からっ風と、繭の郷の子守唄(101)
「突然割り込んできた女医先生は、実は美和子の大先輩」
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「大丈夫か、美和子?」
心配そうに覗き込む康平の視線に促され、美和子の瞑想が現実へ戻ってきます。
ほんの少しの間だけ、美和子はいままで体験してきたあれこれの記憶の連鎖の中を、
とりとめもなく、思い出すままに漂ってきました。
(そうだった・・・千尋の病気の話をするために、私がこのカフェへ康平を誘ったんだ。
さて。それでは難題の、いったい何から話しだそうか・・・)
中途半端な眠りから、突然起こされたようなけだるさを覚えたままの美和子が、
いまだに留まろうとしている古い記憶を追い払いながら、頭の中を必死に整理しています。
(いざ話そうとすると、厄介なほど難しいものが山のようにある。
だいいち既婚者でもない康平に、デリケートな女性特有の病気のことがわかるのかしら。
こいつは昔から大雑把で、中学の保健体育レベルの知識しか持ち合わせていないし、
微妙な女の機能の類(たぐい)の話になると、まるで無知だし無頓着者だ。
まいったなぁ・・・・手に負えるかしら。なんだかあたしの気分まで重くなってきた)
憂鬱な気分にさえなってきた美和子の目の前に、突然、一人の女性が立ちます。
美和子が驚いて見上げると、そこには奥の座席にいたはずの女医先生が、いつのまにか2人の
そばまでやってきて、にこやかに笑顔などを浮かべています。
「やっと思い出したわよ。わがテニス部の期待の後輩の美和子ちゃんだ。
中学時代から軟式テニスで秀でていたから、入部の前からちょっとした注目株だった。
そしてこちらが、呑竜マーケットで居酒屋さんをやっている康平くんね。
やっとのことで私も思い出したわ。ねぇぇ・・・・覚えているかしら私のことを。
去年の今頃、クラス会のあと、あなたのお店に乱入をして、
さんざん大騒ぎをしたあげくに、メニューにも無いお茶漬けを食べさせろと
無理矢理を突きつけた、私のことを」
「あ、そういえばあの時の!。
そのことなら今でも覚えていますが、まさか、それが貞園の主治医さんとは・・・・。
でもたしか、夜勤明けでもう帰られたはずでは?」
「悪かったわねぇ、帰ったはずの人間が此処にいて。
仕事を終えて真っ直ぐに帰ったところで、簡単には寝られないもの。
ここのカフェでクールダウンしてから帰るのが、私のいつもの朝のパターンなの」
「そういえば、たしかに、2年先輩のあの美人だったキャプテン!。
はい。美和子です。でもあれから随分と経つのに、よく私がわかりましたね」
「ごめんなさい。あなたたちが入ってきた瞬間から注目をして見ていました。
だって、病室に居たはずの康平くんが、いつの間にか今度は
身重の女性とデートなんかしているんだもの。見るなと言われても嫌でも目に入ります。
それに、あなたにもどこかで見た覚えがあるし、何処で会ったのか
そればかりを、ずぅ~と考えていたの」
「やっと思い出していただけて、とても光栄です。
でも、どう見ても先輩のその様子は、とてもこのまま帰るようには見えません。
よかったどうですか、ご一緒に相席でも」
「そのつもりで、のこのこと出しゃばってきました。
いいかしら、勝手に割り込んでも。呑竜マーケットの康平くん」
「はい。僕なら一向に構いませんが・・・」
停滞していた空気がいっぺんに変わりはじめます。
実にタイムリーな女医先生の登場の様子に、なぜか美和子はほっとしたような表情になりますが、
一方の康平には、若干ながら戸惑いの表情があります。
美和子の顔と康平の顔をじっくりと交互に見つめたあと、女医先生が2人へ
近くに顔を寄せるようにと、手で合図を送ります。
「あんたたち。朝からなんという不謹慎な会話をしているの。
孕み女が、あんたの子を産みたかったなどという暴言をいきなり吐くかと思えば、
こちらのうすらトンカチは、聞いているのかいないのか、反応がはっきりしていません。
聞いているこっちのほうが、まったく恥ずかしくて、ハラハラドキドキのしっぱなしです」
美和子が苦笑をしたまま、女医先生の目を見つめています。
うすらトンカチと呼ばれた康平も、まだ続けて何かいいたそうな女医先生を
ひたすら見つめています。
「まず最初に、あの過呼吸症の女の子でしょ。
次に健康そうだけど、かすかに病院の匂いがしている、不思議な女の子が現れました。
最後に登場したのが、あたしのテニス部の後輩で、現在は『孕み女』の美和子。
昨日の夜から、あっというまにこれで3人の女が相次いで登場したのよ。
康平くん。あなたの女性遍歴の過去は、いったいどんなふうになっているの。
あ、最後に私が突然に乱入をしたから、これで4人揃った計算になるわね。ふふふ」
