花にまつわる幾つもの話

子供時代の花にまつわる思い出や、他さまざまな興味のあることについて書いていきたいと思ってます。

第二十五章 染井吉野

2010年05月25日 | 花エッセイ
 染井吉野が満開になる頃、私はよく仕事の帰りに花見がてら一駅歩く。

堀沿いに咲く薄紅色の桜並木は、それは見事な景観で大勢の花見客が私同様桜に誘われ、

そぞろ歩いたり、宴会を繰り広げている。

中には外国の方もいて、見惚れるように足をとめている様には少しだけ誇らしくなってしまう。

 日本列島がピンク色に染まる季節。

普段は全く意識したこともないくせに、何故かこんな時ばかり、

日本人に生まれてきて良かったとしみじみと思ってしまうのだ。

 桜は日本の国花。きっとそれぞれの国でお国自慢の花があるのだろうが、

私はやはり桜のなんとも心浮き立つような雰囲気が好きだ。

 桜の園を歩いていると不思議と嫌なことが忘れられる。

きっと桜の精気が人を癒してくれるからなのかもしれない。

 桜の花が持つ高揚感は、開花するまで人々を散々やきもきさせつつも、

散り際は鮮やかなせいかもしれない。

永遠ではないからこその愛おしさ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第二十四章 薔薇(シュネーヴィッチェン~白雪姫~)

2010年05月24日 | 花エッセイ
 花の中で薔薇ほど品種名の多い植物はないだろう。

 その中でもここ数年、私のお気に入りは「アイスバーグ」と呼ばれる薔薇である。

花の中心部分がほんのりと薄紅色に染まる純白のフロリバンダ系の薔薇で、

まるで可憐な少女が頬を染めているみたいに愛らしいこの花のドイツ名を

シュネーヴィッチェン――「白雪姫」という。

 白雪姫で思い浮かぶのが、かのディズニーの名作「白雪姫」。

なんでもこのアニメのお姫様の肌は、

女性用ファンデーションを使って着色したのだというから凄い。

だからあれほど柔らかくふんわりとした質感が出せたのだろうか。

 ちなみにこのシュネーヴィッチェン、三年に一度開かれる世界薔薇会議において、

1958年に殿堂入りしている。

日本大手食器メーカーノリタケからは世界で最も愛されている薔薇シリーズとして

カップ&ソーサーも出ているほどだ。

 そして薔薇と言えば、もう一つ忘れてはいけないのが、

世界中の薔薇好事家達を夢中にさせている青薔薇の存在だろう。

 以前、青い芥子の章でも触れたが、西欧人にとって青は特別な色。

 数年前、静岡で開かれた花万博において、

それこそ最大の注目を集めた青い薔薇「ヘブンリーブルー」と「青龍」は、

残念なことにメディアの宣伝ほどには青くなく、実際には白や薄紫に近い色合いだった。

 もっともつい最近、どこだかの酒造メーカーがドイツの研究所と提携して

青薔薇作りに成功したという記事を新聞で見かけたので、

あるいは私が知らないだけなのかもしれない。

後日、その薔薇の現物を見る機会があったが、

スカイブルーというよりはむしろ紫がかった青で、

何でもパンジーから採取した青色の遺伝子を使って作られたという話であった。

 ところで、黄色い花が咲く植物に青色はないという法則をご存知だろうか。

これを知ったきっかけは、中井英夫氏が書いた「虚無への供物」というミステリー小説だった。

 私が知る限りだが、確かにそのとおりだと思う。

朝顔には青色はあるが黄色はない。

チューリップには黄色はあるが青色はない。

 この法則からすると、青い薔薇はまさに夢の産物。

しかも薔薇には本来、青の色素がないとさえ言われている。

 幻の青い薔薇――ヒマラヤに咲くあの青い芥子と同様、澄んだ青空の色を持つ薔薇。

青は天空の色だ。それは最も神に近い色なのかもしれない。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第二十三章 カサブランカ

