落合順平 作品集

現代小説の部屋。

東京電力集金人 (32)記録的な大雪

2014-06-27 11:01:03 | 現代小説
東京電力集金人 (32)記録的な大雪



 2週続けて発生した湾岸低気圧は、関東地方に記録的な大雪を降らせた。
過去100年における一番の大雪という結果をもたらし、ようやく2月15日の朝が明けた。

 テレビが、14日から降り始めた大雪の詳細について、あらためて伝えはじめた。
本州の南岸を北東へ進んだ今回の低気圧の影響で、関東と甲信は昨夜から雪の降り方が
本格的に強まり、今朝にかけて記録的な大雪になったと伝えている。



 山梨県内はたった1日で、1メートルの積雪を記録した。
午前5時に甲府市で110センチ。河口湖で138センチ。いずれも観測史上の1位を更新した。
そのほか秩父で96センチ。軽井沢で80センチ。飯田で72センチ。前橋で71センチ。
熊谷で62センチと、いずれも観測開始以来、最多の積雪を記録した。


 この大雪はさらに降り続く恐れがあると、付け加えた。
群馬や栃木県の平野部、埼玉県の北部、茨城県の西地域や山梨県で、あと2~3時間。
埼玉県の秩父地方は昼前にかけ、長野県の中南部は夕方にかけてさらに大雪が続く見込みで、
気象台は大雪による交通障害などに、特に警戒してくださいと呼びかけた。


 前線が通過する関東の沿岸部は、長時間にわたり大雨への警戒が必要だと解説が続く。
関東の沿岸部は、15日未明にかけてまでが雪のピークですと言い切った後、
最深積雪は東京都心で27センチと先週末の大雪の記録に並び、横浜では28センチと
16年ぶりに20センチを超えたと、現在の様子を伝えた。
明け方から関東の沿岸部では雪から雨に変わった場所が多く、これから昼前にかけて
1時間に30ミリ以上の激しい雨の降るおそれがあると付け加えた。
16日6時までの24時間に予想される降水量は、多い所で100ミリ。
土砂災害や、河川の増水やはん濫に警戒し、低い土地の浸水に注意が必要だと呼びかけた。


 「おはよう」と眠そうなるみが、2階のおふくろの寝室から降りてきた。
「おはよう。目覚めのくちずけは?」と催促すると、「馬鹿。お母さんがもう起きてくるわ」
と素っ気なく素通りして、洗面所へ消えていく。
入れ替わりに現れたおふくろが、「2階から見たら、あたしの車が埋まっていたよ。
ずいぶん降ったんだねぇ。たった一晩で」とこれまた俺の前を素通りして、キッチンへ消えていく。

 俺だけが邪魔者と言う感じで、女2人の、いつものペースでの朝の準備が始まる。
おふくろはキッチンで、いつもの調子で朝の食事の準備をはじめた。
洗顔を終えたるみは洗濯物を抱えて、俺の前を、ふたたびスタスタと素通りしていく。
廊下へ消える寸前でるみが、「ねぇ?もしかしたら、その服」と不審そうな顔で振り返る。


 「その服、もしかしたら昨夜のまま?。着替えて下さい、朝なんだから」


 「あ。その子の横着は昔からだ。
 黙って放っておくと、3日も4日も同じ服を着続けるから気をつけな。
 かまわないから、身ぐるみはがして洗濯をしておくれ。
 そうでもしないと脱がないよ、その子は。寒くなる冬は特にね」

 承知しましたと洗濯物のかごを廊下に置いたるみが、大股で戻ってくる。
「早く脱いで。今日は特別に忙しいんだから」と両手を腰に当て、俺の前に仁王立ちする。

 「特別に忙しい?」

 「食事を済ませたら、屋根の雪下ろしが待っているでしょ。
 強風が吹いているから注意が必要だし、先週以上に大量の雪が屋根の上に残っているわ。
 忙しいんだから、ぼんやりしないでさっさと服を着替えて下さいな」


