JR久大本線・豊後森駅から玖珠観光バスの宝泉寺行きに乗って約30分、壁湯BSを降りたところの宿への細い道を下ると旅館・福元屋が現れます。この旅館こそ明治の初めから湯治客や旅の商人を相手にこの名湯を守ってきた一軒宿です。
平成13年、若い館主が自分の好みの田舎屋風に仕上げるべく、僅か8室、20人ほどが宿泊したら満杯になるような小宿に全面改装した母屋は、どこか郷愁をそそる落ち着いた風情で、田舎の家に里帰りしたような気分にさせてくれます。
温泉 は享保年間(1716?1735年)、猟師が渓谷の中に湯浴みしている鹿を見たことから温泉を発見し、険しい岸壁に道を作って半洞窟の温泉を開いたと伝えられており、その場所にちなんで「壁湯」と名付けられたとのこと。
母屋の玄関から渓流の小道を恐る恐る進んだところにこの壁湯があり、その先の岩のくぼみに小さな脱衣所が設置されています。男女混浴ながら、女性は湯浴み着の着用が許されているのとのこと。
湯底まで透みきった澄明のお湯には、僅かに白い湯の花が舞っていて、長く浸かっているうちに体に細かい気泡が付着してくる。泉質は弱アルカリ性の単純温泉。岩の奥から自然湧出する源泉は毎分1300リットルと湯量にも恵まれ、岩に囲まれた険しい空間にもかかわらず、絹のようなや わらかな浴感はいたって女性的。ほんの僅かに硫黄の香りが感じられ、舐めてみると少し甘く感じます。
岩肌がむき出しになった洞窟の奥に進むと、次第に狭く深くなっていて、湯底は小石と砂になってくる。この岩の隙間から自噴しているようだが、気泡が上がって来る訳でもなく水流も感じられない。それにも拘らず、掛け流されていく排水は大量。湧出箇所が一点ではなく、多面的に湧出しているのかもしれません。
湯温は低めで38℃ぐらいでしょうか。
━半刻入らずして壁湯を語るべからず 一刻入って身體に問うべし━
この壁湯を味わうには半刻(1時間)では足りない。一刻(2時間)ゆっくり入って体に聞きなさい…と表現されるとおり、長時間浸かることによって、心も身体も癒されるのだということが実感できます。
混浴に二の足を踏む女性には、この壁湯の入口近くに女性専用の浴場があり、そこで安心して柔らかな温泉に浸ることもできます。とろんとしてしっとりとした浴感は、むしろ女性に向いているのかもしれません。
この福元屋には宿泊者専用の家族風呂もあって、母屋にある切石のお風呂、「隠り国の湯(こもりくのゆ)」や、別棟のでで、館主自ら切り出した石を「三和土」で固めて造ったという「切り出しの湯」があり、適温で入浴できるようにもなっているが、やはり「壁湯」のイン パクトにはかなわない。
初夏になるとホタルの乱舞を見ることができるというこの「壁湯」、浸かっている間は寒いようにも感じるが、湯あがりこそ真骨頂。次第にホカホカと温かくなってくるし、しかもなかなか冷めてこない不思議な感覚が訪れます。
川のせせらぎをBGMに、ぬるめのお湯にゆったりと身を委ねる至福…日頃の細事などすっかり忘れ去ることができるようです。九州の名湯たる底力を感じずにはいられません。
- 場所:大分交通・壁湯BS
- 泉質:単純温泉 39℃
- 訪問日:2015年9月9日