「先輩。病院の匂いがかすかにする女の子って、いったい誰のことなの?」
「座ぐり糸作家の女の子でしょ。あの子は。
あんたも座ぐり糸では同期のはずだから、知り合いのはずよねぇ。
なんといったかしら。最近は、小さなアトリエを作って頑張っているはずだけど・・・」
「千尋です。
でもなんで、千尋から病院の匂いがしているのですか?。先輩」
「見た目は、丈夫で健康に見えます。
でもね。医者の第6感というか、病院通いをしている患者さんからは、独特の匂いがするの。
もちろん昔のように、誰にでもわかるように、消毒液やクレゾールの匂いが、
あからさまにするわけじゃありません。
なんとなくですが、治療中や経過観察中の患者さんは、雰囲気だけでピンとくるの」
「先輩は、千尋がどんな病気にかかっているか、予測ができますか?」
「あら。やっぱり当たっていたの、ふ~うん。
そうね。若い女性で治療を続けている病気の種類といえば、
女性特有の病気という点からしぼっていけば、例えば、一番多い症例から言えば
一位はまず、乳がん。続いて子供を育てるための器官の障害で、子宮周辺の病気も多い。
20代から30代の女性たちに、急激に増えてきたといわれているのが、子宮頸がん。
これらが、とりあえず考えられます」
「さすが先輩。切れ味の良さは、昔とちっともかわっていませんねぇ。
さすが、天才とまでいわれた鋭い洞察力の持ち主です」
「鋭い洞察力がどうしたって?。いったい何の話が始まったんだ。俺にはさっぱり・・・」
「テニスの試合で先輩は、鋭い洞察力を武器に決勝まで勝ちすすんだの。
早いサーブも使わないし、強い打ち込みもしないのに、なぜか相手をとことんまで崩すのよ。
相手の目の動きや体の傾き、手と脚の使い方から、ボールがどこへ飛んでくるのか
たいていは、予測ができるの。
その鋭い洞察力が、今回も千尋の病気を見事に見抜いたわ。
それに気がついていたからこそ、わざわざ、わたしたちに声をかけてきたんでしょ。
いつものことながら、おせっかいが大好きな、私の大先輩」
「うふふ。そうよ、そうなのよ美和子。
それこそが私の、もっとも悪い病気のひとつなの。うっふっふ。
あら。では、そういうことでここへ座ってもいいかしら。立ち話もなんですし。
たっぷりとこちらへお邪魔をしてもいいかしら。ねェ、康平くん」
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・「新田さらだ館」は、
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「大丈夫か、美和子?」
心配そうに覗き込む康平の視線に促され、美和子の瞑想が現実へ戻ってきます。
ほんの少しの間だけ、美和子はいままで体験してきたあれこれの記憶の連鎖の中を、
とりとめもなく、思い出すままに漂ってきました。
(そうだった・・・千尋の病気の話をするために、私がこのカフェへ康平を誘ったんだ。
さて。それでは難題の、いったい何から話しだそうか・・・)
中途半端な眠りから、突然起こされたようなけだるさを覚えたままの美和子が、
いまだに留まろうとしている古い記憶を追い払いながら、頭の中を必死に整理しています。
(いざ話そうとすると、厄介なほど難しいものが山のようにある。
だいいち既婚者でもない康平に、デリケートな女性特有の病気のことがわかるのかしら。
こいつは昔から大雑把で、中学の保健体育レベルの知識しか持ち合わせていないし、
微妙な女の機能の類(たぐい)の話になると、まるで無知だし無頓着者だ。
まいったなぁ・・・・手に負えるかしら。なんだかあたしの気分まで重くなってきた)
憂鬱な気分にさえなってきた美和子の目の前に、突然、一人の女性が立ちます。
美和子が驚いて見上げると、そこには奥の座席にいたはずの女医先生が、いつのまにか2人の
そばまでやってきて、にこやかに笑顔などを浮かべています。
「やっと思い出したわよ。わがテニス部の期待の後輩の美和子ちゃんだ。
中学時代から軟式テニスで秀でていたから、入部の前からちょっとした注目株だった。
そしてこちらが、呑竜マーケットで居酒屋さんをやっている康平くんね。
やっとのことで私も思い出したわ。ねぇぇ・・・・覚えているかしら私のことを。
去年の今頃、クラス会のあと、あなたのお店に乱入をして、
さんざん大騒ぎをしたあげくに、メニューにも無いお茶漬けを食べさせろと
無理矢理を突きつけた、私のことを」
「あ、そういえばあの時の!。
そのことなら今でも覚えていますが、まさか、それが貞園の主治医さんとは・・・・。
でもたしか、夜勤明けでもう帰られたはずでは?」
「悪かったわねぇ、帰ったはずの人間が此処にいて。
仕事を終えて真っ直ぐに帰ったところで、簡単には寝られないもの。