 「雪下ろしをするのなら、汗をかくからその後でもいいんじゃないか。着替えるのは」

 「それとこれとは別問題です!」といきなりるみが、俺の上着に手を伸ばす。
「よせよ」と避けたつもりだが、るみの右手は予想以上に早かった。
素早くつかんだ襟首をむんずと手繰り寄せると、俺の耳元へ、可愛い唇を寄せてきた。

 「早く朝の仕事を片づけて、屋根の上へ登りましょ。
 そしたらあなたのお望み通りに、あなたへ、朝のくちずけをあげるから。
 どう。悪くない提案でしょう。分かったらさっさと脱いで下さいな。
 私の仕事に協力をしてよ。うふふ」



 鼻を鳴らして笑ったるみが、俺の顔の周りに朝の化粧の匂いを残して、
洗濯のために、るんるんと、お尻を振って消えていく。
2月15日、午前6時。
外の雪景色とはまったく無関係に、いつものように我が家の朝がはじまった。
だがこのあと、雪下ろしのために長屋の屋根に上った俺たちは、とんでもない光景を
この目で、やがて目撃をすることになる・・・・


(33)へつづく

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東京電力集金人 (31)深夜の独り言 

2014-06-26 14:11:44 | 現代小説
東京電力集金人 (31)深夜の独り言 


 
 風の音を聞きながら、ぼんやりとテレビの画面を眺めていた。
「大好き」とささやいたるみのひとことが、いつまで経っても耳から消えず残っている。
発達した南岸低気圧は、予報通りの強風を夜半になっても吹き荒らしている。


 屋根に積もった雪が時々強風にあおられて、大きな音を響かせながら地面へ落ちる。
水分を含んでいるのか、それとも、強風のせいで氷の塊に変ったせいなのか、
ずしりとした地響きを立て、実家の2階の屋根から雪の塊が落ちてくる。
るみはもう寝たんだろうか・・・寝室のある天井をふと見上げてみる。


 俺たちは恋に落ちたんだろうか、と考え始めた。
どちらからともなく連絡を取り合い、時間を決めて、いそいそと外で行き合う。
何度も手を手つないだことは有るが、今夜の様にキスを交すのは初めてだ。
自分が鬱であることを明かしてからの愛の告白だ。
さすがに効いたなぁ、と、唇に手を置き、なぜかにんまりと笑っている自分が居る。


 だが正直な話。俺にとって3年前に起きた3.11は、すでに過去の話だ。
3月が近づくとどこのテレビ局でも、あの日の記憶をこれでもかとばかりに呼び起こす。
特集だ、特番だと称して、見たくもない津波の画像をふたたび画面に流しはじめる。
東電に対する風向きが、微妙に変わってくるのもこの頃からだ。
悪夢の再現とともに、必ず福島第一原発の廃炉問題がセットとして取り上げられる。


 たかだか事故から3年で、廃炉問題に進展があるはずがないだろう。
もともと40年はかかるだろうと言われている、前例のない重大な事故だ。
放射能の濃度が下がるまでは、原子炉に人が近づけない。
溶けている核燃料がこれ以上暴走をしないように、水で冷却しながら、ひたすら濃度が
下がるまで時間を稼ぐしか対策がない。
壊れた外観は綺麗に補修されたが、内部には、なにひとつ手が入っていない。



 当たり前だろう。
原子炉が有る建屋の中は、いまだに高濃度の放射能によって汚染され続けているからだ。
致死量を超える放射能が、人が内部で作業することを拒み続けている。
溶解した核燃料を取り出す方法は、いまだに未開発のままだ。
出来ることと言えば、使用中だった核燃料がこれ以上暴走しないように、ひたすら水を
かけて冷却をしながら、放射能が半減していく時間を待つことだけだ。
高濃度に汚染された冷却水が、福島で累々と増え続けるのは、誰が見ても当たり前のことだ。
なんの対処方法も見つからずただ遠くから、絶対に消えることのない危険な火災を、
ただ指をくわえて、見守ることしか出来ない状態だからだ。


