきわるど)★3つの目玉焼き丼?。
 合法ハーブshiso使用とある。合法のハーブ・・・しそ?。大葉か!。
 大葉を使った万能調味料か?。
 開けてみろ。どんな料理か気にかかる!」




(118)へつづく



北へふたり旅(116)メロン記念日⑪

2020-06-26 15:29:34 | 現代小説
北へふたり旅(116)


 
 札幌駅のホームは2階。
発車まであと10分。特急・北斗号はすでに入線している。
メロンの箱をかかえた妻が、ホームの中ほどで立ちどまった。
のぼって来たばかりのエスカレーターを振りかえる。
(誰か来るのかな?)




 乗客の数は、意外なほどすくない。
エスカレ―ターから人があらわれるが、すぐ車両の中へ消えていく。


(乗車率、3割以下かな・・・)すこし寂しい出発風景だ。
発車まで5分を切った。
(そろそろ乗り込もうか)妻を振りかえったとき。
エスカレータを駆けあがる足音が聞こえてきた。


 妻の顔がやわらぐ。
まちびとがようやく来たようだ。
(妻がメロンを欲しがったわけは、そういうことか)
メロンが欲しいと言った妻を、ようやく理解することができた。


 ユキちゃんがエスカレータを駆けあがって来た。
両手におおきな風呂敷包をかかえている。


 「よかったぁっしょ。間に合ったぁ・・・ああ、よかった!」


 おおきな風呂敷包を私の前へ差し出す。


 「お約束の品です。本日のお弁当です。お2人の2食分。
 お店の厨房を借りて、いっしょうけんめい作りました。
 生まれてはじめてつくったお弁当です。
 ハッキリ言って、味の保障はできません」


 妻が駅弁売り場で弁当を買わなかった理由がようやくわかった。


 「ありがとう。うまれてはじめてつくったお弁当か。
 いいのか。おれたちが先に食っちまって。
 君の両親に申し訳ない」


 「両親には内緒にしておいてください。
 熱意だけでお弁当を作ってどうすんのと、母から怒られるっしょ」


 「はい。これ。お弁当のおかえし。
 遠慮しないで受け取って」


 妻が富良野メロンの箱を差し出す。


 「とんでもない。こんな高価なもの。バチがあたるっしょ!」


 「大好きでしょ。メロン。
 わたしも大好き。北海道のメロンが。
 わたしたちはカップに入ったこのメロンと、あなたのお弁当で充分。
 あなたはわたしたちのことを思い出しながら、食べてくださいこのメロン。
 ただし食べごろは4日後ですから。あわてないでね」


 「いいんですか本当に。ホントにもらっても」


 「ぼくたちこそ最高のお土産を君からもらった。たったいま」


 「また来てください。北海道へ」


 「今度は君の牧場へ、ばん馬を見にいくよ」


 「ぜったいっしょ。約束っしょ!」


 「君も群馬へきてくれ。大歓迎するから」


 「行きます。草津温泉のあんない、お願いします」


 「まかせてよ。隅から隅まで案内してあげるから」


 「それから・・・」


 「それから?」


 それから先の言葉は、ユキちゃんの口から出てこなかった。
北斗の発車の時間がちかづいてきた。
ユキちゃんに背中を押されて、わたしたちは車上のひとになる。


 ドアが閉まった。
扉の向こうでユキちゃんが手を振りはじめた。
妻も手を振り返す。
ユキちゃんの口がちいさく動いた。


 言葉は聞こえない。
わたしにはユキちゃんが「ありがとう」と言っているように見えた。




 
(117)へつづく


北へふたり旅(115)メロン記念日⑩

2020-06-23 16:17:11 | 現代小説
北へふたり旅(115)


 午前9時40分。2日間、世話になったホテルを出た。
大きな荷物は無い。
妻のキャリーバッグは宅急便で送り出した。
最小限の荷物をいれたリュックと、妻の愛用のバッグだけの軽装で
ホテルを後にする。


 ゆっくり歩いて駅まで10分。
西口に接続するデパートはまだ、重いシャッターが降りたまま。
「すこし早かったな・・・」
ベンチでも有れば座れるがと周囲を見回した。あいにく空きがない。
どこかの団体客が30人ほどのベンチを完全に埋め尽くしている。


 振りかえると広場のベンチに空きが見える。
しかしそこまで戻る時間が惜しい。
中途半端な時間を持て余しているとシャッターが開きはじめた。
(3分前だぜ・・・)静かにゆっくり、シャッターが上昇していく。
 
