小田急の特急群、3100系”NSE”に続いてデビューしたのは、7000系”LSE”です。”NSE”同様に運転席を二階に上げ、乗客が正面展望を楽しめる車両で、近代的に洗練されたデザインに改められています。当初は”NSE”同様オレンジにグレーの帯を纏う塗装でしたが、後述の10000系のデビューに合わせ、塗装が改められました。暫くは4編成全部新塗装でしたが、うち7004始め11連がリバイバル塗色になったことで話題になり、前述の海老名でのイベント時にも、遠くながら並んでいました(写真)。当時の機材では、これが限界でした。
ロマンスカー旧式車の整理が始まるとのことで、今年の早春に、定めたポイントで撮影を敢行しました。
先ずは新塗色の7001始め11連です(写真)。現在、同編成は引退し、同塗色の7003始め11連はリバイバル塗色に戻されたことから、この塗色は現存しません。
その通過の動画です。当時はまだ現役でした。
約3週間後、同地点を通過する7004始め11連(写真)。リバイバル塗色です。7000系現存2編成がこの塗色ですが、普通「リバイバル塗色」を纏う時、というのはどういう時か、多分分かると思います。
その動画です。これも、今後貴重となります。
7000系に続いてデビューしたのは、10000系”HiSE”です(写真、10041)。7000系を改良し、展望席以外をハイデッカーにするという、当時の流行りを取り入れた車両です。しかしその設計が車両寿命を縮めることになる、などということを、当時誰が思ったでしょう。
その後10000系は、バリアフリーの時代にハイデッカーが災いし、2編成が引退、残る2編成も今年3月に引退し、現役の車両は存在しません。その直前、今年早春に捉えたもの(写真)。事実上10001始め11連しか残っておらず、正に最期のカウントダウンでした。
同地点、別日の撮影(写真)。これも10001始め11連です。
同地点で撮った、10001始め11連の動画です。もう、動く姿を撮ることは出来ません。
ところ変わって長野県、長野電鉄では、「りんご電車」2000系の後継を探していたところ、丁度”HiSE”の引退で、それを譲受する話となりました。しかし、長電では3、4両が限界、11両では長すぎます。そのため、製造元の日車にて、連接11両を連接4両に短縮する改造を行い、甲種回送で遥々首都圏、長岡を周り(篠ノ井線の車両限界をオーバーしたため)、屋代から長電屋代線(現在廃止)経由で入線しました。
その、長電須坂駅にて運用を待つ姿(写真)。長電では1000系「ゆけむり」と呼ばれます。
ロマンスカーは、”SE”以来伝統的に連接車でしたが、バブルの時期に、一大方針転換します。それは、一体どういう転換だったのでしょうか。
それでは、次回をお楽しみに。
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