 だが・・・るみが3,11のせいで、心に深い傷を負っている事実にはさすがに衝撃を受けた。
浪江町の出身と知った瞬間から、もっとそういった可能性に気が付きべきだった・・・・
と、いまさらながら、自分の甘さに後悔を感じている。
るみを愛し始めている自分の気持ちに、狼狽を覚えているという意味じゃない。
東北の出なら、心の痛手は受けているだろうということに配慮のいかなかった自分を、
ただただ悔いているだけだ。



(お前よう。もっと厳しく自分の生きざまを見つめろ。
不甲斐ねぇなぁ。いつまでも自由気ままに、ノホホンと生きるんじゃねぇよ。
目標と言うか、生きるための目的を見つけろ。いい加減、シャキッと生きろ、まったく!)
とソフトボールチームの先輩たちが、一杯飲むたびに必ず俺に向かってそう指摘する。



(このあいだまで、コンビニのバイトを転々としていたかと思ったら、
今度は180度方向を変えて東電の集金人か。いったいなんのために大学を出たんだよ。
東電の集金人が悪いとは言わないが、なんでその若さで集金人になんかなるんだ。
夢がないのかお前には。集金人なんて仕事は、歳をとってからでも出来る仕事だろう。
嫁に行ったお前の姉さんも、おふくろさんも、心配で夜もろくろく寝られないそうだ)
悪気はないのだろうが、ことあるたびに先輩たちは、そんな話を平気で俺に暴露する。

 庭へ、どさりと落下した雪の音に、思わず我に返った。
深夜のテレビは、200台以上が立ち往生している国道18号の今の様子を映し出している。
炬燵から這い出した俺は、庭に面している厚手のカーテンに手をかけた。
大きな音を立てて落ちた、雪の正体をこの目で見届けたかったからだ。
カーテンを開けて、思わず俺は自分の目を疑った。


 玄関の脇に停めてあるはずのおふくろの軽乗用車の姿が、まったく見えない。
いや。正確にいえばおふくろの車は、すでに雪に埋もれて確認ができない状態になっている。
車の屋根に積もっている雪の厚みは、おそらく60センチをゆうに超えているだろう。
車一台をすっぽりと埋没させたのは、強風にあおられて屋根から落下をしてきた
大量の雪のせいだろう。


 それにしても、想像を絶する雪の降り方だなとつぶやいた瞬間、
『このままの勢いで降り続けたら、明日の朝には、いったいどんな事態に発展するんだ?・・・』
と思わず俺の背筋が、ぞくりと音を立てて震えた。



(32)へつづく

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東京電力集金人 (30)るみの秘密

2014-06-25 11:18:27 | 現代小説
東京電力集金人 (30)るみの秘密




 「よかったなぁ」とぼそりとつぶやくと、るみが「何が?」と怪訝な顔で振り返る。
おふくろが自分の食器を持って立ち去った後、妙な静寂が2人の間におとずれていた。
相向かいに移動しあった炬燵越しに、2人の視線がまともにぶつかり合う。


 「先輩のトマト農園に就職が決まって、よかったなぁという話さ」

 「ラッキーだったな。持病の鬱も、ちようど穏やかだった時期だし」

 「持病の鬱(うつ)?」


 「私の場合、急性ストレス障害と診断された。
 死ぬかもしれないという恐怖の体験をすると、こころに後遺症が残る。
 たいていは3日から4週間くらいで消えるけど、4週間をこえて症状が続くと、
 『心的外傷後ストレス障害』と診断されます。
 こうなると本気で、本格的な薬や、長期の精神療法が必要になるそうです」


 「3.11での体験で、そうなったということかい?」


 「うん。私と言う女が、裏と表に2人居る」と小さく答えたるみが、
炬燵の上へ、切なそうな視線を落とす。
そういえば・・・と、ぼろアパートで初めて見た時のるみを思い出した。
どこか虚ろな目をしている女の子だと、その時に直感をした。
高熱に侵されているためだろうと思っていたが、もうひとつ別の厄介な病気が、
実は、笑顔の下に隠されていた。
その病名が急性ストレス障害だということを、るみの口から初めて明かされた。