 気配に気付いた団体客がたちあがる。
(なんだよ。電車待ちじゃなくて、デパートの開店待ちの集団か)
団体といっしょに入り口の前へ行列をつくる。


 「いらっしゃいませ」店員のお辞儀にむかえられ店内へはいる。
エレベーターの前に群がる集団を横目に、地下への階段をすすむ。
駅弁売り場へむかうと思ったら、妻が逆の方向へあるきはじめた。


 「?。駅弁売り場はこっちだぜ」


 「いいの。わたしの今日の予定はこちらです」


 着いたのはフルーツがならぶ富良野の農園ショップ。
カットされたメロンの横に、直送されたばかりのメロンがならんでいる。
昨日とおなじ、カップにはいったカットメロンを3つ手にした妻が、


 「お願い。今日はもうひとつ、買ってください」


 2キロ以上ありそうなメロンを、目で指す。
見るからにおおきい。ずっしりとした外観はまるで小玉スイカだ。
一般に流通しているメロンは1.6キロ前後。
このメロンは2.4キロもある。
子どもの顔がすっぽりかくれてしまうほどの大きさがある。


 「大玉のメロン?。欲しいの?。やっぱり」


 「はい」


 妻が子供のように笑う。


 「これ、ひとつください」


 店員がやってきた。


 「どれがよろしいですか?」


 「なにか違いがあるの?」


 「ひとつひとつ食べごろが違います。
 当店ではひとつづつ食べごろシールを貼り、風呂敷でつつんだあと、
 梱包いたします」


 「3日か4日後に食べごろのものがいいわ」


 「こちらでいかがでしょう」


 店員がずしりとしたひと玉を持ちあげる。
食べごろ目安シールに、4日後の日付が書き込まれる。
ぺたりと張られたあと、半透明の風呂敷でふわりとつつんでいく。


 「かんぜんにつつんでしまうとメロンが呼吸できず、蒸れてしまいます。
 箱に入れるときは、顔をうえにむけて収容します。
 きれいに見えます」


 えっ、メロンに顔があるのか・・・わたしにはわからない。


 「どうですか?」店員がこちらへメロンの箱をむける。
たしかに箱の中で美しくおさまっている。
へぇぇ・・・ホントにメロンに顔が有るんだ。初めて知った。
驚いたなぁ・・・


 
(116)へつづく


北へふたり旅(114)メロン記念日⑨

2020-06-20 15:00:55 | 現代小説
北へふたり旅(114)


 「あなた。もう7時半です」


 妻の声におこされた。
今日は旅の4日目。最終日の朝。


 夕べはけっきょく呑みすぎた。
ジェニファとアイルトン、ユキちゃんとすすきのの大衆食堂でラーメンを頼み、
乾杯したことまでは覚えている。
しかしその後のことは記憶にない。
気がついたらホテルのベッドで石のように眠っていた・・・


 「かるくひと風呂あびてくる」


 「朝食は8時からです」


 「わかってる。カラスの行水で出てくる」


 「体調、いいようですね」


 「あ・・・」


 そういえば身体の重さも虚脱感もない。


 「くれぐれも無理しないでください。今日は長旅になりますから」


 「わかった。レストランで合流しょう」


 着替えを持ち、エレベーターへ乗り込む。
大浴場は1階にあり、朝食は地下1階のレストラン。
部屋へ戻るより、そのまま直行したほうが効率がいい。


 こちらのホテルも朝食はバイキング。
「やっぱり和食だろう」と納豆、焼き鮭、漬物、海苔をチョイスして
妻の待つテーブルへ戻る。


 「まるで旅館のような献立です」


 「君は洋食か。朝から合わないな、俺たち」


 妻がちぎっているクロワッサンが、美味そうだ。
「食べたいんでしょ。はい」妻がちぎったパンを白い飯の上に置く。
そいつを指でつまみ、口の中へ放り込む。
旨い。サクサクの食感と、バターの香りがたまらない。


