オヤジ達の白球(75)ピンクの割烹着
日曜日。午前4時。
祐介が厨房で、せっせと弁当を作っている。
5升炊きの業務用ガス炊飯器を今日のために借りてきた。
100個の握り飯を、22分で炊くことができる。
むらしの時間を入れても30分でにぎりめし用の米が炊きあがる。
午前4時30分。
入り口のガラス戸があく。完全武装の陽子があらわれた。
「なんだ。色気のない白熊の登場か。どうした、アラスカへでも行くつもりか?」
「ごめんなさいね。色気のない白熊で。
何度あると思ってんの。氷点下なのよ、おもての気温は」
「そんなに寒いか。表は・・・」
「あら、表の気温もわからない状態なの、もしかして。
ひょっとして、昨夜から泊まりこみ?」
「出てきたのは午前3時。そういえば・・・たしかに寒かったなぁ」
「お弁当のことで頭がいっぱいなのね。
全員分のお弁当をつくるなんて大風呂敷をひろげるから、こんなことになるのよ。
コンビニのおにぎりでもいいし、各自に弁当を持参させてもよかったのに」
「チームとして動くんだ。
それにビニールハウスが倒壊した慎吾を、俺なりの方法で激励したい。
そんなことばかり考えていたら、家にいられなくなった」
割烹着へ手を伸ばす陽子を、ちょっと待てと祐介がとめる。
「そいつじゃねぇ。
そのとなりに置いてある割烹着を、着てくれないか」
「となり?。なにこれ。白じゃなくてピンクじゃないか。
いやだよあたしは。
こんな派手なピンクの割烹着なんか好みじゃないよ。小娘じゃあるまいし」
「そうでもないと思うがな。
このあいだのピンクのパジャマ、よく似合っていた」
「正妻は白。2号はピンクか・・・趣味が悪いんだねぇ、あんたという男は」
「いやならいままで通り白を着ればいい。俺はいっこうに構わねぇ」
「はじめてのプレゼントだ。ピンクにします。
ねぇ知っている?。
ピンクが女子の色というイメージは、フランスからうまれたのよ。
18世紀のフランス。貴婦人たちがドレスや家具や食器、あらゆるものをピンクで彩ったの。
それから大流行がはじまったのよ。
もうひとつ。
男の子の赤ちゃんはキャベツから、女の子の赤ちゃんはバラから産まれる。
ということわざもある。
このふたつがあわさって18世紀の後半、ヨーロッパ全土にピンクのブームが広がったのよ」
「大袈裟だな。たかがピンクの割烹着だ。
着るために、そこまで大義名分をつけなくてもいいだろう」
「唐変木。最大限によろこんでいるというのに、まったくわからないんだから」
「嬉しいのか・・・たかが1枚の割烹着のプレゼントが?」
「つまらないことに感心している場合じゃないでしょ。
手も動かしてちょうだい。
のんびりしていたら、20人分のお弁当が間に合わないよ」
「おっとっと。
そうだ。のんびりしている場合じゃねぇ。
超特急で頑張らねぇと、全員の弁当が間に合わねぇ。
すまねぇが陽子。そこにあるたくわんをトントンと切ってくれ!」
「あいよ、おまえさん!」
「お・・・おまえさん?。なんだか可笑しくねぇか、返事の仕方が?」
「気にしないでよ。ただの社交辞令さ。
大好きなピンクのプレゼントをもらったんだもの。ささいなお返しさ」
「なんだか、良くわからねぇけど・・・」
(ふふん。唐変木のあんたには、わからないでしょよ。
不意にプレゼントをもらったときの、女のときめきが。うっふっふ)
(76)へつづく
日曜日。午前4時。
祐介が厨房で、せっせと弁当を作っている。
5升炊きの業務用ガス炊飯器を今日のために借りてきた。
100個の握り飯を、22分で炊くことができる。
むらしの時間を入れても30分でにぎりめし用の米が炊きあがる。
午前4時30分。
入り口のガラス戸があく。完全武装の陽子があらわれた。
「なんだ。色気のない白熊の登場か。どうした、アラスカへでも行くつもりか?」
「ごめんなさいね。色気のない白熊で。
何度あると思ってんの。氷点下なのよ、おもての気温は」
「そんなに寒いか。表は・・・」
「あら、表の気温もわからない状態なの、もしかして。
ひょっとして、昨夜から泊まりこみ?」
「出てきたのは午前3時。そういえば・・・たしかに寒かったなぁ」
「お弁当のことで頭がいっぱいなのね。
全員分のお弁当をつくるなんて大風呂敷をひろげるから、こんなことになるのよ。
コンビニのおにぎりでもいいし、各自に弁当を持参させてもよかったのに」
「チームとして動くんだ。
それにビニールハウスが倒壊した慎吾を、俺なりの方法で激励したい。
そんなことばかり考えていたら、家にいられなくなった」
割烹着へ手を伸ばす陽子を、ちょっと待てと祐介がとめる。
「そいつじゃねぇ。
そのとなりに置いてある割烹着を、着てくれないか」
「となり?。なにこれ。白じゃなくてピンクじゃないか。
いやだよあたしは。
こんな派手なピンクの割烹着なんか好みじゃないよ。小娘じゃあるまいし」
「そうでもないと思うがな。
このあいだのピンクのパジャマ、よく似合っていた」
「正妻は白。2号はピンクか・・・趣味が悪いんだねぇ、あんたという男は」
「いやならいままで通り白を着ればいい。俺はいっこうに構わねぇ」
「はじめてのプレゼントだ。ピンクにします。
ねぇ知っている?。
ピンクが女子の色というイメージは、フランスからうまれたのよ。
18世紀のフランス。貴婦人たちがドレスや家具や食器、あらゆるものをピンクで彩ったの。
それから大流行がはじまったのよ。
もうひとつ。
男の子の赤ちゃんはキャベツから、女の子の赤ちゃんはバラから産まれる。
ということわざもある。
このふたつがあわさって18世紀の後半、ヨーロッパ全土にピンクのブームが広がったのよ」
「大袈裟だな。たかがピンクの割烹着だ。
着るために、そこまで大義名分をつけなくてもいいだろう」
「唐変木。最大限によろこんでいるというのに、まったくわからないんだから」
「嬉しいのか・・・たかが1枚の割烹着のプレゼントが?」
「つまらないことに感心している場合じゃないでしょ。
手も動かしてちょうだい。
のんびりしていたら、20人分のお弁当が間に合わないよ」
「おっとっと。
そうだ。のんびりしている場合じゃねぇ。
超特急で頑張らねぇと、全員の弁当が間に合わねぇ。
すまねぇが陽子。そこにあるたくわんをトントンと切ってくれ!」
「あいよ、おまえさん!」
「お・・・おまえさん?。なんだか可笑しくねぇか、返事の仕方が?」
「気にしないでよ。ただの社交辞令さ。
大好きなピンクのプレゼントをもらったんだもの。ささいなお返しさ」
「なんだか、良くわからねぇけど・・・」
(ふふん。唐変木のあんたには、わからないでしょよ。
不意にプレゼントをもらったときの、女のときめきが。うっふっふ)
(76)へつづく