 「いつも地面が揺れているような気がするの。
 ケータイの緊急地震速報の警告音を聞くたびに、またあの恐怖がよみがえってくるの。
 自他ともに認める健康志向人間だったのよ、あたしって。
 スポーツなら何でも大好きだった。
 ランニングは毎日の日課だった。すくなくとも3.11のあの日が来るまでは。
 雑居ビルの看板が落ちてくるかもしれないし、放射能も怖いと考えるようになって、
 いつのまにか、日課のランニングもやめちゃった。
 職場でも、すぐ机の下にもぐり込めるようにと、昼食は手持ちの弁当に変えた。
 外へ用事で出かけることも、だんだんと嫌がるようになった。
 心的外傷後ストレス障害は、半年以上続くと鬱と診断されます。
 そうなると、根気強く長期にわたる治療が必要になるの。
 ごめんね。バレンタインの夜だというのに、こんな暗い打ち明け話をして。
 それもあたしという女の事実です。
 あんただけには知っておいてほしくて、つい、秘密を口にしちゃいました」



 (そうだったんだ。)と受けとめたものの、俺の動揺はいっこうに止まらない。
災害による本格的なうつ。「災害うつ」と呼ばれる病気の原因は、2つ有ると言われている。
家族や友人などの大切な人や仕事、思い出を失う喪失感に起因するもの。
もうひとつは、生きるか死ぬかの恐怖体験をしたことから生まてくる、強烈な不安感が
原因と言われている。
どうやらるみのケースは、後者のようだ。


 「時間をかけることが、一番の薬になるそうです。
 喪失体験からうつになった人は過去をひきずらないために、しっかり悲しみに浸ること。
 心的外傷を受けた人は、テレビや新聞、ケータイの緊急地震速報などの災害情報を
 遮断して、不安をすこしでも解消することが大切なんだって。
 でもね。治療を受けているけど、自分が鬱だなんて、周りには言えないのよ。
 辛いし、恥ずかしいし、自分ではどうにもならない病気だし。
 震災後。自殺した人の大半のケースが、あたしのような後遺症を引きずっていたそうです。
 しょうがないよね。あたしのこころが弱すぎるんだもの・・・・」


 (そうじゃない。君はあの3.11の、つらい出来事を引きずり過ぎているだけだ)
と訴えかけた俺の眼を、いきなりるみが真正面から覗き込んできた。
(そういうあなたは、そんな私のことを本気で好きになれるの?)と澄み切ったるみの瞳が、
いきなり、真正面から俺の本心を覗いてきた。

 (わたしの瞳が、いつのまにか突然、輝きを失うのよ。
こころの奥に隠れている鬱という名の病気は、前触れもなく顔を出して、わたしから、
生きる勇気や元気を、根こそぎ平気で奪い取るの。
そんな女をあんたは、本気で好きになれるのかしら。ねぇ、どうなの。本音を聞かせてよ)
と、さらに俺の深層部を覗きこんでくる。


 「ごめんね、気まずい空気にしちゃって」と突然、るみが炬燵から立ち上がった。
「わたしはあなたのことがとても好き。きっとあなたには、たぶん迷惑でしょうが」と、
膝をついて、俺のとなりにちょこんと座る。
「つまんない女からの、ささやかなプレゼント」と、俺の肩に手を置いて、
頬にチュッと小さな音を立て、短い時間のキスをする。


 「物足りまいな」と小さな声でつぶやくと、
「あとで、後悔しても知らないからね」とはにかんだるみが、思いを決して、
静かに俺の唇へ、可愛い唇を重ねてきた。
「じゃ、もう寝るね。明日の朝が早そうだから」俺の耳元で小さくささやいたるみが、
名残惜しそうにもう一度、軽く、大好きですと唇を重ねてきた。