2010年05月19日 | 花エッセイ
 カサブランカといえば、現在では白百合の代名詞、

結婚式ではそれこそひっぱりだこの花だろう。

 けれどこのカサブランカ、実は日本固有の百合を品種改良したものだと知っている人は

恐らく少ないのではないだろうか。

 鹿児島県沖、口之島に咲く袂(たもと)百合がそれで、

切り立った崖に海風にそよぎながら咲く姿が、

まるで若い乙女が恋人に着物の袂を振る様に似ているというので、袂百合というらしい。

 四季を持つ日本は古来より植物の宝庫だった。

袂百合のみならず、椿や紫陽花も固有種としては有名だろう。

西洋人のプラントハンター達にとって、まさに日本は黄金の島。

競うように日本を訪れ、珍しい植物を本国へと持ち去った。

そのうちの一つが袂百合であり、西洋人により改良されて、

日本に逆輸入されたのがカサブランカなのである。

 どこか郷愁を誘うせいなのか、カサブランカは日本人に非常に人気がある。

 ちなみに私がよく行く地元の美容室では、

何故かいつもこのカサブランカが花瓶一杯に飾られている。

鰻の寝床のような細長い作りの店で、

オーナー兼美容師の男性がたった一人で経営していて、

一歩店内に足を踏み入れれば、甘い芳香が出迎えてくれる。

たまに白いカラーや季節の花に場所を譲ることもあるが、もっぱら花はカサブランカばかり。

 このオーナーはインテリア好きで、店内の飾りつけは全て自分でやるという話だった。

 それにしても何故カサブランカなのだろう。

けれどその理由を一度として尋ねたことはない。

かわりに様々な想像をめぐらす。

もしかしたらあのカサブランカには何か深い思い入れがあるのではないかと。

たとえば恋人が好きな花、あるいは失くした恋の思い出、

もっと単純に、彼が一番好きな花という理由だけなのかもしれない。

 謎は謎のまま。世の中には知らない方が良いということは往々にしてあるものだ。

 
(注)「たもとゆり」とは、南西諸島トカラ列島の口之島にだけ自生していて、今は絶滅し

   てしまった純白のユリのこと。現在「カサブランカ」という名前で、世界中で愛さ

   れている花の原種はこの「たもとゆり」。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第二十二章 金木犀

2010年05月18日 | 花エッセイ
 しばらくの間、地元の郵便局でアルバイトをしていたことがある。

私が住んでいた地区は、何故か区画整理がされずにまだ古い町名が沢山残っていて、

しかもその町名はしばしば時代劇などでも耳にすることがあるほどだった。

情緒があってなかなかに粋なのだが、

いざ郵便の仕分けとなるとこれがかなり厄介な事になる。

古い町名は読みにくく、しかも漢字がやたらと難しい。

このバイトをしていたお陰で、私は地元の町名にやたらと詳しくなってしまった。

 秋の夕暮れ、陽がゆっくりと傾く中、細かい仕分け作業を終え、

疲れた目を休ませつつぼんやりと家路に着く。

金木犀が家々の軒先で香り、その甘い匂いに誘われて道を進むうち、

不思議と我が家に辿り着いてしまう。

 まるで金木犀に導かれているような、そんな錯覚さえ引き起こす。

 或る日、思いきって目を閉じて歩いてみた。

路地裏の曲がりくねった細道には人通りが滅多になく、

多少足元のおぼつかない人間がいても他人の迷惑になることはない。

 そうしてしばらく金木犀の香りを頼りに歩いたところ、なんなく家に帰り着いてしまった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第二十一章  トトロの木

2010年05月17日 | 花エッセイ
 裏手の急勾配の坂を下りきった所に大きなアパートが建っていた。

古びた建物で鉄柵の階段は赤く錆びつき、壁はところどころ剥げ落ちている。

住民も老人が多く、大層寂れた印象なのだが、

そのアパートの一階部分は地面が露出していて、けやき並木になっていた。

 江戸時代、この辺一帯は旗本屋敷だった。

そのせいか、けやきの巨木が多く自生していた。

 十メートルにも及ぶ幹が競うように林立し、初夏になると新緑の若葉が一斉に芽吹く。

枝を飛びまわる鳥の声が周辺をにぎわしてくれる。

 そのアパートの前はやや幅の広い道路になっており、

その向かいに一戸建ての家がずらりと軒を構えていた。

 その家の一つ、坂に沿って石段を登った丘のような一角に、木造コテージの一軒家があった。

 トトロの木と呼ばれる巨大な楠木は、その木造家屋の前にそびえ立っていたのである。

 このトトロの木、実際にそう呼んでいたのは、恐らく私達一家だけだったのかもしれない。

 けれどその楠木はその名にふさわしく、雄々しく枝を広げ、

向かいのアパートにあるけやき並木さえも陵駕して、

まさにこの辺一体の主のような風格を宿していた。

太い幹には幾重にも蔦がからまり、年輪を感じさせる分厚い幹には深い皺を刻み込んでいる。

 はるか上空を覆う緑の天蓋。

木々の隙間からは初夏の明るい陽射しが柔らかな木漏れ日となって降り注ぐ。

 その下を通りかかる時は必ず大きく深呼吸をする。

そうすることによってさわやかな森林の香りが肺一杯に広がっていくのである。

 実はこのけやき並木で、一羽の鳥を拾った。

捕まえたのではなくあくまでも拾ったのである。

 頭部から首の部分にかけて黄色いグラデーションがかり、

頬にまあるくオレンジ色の羽毛を持った、それは美しい白い小鳥であった。

 この鳥が頭上の枝で心細げに鳴いているのを私が耳にしたのだ。

ちょうど雨上がりだったので、持っていた傘で枝を引き寄せると、

鳥は難なく私の手の中におさまった。

そこへ偶然、散歩で通りかかった人にこの鳥がオカメインコという種類の鳥だと教えてもらった。

 もちろん野鳥ではない。どこかで繁殖したものが籠から逃げ出し、帰る道を見失ったのだろう。

まだ幼いその鳥はそれでも立派な冠羽を持っていて、

可愛らしい外見に似合わず大きな声でさえずった。

 鳥籠を購入しに行った店のおばさんに、鳥が舞い込むのは幸運の印と半ばおだてられ、

気を良くした私は早速飼い始めたのだが、その思いがけずも気性の激しい性格に、

最初の頃は鋭い嘴のせいで生傷が絶えなかった。

 それでも一年が経つ頃にはすっかり慣れ、手乗りにまで成長した。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする