パノラマカー初期型で最もオリジナルに近い車輌は、7005Fであった。撮らねばならない、と思っていたものの、それは延び延びになっていた。写真は、そんな最中、平成20年早春にに上小田井で撮った、7005の姿である。見ての通り、M形電連が装備されておらず、スカートに切り欠きが無く、オリジナルに近い姿を保っていた。そういえば、中京競馬場にて保存される車輌7027及び7028も、同様であった。
名鉄ファンにとって、東名古屋港は、重要な場所である。豊川の日本車輌で製造された新車が、JR笠寺から名古屋臨海鉄道を経由して、初めて名鉄線に入線する場所であり、また一方用途を終えた車輌が解体される場所でもあり、この駅の監視は、ファンにとっては大切なことである。東名古屋港に入る前には恐らく大江に入るであろうから、名鉄築港線は花道であり、葬送ルートでもある。
平成20年7月に、同駅に行った。当然パノラマカーの解体で忙しかったわけであるが、そこでは先日まで元気な姿を見せていた7005が、解体されていた。車内にビニールが被せてあるのは、製造当時は問題視されなかったアスベストの、飛散防止のためである。
幾ら名車だと叫んでも、解体されれば単なるスクラップである。もう少し保存する方策はなかったのかと、正直思う。名鉄経営陣の、パノラマカーに関する考え方が分かるような気がした。残念である。
そして、平成20年秋、パノラマカーの定期運転は終了し、4輌を除き引退した。しかし、その4輌は、臨時列車として最後まで運転された。
次回は、その「4輌」の活躍を見ていきたい。
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