(31)へつづく

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東京電力集金人 (29)集落の孤立と交通マヒ

2014-06-24 12:15:36 | 現代小説
東京電力集金人 (29)集落の孤立と交通マヒ




 山間の村落や、一本の交通手段しか持たない奥深い地域が大雪のために、
早くも孤立をしているというニュースが次々と、テレビの画面を横切りはじめた。
関東と甲信地方の内陸部を中心に、先週を上回る大雪が降りはじめている。


 山梨県では14日の未明から降り始めた雪が、1日で、すでに1メートルを超えた。
埼玉県の秩父地方の積雪は60センチを超え、山間の集落や村落が交通網を失っている。
このままではさらに孤立する集落や地域が増えるだろう、と報じている。
群馬県でも長野との県境にある南牧村が、降り積もる大雪のためにすべての交通手段を
失い、早くも孤立をしたとテロップの文章が流れてきた。


 南牧村は群馬県の南西部にある、典型的な山村だ。
65歳以上の人口割合(高齢化率)が、全国一高いことでも知られている。
村の人口は、2300人。そのうち、65歳以上が実に57・5%をしめている。
高齢化が一層進んでいる過疎の村だ。

 9時を過ぎて、おふくろがNHKのニュースに画面を切り替えた。
画面を変えた途端、おおくの車が立ち往生している国道の様子が飛び込んできた。
立ち往生している車と道路だけが浮き上がって見える。それ以外はまったくの闇の中だ。
どこかの山間部を貫いていく峠道のようにも見える。
間もなく、ヘリコプターからの音声がはいってきた。


 「群馬と長野の県境をむすぶ国道18号の上空です。
 先頭の数台の乗用車のスリップを起点に、すでに100台近い車が、
 道路上に、数珠つなぎ状態で立ち往生しています。
 県境を越える碓氷峠は、昔から交通の難所として知られていますが、
 チェーンを巻いていないトラックや、冬用のタイヤを装備していない乗用車が
 次々と停まり始め、峠の道に長い渋滞を作っています・・・・」

 大雪による集落の孤立と、スリップによる交通のマヒ?
次々と報じられるニュースに、我が家の茶の間ににわかに緊張の色が走る。
るみの箸が、唇の端で軽く噛まれたままぴたりと止まる。
おふくろは飲みかけのビールの手を停め、食い入るようにじっと画面を見つめている。
俺は俺で、つかみかけた肉の切れ端をそのまままた、そっと鍋に戻した。



 想定外といえる、きわめて重大な事態が発生している・・・
危機を伝えるニュースが、次から次へと鮮明な映像で写し出されていく。
報道ヘリコプターが、雪が降りしきる夜空の中を、惨状を求めて縦横に飛び回っていく。
映し出されるのは、どこもかしこも雪一面の銀世界だ。
降り積もった雪は、すべての色彩を覆い隠し、さらに厚みをしんしんと増していく。


 道路も畑もすべてが雪に覆い隠された先に、点々と民家の黒い塊が見えてきた。
いずれの民家にも、明かりが点っていない。
ぼたん雪が多く降るときには、停電の警戒が必要だと昔から言われている。
サラサラとした粉雪と比べ、ぼたん雪は物にべたべたとくっつきやすい性質が有る。
ベタ雪とも呼ばれているが、これがたくさん降ると重い雪が付着することで、
丈夫なはずの電線も、切れてしまうことがある。

 寒気が内陸部へ入り込むと、雪だけではなく風も強くなる。
寒気により発生した強風が、「ギャロッピング現象」というやつを産む。
重い雪が電線に付着することにより、電線が縦に大きく揺れ動く現象のことだ。
この現象が発生すると、複数の電線が接触することにより、ショートが起こり停電となる。
画面上から見る限り、孤立した集落は停電に襲われているようだ。



 (凍てつくような寒さの中で孤立。そのうえ、追い打ちをかける停電の襲来か。
こりゃあ、ただ事じゃすまないな、絶対に・・・・どうなっているんだ今夜の日本列島は)
ごくりと生唾をのみ込んだ瞬間、自信たっぷりのるみの眼が、どうだといわんばかりに
俺の顔を降り返ってきた。


