58654引退から間もなく、再び私は九州へ。平成17年10月改正で廃止となる、寝台特急「彗星」に乗車するためです。
出発は、京都から。同駅7番線に、「彗星・あかつき」は据え付けられています(写真)。これに乗車します。ほぼ満席で、これが日常なら廃止は免れたでしょう。
翌日昼近く、南宮崎に到着(写真)。牽引機は青いEF66から、赤いED76に変わっています。
緩急車スハネフ15 4のテールビュー(写真)。14系15形、国鉄最後の新製寝台車です。この、「彗星」も、もう見られません。
宮崎空港から帰ってくると、位置は中線に移動し、名残を惜しむファンにサービスをしていました(写真)。
直前に、災害で日豊本線は不通となっていましたが、JR九州の努力の甲斐があり、運転が再開されました。災害箇所は土嚢が丸見えで、苦心の跡が見て取れました。
そして、西鹿児島(現「鹿児島中央」)へ。鹿児島からは、「はやとの風」に乗車(写真)。特急料金は払いますが、実際には観光列車で、歴史ある駅(「嘉例川」等)に長時間停車し、観光が楽しめます。
そして吉松からは、「いざぶろう・しんぺい」です(写真)。人吉発が「いざぶろう」、吉松発が「しんぺい」で、それは肥薩トンネルの扁額に由来します。
「彗星」廃止で、「なは」が再び京都に戻ってきました(写真、平成18年2月、「なは・あかつき」、上り京都着)。ダイヤ改正毎に列車が減るのは、この頃から気になっていました。寝台列車とは、それほど魅力が無い列車なのでしょうか。確かに、料金が高かったのは事実ですが、格安夜行バスが危険な運転をしていたのは当時は知られておらず、結果残念でした。
それでは、次回をお楽しみに。
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