ここのカフェでクールダウンしてから帰るのが、私のいつもの朝のパターンなの」
「そういえば、たしかに、2年先輩のあの美人だったキャプテン!。
はい。美和子です。でもあれから随分と経つのに、よく私がわかりましたね」
「ごめんなさい。あなたたちが入ってきた瞬間から注目をして見ていました。
だって、病室に居たはずの康平くんが、いつの間にか今度は
身重の女性とデートなんかしているんだもの。見るなと言われても嫌でも目に入ります。
それに、あなたにもどこかで見た覚えがあるし、何処で会ったのか
そればかりを、ずぅ~と考えていたの」
「やっと思い出していただけて、とても光栄です。
でも、どう見ても先輩のその様子は、とてもこのまま帰るようには見えません。
よかったどうですか、ご一緒に相席でも」
「そのつもりで、のこのこと出しゃばってきました。
いいかしら、勝手に割り込んでも。呑竜マーケットの康平くん」
「はい。僕なら一向に構いませんが・・・」
停滞していた空気がいっぺんに変わりはじめます。
実にタイムリーな女医先生の登場の様子に、なぜか美和子はほっとしたような表情になりますが、
一方の康平には、若干ながら戸惑いの表情があります。
美和子の顔と康平の顔をじっくりと交互に見つめたあと、女医先生が2人へ
近くに顔を寄せるようにと、手で合図を送ります。
「あんたたち。朝からなんという不謹慎な会話をしているの。
孕み女が、あんたの子を産みたかったなどという暴言をいきなり吐くかと思えば、
こちらのうすらトンカチは、聞いているのかいないのか、反応がはっきりしていません。
聞いているこっちのほうが、まったく恥ずかしくて、ハラハラドキドキのしっぱなしです」
美和子が苦笑をしたまま、女医先生の目を見つめています。
うすらトンカチと呼ばれた康平も、まだ続けて何かいいたそうな女医先生を
ひたすら見つめています。
「まず最初に、あの過呼吸症の女の子でしょ。
次に健康そうだけど、かすかに病院の匂いがしている、不思議な女の子が現れました。
最後に登場したのが、あたしのテニス部の後輩で、現在は『孕み女』の美和子。
昨日の夜から、あっというまにこれで3人の女が相次いで登場したのよ。
康平くん。あなたの女性遍歴の過去は、いったいどんなふうになっているの。
あ、最後に私が突然に乱入をしたから、これで4人揃った計算になるわね。ふふふ」
「先輩。病院の匂いがかすかにする女の子って、いったい誰のことなの?」
「座ぐり糸作家の女の子でしょ。あの子は。
あんたも座ぐり糸では同期のはずだから、知り合いのはずよねぇ。
なんといったかしら。最近は、小さなアトリエを作って頑張っているはずだけど・・・」
「千尋です。
でもなんで、千尋から病院の匂いがしているのですか?。先輩」
「見た目は、丈夫で健康に見えます。
でもね。医者の第6感というか、病院通いをしている患者さんからは、独特の匂いがするの。
もちろん昔のように、誰にでもわかるように、消毒液やクレゾールの匂いが、
あからさまにするわけじゃありません。
なんとなくですが、治療中や経過観察中の患者さんは、雰囲気だけでピンとくるの」
「先輩は、千尋がどんな病気にかかっているか、予測ができますか?」
「あら。やっぱり当たっていたの、ふ~うん。
そうね。若い女性で治療を続けている病気の種類といえば、
女性特有の病気という点からしぼっていけば、例えば、一番多い症例から言えば
一位はまず、乳がん。続いて子供を育てるための器官の障害で、子宮周辺の病気も多い。
20代から30代の女性たちに、急激に増えてきたといわれているのが、子宮頸がん。
これらが、とりあえず考えられます」
「さすが先輩。切れ味の良さは、昔とちっともかわっていませんねぇ。
さすが、天才とまでいわれた鋭い洞察力の持ち主です」
「鋭い洞察力がどうしたって?。いったい何の話が始まったんだ。俺にはさっぱり・・・」
「テニスの試合で先輩は、鋭い洞察力を武器に決勝まで勝ちすすんだの。
早いサーブも使わないし、強い打ち込みもしないのに、なぜか相手をとことんまで崩すのよ。
相手の目の動きや体の傾き、手と脚の使い方から、ボールがどこへ飛んでくるのか
たいていは、予測ができるの。
その鋭い洞察力が、今回も千尋の病気を見事に見抜いたわ。
それに気がついていたからこそ、わざわざ、わたしたちに声をかけてきたんでしょ。
いつものことながら、おせっかいが大好きな、私の大先輩」
「うふふ。そうよ、そうなのよ美和子。
それこそが私の、もっとも悪い病気のひとつなの。うっふっふ。
あら。では、そういうことでここへ座ってもいいかしら。立ち話もなんですし。
たっぷりとこちらへお邪魔をしてもいいかしら。ねェ、康平くん」
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