 「俺もパンにしょうかな?」


 「食欲はあるようですね」


 「有るよ。腹減ってるもの」


 「当たり前です。
 ラーメンも食べず、最後までアイルトンと日本酒を酌み交わしていました。
 アルコールが入ると心臓も元気になるのかしら?」


 「適度なら良いと赤ひげ先生も言っていた」


 「過ぎたら?」


 「昨日より体調はいいぞ。
 今日の強行軍にも耐えられるだろう。たぶん・・・」
 
 「念のため部屋へ戻ったら、ユンケルを呑んでください。
 転ぶ前の杖だと思って」


 「そうだな。群馬まで10時間の長旅だ。何が有るか油断できない」


 「今日一日は、元気な心臓でいてください。
 何か有ったら困ることになります。あなたもわたしも」




(115)へつづく


北へふたり旅(113)メロン記念日⑧

2020-06-17 14:47:06 | 現代小説
北へふたり旅(113)


 「締めはやっぱり、ラーメンでっしょ」


 「パフェじゃないのか?」


 「パフェは昨日食べたでしょ。
 すすきのの締めはやっぱりラーメン。それも大衆食堂の!」


 「大衆食堂のラーメン?。やってるか?。もう午前零時だぜ」


 「だから困るっしょ。群馬から来た田舎者は。
 すすきのは眠らない街なの。食堂も午前3時まで営業しているっしょ」


 案内されて驚いた。
入り口に定食と書かれた白い暖簾が揺れている。ホントに食堂が開いていた。
中へ入ってもっと驚いた。
カウンターだけの狭い店。7~8人が座ればもう満席だ。
壁にびっしり定食の名前がならんでいる。


 ラーメンは・・・あった!。しかし、いちばん最後に貼ってある。


 「末席に貼ってあるぞラーメンは・・・。だいじょうぶか?」


 「真打は最後に登場。
 だいじょうぶっしょ。ここのラーメンは絶品ですから」


 「じゃ全員ラーメンにしましょ。大将、ラーメン5つ!」


 いきなりアイルトンがラーメンを頼んでしまう。
だが誰ひとり反論しない。呑んだ後のあがりはやはりラーメン。
これに尽きる。


 「人はなぜ旅に出るのでしょうか?。ねぇ、おじさま」


 「アイルトンに聞いてみな。
 彼は旅行社の人間。しかも凄腕だ。
 日本中にたくさんの中国人観光客を送り込み、爆買いの火をつけた」
 
 「わたしは旅に出させる側の人です。
 なぜ旅に出たいかはそちらのお2人に聞くのが、正解と思います」


 質問が戻ってきた。人は何故旅に出るのだろうか・・・


 たぶん深い意味はない。
漠然と、旅へ行きたいと考えるときがある。
疲れているとき、いき詰まっているとき、そんなとき、
ふと遠くへ行きたいと思うことがある。


 活力に満ちているときは旅に出たいなどと考えない。
ひとは気持ちが下向きになった時、気分転換やあらたな刺激を求めて
旅に出たいと考えるのではないだろうか・・・
 
 「農家の仕事に休みは無いの。そのせいかしら」


 妻がつぶやく。
ナスのシーズンは3月から7月まで。キュウリは9月から12月まで。
12月から3月まではホウレンソウとネギの収穫。
雪の降らない群馬の農家に、休みは無い。


8月。暇に見えるが土壌消毒をはじめ、普段は出来ないハウスの手入れ、
つぎの作物のための堆肥の準備など、やるべきことが山のようにある。


 「機械化がすすんでも、収穫は人の手が頼り。
 ナスもキュウリも規格があるから毎日、収穫しなければなりません。
 小さすぎても駄目。大きすぎても駄目。
 ちょうど良いおおきさを収穫するため、ひたすらハウスへ入ります。
 暑いわよ。6月のビニールハウスは40℃をこえます。
 毎日毎日、汗を流しながら、これが終ったら旅行へ行きたいねって、
 もくもくと頑張るの。
 ご褒美でしょうか。一年間、よく頑張りましたという」


 農作業は重労働ではない。しかし、けして楽な仕事でもない。
第一次産業における最大の課題は、機械化がすすまないこと。
とくに収穫において機械化がすすまない。


 フルオートメーションのハウスもあるが、設備だけで数千万円かかる。
ほとんどの農家が対応できない。
目で見て手で取る。それがほとんどの農家の現状だ。


 「いつまで働くことができるだろうかと考えながら、
 今年も一年、健康に頑張れたことに感謝する。
 いつのまにかそんな歳になった。
 そして旅に出る。
 旅に出ることは、俺たちのこころのボーナスかな・・・」


 「こころのボーナスですか。いい言葉です」


 旅のプロのアイルトンが、なるほどと目を細める。


 
(114)へつづく