(ほうら、やっぱり積もり始めたでしょう。でもこの大雪は、私にも想定外の量です。
どうなっているんでしょうねぇ。こんな短時間に大量の雪が降るなんて・・・)
俺たちが目と目でそんな会話を交わしはじめた頃、おふくろが「ふぁ~」とあくびをしたあと、
両手に自分の食器を持ち、「あらよ」と声をかけて立ち上がった。



 「お母さん。後片づけなら、あとで私がしておきます」


 「ありがとうよ。嫁に来たら、是非そうしておくれ。
 でも今夜は良いよ、あたしももう眠いからね。
 この調子だと見たことないほど降り積もって、明日の朝は雪下ろしで大忙しになる。
 たいへんな作業になると思うけど、頼んだよ、2人とも。
 じゃね。邪魔者はとっとと消えるから、あとは若い2人でバレンタインの夜を
 たっぷりと楽しんでくださいな。じゃお休み。
 年寄りは愛を語る相手もいないから、ひとり寂しく、お布団の中で膝を抱えます」


 あっはっはと大声で笑ったおふくろが、両手に自分の食器を持ったまま、
足の先で器用に障子をあけ、キッチンに姿を消していった。


(30)へつづく

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東京電力集金人 (28)絶対に積もる、と思う

2014-06-20 10:31:16 | 現代小説
東京電力集金人 (28)絶対に積もる、と思う



 14日、午後3時。
先輩のビニールハウスから、清算のために事務所へ戻る。
この時間で90%以上の達成率というのは、久しぶりの快挙だ。
俺たちの仕事にタイムカードはない。ノルマの達成がすべてだからだ。
要するに、その日の集金率が85%を越えれば、いつでも上がっていいということになる。
反面、相手が思うように捕まらず、場合によっては、深夜まで集金に駆け回るときもある。
清算を済ませ、ハンディターミナルと集金用のグッズ類を返却し、事務所を後にする。


 この時点で空は、どんよりとした重い灰色の雲に覆われている。
気象庁はこの時間帯ではまだ、どこにも大雪警報を発令していない。
東京に大雪警報が発令されたのは、これから7時間後の、午後10時半過ぎのことだ。
ひと冬に2回も大雪警報が発令されるのは、1998年以来16年ぶりのことになる。
関東は15日の明け方にかけての大雪におおいな警戒が必要で、気象庁は大雪による交通障害に
警戒を呼びかけるが、だがそれもまた、いまから数時間後の出来事だ。


 午後4時。実家に戻った頃から、にわかに雲行きが怪しくなってきた。
北関東の群馬や栃木では雪は降り始めていないが、隣接する山梨県ではすでに
14日の未明から、すごい勢いで雪が降り始めている。
これは発達した南岸低気圧が、きわめてゆっくりとした速度で北上を続けているためだ。



 午後4時30分。びっしりと垂れこめた灰色の雲から、ついに粉雪が落ちてきた。
乾燥したさらさらとした雪が、ゆるやかな風の中を、ふわふわと舞い始めた。
先週降った雪がまだ溶けずにいる畑は、またたくまに純白となり、一面が銀世界に変わる。
降り始めてからわずか30分。車の往来の激しい幹線道路の路面が、いつのまにか、
真っ白に変わり始める。

 これはきわめて異例な光景だ。
通常、降り始めからの短かい時間では、往来の激しい路面は白くは変わらない。
激しく行きかう車のタイヤが、雪を潰し、路上面で水に変えてしまうからだ。
短時間で路面が白く変わるということは、今回の雪が、通常時をはるかに上回るペースで
降り始めたことを意味する。


 午後5時30分。
実家の窓から外を眺めていたるみが、ぽつんと『この雪は、絶対積もる。それも大量に』
とささやいた。
『積もる雪なのか?』と俺が見つめ返すと、『間違いなく』と
確信に満ちた返事が返ってきた。
『東北で積もるときと、まったく同じ雪の降り方だ。ほら』と、おふくろの
軽乗用車の屋根を、るみが指さす。



 午後から1度も動いていない車の屋根には、早くも10センチほど雪が積もっている。
降り始めてから、わずか30分足らずで車の屋根に10センチの降雪!。
確かに、生まれて初めて平地で見る、信じられない速度の雪の降りかただ。


 粉雪や、水分の少ない乾いた雪が降ることで知られている高原のスキー場では、
こうした光景を、よく見かける。
一晩かけて降り積もった雪が、翌朝にはすっぽりと駐車場の車を覆い隠す。
それとよく似た光景が、海抜が50メートル余りしかないこの関東平野の北部で、
まさに現実として、目の前で起ころうとしている。

 「この降り方は異常だわ。ホワイトバレンタインなんて喜んでいる場合じゃないと思う」

 「そんなに凄いペースか。雪国育ちの君の眼から見ても?」

 「あたしの育った浪江町は、雪国じゃありません。
 福島の内陸部にある豪雪のスキー場と、同じような降り方をしているという意味です。
 きっと積もります、この降り方は。それも、ものすごい量で。絶対に」


 雪の様子を見つめているるみの目が、自信たっぷりに、もう一度言い切る。
気象庁は、南岸低気圧がもたらしているこの雪は、途中から雨に変わると明言している。
雨に変われば、積もった雪も明日の朝には溶けるだろう。
誰しもがそんな風に、積雪の行方を楽観している。
事実、俺自身も積もるだろうが、先週のような大雪にはならないだろうと思い込んでいる。
だが事態は大方の予想に反して、とんでもない方向にむかって動き始める。


 群馬で雪が降りはじめてから、3時間後の午後8時。
有りあわせの材料で作ったという鍋を囲み、3人での遅い夕食が始まった。


 「油断した。警戒はしていたが、みんながこれほど買占めに走るとは思わなかった。
 行きつけの近所のスーパーなんか、午後の4時を過ぎたら、生鮮品がからっぽだ。
 大雪が降るって言うので急いで買い物を済ませ、自宅へ籠城をしたせいだろうね」


 「コンビニを覗いたら、棚の商品がほとんどからっぽです。
 先週の大雪で外出が困難になった経験から、手当り次第に買いあさっているようです。
 手作りのチョコレートを造るはずだったのに、残念ながら、材料が手に入りません。
 ごめんね太一。チョコレートは、来年のバレンタインまで待って頂戴」

 「おや。気が長いんだねぇ、すでに来年のバレンタインデーの予約かい。
 仲がいいんだね、お前さんたちは。
 でもね。折角のバレンタインがこの雪のせいで、なんだか酷いことになりそうだ。
 今夜は泊っておいき、太一。特別に泊まっていく許可を出すから」

 「おっ。ということは別のバレンタインプレゼントが、
 俺を待っているということになるのかな?」



 「馬鹿者。7歳にして男女席を同じうせずということわざが有る。
 男女が、同じ、ござの中で一緒に座ってはいけないという意味です。
 たとえ幼い男女であっても、性の違いを知らないで親しくなってはならないという
 儒教の古い、 厳しい教えです。
 男女のみだらな性の関係を、いましめる為の言葉です。
 もっとも、今の時代にはちょっと合わないところがあるようです。
 でもね。昔はそれだけ男女の間に、厳しい教えがあったということです。
 この雪だもんね。
 明日の朝は早くから長屋の屋根の雪下ろしをするようだから、ここで待機しろということさ。
 でも、るみちゃんは私の部屋でちゃんと寝るんだよ。
 太一のほうは勝手にするがいい。
 自分の部屋でも炬燵でも、好きな場所でごろりと寝なさい」


 (なんだよ、また世間体というやつが俺たちを邪魔するのか)と心の中でつぶやいたとき、
つけっぱなしになっている茶の間のテレビから、大雪に関するとんでもないニュースが
次々と、臨時のテロップとして流れてきた・・・・


(29)へつづく

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